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しおりを挟むカランカランとドアベルが鳴る。
店内から、女性に好まれそうなフローラルアロマの香りが漂ってきた。ホールで女の従業員が清掃をしている。
「突然お訪ねしてすみません。以前占い師の採用でお声がけいただいていた、ネラ・ボワサルと申します。こちらで働きたいのですが、店主様はいらっしゃいますか」
すると、従業員はこちらを上から下まで値踏みするように眺めてから、迷惑そうに言った。
「えーっと……目が不自由な方、ですか?」
「……はい」
「申し訳ないですけど、うちは障害者雇用はしていないので」
「そこをなんとかお願いできませんか?」
「規定ですので」
にべもなく断られた。せっかくここまで来たのに、門前払いを食らってしまいがっくりと肩を落とす。占い師としてなら働いていけると思ったが、考えが甘かったか。
「以前からオファーがあったそうですから、一応店主にお伝えするだけでもお願いできませんか」
そう声を出したのは、案内してくれた男だった。きっぱり諦めて帰るつもりだったが、なぜか彼が代わりに説得してくれている。
「はっはい! 承知しました。では、そちらのお席におかけになってお待ちください。お飲み物もお持ちしますねっ!」
「お構いなく」
(え。さっきと態度が違いすぎでは)
心なしか従業員の声がワントーン高くなった気がする。ネラに対しては冷淡だったのに、彼に対しては対応が甘い。
不思議に思って小首を傾げつつ、席に腰を下ろした。
「色々としていただいて、申し訳ないです」
「いえいえ。とんでもない」
まもなく、店主のメリアが奥から出てきて、面接もせずに一発で採用してくれることに。しかも、この建物の二階の空き部屋を貸してくれるという。あまりにとんとん拍子で事が運んで拍子抜けしてしまう。
「この店に来る客は、あんたに世話んなったのが多くてね」
「そうなんですか」
「ああ。それで皆、口を揃えて"一番当たる凄腕占い師は、子爵家のレディー、ネラ・ボワサル嬢"だって言うのさ。あんたが来てくれんならうちは大歓迎だよ」
まさか、趣味でやっていた占いがそんな風に評価されていたとは思いもしなかった。必要としてくれる人がいたから非営利目的で続けていた占いだが、そのおかげで食いぶちを繋ぐことができた。
勤め先と住居がさっそく決まり、ほっとする。
「でも、貴族のお嬢様がどうして急に働く気になったんだい? どこぞの良家の坊ちゃんと結婚するって話だったじゃないか」
結婚を理由に占い師の雇用の打診を断ったのを思い出す。
そもそも、貴族の令嬢が金稼ぎをするのは恥だとされているので、結婚の予定がなくても断っていたが。
「お恥ずかしい話ですが、ついさっき婚約を破棄され家を追われまして」
「ええっ!?」
隠す理由もないので、失明を理由に別れを切り出されたことと、義妹と新たに婚約を結び直し、自分は追い出される形になったことを打ち明けた。
「全く。薄情な男だね。それを知るいい機会だったと思いな。いい男なんて他にごまんといるよ」
メリアの慰めに苦笑する。彼女が今度は男の方を見て言った。
「それで。そっちの色男は誰なんだい?」
「ただの通りすがりです。道で彼女が困っているようでしたので、こちらまでお連れした次第です」
「へぇ。その隊服、王衛隊のもんだろ? 顔よし、スタイルよし、性格よし、職柄よしと来た。まだ相手がいないなら、うちの娘なんかどうだい? ちょうど年頃でねぇ」
どうやら彼は、なかなかの美丈夫らしい。先程の女従業員のも媚びるような態度も腑に落ちる。
王衛隊は、王都の治安維持と王族の身辺警護を担う組織で、国内に存在する警察組織の中のトップである。高貴な身分の出であることは前提で、更に能力が優れた者が採用される。いわゆる超エリートだ。
「はは。お嬢様には俺なんかよりも素敵なお相手がいらっしゃいますよ」
謙遜しながらさらりと誘いをかわす様は、どこか慣れている。
たわいないやり取りをした後、ネラはそっと立ち上がって言った。
「そろそろ失礼させていただきます。長居しても申し訳ないので」
「それじゃ、来週から頼むよ」
「はい。お世話になります」
男も一緒に立ち上がり、店の外までごく自然にエスコートしてくれる。
玄関の外で、「家はどちらですか」と尋ねられた。
(やっぱり、送ってくれるつもりなのね)
店内にいるときから、彼が帰り道のことも心配してくれているのではないかと思っていた。そして、予想通りの言葉。さすがにこれ以上手間をかけさせる訳にもいかないと思い、首を横に振った。
「帰りは自分で帰ります。今日は本当にありがとうございました」
「おひとりで本当に大丈夫ですか? 遠慮はなさらないでください。目が見えなくなってまもないということですから不安もおありでしょう」
「お気持ちだけで」
「そうですか。では、自分はこれで」
愛想よく会釈をした後、彼がくるりと背を向ける。
「あの……! お待ちください」
このまま別れるつもりが、思わず引き留めていた。
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