47 / 52
47
しおりを挟むウェンディが寝る間を惜しんで小説を書いているころ、王宮では。ウェンディが失踪したことでイーサンは動揺、当惑していた。
「イーサン様……どうかひと口だけでもお召し上がりください……! このままでは倒れてしまわれます」
「いらないから下げてくれ、ニナ。……とても食べる気になれない」
アーデルとニナは困ったように顔を見合わせる。
ウェンディだって、食べることさえままならずに辛い思いをしているかもしれないのに、どうして自分だけ呑気に食事ができるだろうか。
ここに来て、最悪の事態が起きた。イーサンにとって最も大切な人がいなくなってしまったのだ。彼女が消えたのと同時にエリファレットも王宮に姿を見せなくなったので、彼が連れ去ったということはすぐに分かった。捜索が始まって一週間経つが、未だに彼女の消息は掴めていない。
イーサンは私室でひとり、ぎゅっと拳を握り締めた。
(兄上……もしウェンディを傷つけたら、そのときは決して許しません)
半分偽物と罵るエリファレットの声が今も鮮明に耳に残っている。エリファレットは王位も、正統な王族として生きる自由な生活も、たったひとりの想い人も、全てイーサンから取り上げようというのか。
ウェンディがいなくなった日から、イーサンはほとんど眠らず、飲まず食わずで過ごしていた。彼女の捜索に自ら参加しようとしたが、即位式を控えているということで周りに止められてしまった。こうしている間にも、ウェンディが辛い目に遭っているかもしれないと思うと、心配でどうにかなってしまいそうだった。
すると、イーサンの様子を聞いて心配した国王が、カーティスとともに離宮を訪れた。カーティスは国王の補佐として長らく政務に参加しており、ウェンディの捜索隊の統率もしている。兄でさえウェンディのために動いているのに、何もできない自分が情けなく思えた。
「イーサン様。国王陛下と第2王子殿下がいらっしゃいました」
「お通ししろ。君たちは下がっていなさい」
「「……はい」」
アーデルとニナを部屋の外に出し、代わりに国王とカーティスが入室した。
やつれて、明らかに弱ったイーサンを見て、国王は心配そうに眉を寄せた。
「この一週間、まともに食べていないと聞いた。見たところ、顔色も悪いようだ。何か食べたいものがあれば……なんでも用意させよう」
「結構です。私には今までのように――陛下や皆さんの食べ残しで十分ですよ」
「そ、それは……」
「即位式の心配をなさっているのなら問題ありません。出席はしますから」
イーサンが挑発的に言うと、カーティスが苦言を呈した。
「その態度はなんだい? 陛下はただお前の体調を案じていらっしゃるだけなのに、失礼だろう」
「失礼なのはどちらでしょう。今まで忌まわしい婚外子として離宮に追いやっておいたくせに、今更何を心配すると言うのです?」
「イーサン! 口を慎め。陛下がどんな思いでお前を守ろうとしてきたか……」
カーティスが国王を庇おうと声を上げると、国王が「やめよ」と彼を制止した。
「……そなたには悪いことをしたと思っておる。今更父親面しようなどとは考えていない。余は臆病で愚かな王だった。失うことを恐れて、戦おうとしてこなかったのだから。ただ、父としてそなたを想っていることは確かだ」
「ならどうして、今まで本当のことをおっしゃらなかったのですか?」
「真実を言えば、そなたの命が危なくなるかもしれなかったからだ」
「え……」
国王は再び、イーサンに残酷な真実を告げた。イーサンの母親を殺した犯人は――恐らくルゼットであると。彼女は自分の子どもを王座に据えて権力を握ろうとしているから、イーサンは王位継承順位が低い婚外子である必要があったのだ。
「そなたが生きるには、何も知らず、何もしないでいる他になかった」
それを聞いて、イーサンは笑って椅子から立ち上がる。自分より背の低い父親を見下ろしながら冷たく告げる。
「はは。陛下は冗談がお上手ですね。迫害されてきた今までも死んでいるのと同じでした。生きていたって、死人同然だったんです。本当に私のことを愛していたなら、私を忌み子として離宮に閉じ込めるのではなく、どんな手を使っても王妃を追放するべきでした。私の何を守ったというのです? 父上。答えてください……!」
目頭が熱くなるのを感じながら、子どものように一方的に父を責め立てる。国王は傷ついた様子で言った。
「余のことはいくらでも憎んでいい。ただ、食事はしっかり摂れ。そなたはじきに王太子に即位するのだから。何もしてやれなかった代わりに、そなたに地位も権力も財産も全て譲る。……余を反面教師にして、余のような愚かな王にはなるなよ」
「王太子にはなりません」
イーサンは椅子の背もたれにかけておいた上着に袖を通しながら、国王の言葉をばっさりと切り捨てた。
「私はこの国がどうなろうとどうでもいいんです。私はそもそも王の器ではないですし、こんな男に国王は務まりません。本当にこの国の王にふさわしいのは誰か、陛下のご慧眼で見極めてください」
カーティスをちらりと見れば、彼は面食らった表情をしていた。
誰もが欲するこの国の最高権力者の地位をゴミを捨てるかのようにあっさり放棄することを告げたイーサンは、外に出かける支度を済ませて、扉に手をかけた。
カーティスに「どこへ行くつもりか」と問われる。
「僕の守るべきものは、国ではなく、たったひとりの愛する妻です。――彼女を探しに行きます」
イーサンはそうひと言告げて、国王とカーティスの元を離れた。残された2人は悩ましげに顔を見合せた。
そして、食堂を出たあと、アーデルが一通の手紙を渡してきた。送り主の名はないが、『親愛なるノーブルプリンスさんへ』という宛名で、すぐにウェンディからだと分かった。
「誰がこれを届けに!?」
「わ、分かりません。離宮に落ちていて、誰かがいたずらで投げ入れたのかと思いましたが……」
急いでペーパーナイフで封を切って中身を確認する。
そこには、よく見慣れたウェンディの筆跡で、『しっかりご飯を食べて、寝てください。疲れたときには果物がよいそうですよ』と短く書かれていた。
「これだけ……ですか?」
「果物というと……キウイとかバナナ、ブルーベリーなどでしょうか。何かご用意しますか?」
手紙を一緒に見ていたアーデルとニナが首を傾げる。裏面を見ても、何も書かれていない。しかしイーサンにはすぐ、ウェンディの意図することが分かった。
「いや――レモンだ。ニナ、アーデル。すぐに火を用意しろ」
「火、ですか?」
「ああ。これはあぶり出しだ」
レモンの汁に含まれる酸は、紙に付着すると水分保持力が減少して焦げやすくなるのだ。ウェンディは作品の中で、秘めたメッセージを伝える方法として何度もこのあぶり出しを使っている。きっとこれは、ウェンディがイーサン、いや『ノーブルプリンスマン』だから伝わると信頼して送ったメッセージなのだ。
