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八、対峙
しおりを挟む「本当に、皇・・武那賀様も甘いこと。下手人を取り逃がしたからと言って、石工まで放免してしまうとは」
ほう、と手を頬に当て首を横に振る扇に、臣下の礼は崩さないながらも、白朝は、拍子抜けをする思いがした。
あらあらまあまあ。
そうなのですか、そうですか。
扇様は、皇様が発表された『下手人は取り逃がした』という言葉を、そのまま信じていらっしゃるのですね。
ということは、扇様のご生家、鷹城家もそう思っているということで。
これはもう、あの夜、皇様の宮に鷹城家を除く家の当主が揃っていたことも、その場に雪舞様もいた事も、本当に知らないこと確定ね。
あの夜、鷹城家を見張っていた者が『若竹皇子様が日嗣皇子となることが今宵確定した、という理由で宴の用意に忙しい』と報告して来た時には驚いたけれど。
どうやら本当だったみたい。
「玉桐と凪霞を盗み出す指示をした石工など、即刻処刑で良かったものを」
ええええええ。
皇様の言葉が無ければ、今頃そうなっていたのは、扇様と鷹城家だと思うのですが。
知らないって怖いわ。
「大体がして、白朝は我慢が足りません。若竹が美鈴に入れ込んだからと醜い嫉妬をして。若竹が美鈴を住まわせた館にしたって、喜んで献上すべきところ、よりによって若竹に売り付けるだなんて。みっともないと恥を知りなさい」
は?
何を言ってくれちゃっているのですか。
花館は、私のためにお父様が建ててくださったものなのに、盗人猛々しいとはこのことね。
手には優雅に団扇を持ち、宮家の媛に相応しい体裁を保ちながら、白朝は内心、面倒な人と行き会ってしまったと思いつつ、こちらも心の中だけで答え続ける。
今、白朝が扇と対峙しているのは、皇の屋敷内の一画。
皇に呼ばれて来た白朝は、その宮に辿り着く前に扇と行き会い、逃げる事も出来ないまま、まんまと捕獲されてしまった。
「それに、何ですかその装いは。緑に橙色なんて、橘の実のようですよ。まあ、食す事も出来ない役立たずな果実と不出来な娘。相応しいといえば相応しいけれど」
じろじろと不躾に見つめ、扇はとどめのようにそう言った。
「・・・・・」
え?
本気?
橘って、確かに食べるには酸味が強いけれど、薬にもなるし、香りが凄くいいし、女性の間では人気なのだけれど。
扇様のなかでは、食べられない、というだけで価値の無い物になるのね。
ふむふむと白朝が思っていると、扇が一際顎を持ち上げて、とんでもないことを言い出した。
「白朝。今からでも遅くありません。若竹に謝罪して、正妃としてもらいなさい。そして生涯、若竹に尽くすのです」
え!?
急に何を言い出すの!?
そんなの、絶対に嫌に決まっているじゃない!
断固回避に成功したのに、戻るなんて有り得ないわ!
「扇様。そのお話は既に済んでいることかと」
「妾に逆らうつもりか!?」
ここは、はっきり否定をしないと、と思った白朝が静かに反論したことで、扇が居丈高に叫ぶも、怯んでなどいられない。
「この件は、皇様が確定されていらっしゃいます」
「まったく。武那賀様も、何故そのような我儘を許されたのか。白朝が我慢きかないだけではないか」
苛々と言い募る扇は、これ以上ないほどに険しい顔をしている。
うーん。
これって、皇様が雪舞様を娶っても自分は我慢している、とか言いたいのかな。
でも、扇様が雪舞様に対して居丈高なのも、お仕事をすべて押し付けているのも周知の事実だし・・それでも、まあ。
嫁いだ相手が他の女人に夢中、という立場を耐えているといえば、そうなのかな。
「白朝が勝手をするから、若竹の執務が滞って、任されている領を取り上げられそうなのよ。責任を取りなさい」
ええええ。
それは、私のお仕事ではなく、若竹の仕事ではないですか。
若竹の正妃になる、と約束していた時には、私がやるものかと思っていたけれど、石工はきちんと自分でしていて、若竹のあれってただのさぼりだったんだ、って知ったのよね。
まあ、そもそもの能力が無いってだけかもしれないけれど。
若竹、見た目だけだから。
遂には、若竹が、その任されている領を取り上げられそうになっているのは、白朝が執務をしないせいだと言い出した扇に、白朝はため息を吐きたくなった。
これ、いつまで続くのかしら。
もういい加減、疲れたのだけれど。
「白朝。今日の装いもよく似合う。香菓の女神が舞い降りたかのようだ」
扇様が満足なさるまでとなると未だ未だ、と気が遠くなりかけた白朝は、その声を聞いて歓喜した。
石工!
救援に感謝!
「何ですか、無作法に」
白朝の立場では扇を無碍にも出来ず、途中脱出は困難だと思われた所で現れた予想外の助けに、白朝は瞳を輝かせる。
「これは扇殿、いらしたのですか。白朝に目を奪われて挨拶が遅れましたこと、ご容赦ください」
「まるで、妾が白朝に劣るような物言い。失礼であろう」
「私個人の見解なので、ご安心を」
言外に、自分は白朝より劣ると思うといい笑顔で告げ、石工が白朝に向き直った。
「父上の宮に行くのだろう?一緒に行こう」
「はい。皇子様」
結婚の約束をした媛、もしくは妃だけが呼ぶことを許される言い方で白朝が石工を呼べば、その強面が緩む。
「・・・・・日嗣皇子となるのは、若竹じゃ」
「扇殿。それが、貴女の望みだということは知っています。ですが、余り軽々しい物言いをなさいませんよう」
怨嗟を込めた呟きにそう答え、石工は優しい物言いのそれとは正反対の、冷たい瞳を扇に向けた。
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