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魔獣討伐
翼竜
しおりを挟む「リリアーヌ。この先、平原に高木が並び始める辺りが、今日の狩場だ」
王都を出、並んで馬を歩かせながら、レオンス王子がリリアーヌにそう声を掛けた。
「はい。では、そろそろ馬を下りるのでしょうか?」
街道の周囲には草や低木ばかり、という平原を抜けると、林というほどでもないが、高木が立ち並ぶ箇所に出る。
その場に、中程度の魔獣が用意されている、と聞いていたリリアーヌは、焦ることもなくレオンス王子に向き直った。
「それは、もう少し後になる。正直、リリアーヌがもっと馬の扱いになれていなければ、この先は俺と同乗して、とも思っていたのだが、そんな心配は無用だったな。リリアーヌは、馬の扱いも見事だ」
足場が悪くなっても、ひとり騎乗して大丈夫そうだ、とその手綱さばきに目を細めてレオンス王子が言い、リリアーヌが嬉し気に微笑んだ、そのとき。
前方が俄かに騒がしくなり、レオンス王子とリリアーヌの周りに居た騎士達が、素早い動きで一斉に護りを固めた。
「もう、始まるのでしょうか?」
予定より大分早い、とリリアーヌが不思議そうに前を向いた時、先頭で隊を率いているはずの騎士団長バルナベが、単騎物凄い勢いで馬を走らせて来た。
「王子殿下!魔獣の暴走です!多数の魔獣が、信じられないほどの勢いでこちらへ迫ってきます!王子殿下とご婚約者様は急ぎ避難を!」
「馬鹿を言え!魔獣の暴走など見逃せばどれだけの被害になると思う!俺も出る!腕に覚えのある者は、抜剣して俺に続け!魔術に長けた者は、その後方で援護!リリアーヌ!君は!」
「魔術を用いて、後方支援いたします」
護衛を付け、リリアーヌを避難させようとしたレオンス王子の言葉を遮り、リリアーヌは凛とした姿勢のまま、馬上から強い視線をレオンス王子へと向けた。
「っ・・・そうか、了解した!しかし、無茶はするなよ、リリアーヌ。シリル ラルミナ!リリアーヌを頼む。バルナベ、行くぞ!」
近くで控えていたシリル ラルミナにリリアーヌを託すと、レオンス王子はリリアーヌに視線を向けてから勢いよく抜剣すると、躊躇うことなく魔獣の群れへ向けて愛馬の腹を蹴る。
「ご武運を!」
その背に叫び、リリアーヌはシリル ラルミナと共に魔術を展開すべく、剣を用いて闘う騎士達の後方へと向かった。
「この先の森で何か異変が起こり、魔獣が暴走しているものと思われます」
素早く後方の陣を形成した魔術騎士の部隊でそう説明を受けたリリアーヌは、彼らと共に防御壁を展開し、抜剣して闘う騎士の援護射撃を行う。
「レオンス王子殿下は、魔術を剣に纏わせて闘うことがお出来になるのですね」
王子という身分でありながら、剣を振るう騎士達の先頭に立って戦うレオンス王子を見つめ、リリアーヌはその闘いの勇猛さ、緻密さに感嘆した。
「あのような闘い方が出来るのは、王子殿下だけです。あの方は、最高の為政者であり、最高の騎士でもあられるのです」
シリル ラルミナの言葉に、魔術騎士達が誇らしげに頷く。
「ですが、そうおっしゃるシャンタル公爵令嬢も、お見事な腕前」
「まこと、完璧な防御です」
「援護攻撃も的確で、威力調整も申し分ない」
すっかりリリアーヌを自分達の仲間、身内と定めた魔術騎士達の言葉を聞くにつけ、コーム サドとドニ モローの瞳は暗く濁り、終には、面白くないその瞳をリリアーヌへとぶつけた。
「あれくらいのことで褒められるとは、奉られるご令嬢が羨ましいですよ」
言いつつ、魔術展開する彼らだが、その防御壁は弱く、援護攻撃は弱い上に性能が低く、とても役に立っているとは言い難い。
現に、魔獣はふたりの魔術など無いが如くに走り抜けてしまい、その後始末をリリアーヌや他の魔術騎士が行っている始末。
流石に、目の前でその事実を見、己の無力さを実感している彼らは、仲間の騎士に聞こえないよう、小さな声でちくりとリリアーヌに嫌味を言うも、防御と攻撃に忙しいリリアーヌは相手にしている暇も無かった。
「そろそろ、収束しますでしょうか」
コーム サドとドニ モローの言葉など、半分も聞いていなかったリリアーヌは、大分、魔獣の数が減った、と安堵の息を吐く。
そんなリリアーヌの視界の先で、レオンス王子も縦横無尽に奔らせ続けた馬の速度を落とし、落ち着いた表情で締めの指揮を執っており、その身に纏った殺気が消えたことからも、もう新たな魔獣の襲撃は無いのだ、とリリアーヌはレオンス王子のその様子に更に安堵を深めた。
「はい。もう収束するでしょう。それにいたしましても、シャンタル公爵令嬢。このような事態となってしまいましたにもかかわらず、その危急の対応の素晴らしさ、その能力の高さに我ら一同、感服いたしました」
シリル ラルミナがそう言い、周りの魔術騎士達も笑顔で頷き肩の力を抜きかけた、その時。
突然の突風と共に陽が翳り、一気に辺りが暗くなった。
「翼竜!」
その翳りを生んだのは、信じがたいほどの巨躯を持つ、翼竜。
翼を大きく広げたその姿は、見上げたリリアーヌの視界すべてを覆い尽くすほどだった。
魔獣のなかでも最大の大きさと強さを誇るその存在の出現に、さしもの騎士達も凍り付く。
「ご婚約者様をお護りしろ!」
シリル ラルミナが叫ぶも、無規則に飛ぶ翼竜を相手に、防御壁の展開も難しい。
「わたくしよりも、王子殿下を!剣士の皆さまに防御をお願いします!」
自らも剣士達へ防御壁を張りながら叫ぶリリアーヌに、魔術騎士達も続く。
しかし、乱れ飛ぶ翼竜に、前方剣士、後方魔術騎士の陣形を保ち切れず、奮闘空しくやがて陣形は崩壊した。
それでも、剣を振るう騎士達はレオンス王子と共に、魔術騎士達はリリアーヌと共に、怯むことなく翼竜に立ち向かう。
乱れ飛ぶ翼竜の動きに合わせて、時に逃げ、攻撃し、防御する、を繰り返す。
その呼吸、連携は、流石騎士団ともいうべき見事さ。
それでも、翼竜の攻撃力、防御力、破壊力は類を見ないほどに強く高く、騎士達にも疲労の色が濃くなっていく。
「もしや、あれはリンドブルムなのか?」
「確かに、攻撃特徴はそうだが。いやしかし、翼あるリンドブルムなど聞いたこともない」
「まあ、あれが何であろうと。飛行されるうえ、とてつもない防御力を前にこちらの攻撃が効かず、対する向こうの攻撃威力は半端ないことだけは、確かだな」
光線を放つ、その特性から騎士達は翼竜がリンドブルムでは、と予測するも、翼を持つリンドブルムが確認された前例はなく、当然、過去に討伐した記録を見たことも無いので断じることも出来ない。
相手は、強大な未知の生物。
つまり、手立てを講じることが出来ない。
しかして、その強さだけは実感できる彼らに、絶望が広がり始めた。
「倒せるのか、あれ」
「全滅、するかもな」
「今のうち、王子殿下とご婚約者様だけでも、お逃がしするべきなのではないか?」
屈強な精神と肉体を持つ騎士達が絶望するほどの威力で、リンドブルムは木々を薙ぎ払い、草原を焼き払って行く。
飛行する翼竜に、剣も矢も届かず、魔術は通用せず。
広がる絶望のなか、誰もがリンドブルムに蹂躙されるしかない未来を見たとき、リリアーヌはひとり、リンドブルムの巨躯に疑問を持っていた。
「リンドブルムの身体の色が、あれほどに浅黒いのは何故でしょう?」
「馬鹿かお前!あれは、そういうものなんだろうよ!何を言い出すかと思えば。まったく。今の状況判ってないだろう。馬鹿で呑気な迷惑者め!」