召使いにロウソクを用意させ、裏面をあぶると、焦げた文字が浮き出た。そこには――ウェンディがいる建物の住所が書かれていた。
68
あなたにおすすめの小説
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
愛人の生活費も、お願いします 〜ATM様、本日もよろしくてよ〜【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
政略結婚で結ばれた王子ザコットと、氷のように美しい公爵令嬢ビアンカ。だが、ザコットにはすでに愛する男爵令嬢エイミーがいた。
結婚初夜、彼はビアンカに冷酷な宣言を突きつける。
「お前を愛することはない。俺には愛する人がいる。このエイミーだ」
だが、ビアンカは静かに微笑み、こう返す。
「では、私の愛人の生活費も、お願いします」
──始まったのは、王子と王子妃の熾烈な政略バトル。
愛人を連れて食卓に現れるビアンカ。次々と辞表を出す重臣たち、そしてエイミーの暴走と破滅……。
果たして、王子ザコットの運命やいかに!?
氷の王子妃と炎の愛人が織りなす、痛快逆転宮廷劇!
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。 コメディーです。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。
だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。
失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。
どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。
「悪女に、遠慮はいらない」
そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。
「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。
婚約破棄されたので契約を終了しただけですが? ~王国が崩壊したのは私のせいではありません~
しおしお
恋愛
王立学園の卒業舞踏会。
王太子レオナードは突然、婚約者である公爵令嬢アデリーナとの婚約破棄を宣言する。
隣に立つのは、涙を流す義妹ミレイナ。
「お姉様に虐げられてきました」と訴える彼女の言葉を、貴族たちは信じてしまう。
悪女として断罪され、追放を宣告されるアデリーナ。
だが彼女は怒りも悲しみも見せず、ただ静かに微笑んだ。
「承知いたしました。では――契約を終了いたします」
その一言が、すべての始まりだった。
公爵家による融資、貿易、軍需支援。
王国を支えていたすべてが、静かに停止する。
財務は崩壊し、軍は止まり、商人は離反。
王都は混乱に包まれていく。
やがて明らかになる義妹の嘘。
そして王太子の責任。
すべてが暴かれたとき、二人を待っていたのは――
完全な破滅だった。
一方アデリーナは、隣国で静かな紅茶の時間を過ごしていた。
これは、
婚約破棄された公爵令嬢が“何もしなかった”ことで始まる、
王国崩壊と地獄のざまぁの物語。
――その報告書を、彼女が読むことは一度もなかった。
白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします
鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。
だが彼女は泣かなかった。
なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。
教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。
それは逃避ではない。
男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。
やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。
王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。
一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。
これは、愛を巡る物語ではない。
「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。
白は弱さではない。
白は、均衡を保つ力。
白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります
なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。
忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。
「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」
「白い結婚ですか?」
「実は俺には……他に愛する女性がいる」
それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。
私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた
――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。
ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。
「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」
アロルド、貴方は何を言い出すの?
なにを言っているか、分かっているの?
「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」
私の答えは決まっていた。
受け入れられるはずがない。
自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。
◇◇◇
設定はゆるめです。
とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる