隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~

夏笆(なつは)

文字の大きさ
25 / 38

二十五、靴は心 ~ベルトラン視点~

しおりを挟む
 

 

 

「これが、フィロメナの靴」 

「ああ、ベルトラン。気持ちは分かるけど、ちゃんと履けよ?・・・おーい、聞いているか?」 

 野営のテント内で、崇めるように靴を見つめるベルトランに、フィデルが呆れたような表情で、けれど何とか現実に引き戻すよう、ひらひらと顔の前で手を振りながら声をかける。 

『今回、雪原を歩くにあたり、とある企業からの協力を得られることになった。《かくれんぼ》の靴といえば、社交界だけなく第一騎士団でも採用されているので、知っている者も多いと思うが。提供されたのは、雪に特化した靴ということで、試用も兼ねて雪原を歩き、問題が無いようであれば、その先の訓練にも使うこととする』 

 そう、教官から説明があった《かくれんぼ》の靴は、保温性、防水性に優れているとかで、既に寒い野営地に居るとあって、他の訓練生たちは嬉々として即座に試していたが、ベルトランだけは、いつまでも眺めるばかりで履こうとしない。 

「履く。もちろん、有難く履くとも」 

 やがて、大きな決断をするかのような、大仰な物言いをしたベルトランは、漸くその靴に足を入れると、感嘆の声を漏らした。 

「凄いな。温かいし、履き心地がいい」 

「ああ、本当に素晴らしい出来だ。延々と雪原を歩くなんて、どんな苦行だと思ったが、これがあれば大丈夫そうだ。ロブレス侯爵令嬢は、俺達の天使だな」 

 フィデルも心から安心したように言い、ベルトランも笑みを零す。 

「こうしているだけで、フィロメナの優しさが伝わるようだ・・・なるほど、天使か。言い得て妙だが、フィデル。フィロメナは、俺達の天使、というよりは、俺の天使だと思うが」 

 しみじみと言ったベルトランは、フィロメナの笑顔を思い出し、ますます笑みを深くした。 

「あー、まあ、その辺りは勝手にしてくれってことで。しかし、本当に良かった。これから果てない雪原を越えるなんて、凍えて足がやられそうだと不安だったが。足もとの不安は、これで解消だな」 

「ああ」 

「はっ。そううまくいくかね?たかが靴が違うだけで?試用に決まってのだって、ベルトランの婚約者だからって、融通されたんじゃねえの?」 

 そんなベルトランとフィデルの会話に割り込んだのは、同じく訓練生のひとりで、ベルトランより一回り以上年長のアレホ。 

 騎士団では、小隊の隊長も務めている実力者ではあるが、訓練生同士は身分、地位に関係なく扱われるため、日頃から不服を感じているようで何かと苦情が多く、他の訓練生からは、密かに『苦情さん』と呼ばれている。 

 なので、今の彼はある意味通常運転なのだが、相手がベルトランで、内容がフィロメナ関連だというのが、アレホの運の尽き。 

 普段の鬱憤晴らしのようにはいかないと、アレホもすぐに気付くことになる。 

「融通?フィロメナの実力は、第一騎士団でも証明されているが?」 

 一度は履いたものの、脱いで苦情を訴えている様子のアレホに、ベルトランが静かに話しかけた。 

 途端、かかったと言わぬばかり、アレホが口の端をあげる。 

 普段、アレホが何を言おうと口を挟まないベルトランの方から話しかけたことで、最高の標的が捕まったと思っているのか、アレホは目に見えて上機嫌になった。 

  

 ああ、やってしまったな。 

 

 しかし、それを見ていた周りは、アレホに呆れたような視線を送る。 

 この数か月、共に訓練を受けた者の性質も見抜けないようであれば、それは、それまでのこと。 

「第一騎士団に認められている?だからなんだよ。雪原、舐めてんじゃねえの?何も知らねえご令嬢が。もしものことがあったら、どう責任取ってくれるんだ?なあ。そこまで考えて履いてんのかよ?」 

