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旦那様の秘密 ~人も羨む溺愛結婚、の筈がその実態は白い結婚!?なのにやっぱり甘々って意味不明です~
しおりを挟む「ああ、シャロン様が羨ましい」
「本当ですわ。あんなに素敵な旦那様に愛されて・・あ、溺愛されて!」
「先日も、おふたりで観劇を楽しまれのでしょう?」
「しかも、フロスト公爵家のお席を譲っていただいたとか!」
「普段、決してご実家を頼ろうとなさらないエース伯爵が珍しい、と皆さん噂していますのよ」
「まあ、でもご存じ?そうしてエース伯爵が頼るのは、奥方のシャロン様の為だけなので、フロスト公爵家ではシャロン様に感謝しているのですって」
「この間も『可愛い嫁なの』って、フロスト公爵夫人に自慢されてしまいましたわ」
「あ、そういえば先だってフロスト公爵が」
・・・ああ、早く帰りたい。
盛り上がっている夫人達を余所に、シャロンはひとりそう思うも、まさかお茶会の真っ最中、しかも自分が話題となっている時に帰ると言い出すことなど出来はしない。
そして恐ろしいことに、今ではこういった状況に慣れてしまってもいる。
何となればこの状況は結婚前、婚約するかどうかという時からなのだから。
溺愛、ねえ。
確かに、結婚してからも観劇によく連れて行ってくれるし、変わらず買い物にも付き合ってくれるし、馬車で遠出とかピクニックとか、休日は楽しく過ごしているわね。
むしろ、婚約時代より頻度が増したくらい。
それに、ドレスや宝飾品も嬉々として選んでくれるし。
でも、それなのに白い結婚、って何故なのかしら?
思いつつ、シャロンは薫り高いチョコレートを口に運んだ。
「旦那様。今日のご予定は?」
朝、いつものように共に食卓に着き、いつものように、にこにこと夫ハロルドに見つめられながら、シャロンは尋ねた。
「シャロン。旦那様は止せといつも言っているだろう」
「失礼しました。ハロルド様。本日のご予定は?」
「今日は一日、王城で勤務だ。だが、もちろん何かあれば遠慮せずに連絡するように。あと、これもいつも言っているが、もっと砕けた話し方をしてほしい」
「ですが、正式に婚姻しまして」
使用人達の目もある、と最後までシャロンが言えた事はない。
「頼む」
「・・・・・努力します」
今日も今日とて途中で遮られたそれを、シャロンがそれでも毎回口にするのには理由がある。
シャロンとハロルドは、結婚して半年になる歴とした夫婦だが、未だに初夜を終えていない。
故にシャロンとしては、もしかしてハロルドには他に愛するひとがいる、なので自分はお飾りの夫人なのでは、という懸念が消えない。
でも、それも何か違うような気がするのよね。
この半年、そんな素振りは少しも無いのだもの。
公爵家の次男として生まれたハロルドは、実家が有していた伯爵位を継ぎ、その有能さで次期宰相とも名高い存在。
対するシャロンは、凡庸な伯爵家の凡庸な娘だったのだが、どこで見初められたかハロルドに熱烈に求婚され、婚約、婚姻に至った。
婚姻式の後の宴では『今宵はさぞかし熱い初夜となるだろう』と、大勢から揶揄われ、シャロンは頬を染めたものだ。
しかし、しかしである。
その夜『今日は疲れただろう。ゆっくり休むといい』と言って、ハロルドは、シャロンの額に口づけをすると、そのまま自室へと籠ってしまった。
そしてその後も、ハロルドが夫婦の寝室へ来ることは無い。
でも、絶対にお邸に帰って来るのよね。
しかも夕食は、朝と同じように一緒に摂るし、見つめて来る瞳には熱いものもある。
愛されている、と感じるけど、他にも誰かいるのかしら?
