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三十二、一転 ~ベルトラン視点~
しおりを挟む「《本日、午後。カルビノ公爵夫妻、ロブレス侯爵夫妻、及びロブレス侯爵令嬢を秘密裡に登城させる》・・・いよいよか!」
「ひょっぅ!」
いつもの通り、簡易な食事と共に報告を運んで来た使い魔も、羽をばたつかせて驚くほどの喜びの声をあげ、ベルトランは、上機嫌で使い魔に労いの魔力を与えた。
「くるぅるうっ」
これまでも、運搬の報酬として魔力を与えて来たベルトランだが、今日の魔力は特に美味だったらしく、使い魔の鳥は嬉しそうにその場で高らかに鳴いてから、気持ちよさげに飛んで行く。
「秘密裡とはいえ、フィロメナが登城する。ということは、やっとフィロメナの安全も確保できたということだろうから。はあ。これで、一安心だな・・・そうか。やっと、フィロメナに会えるんだな。靴の礼も言いたいし、訓練中、君の存在が支えになったと、諸々感謝も伝えたい。そして何より、フィロメナの声を聞きたいし、笑顔が見たい。ああ、いや。フィロメナが、俺の名を呼んでくれるだけで。それだけで、俺は幸せだ」
口元を緩ませて呟き、固形の携帯食を水で流し込んだベルトランは、そこではたと気が付いた。
「そういえば、随分、風呂に入っていないな。それに、ここ最近は、洗浄もかけていない」
訓練中は、とにかく生き残ることに必死で、我が身の清潔さなど二の次三の次であったし、この塔へ監禁されてからも、それどころではない状況におかれていたなど言い訳に過ぎないがと、ベルトランは自身の腕や体を匂ってみる。
「そこまでではない、と思いたいが。そもそも、衛生的な服装とも言い難いか」
王太子により、訓練終了と労いの言葉を賜る際、終わったら、即座にフィロメナに会いに行こうとしていたベルトランは、風呂に入ってからにしろとフィデルに窘められたことを思い出した。
『ベルトラン。悪いことは言わない。風呂には、絶対に入ってからいけ。全身隅々、きれいに洗ってから行くんだ。ロブレス侯爵令嬢に、嫌われたくないだろう?』
風呂に入らず、この状態で婚約者に会うなどもってのほかだと、眉を顰めて言ったフィデルは本気で、周りも大きく頷いていたと、ベルトランは思い返す。
それほどなのだから、自分達の状態はかなり酷かったのだろうと、ベルトランは今更のように思った。
「思えば、今も訓練中の服装のままだ」
王太子による訓練修了の労いを受けてから、更に数日を南の塔で過ごしたベルトランは、それならばと風呂の方を見やる。
騎士を監禁するための部屋とはいえ、御不浄や風呂、寝台などは、質素ながらも清潔なものが揃っているところが、下位の牢とは決定的に異なる部分だろう。
「いや、しかし。いくら何でも、呑気に風呂に入るわけにはいかないな」
フィロメナに会えるのだから、風呂に入り、清潔な状態で会いたい。
臭い、汚いと、フィロメナに嫌われたくはないと、切実に思うベルトランだが、如何せん、状況が状況である。
「それに、着替えも無い」
そうだ、己は着替えもしていないのだと、今更ながらに気づいたベルトランは、フィロメナには、この事実を墓までの秘密にしようと心に決めた。
「何日も着替えをしない、不衛生を好む男と、フィロメナに嫌悪されたら、死ねるぞ、俺は」
『まあ。ベルトラン様って、それほどに不衛生でも、お気になさらないのですね。わたくしとは、とても合いませんわ・・・ええ。とても無理です』
扇で口元を隠し、そんな侮蔑の目を向けて来るフィロメナの視線が、ベルトランの心を抉る。
「いや、違う。フィロメナ。これは、致し方の無い状況だったゆえであって、だな。普段は決して、そんなことはない。絶対に」
幾日も着替えない、風呂に入らないなどということは、非常事態の際にしかしないと、ベルトランは、幻のフィロメナに懸命に訴えた。
「フィロメナに嫌われるなど、絶対に駄目だ、そして無理だ。しかし、フィロメナと再会する時間が迫っているとはいえ、未だ警戒をとくわけにもいかない。つまり、呑気に湯あみなど言語道断。となれば、もうこれは、洗浄の魔法を使うしかないな。まあ。ここは、王城といえば王城だが、南の塔であることだし。ふりとはいえ、監禁という非常事態なのだから、特別ということで許されるだろう。そもそも、魔法を封じる策を講じていないのだし、王太子の使い魔も来るくらいだからな。魔法使用許可あり。ここは、そういう場所なのだな。うん」
王城に於いて、魔法の使用は厳しく制限されているが、今回、そしてこの塔の部屋は特別だろうと勝手に決め、ベルトランは自身に洗浄の魔法をかける。
「よし、これでいい」
頭部、手足、躯幹は言うに及ばず、靴、服に至るまで気の済むまで丁寧に洗浄を幾重にもかけ、ベルトランは、これでよしと身なりを整えた。
「何だか、緊張する」
次に、この部屋の扉を開くのは王太子側の人間。
つまりは、自身の味方でもあると思えば、そして、その後には待望のフィロメナとの再会が待っていると思えば、心も弾むが緊張もすると、ベルトランは大きく肩など回してみる。
「平常心、平常心」
浮かれ過ぎないようにと、呼吸を整えていると、やがて待望の、こちらへ近づく足音が聞こえ始めた。
「来たか・・・・ん?これは、いつもの。近衛になれなかった男の足音。一体、何があった?それとも、これも予定通りなのか?」
その事実を前に、一瞬で浮き立つ気持ちは消え去り、ベルトランは慎重に身構える。
「よう!カルビノ公爵子息!今日はいい日だな!何と言っても、邪魔な王太子と王女ふたり、そして密会中のいけすかない上位貴族を纏めて廃除できるのだから!さあ、食事を存分に味わってく・・・ぐあっ!」
まるで舞台俳優のように、大仰な動作で宣った、近衛になれなかった男は、一瞬で手にした食事ごと壁に激突した。
「んなっ・・がはっ」
「どういうことだ?」
そして、気づいた時にはベルトランに締め上げられており、確かに感じる激痛も、最早どこの部位のものか分からないほど。
「どういうことだと聞いている!?」
「ぐぅっ・・・いう・・いう・・から・・・っ・・たす・・っ・・ぐほっ」
体全体の血管が、頭に集中したかと思うほど、息苦しく、どくどくと血の流れを感じる。
それは、近づく死の恐怖。
首を思い切り締め上げられ、壁に押し付けられながら、近衛になれなかった男は、漸くそれだけを口にした。
~・~・~・~・~・~
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ベルトランというと、どうしても〇ビルマンと思ってしまいます。
♪今日も浮かれてベルトラン 今日も浮かれてベルトラン
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