 ここぞとばかりの鬱憤晴らし。 

 要は八つ当たりで、わざと大げさに、吐き捨てるように言ったアレホが、他の、既に靴を履き替えている仲間を小馬鹿にした目で見る。 

「そうか。気に入らなかったのなら、仕方ない。履かなければいいだけのことだ」 

「は?」 

 簡潔にことは済むと言って、ベルトランは小さく頷いた。 

「試用だと、教官も言っていたではないか。納得がいかないというのなら、拒否すれば済むことだ」 

「そんなん、出来るわけ」 

「規定がある。問題ない」 

「なっ」 

 きっぱりと言い切るベルトランに、アレホは困惑の表情を浮かべた。 

「べ、別に。履かないとは言っていない。試用と決まったのなら、仕方がないから履いてやってもいい・・そうだ。お願いってやつ、してみろよ」 

 開き直ったように言うアレホに、しかしベルトランは首を横に振る。 

「そんな必要は無い」 

「必要は無い、って。だけど、売れなきゃ困るだろ?」 

「この靴は、フィロメナの心だ。訓練が滞りなく進むよう、考えてくれたフィロメナを貶めるような奴に、履く資格は無い」 

「そんな・・・俺は、ただ」 

 ただ、苦情を言いたかっただけで、本当に拒否するつもりなど無かったアレホは、追い詰められて焦りの表情を浮かべた。 

「試用と決まった物が気に入らないからって、心配は要らないぜ?試用を決められた武具や防具、装備に関し、自身の命や身体への影響が懸念される場合は、それを申し出て、拒否することが出来るという、俺達の権利があるじゃないか」 

 そしてフィデルが、まさか忘れたのかと、補足という名の追撃を繰り出し、ベルトランは、さっさとアレホの靴を回収しようと動く。 

「い、いや。履くのは業腹だが、靴、余っちまうだろ?いいよ、履く。仕方ないからな」 

「そんな風に諦めて履く必要は無い。俺がもらう」 

「いや、ベルトラン!それはずるいだろう!だったら俺が」 

 苦情男アレホが、己の靴だと取り返そうとするも、ベルトランとフィデルは、既に不毛な戦いを繰り広げており、アレホは、訓練生のなかでも実力者のふたりに割って入ることが出来ない。 

「あんないい靴の試用を許可されておいて、これまでの靴で挑戦するなんて。アレホは勇気があるな。男気ってやつか?」 

「見事、合格してみせてくれ」 

 そうこうするうち、他の訓練生も、それで決まりだと口を出し、結局、アレホだけは、試用の靴ではなく、従来通りの靴で雪原に挑むことになった。 

 

 

 

「・・・はあ。今夜はここで一泊して、明日からは雪山を行軍する?死人が出るぞ」 

「その前に回収されると言っていたではないか。安心しろ」 

 フィデルの言葉に、ベルトランが真顔で答えれば、周りからも苦笑が漏れる。 

「確かに。それだけが、救いだよな。それと、この靴」 

「まったくだぜ。ベルトラン。婚約者に、くれぐれもよろしく伝えてくれ」 

 訓練生たちは、口々にそう言うと、満足そうに己が履く靴を見た。 

 真冬の訓練のなかでも、最高潮と思われた雪原歩きを終えたと思ったその瞬間、麓で一泊してからの雪山行軍を発表されながらも、何とか踏みとどまっていられるのは、靴の温かさ、濡れなさにもあると、訓練生たちは、迫る雪山を見つめる。 

「あれを越えれば、目指すものにまた一歩近づく」 

 ベルトランの呟きに、それぞれの志を抱いて参加している訓練生たちが、一様に頷きを返す。 

 年代もばらばらで、士官学校で同期だった者同士なども存在しない彼らに共通しているのは、士官学校の卒業時、三席までに入る優秀さで騎士爵を得ていること。 

  

 それぞれが、それぞれの目指すもののために。 

 騎士たちは、明日、雪山に挑む。 

 
~・~・~・~・~・
あれ?
アレホは?

いいね、お気に入り登録、しおり、ありがとうございます。

しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

伯爵令嬢の婚約解消理由

七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。 婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。 そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。 しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。 一体何があったのかというと、それは…… これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。 *本編は8話+番外編を載せる予定です。 *小説家になろうに同時掲載しております。 *なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。

【完】貴方達が出ていかないと言うのなら、私が出て行きます!その後の事は知りませんからね

さこの
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者は伯爵家の次男、ジェラール様。 私の家は侯爵家で男児がいないから家を継ぐのは私です。お婿さんに来てもらい、侯爵家を未来へ繋いでいく、そう思っていました。 全17話です。 執筆済みなので完結保証( ̇ᵕ​ ̇ ) ホットランキングに入りました。ありがとうございますペコリ(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+* 2021/10/04

邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです

ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

〈完結〉デイジー・ディズリーは信じてる。

ごろごろみかん。
恋愛
デイジー・ディズリーは信じてる。 婚約者の愛が自分にあることを。 だけど、彼女は知っている。 婚約者が本当は自分を愛していないことを。 これは愛に生きるデイジーが愛のために悪女になり、その愛を守るお話。 ☆8000文字以内の完結を目指したい→無理そう。ほんと短編って難しい…→次こそ8000文字を目標にしますT_T

【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。 --注意-- こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。 一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。 二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪ ※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

処理中です...