そう思うシャロンだが、ハロルドの帰宅時間を思えば、何処かに寄って帰って来るのも不可能だと思われるし、夕食後、再び出かけて戻って来ない、ということも無い。
勤勉なハロルドの一日の行動は決まっていて、夕方、勤務を終えれば帰って来てシャロンと共に夕食を摂り、翌朝もシャロンと共に朝食を摂って王城へと出かけて行く。
そこには、シャロンへの確かな想いがあると感じられるだけに、シャロンの悩みは解決の糸口さえ掴めずにいた。
「名残惜しいな」
朝、見送りの玄関先で、ハロルドがそう言ってシャロンをゆったりと抱き締めるのも、いつものこと。
「・・・・・仕方ない。行って来る」
「いってらっしゃいませ」
そうして今日も、互いの頬に口づけを落としてから、ぎゅっと手を握った。
それは、ハロルドが望んだ見送りの儀式である。
こんな風な儀式を提案して、名残惜しいと思ってくれるのに、どうして夜は放置なのかしら?
自分に手を出さないのは、誰かを想っているから、であるのなら当然だとシャロンは思う。
しかし、婚約前から今に至るまで、ハロルドの甘さは変わらない。
一緒に歩いていて、シャロンが少しでも躓けば、すぐさま抱き上げようとするし、咳をしただけで医者を呼ぼうとする。
何より、休日の昼間はよく一緒に出掛けるし、贈り物にも余念が無い。
なのに、夜の寝室だけは別という今の状況。
「何か、あるのかしら?」
治めるエース伯爵領からの報告を読みながら、シャロンはぽつりと呟いた。
「ハロルド様。お夕食の後、少しお時間をいただきたいのですが」
シャロンの申し出に、ハロルドの食事の手が止まる。
「この後、か」
「何か、ご都合が悪いですか?」
シャロンが問えば、ハロルドは躊躇うように何かを考えている。
「今から・・この時間からだと、本当に少ししか・・・いや、何でもない。少しなら構わない」
「ありがとうございます」
「いや。夕食後に、と言われたのは初めてで、驚いてしまった」
この半年、夜になると放置される毎日であろうと、シャロンは何も言わずに来た。
しかし、この様子であれば、ハロルドも現状について思うところがあるのだろうとシャロンは思った。
「もっと、ハロルド様とお話ししたいと思いまして」
「そうか・・・では少し急ぐか?・・・ああ、それではシャロンが食事を楽しめない。それは駄目だ」
ハロルド様、時間を気にしている?
そういえば、夕食の時や、出かけている時はいつもそう。
でも、どうして?
今も夕食を摂りながら、時間が気になる様子のハロルドに、シャロンは首を傾げた。
「時間を気にされているようなので、直球で申し上げますね。わたくし、ハロルド様に聞きたいことがございます」
「シャロン、頼むから言葉遣いを」
「直したら、お答えくださいますか?」
「それは・・・・・」
怯むハロルドを、シャロンは座っているソファからじっと見つめる。
「この半年の、ハロルド様のわたくしへの扱いについて、色々と考えてみました」
「・・・・・」
シャロンが何を言いたいのか、分かっているのだろうハロルドが、じっと黙ってシャロンの言葉を聞く。
「初めは、ハロルド様には他に想う方がいらっしゃるのかと思いました」
「なっ!それは無い!絶対に!」
シャロンの言葉に、ハロルドが腰を浮かせ、物凄い勢いで否定した。
「はい。それにしては、きちんとご帰宅なさいますし、休日もわたくしと一緒に過ごしてくださいます。なので、これは無いかなと思い始めております」
「無いから、さっさとそのような考えは捨てろ」
真顔で言うハロルドに、シャロンは素直に頷いた。
「はい。それで、次に考えましたのは、わたくしに魅力をかんじな」
「そんな訳あるか!もしそうなら、こんな苦しみを感じることも無い!」
強く言い切ったハロルドの言葉に、シャロンは首を傾げる。
「苦しみ、ですか?」
「あ」
「ハロルド様?」
「・・・・・」
「その苦しみは、ハロルド様が時間を気にされることと関係がありますか?」
「・・・・・・・・ある」
シャロンの問いに、ハロルドはかなりの間を置いて、是と答えた。
「え?夜九時になると、蜥蜴の姿になる呪い、ですか?」
「ああ、そうだ。こちらの国を乗っ取ろうとしていた国とやり合っていた時に、受けてしまった」
避け切れなかった自分が情けない、とハロルドは大きく肩を落とす。
「え?やり合っていた時に、ですか?ハロルド様は、文官なのに?」
「別に、剣や弓でやり合った訳ではない。やり合ったのは、会議室でだ。つまり、言葉での闘いだな」
「そこで、呪いを?」
「そうだ。シャロンとの婚姻式の、ひと月ほど前のことだった」
苦く言ったハロルドに、シャロンは絶句した。
時間限定で蜥蜴にされる呪いなんて、本当に存在するものなの?
