【完結】他の令嬢をひいきする婚約者と円満に別れる方法はありますか?

曽根原ツタ

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 長いまつ毛が陰を落とす怜悧な横顔をまじまじと観察していたら、まもなく彼が目を開けた。

「そんなに見られていたら、顔に穴が空いてしまうな」

 くすりと笑う彼を見てなぜか胸の辺りがきゅっとなる。咄嗟に胸を押えるマノン。

「ご、ごめんなさい。失礼なことをしました」
「謝らなくていいよ。俺はずっとマノンのことを見ていたいって思うし」
「か、からかわないで」
「からかってなんてない。思ったことを口にしただけだ。マノンは可愛いよ」

 彼はすぐに調子のいいことを言う。けれど本人には自覚がないらしい。完全に無自覚人たらしだ。マノンもそんな彼に徐々に絆されているから悔しい。

「ああそうだ。ひとつ実験をしてみない?」
「実験?」
「そう。心理学で、『人は7秒間見つめ合うと恋に落ちる』法則があるんだって」

 そう言って顔を寄せてくる彼。美しいエメラルドの瞳が間近にあって、鼓動が激しく加速する。恥ずかしくなって目を逸らす。

「――目を逸らさないで。こっちを見て、マノン」

 彼の言葉を拒むことができず、言われるがままに逸らした目を戻す。エメラルドの瞳が、さっきより熱を帯びている気がして、胸が苦しくなる。心臓が爆発しそうなほどどきどきしてしまい、今が何秒なのかも分からない。

(早く、7秒経って……っ)

 顔を真っ赤にして、潤んだ瞳でセルジュを見つめる。すると彼が、7秒経過したタイミングで、ふっと色っぽく目を細め、意地悪に笑った。

「どう? 俺のこと、好きになった?」
「~~~~!?」

 マノンは後ろに下がり、声にならない声を上げた。彼を見つめたときの胸のときめきが、脳の錯覚などではなく、恋心であることはいくら鈍いマノンでも自覚している。

「私には……婚約者がいます。他の男性を恋愛対象で見ることは……ありません」
「あははっ、そうきたか。うまく逃げたな?」

 セルジュは楽しそうに笑った。彼はずいとこちらに寄り、マノンとリージェ神の姿を見比べた。

「マノンは綺麗な髪をしているね。あのリージェ神の石像みたいだ。さらさらしていて指通りが良さそう」

 まっすぐ伸びた癖ひとつない神は、母譲りだ。園遊会で会ったときも、髪のことを褒めてくれたのを思い出す。マノンは小さな声でそっと言った。

「触って……みますか?」

 マノンの予想外の提案に、セルジュはびっくりしたように目を見開いた。そしてすぐに首を横に振った。

「いいや。君に触れるのは、決闘で勝って君を手に入れたそのときにしよう」

 セルジュは誠実な人だった。でも、彼に撫でられることを期待していたマノンはちょっとだけ落胆する。
 セルジュといると安心するが、妙にこそばゆくて、ふわふわした心地になる。でもそれが嫌じゃない。

 マノンはセルジュの袖をちょこんと摘んで、声を絞り出した。

「セルジュ様。……決闘に勝って、私のことをきっと手に入れてください」

 決闘で代理人を立てることは、当日明かされるのがルールになっている。舞台に立ちセルジュと戦うのは、デリウスではなく最強の代理人――ノアだ。マノンはどんな戦いも手を抜いたりしない。それでも、セルジュが自分を負かしてくれることを願った。



 ◇◇◇



 後日、マノンは持っている宝石や値打ちのあるものを質屋で売り払った。決闘代理人としての報酬と財産の多くを、ジルバーの家族の元に匿名で送った。こんなことで許されるとは思っていないけれど、こんなことしかマノンにはできなかった。
 そして、マノンの心にはセルジュに言われた『向いていない』の言葉がずっと引っかかっていた。
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