【完結】他の令嬢をひいきする婚約者と円満に別れる方法はありますか?

曽根原ツタ

文字の大きさ
39 / 58

39

しおりを挟む
 父はマノンの腕をそっと撫でながら、「痛かったよなぁ」と悲しそうに呟いた。

「マノン。お前は自覚がないのかもしれないが……お前は母を失ったショックから行き場のない気持ちを処理するために、痛みに置き換えていたんじゃないか?」  

 その言葉が胸の奥にぐっさり刺さり、マノンの瞳からぽろっと涙が落ちる。

「だって……私が……お母様を死なせた。私がもっと強ければ、死ななかったかもしれないのに……! 今の実力があればお母様は……」
「違うよ。それはマノンの思い込みだ。おまえは悪くないし誰も責めてない。リーファも。だからもう、自分の身を危険に晒そうとするのはよせ」
「…………っ」

 マノンはその場に崩れ落ちて、わっと泣いた。父が背中を優しく摩ってくれる。
 いつ死んでもいいと思っていた。怪我をすることも死ぬことも怖くない。時々母を失った決闘がフラッシュバックして、心が壊れそうになる。
 そんなときに、自分が決闘に出ることで少しだけ心が慰められるような気がしたのだ。そんなことをしたって、救われないことは分かりきっているのに。

「今でも思うよ。リーファのあのときの選択は間違っていたとね。こんなに可愛い娘がいるのに、友人の名誉のために命を無駄にしてしまうのは愚かだった」

 その友人も友人だった。幼い子どもがいる人に、命懸けの決闘の代理を引き受けさせるなんて。それでも父は、正義感が強くて優しい母だったからこそ、好きになったのだろう。

「決闘裁判なんて、馬鹿げている。――野蛮で、残酷で、非道。あれは善悪を決めるための制度ではない。マノンには、リーファのようになってほしくない。自分をもっと大事にしてくれ」
「お父、様……」

 父の愛情が伝わり、熱いものに変わっていく。ひとりで抱えてきた不安や痛みが、すっと癒えていく感じがした。
 マノンは立ち上がり、少し待ってくださいと言い残して一旦部屋に戻った。

 部屋の内鍵を閉めて、扉に背を預ける。マノンは両手で顔を覆い、肩を震わせながら泣いた。

(セルジュ様の言う通りだ。私……もうこの仕事、やりたくない。向いてないもの)

 どんなに強くたって、適性がなければ続けることはできない。マノンは合わない仕事を続けたせいで、心も身体もすり減らしていた。セルジュは全部分かった上で、マノンが自覚するようにしたのだった。ふぅと息を吐いて袖で乱雑に涙を拭う。
 ……ノアの仮面は今、セルジュが預かっている。だから、ノアの証である愛用の剣を手に居間に戻った。

 マノンはそれを父に差し出した。手が小刻みに震える。けれど強い覚悟を持って伝えた。

「――やめます。決闘代理人」
「え……」
「だってもう……お父様の泣き顔は見飽きてるから」

 泣いて赤く腫れた目を細め、微笑みかける。彼は微かに瞠目してからふっと笑い、「そうか」と剣を受け取った。

 ――こうして、マノンは最強の決闘代理人の役を降りたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

私はあなたの前から消えますので、お似合いのお二人で幸せにどうぞ。

ゆのま𖠚˖°
恋愛
私には10歳の頃から婚約者がいる。お互いの両親が仲が良く、婚約させられた。 いつも一緒に遊んでいたからこそわかる。私はカルロには相応しくない相手だ。いつも勉強ばかりしている彼は色んなことを知っていて、知ろうとする努力が凄まじい。そんな彼とよく一緒に図書館で楽しそうに会話をしている女の人がいる。その人といる時の笑顔は私に向けられたことはない。 そんな時、カルロと仲良くしている女の人の婚約者とばったり会ってしまった…

殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。

和泉鷹央
恋愛
 雪国の祖国を冬の猛威から守るために、聖女カトリーナは病床にふせっていた。  女神様の結界を張り、国を温暖な気候にするためには何か犠牲がいる。  聖女の健康が、その犠牲となっていた。    そんな生活をして十年近く。  カトリーナの許嫁にして幼馴染の王太子ルディは婚約破棄をしたいと言い出した。  その理由はカトリーナを救うためだという。  だが本当はもう一人の幼馴染、フレンヌを王妃に迎えるために、彼らが仕組んだ計略だった――。  他の投稿サイトでも投稿しています。

幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!

ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。 同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。 そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。 あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。 「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」 その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。 そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。 正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。

【完結】「妹が欲しがるのだから与えるべきだ」と貴方は言うけれど……

小笠原 ゆか
恋愛
私の婚約者、アシュフォード侯爵家のエヴァンジェリンは、後妻の産んだ義妹ダルシニアを虐げている――そんな噂があった。次期王子妃として、ひいては次期王妃となるに相応しい振る舞いをするよう毎日叱責するが、エヴァンジェリンは聞き入れない。最後の手段として『婚約解消』を仄めかしても動じることなく彼女は私の下を去っていった。 この作品は『小説家になろう』でも公開中です。

【完結】私の好きな人には、忘れられない人がいる。

Rohdea
恋愛
───あなたには忘れられない人がいる。だから私はー…… 厳しい入学試験を突破したエリートだけが入学出来る王立学校に通っている、元・男爵令嬢で平民のマリエール。 この学校を首席で卒業すると、陛下から一つだけ何でも願い事を叶えてもらえるという夢のようなご褒美がある。 そんな褒美の為に、首席卒業を目指すマリエールの最大のライバルは公爵令息のルカス。 彼とは常に首位争いをする関係だった。 そんなルカスに密かに恋心を抱くマリエール。 だけどこの恋は絶対に叶わない事を知っている。 ────ルカスには、忘れられない人がいるから。 だから、マリエールは今日も、首席卒業目指して勉強に励む。 たった一つの願いを叶えてもらう為に───

彼女よりも幼馴染を溺愛して優先の彼と結婚するか悩む

佐藤 美奈
恋愛
公爵家の広大な庭園。その奥まった一角に佇む白いガゼボで、私はひとり思い悩んでいた。 私の名はニーナ・フォン・ローゼンベルク。名門ローゼンベルク家の令嬢として、若き騎士アンドレ・フォン・ヴァルシュタインとの婚約がすでに決まっている。けれど、その婚約に心からの喜びを感じることができずにいた。 理由はただ一つ。彼の幼馴染であるキャンディ・フォン・リエーヌ子爵令嬢の存在。 アンドレは、彼女がすべてであるかのように振る舞い、いついかなる時も彼女の望みを最優先にする。婚約者である私の気持ちなど、まるで見えていないかのように。 そして、アンドレはようやく自分の至らなさに気づくこととなった。 失われたニーナの心を取り戻すため、彼は様々なイベントであらゆる方法を試みることを決意する。その思いは、ただ一つ、彼女の笑顔を再び見ることに他ならなかった。

あなたには彼女がお似合いです

風見ゆうみ
恋愛
私の婚約者には大事な妹がいた。 妹に呼び出されたからと言って、パーティー会場やデート先で私を置き去りにしていく、そんなあなたでも好きだったんです。 でも、あなたと妹は血が繋がっておらず、昔は恋仲だったということを知ってしまった今では、私のあなたへの思いは邪魔なものでしかないのだと知りました。 ずっとあなたが好きでした。 あなたの妻になれると思うだけで幸せでした。 でも、あなたには他に好きな人がいたんですね。 公爵令嬢のわたしに、伯爵令息であるあなたから婚約破棄はできないのでしょう? あなたのために婚約を破棄します。 だから、あなたは彼女とどうか幸せになってください。 たとえわたしが平民になろうとも婚約破棄をすれば、幸せになれると思っていたのに―― ※作者独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

処理中です...