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『舞台って、直接演技をお客さんに届けられる感覚が好きなんだ』 

 初めて会った時、そう言って目を輝かせた紅葉乃さんに、俺はひとめぼれした。 

 告白した時、素直にそう言ったら『どうせひとめぼれしてくれるなら、舞台に立っている姿、とか演技している姿、が良かったな』なんて冗談めかして言ってたけど、俺は紅葉乃さんの仕事に対する姿勢が物凄く好きなんだ。 

 

 紅葉乃さんにも、恥じない舞台を。 

 

 年下だけど、俺が恋人で誇らしい、って少しは思ってもらえる存在でいたい。 

 そのためにも、俺は今この時、持てるすべての力をこの演技に注ぐ。 

  

 ああ。 

 客席との、この一体感が好きだ。 

 

 俳優の道を選んだことを、後悔するくらい辛い時もあるけど、でも俺はこの瞬間があるから舞台に立ち続ける。 

 観客の熱と演者の熱。 

 それが絡み合って物語に命が吹き込まれ、佳境へと進んで行く。 

 そうして、物語の見せ場でもある長台詞に入った俺は。 

 遠く。 

 本当に後ろの隅の席に、紅葉乃さんが居るのを見つけた。 

  

 紅葉乃さん! 

  

 演じる役とは別のところで、素の俺が歓喜する。 

 物語の役の熱は変わらない。 

 それでも、一気に気持ちが向上するのを感じる。 

  

 紅葉乃さんが、観に来てくれている。 

  

 その事実が俺を奮い立たせ、凄まじい自信と解放感を呼び覚ます。 

 自分でも単純だと思うし、演者としては未熟なのかも知れないけれど。 

 でも演じているのとは別次元の俺は、今、この劇場に俺と紅葉乃さんしか居ないかの如く、紅葉乃さんを近くに感じていた。 

  

  
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