隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~

夏笆(なつは)

文字の大きさ
32 / 38

三十二、一転 ~ベルトラン視点~

しおりを挟む
 

 

 

「《本日、午後。カルビノ公爵夫妻、ロブレス侯爵夫妻、及びロブレス侯爵令嬢を秘密裡に登城させる》・・・いよいよか!」 

「ひょっぅ!」 

 いつもの通り、簡易な食事と共に報告を運んで来た使い魔も、羽をばたつかせて驚くほどの喜びの声をあげ、ベルトランは、上機嫌で使い魔に労いの魔力を与えた。 

「くるぅるうっ」 

 これまでも、運搬の報酬として魔力を与えて来たベルトランだが、今日の魔力は特に美味だったらしく、使い魔の鳥は嬉しそうにその場で高らかに鳴いてから、気持ちよさげに飛んで行く。 

「秘密裡とはいえ、フィロメナが登城する。ということは、やっとフィロメナの安全も確保できたということだろうから。はあ。これで、一安心だな・・・そうか。やっと、フィロメナに会えるんだな。靴の礼も言いたいし、訓練中、君の存在が支えになったと、諸々感謝も伝えたい。そして何より、フィロメナの声を聞きたいし、笑顔が見たい。ああ、いや。フィロメナが、俺の名を呼んでくれるだけで。それだけで、俺は幸せだ」 

 口元を緩ませて呟き、固形の携帯食を水で流し込んだベルトランは、そこではたと気が付いた。 

「そういえば、随分、風呂に入っていないな。それに、ここ最近は、洗浄もかけていない」 

 訓練中は、とにかく生き残ることに必死で、我が身の清潔さなど二の次三の次であったし、この塔へ監禁されてからも、それどころではない状況におかれていたなど言い訳に過ぎないがと、ベルトランは自身の腕や体を匂ってみる。 

「そこまでではない、と思いたいが。そもそも、衛生的な服装とも言い難いか」 

 王太子により、訓練終了と労いの言葉を賜る際、終わったら、即座にフィロメナに会いに行こうとしていたベルトランは、風呂に入ってからにしろとフィデルに窘められたことを思い出した。 

『ベルトラン。悪いことは言わない。風呂には、絶対に入ってからいけ。全身隅々、きれいに洗ってから行くんだ。ロブレス侯爵令嬢に、嫌われたくないだろう?』 

 風呂に入らず、この状態で婚約者に会うなどもってのほかだと、眉を顰めて言ったフィデルは本気で、周りも大きく頷いていたと、ベルトランは思い返す。 

 それほどなのだから、自分達の状態はかなり酷かったのだろうと、ベルトランは今更のように思った。 

「思えば、今も訓練中の服装のままだ」 

 王太子による訓練修了の労いを受けてから、更に数日を南の塔で過ごしたベルトランは、それならばと風呂の方を見やる。 

 騎士を監禁するための部屋とはいえ、御不浄や風呂、寝台などは、質素ながらも清潔なものが揃っているところが、下位の牢とは決定的に異なる部分だろう。 

「いや、しかし。いくら何でも、呑気に風呂に入るわけにはいかないな」 

 フィロメナに会えるのだから、風呂に入り、清潔な状態で会いたい。 

 臭い、汚いと、フィロメナに嫌われたくはないと、切実に思うベルトランだが、如何せん、状況が状況である。 

「それに、着替えも無い」 

 そうだ、己は着替えもしていないのだと、今更ながらに気づいたベルトランは、フィロメナには、この事実を墓までの秘密にしようと心に決めた。 

「何日も着替えをしない、不衛生を好む男と、フィロメナに嫌悪されたら、死ねるぞ、俺は」 

『まあ。ベルトラン様って、それほどに不衛生でも、お気になさらないのですね。わたくしとは、とても合いませんわ・・・ええ。とても無理です』 

 扇で口元を隠し、そんな侮蔑の目を向けて来るフィロメナの視線が、ベルトランの心を抉る。 

「いや、違う。フィロメナ。これは、致し方の無い状況だったゆえであって、だな。普段は決して、そんなことはない。絶対に」 

 幾日も着替えない、風呂に入らないなどということは、非常事態の際にしかしないと、ベルトランは、幻のフィロメナに懸命に訴えた。 

「フィロメナに嫌われるなど、絶対に駄目だ、そして無理だ。しかし、フィロメナと再会する時間が迫っているとはいえ、未だ警戒をとくわけにもいかない。つまり、呑気に湯あみなど言語道断。となれば、もうこれは、洗浄の魔法を使うしかないな。まあ。ここは、王城といえば王城だが、南の塔であることだし。ふりとはいえ、監禁という非常事態なのだから、特別ということで許されるだろう。そもそも、魔法を封じる策を講じていないのだし、王太子の使い魔も来るくらいだからな。魔法使用許可あり。ここは、そういう場所なのだな。うん」 