物語のなかだけじゃなくて?
「信じられない気持ちも分かる。俺自身、まあ、変な光は浴びたが、実際に蜥蜴になるまで信じていなかった」
「あの。その場にいらした他の方は?」
「その場に居たのは、宰相閣下と俺だけだったからな。何とか閣下はお守りした」
「・・・最初から言ってくださればよかったのに。ハロルド様も大変だったでしょうが、わたくしも悩んでしまいましたわ」
「すまない。だが、夜には蜥蜴になるから寝所は共に出来ないなど、言えなくてな」
ハロルドの言葉に、シャロンが明るく言葉をかけた。
「ハロルド様。蜥蜴になっても構いませんわ。今夜から、寝室を共にしてくださいませ」
「もうやがて、蜥蜴になる時間だ。俺は部屋に戻る」
シャロンの言葉が聞こえなかったかのように、そそくさと戻ろうとするハロルドを、シャロンが引き留める。
「ですから、構いませんと」
「俺が構う!隣に君が居て、漸くこの腕に抱いて眠ることが叶うのに、その腕が蜥蜴なんだぞ!?どれだけ悔しくて悲しくて切ないか!別の部屋にいても悶々とするくらいなのに、一緒になど居たら、耐えられるわけが無い!」
叫ぶように言って、ハロルドは自分の両手に顔を埋めた。
「夜になったら、蜥蜴に・・・ハロルド様。何か、そのようなお話、わたくし聞いたことがありますわ」
「・・・俺もある。だが、あれは物語だろう?」
「ですが、試してみる価値はあるのではありませんか?」
ふたりが言っている物語とは、蛙になってしまう呪いを受けた騎士が、夜か昼かだけ蛙になると言われ、愛する妻にその選択をさせるというもの。
結局、妻は夫が良い方を選べばよいと言ったことによって、その呪いは解ける。
「分かった。やってみよう・・・シャロン。俺は、蜥蜴となる呪いを受けた。君は、昼に蜥蜴になることを望むか?それとも、夜か?」
「どちらでも。ハロルド様のお心のままに」
にこりと笑ってシャロンが言ったその時、ハロルドが蜥蜴になった。
時計は丁度、九時を指している。
「駄目でしたね。ところで、ハロルド様。その蜥蜴の姿でもお話し出来るのですか?」
「出来る。しかし、シャロン。この姿を見ても驚かないのか?」
「聞いていましたし。銀色に赤の線がきれいな蜥蜴さんですね」
「はあ」
ため息を吐くハロルドに、シャロンはもう一度提案する。
「では、今度は、蜥蜴の姿で同じことをしてみましょうか」
「この姿で?」
「はい」
「・・・・・分かった。やってみよう・・・シャロン。俺は蜥蜴となる呪いを受けた。君は、昼に蜥蜴になることを望むか?それとも、夜か?」
「どちらでも。ハロルド様のお心のままに・・・・・まあ、変化なしですね。蜥蜴さん」
「蜥蜴と呼ぶな!」
「ですが、蜥蜴さん。わたくし、もうひとつ有力な案がありますの」
「何だ?」
「それはですね」
言いつつ、シャロンはゆっくりと蜥蜴となったハロルドに近づく。
「何をする気だ?」
ゆっくり優しくハロルドである蜥蜴を手のひらに乗せたシャロンに、ハロルドが首を傾げる。
しかして、今の姿は蜥蜴なので、蜥蜴が首を傾げる形となりシャロンが嬉しそうな笑い声を立てた。
「可愛いです!蜥蜴さん!」
「何が、可愛いだ。それから、蜥蜴と言うのも止めろ。それで?もうひとつの案というのは?」
「はい。呪いを解くには、これかなと思いまして」
「なっ!」
そう言うと、シャロンは驚くハロルドを余所に、そっと蜥蜴の口に自分の唇を寄せた。
「ほら、解けました」
瞬間、ぽんっ、と音がして蜥蜴がハロルドの姿を取り戻す。
「え?本当に?」
「そのようです・・・お帰りなさいませ、ハロルド様」
そう言って笑ったシャロンを、ハロルドは力いっぱい抱き締めた。
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