リリアーヌの疑問に、コーム サドが呆れたような声を出す。
「礼儀知らず過ぎて訂正する気も起きないほどだな。だいたいお前、シャンタル公爵令嬢の後ろに隠れているくせに随分偉そうじゃないか・・・しかし、シャンタル公爵令嬢。リンドブルムの体色、ですか」
シリル ラルミナはコーム サドへと皮肉るように言い、リリアーヌに促されて初めてリンドブルムの体色に気づいた、とその着眼点に驚きの瞳をリリアーヌに向けた。
「はい。色が、余りにおかしい気がして。それに、とても苦しそうではありませんか?何か、因することがあって苦しくて、あのように暴れているのではないでしょうか。それならば、その因を取り除いてやれば、あの動きを止めることが出来るかもしれません」
防御壁を張りつつリリアーヌが言えば、周りの魔術騎士達が、その顔に色濃く疲労を見せながらも、リリアーヌへと視線を向けた。
「今、この段階になってもそれだけ強固な防御壁を張り続けながら、貴女は、リンドブルムの異変にまで気づかれるのか?」
呟きは、誰のものだったのか。
それを耳に掠めながら、リリアーヌはリンドブルムの巨躯を見つめる。
「あっ、あそこ!あの部分、焼け爛れたような傷があります。その痛みで、我を忘れているのかもしれません」
煩雑に暴れるのはそのせいでは、と呟き、リリアーヌはその手に力を籠め、金色の弓を形づくった。
「魔術で、弓、を」
驚く魔術師達の前で、リリアーヌは一心にリンドブルムを見つめ、続けて出現させた光の矢に優しい力を籠めて行く。
「すみません、魔力残量の関係で、これからわたくしの魔力を、この矢に全振りします。申し訳ありませんが、防御をお願いします」
リリアーヌの言葉に、シリル ラルミナが力強く頷いた。
「はい。防御はお任せください。疲れているとはいえ、我ら自分の身とシャンタル公爵令嬢の御身を護るくらいの防御は可能です。剣士達には、その間駆けまわるか何かして、頑張って逃げてもらいましょう。魔道通信で伝えますので問題ありません。なに、彼等なら大丈夫です。短時間なら、ですが」
にやりと笑ったその言葉に同意するよう、魔術騎士達がリリアーヌを囲むように立つ。
「どのみち、このままでは全滅します」
「騎士として、覚悟は決めております」
「シャンタル公爵令嬢に、我らの命運を託します」
口々に言う魔術騎士達に、リリアーヌは美しい一礼をした。
「ありがとうございます。皆さま、お願いします」
ちらりと剣士達の動き、レオンス王子の動きを確認したリリアーヌが、その後は躊躇いを捨てたように全力で矢に魔力を注ぎ、魔術騎士達が、残る力を振り絞るように自分とリリアーヌに防御を掛ける。
そして、馬駆けて攻撃を避ける剣士達。
そんな騎士達の姿に胸を熱くしながら、リリアーヌは形づくった光の矢に、癒しの象徴である水の加護を臨界まで加えた。
そうして、その矢を引き絞った金色の弓につがえて解き放つ。
「お願い。癒して」
水がそのまま矢の形を作ったかのように見えるその矢は、あたたかい光を帯びながら、ゆっくりとリンドブルムへと飛んで行く。
「あのような弱々しい矢。何の役に立つというのか」
自分ひとりの防御も上手く取れず、かと言って足で逃げるほどの体力も俊敏性も無く、他人の世話になりながら発した、ドニ モローの馬鹿にしきった声など、誰も聞いていない。
リリアーヌが放った矢は、ゆるゆると、しかし確実に動き回るリンドブルムの患部と思しき場所へと向かっていた。
「追跡もかけてあるのか」
シリル ラルミナが驚いたような声を出したとき、リンドブルムの患部と思しき箇所に、水と光の矢が終に接触した。
その瞬間、リンドブルムの皮膚が眩い光を放ち、やがて大きくなったその光に、リンドブルムは全身を包み込まれていく。
