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父はマノンの腕をそっと撫でながら、「痛かったよなぁ」と悲しそうに呟いた。
「マノン。お前は自覚がないのかもしれないが……お前は母を失ったショックから行き場のない気持ちを処理するために、痛みに置き換えていたんじゃないか?」
その言葉が胸の奥にぐっさり刺さり、マノンの瞳からぽろっと涙が落ちる。
「だって……私が……お母様を死なせた。私がもっと強ければ、死ななかったかもしれないのに……! 今の実力があればお母様は……」
「違うよ。それはマノンの思い込みだ。おまえは悪くないし誰も責めてない。リーファも。だからもう、自分の身を危険に晒そうとするのはよせ」
「…………っ」
マノンはその場に崩れ落ちて、わっと泣いた。父が背中を優しく摩ってくれる。
いつ死んでもいいと思っていた。怪我をすることも死ぬことも怖くない。時々母を失った決闘がフラッシュバックして、心が壊れそうになる。
そんなときに、自分が決闘に出ることで少しだけ心が慰められるような気がしたのだ。そんなことをしたって、救われないことは分かりきっているのに。
「今でも思うよ。リーファのあのときの選択は間違っていたとね。こんなに可愛い娘がいるのに、友人の名誉のために命を無駄にしてしまうのは愚かだった」
その友人も友人だった。幼い子どもがいる人に、命懸けの決闘の代理を引き受けさせるなんて。それでも父は、正義感が強くて優しい母だったからこそ、好きになったのだろう。
「決闘裁判なんて、馬鹿げている。――野蛮で、残酷で、非道。あれは善悪を決めるための制度ではない。マノンには、リーファのようになってほしくない。自分をもっと大事にしてくれ」
「お父、様……」
父の愛情が伝わり、熱いものに変わっていく。ひとりで抱えてきた不安や痛みが、すっと癒えていく感じがした。
マノンは立ち上がり、少し待ってくださいと言い残して一旦部屋に戻った。
部屋の内鍵を閉めて、扉に背を預ける。マノンは両手で顔を覆い、肩を震わせながら泣いた。
(セルジュ様の言う通りだ。私……もうこの仕事、やりたくない。向いてないもの)
どんなに強くたって、適性がなければ続けることはできない。マノンは合わない仕事を続けたせいで、心も身体もすり減らしていた。セルジュは全部分かった上で、マノンが自覚するようにしたのだった。ふぅと息を吐いて袖で乱雑に涙を拭う。
……ノアの仮面は今、セルジュが預かっている。だから、ノアの証である愛用の剣を手に居間に戻った。
マノンはそれを父に差し出した。手が小刻みに震える。けれど強い覚悟を持って伝えた。
「――やめます。決闘代理人」
「え……」
「だってもう……お父様の泣き顔は見飽きてるから」
泣いて赤く腫れた目を細め、微笑みかける。彼は微かに瞠目してからふっと笑い、「そうか」と剣を受け取った。
――こうして、マノンは最強の決闘代理人の役を降りたのだった。
「マノン。お前は自覚がないのかもしれないが……お前は母を失ったショックから行き場のない気持ちを処理するために、痛みに置き換えていたんじゃないか?」
その言葉が胸の奥にぐっさり刺さり、マノンの瞳からぽろっと涙が落ちる。
「だって……私が……お母様を死なせた。私がもっと強ければ、死ななかったかもしれないのに……! 今の実力があればお母様は……」
「違うよ。それはマノンの思い込みだ。おまえは悪くないし誰も責めてない。リーファも。だからもう、自分の身を危険に晒そうとするのはよせ」
「…………っ」
マノンはその場に崩れ落ちて、わっと泣いた。父が背中を優しく摩ってくれる。
いつ死んでもいいと思っていた。怪我をすることも死ぬことも怖くない。時々母を失った決闘がフラッシュバックして、心が壊れそうになる。
そんなときに、自分が決闘に出ることで少しだけ心が慰められるような気がしたのだ。そんなことをしたって、救われないことは分かりきっているのに。
「今でも思うよ。リーファのあのときの選択は間違っていたとね。こんなに可愛い娘がいるのに、友人の名誉のために命を無駄にしてしまうのは愚かだった」
その友人も友人だった。幼い子どもがいる人に、命懸けの決闘の代理を引き受けさせるなんて。それでも父は、正義感が強くて優しい母だったからこそ、好きになったのだろう。
「決闘裁判なんて、馬鹿げている。――野蛮で、残酷で、非道。あれは善悪を決めるための制度ではない。マノンには、リーファのようになってほしくない。自分をもっと大事にしてくれ」
「お父、様……」
父の愛情が伝わり、熱いものに変わっていく。ひとりで抱えてきた不安や痛みが、すっと癒えていく感じがした。
マノンは立ち上がり、少し待ってくださいと言い残して一旦部屋に戻った。
部屋の内鍵を閉めて、扉に背を預ける。マノンは両手で顔を覆い、肩を震わせながら泣いた。
(セルジュ様の言う通りだ。私……もうこの仕事、やりたくない。向いてないもの)
どんなに強くたって、適性がなければ続けることはできない。マノンは合わない仕事を続けたせいで、心も身体もすり減らしていた。セルジュは全部分かった上で、マノンが自覚するようにしたのだった。ふぅと息を吐いて袖で乱雑に涙を拭う。
……ノアの仮面は今、セルジュが預かっている。だから、ノアの証である愛用の剣を手に居間に戻った。
マノンはそれを父に差し出した。手が小刻みに震える。けれど強い覚悟を持って伝えた。
「――やめます。決闘代理人」
「え……」
「だってもう……お父様の泣き顔は見飽きてるから」
泣いて赤く腫れた目を細め、微笑みかける。彼は微かに瞠目してからふっと笑い、「そうか」と剣を受け取った。
――こうして、マノンは最強の決闘代理人の役を降りたのだった。
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