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しおりを挟むセルジュが決闘裁判の話をし始めて、内心でひやひやするマノン。彼は紅茶をひと口優雅に飲んだあとに続ける。
「祖父も身体が丈夫じゃなかった。怪我でもしたらどうしようかと思いながら裁判の様子を見ていたら、仮面を着けた小柄な代理人が闘技場に現れて。あっという間に祖父の剣を場外に弾き飛ばして圧勝した」
彼の祖父に圧勝したのは、マノンである。
「その話と私に……なんの関係が?」
セルジュが何を言うつもりだろうと緊張していると、彼はそれを見て困ったように眉尻を下げた。
「すまない。盗み見るつもりはなかったんだけど……君が仮面を外して汗を拭っているところを……見てしまったんだ。君の正体は『無敵のレディー』と呼ばれる――最強の決闘代理人だ」
「…………っ」
他人に素顔を見られないように徹底していたつもりだったけれど、まさか彼に見られていたとは。スフォリア大公家の人たちが虚弱体質で短命の傾向があるというなら、セルジュが強い身体を持つマノンを望むのも理解できる。
「初めて見た日から、俺はマノンのことが好きになった。小さな身体で、他人の正義と名誉のために命を賭す君が。俺は身体が弱いから、心身ともに強い君に惹かれた」
決闘代理人は、本来奴隷と並ぶ差別階級だ。重罪人から選ばれる場合が多く、死と隣り合わせで、報酬もほとんどもらえない。自分から望んで代理人になる人はほとんどいない。
(そんな言い方、ずるい)
マノンは無意識に、手首に輝く母の形見のバングルを撫でた。母は代理人をしてなんの罪もないのに死んだ。『リージェ神は正しき者を救う』。その教えを信じてはいるが、この決闘に限っては神の意思は関係なく――実力勝負の世界だと理解している。
「……はい。私が決闘代理人、ノアです」
「ごめん。決して口外はしないと誓う。ひと目惚れして、園遊会で泣いている君を見たとき、思ったんだ。俺なら泣かせたりしないのにと」
マノンは困ったような顔を浮かべた。
「だからって、決闘するのは馬鹿げてます」
「はは、そうかもね。でも俺も、君と同じ世界を体験してみたかったんだ」
「そんな理由で!?」
「昔から好奇心が旺盛でね」
ますますおかしな人だ。でも、体が弱いのに決闘を挑んで平気なのだろうか。それにデリウスは怖気付いてノアに代理を依頼している。
「勝てる見込みはあるんですか? 決闘に負ければ、大きく名誉に傷が付きます。それにとても危険です」
「まぁ、やるだけのことはやるさ。少なくとも勝つつもりではいるよ」
彼はいつもおっとりしている。危機感を全く感じなくて、逆に余裕があるように見えてくる。マノンがどんなに脅かしたところで、彼はマイペースなのだろう。マノンは呆れたように息を吐いた。
「とにかく、怪我にはお気をつけてください。健闘を祈ります」
「応援してくれるの? 俺の元に嫁いで来ることに抵抗はない?」
ポリエラ伯爵家が嫌だと拒めば、決闘の申し出を引き下げるつもりでいる。父は完全に乗り気でいるし、マノンもデリウスの婚約者でいることに辟易している。
大公妃になるのは大出世だが、その分大変なことも多いだろう。しかし、普段から死線をくぐっているマノンは、腹が据わっている。
「むしろ望むところです」
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