「おお!」
「動きが止まった!」
「何だ、あの矢は!」
剣士達からも驚きの声があがり、魔術騎士達も、息を飲んでリンドブルムを囲み込んだ光を見つめる。
やがて光が収束したとき皆が見たのは、大空を悠然と飛ぶ、真っ白な巨躯を誇るリンドブルムだった。
「馬鹿な」
コーム サドがそう呟き、力抜けた様子で地面に膝を付く。
「なんてきれいな」
真っ白な翼竜を見あげ、リリアーヌが言ったとき、その翼竜が嬉しそうな鳴き声をあげた。
「るるーらー」
喜びを表すようなその声と共に、薙ぎ倒された木々が、焼かれた草原が元の姿を取り戻していく。
「リリアーヌ!」
その奇跡を声も出せずに見つめている魔術騎士達とリリアーヌの元へ、同じく呆然とした様子で上空を見あげ固まる剣士達のなかから、レオンス王子が焦りの表情を隠すことなく、馬で駆け抜けて来た。
「レオンス王子殿下!」
上空の真っ白い翼竜と、その翼竜が鳴くたび再生していく周囲を驚き見つめていたリリアーヌは、そのままの勢いで馬を飛び降りたレオンス王子に抱き上げられ、馬から下ろされ目を回す。
「無事なのか!?あれほどの魔力を放って、あれほどの魔術を展開するなど、自殺行為ではないのか!?その前も、魔力を随分使っていただろう!?」
叫ぶように言いつつ、レオンス王子は確かめるようにリリアーヌの頬に触れ、肩に触れ、その顔色を確かめる。
「わたくしは、大丈夫です。それよりも、剣で戦った皆さまにお怪我は?」
「ああ。重症の者もいたのだが、リンドブルムが真っ白な翼竜となり、頭上で鳴くと同時に皆、癒えた。かすり傷も残らないどころか、体力まで戻って、驚いている」
レオンス王子の言葉に、リリアーヌは、ほっと安堵の息を吐いた。
「それで、あの。レオンス王子殿下。あの子の処遇はどうなるのでしょうか?傷が癒えたら周囲も元に戻す奇跡を見せてくれましたが、やはり、討伐対象となってしまうのでしょうか?」
周囲を元に戻し、騎士達の傷を癒した、とはいえ、元凶となったのは、当のリンドブルムである。
リンドブルム自身傷付いていたから、という理由があるにせよ、やはり討伐されてしまうのか、とリリアーヌは不安をその瞳に浮かべた。
「真っ白なうえ、翼を持ったリンドブルムなど記録にも無いし、あの奇跡の力を見せられては、簡単に討伐、とは言えないよ。陛下も、そう仰るだろう」
優しくリリアーヌの髪を撫で、レオンス王子が微笑む。
「王子殿下。リンドブルムの異常に気付き、癒したのはシャンタル公爵令嬢なのです」
「シャンタル公爵令嬢がいらっしゃらなければ、我らは全滅しておりました」
「それのみならず、王都も危うかったやも知れません」
「シャンタル公爵令嬢のお心を大切にお考えくださいますよう、お願い申し上げます」
そんなレオンス王子に希うよう、魔術騎士達がその場で額ずいた。
「皆さま・・・」
「リリアーヌは、大人気だね」
胸詰まるリリアーヌの隣で、レオンス王子が揶揄うような声を出す。
「大丈夫だ。私は、リリアーヌを泣かせるようなことはしない」
そうレオンス王子が言い切ったとき、リンドブルムがリリアーヌ達の頭上へと到達した。
「るるーりー るるーらー」
そして、リンドブルムがリリアーヌ達の上空で鳴くと同時、リリアーヌは自分の削られた魔力が限界値まで満たされるのを感じ、目を瞠った。
「不思議な力ですね。まるで、寿ぎの声のよう」
リリアーヌの呟きに、レオンス王子も周りの魔術師も、同意の頷きを返す。
「先に確認された魔獣の暴走は、リンドブルムの出現に基づくものだったのだろう。皆、諦めずによく闘ってくれた」
「シャンタル公爵令嬢あったればこそ、でございます。王子殿下」