 王城に於いて、魔法の使用は厳しく制限されているが、今回、そしてこの塔の部屋は特別だろうと勝手に決め、ベルトランは自身に洗浄の魔法をかける。 

「よし、これでいい」 

 頭部、手足、躯幹は言うに及ばず、靴、服に至るまで気の済むまで丁寧に洗浄を幾重にもかけ、ベルトランは、これでよしと身なりを整えた。 

「何だか、緊張する」 

 次に、この部屋の扉を開くのは王太子側の人間。 

 つまりは、自身の味方でもあると思えば、そして、その後には待望のフィロメナとの再会が待っていると思えば、心も弾むが緊張もすると、ベルトランは大きく肩など回してみる。 

「平常心、平常心」 

 浮かれ過ぎないようにと、呼吸を整えていると、やがて待望の、こちらへ近づく足音が聞こえ始めた。 

「来たか・・・・ん?これは、いつもの。近衛になれなかった男の足音。一体、何があった?それとも、これも予定通りなのか?」 

 その事実を前に、一瞬で浮き立つ気持ちは消え去り、ベルトランは慎重に身構える。 

「よう!カルビノ公爵子息!今日はいい日だな!何と言っても、邪魔な王太子と王女ふたり、そして密会中のいけすかない上位貴族を纏めて廃除できるのだから!さあ、食事を存分に味わってく・・・ぐあっ!」 

 まるで舞台俳優のように、大仰な動作で宣った、近衛になれなかった男は、一瞬で手にした食事ごと壁に激突した。 

「んなっ・・がはっ」 

「どういうことだ?」 

 そして、気づいた時にはベルトランに締め上げられており、確かに感じる激痛も、最早どこの部位のものか分からないほど。 

「どういうことだと聞いている!?」 

「ぐぅっ・・・いう・・いう・・から・・・っ・・たす・・っ・・ぐほっ」 

 体全体の血管が、頭に集中したかと思うほど、息苦しく、どくどくと血の流れを感じる。 

 それは、近づく死の恐怖。 

 首を思い切り締め上げられ、壁に押し付けられながら、近衛になれなかった男は、漸くそれだけを口にした。 


~・~・~・~・~・~
いいね、お気に入り登録、エール、しおり、ありがとうございます。

ベルトランというと、どうしても〇ビルマンと思ってしまいます。
♪今日も浮かれてベルトラン 今日も浮かれてベルトラン
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです

ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。 --注意-- こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。 一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。 二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪ ※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。

最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。 幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。 一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。 ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

【完結】2人の幼馴染が私を離しません

ユユ
恋愛
優しい幼馴染とは婚約出来なかった。 私に残されたのは幼馴染という立場だけ。 代わりにもう一人の幼馴染は 相変わらず私のことが大嫌いなくせに 付き纏う。 八つ当たりからの大人の関係に 困惑する令嬢の話。 * 作り話です * 大人の表現は最小限 * 執筆中のため、文字数は定まらず  念のため長編設定にします * 暇つぶしにどうぞ

〈完結〉伯爵令嬢リンシアは勝手に幸せになることにした

ごろごろみかん。
恋愛
前世の記憶を取り戻した伯爵令嬢のリンシア。 自分の婚約者は、最近現れた聖女様につききっきりである。 そんなある日、彼女は見てしまう。 婚約者に詰め寄る聖女の姿を。 「いつになったら婚約破棄するの!?」 「もうすぐだよ。リンシアの有責で婚約は破棄される」 なんと、リンシアは聖女への嫌がらせ(やってない)で婚約破棄されるらしい。 それを目撃したリンシアは、決意する。 「婚約破棄される前に、こちらから破棄してしてさしあげるわ」 もう泣いていた過去の自分はいない。 前世の記憶を取り戻したリンシアは強い。吹っ切れた彼女は、魔法道具を作ったり、文官を目指したりと、勝手に幸せになることにした。 ☆ご心配なく、婚約者様。の修正版です。詳しくは近況ボードをご確認くださいm(_ _)m ☆10万文字前後完結予定です

田舎者とバカにされたけど、都会に染まった婚約者様は破滅しました

さこの
恋愛
田舎の子爵家の令嬢セイラと男爵家のレオは幼馴染。両家とも仲が良く、領地が隣り合わせで小さい頃から結婚の約束をしていた。 時が経ちセイラより一つ上のレオが王立学園に入学することになった。 手紙のやり取りが少なくなってきて不安になるセイラ。 ようやく学園に入学することになるのだが、そこには変わり果てたレオの姿が…… 「田舎の色気のない女より、都会の洗練された女はいい」と友人に吹聴していた ホットランキング入りありがとうございます 2021/06/17

処理中です...