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 孫雁が内之宮を訪れ、部屋に上げると、彼は凛凛を同席させるように言った。凛凛を部屋に呼び出してから、彼は碧玉を座卓の上にことんと置いた。

 らんかは食い入るようにしてそれを観察する。

「これは……?」
「お前に言われてから、文英に凛凛の部屋を捜索させ、押収したものだ」

 彼女の部屋の肌着の隙間にひっそりと隠してあったらしい。
 それから孫雁は、懐から壊れた金の簪を取り出した。樹蘭が亡くなったとき、唯一の手がかりとして凛凛が発見した、上級妃にのみ下賜されるものだ。

 碧玉は壊れた簪の台座に――ぴたりと嵌った。それを見た凛凛は、碧玉よりも顔を青くさせている。

 確か、樹蘭は上級妃の時代に紅玉の簪を与えられ、碧玉を与えられていたのは、病死した貴妃美帆だったはず。

「以前も話したが、後宮は基本的に皇后の統括。この簪は妃にのみ与えられる身分の証。劉貴妃が病死した際に、劉家は、樹蘭にこれを戻したそうだ」
「それがどうして、凛凛の部屋から出てくるんですか……?」
「問題はそこではない。その簪が――樹蘭を七箇所突き刺した凶器になったということだ」

 孫雁が凛凛を一瞥するが、その整った表情に威圧が乗ると、凄みが増す。彼女は俯き萎縮してしまっている。
 すると今度は、孫雁の横に立っている文英が口を開いた。

「事件の夜。私と刑部で内之宮にいた者の行動をくまなく調べました。女官も宦官も、警護の者も全て。しかし、全員に現場不在証明アリバイがありました。不審だったのが唯一、凛凛さんです」

 凛凛は早朝に、樹蘭が床で倒れているのを見つけた。けれど、内之宮に居合わせた者の証言によると、凛凛は樹蘭の寝室に入ってから、一刻ほど出て来なかったという。

「もし、樹蘭様の遺体を発見したら、すぐに誰かに知らせていたでしょう。なぜ一刻の時差が生まれたのか、違和感があります」
「そ、それは……樹蘭様は毎朝火鉢に当たるので、その用意を別室でしていたため気づかなかったのです」

 らんかも朝、手や身体を温めるために火鉢を凛凛に用意してもらっているが、らんかの目が覚めて寝台から起き上がるころにはいつも支度が終わっている。

「凛凛さんはいつも、火鉢の用意に一刻は要してません……よね」

 そう話しかけると、彼女は口ごもる。
 小刻みに肩が震えていて、後ろめたいことを隠しているのは火を見るより明らかだった。
 すると孫雁が立ち上がり、凛凛の前に片膝を着く。彼女と目線を合わせ、淡々とした口調で言う。

「あの夜、彼女を刺したのはお前なのか? 真実を言え。皇帝の前で偽りを言えば――どうなるか分かっているのだろう」

 すぅと細めた目に、冷酷な光が宿る。彼は興栄国を治める皇帝だ。
 目的のために時折見せる、はっとしてしまうような冷たさ。らんかが初めてこの世界に転移して来たときも、その冷たさに背筋が震え上がったのを覚えている。

「私が――殺しました」

 その言葉が、静かに部屋に響く。凛凛は淡々と語った。

「確かにあのお方はかつて私の恩人でした。ですが、驕慢にも限度があります。毎日毎日金切り声で怒鳴られ、横暴に振り回されては、愛想が尽きるものです。あの夜の前に、樹蘭様に叱責されて堪忍袋の緒が切れた私は彼女を殺害し、他の誰かが殺したように見せかけました」
「――それは嘘だ。言ったはずだぞ。偽りを申すなと」

 孫雁は彼女の告白を否定する。

「樹蘭が窒息死した際、女の手形とともに、激しく抵抗した痕が首に残っていた。ということは、首を絞めた犯人の手や腕にもそのような痕があってもおかしくはない。樹蘭の死の翌日にお前に会っているが、引っ掻き傷はどこにも見つからなかった」

 つまり、誰か協力者がいるということ。あるいは、別の可能性。

「お前は……犯人を庇っているのではないか? 遺体の状態から見て、簪が刺されたのは樹蘭が死んでしばらく経ったあとだ。上級妃の簪を使ったことで、犯人候補がそちらに向かうように操作したのだろう」
「…………」
「一体……樹蘭を絞殺したのは誰なんだ? 教えてくれ。私はただ、真相が知りたいだけだ」

 先ほどまでの威圧感が消える孫雁。凛凛に脅しが通用しないことを理解し、脅迫は依頼、懇願に変わっていた。
 凛凛は沈黙し、俯いたまま。そこにらんかが声を発する。

「樹蘭様は殺されたのではなく――自死、だったのではないですか」

 らんかはそっと立ち上がり、引き出しの二段目を引いて施薬院で処方された薬の小包を出す。
 これらは、不安感や幻覚、幻聴といった精神的な症状に作用するものだ。樹蘭がこれを常用していたということは、当該の症状に悩んでいたということ。

「夜中の奇声、異常な猜疑心、人格の変化、幻覚、幻聴……。樹蘭様が悪女と呼ばれていたのは、心の病が彼女を変貌させたからだったんです」
「心の病、だと?」
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