シリル ラルミナが魔術騎士達を代表するように一礼し、魔術騎士達は一斉にそれに倣った。
「いいえ、皆さまが居てくださったからこそ、全力で向かうことが出来たのです、レオンス王子殿下」
崇拝の瞳をリリアーヌへと向ける魔術騎士達を少々苦い瞳で見つめ、レオンス王子は気持ちを落ち着かせるよう、リリアーヌを彼等から隠すように立ち、且つ、見せつけるようにその髪をひと房取って指に絡める。
「さて。リリアーヌ、色々、聞きたいことはあれど、まずは城へ戻ろうか」
そう優しく甘くリリアーヌに囁くと、レオンス王子は毅然とした表情となり、終結した全騎士達に向かって声を張った。
「皆、本当にご苦労だった!帰城後小休憩を挟んで、すぐに報告会とする。疲れているとは思うが、よろしく頼む」
「はっ」
レオンス王子の言葉に騎士達が一斉に礼を執り、そして城へと帰るため動き出そうとして、再び大空のリンドブルムを見る。
「りりーるー りりーらー」
楽し気に謳うリンドブルムには、既に危険を感じないものの、巣へと帰る気配もない動きに不安も生まれた。
「無事に、家に帰れるといいのだけれど」
「心配ない。この辺りに居る間は、見張りを付けることとする」
レオンス王子の決定に、リリアーヌ始め皆が安堵したその時。
「リリアーヌ!」
真っ白な巨躯が、一直線にリリアーヌ目指して降下して来た。
その動きに、一番最初に反応したのは、レオンス王子。
レオンス王子は、リリアーヌの身体を抱き締めると、すかさず抜剣してリンドブルムと対峙した。
「るううるらー ららっららー」
その動きに驚いたような声をあげたリンドブルムが、上空を一回転した後、今度は嬉しそうな鳴き声をあげて再びリリアーヌ目指して降下を始める。
「なっ!」
高度が下がるたび、リンドブルムの身体が小さくなっていく。
翼竜の姿のまま、それでも確実に大きさを変えて行くその神秘。
それを、目の前で見ることになった人々が驚愕の声をあげる。
「るるーらー」
そして、鳩ほどにまで小さくなったリンドブルムが、嬉しそうにリリアーヌの肩に止まった。
「えっと?」
戸惑いの声をあげるリリアーヌの肩で、リンドブルムは幸せそうに翼を閉じ、リリアーヌの頬にすりすりと身を寄せて、甘えたような声を出す。
「おいリンドブルム!リリアーヌにそのようなことをしていいのは、俺だけだ!」
レオンス王子が叫んで離そうとするも、リンドブルムは動く気配も無い。
「ははっ。王子殿下に最強の恋敵出現、ですかな」
剣士の部隊を率いて傍に控えていたバルナベに楽しそうに言われ、レオンス王子は不機嫌を隠さないまま、それでも城へと帰るべく、鮮やかな動きでひらりと馬に跨った。
「リリアーヌ、おいで。そのリンドブルムは捨てておいでね」
まるで駄々っ子のような事を言うレオンス王子を、バルナベは微笑ましく見つめる。
「王子殿下。リンドブルムを置いて行くことは出来ませんぞ。そのように神秘の力を秘めたる生き物など聞いたこともない。シャンタル公爵令嬢を主と定めた様子ですし、陛下にご報告申し上げねば」
「判っている」
不機嫌になるのは止められないが、それでも王子としての威厳を保つため、レオンス王子は自分の前に乗せたリリアーヌの髪に、後ろからそっと唇を寄せた。
「シャンタル公爵令嬢が、レオンス王子殿下の癒しであり、起爆剤でもあるのですね」
それを間近で見ていたエヴァリスト デュランに真っ直ぐな声で言われ、周りからも生温かい目で見守られるなか、レオンス王子は気まずげな様子もなく、その事実をありのまま肯定するように、リリアーヌが馬から落ちることのないよう、その身体を優しく抱き寄せる。
「リリアーヌ。行くよ」
リンドブルムを肩に乗せたままのリリアーヌと共に城へと戻るべく、レオンス王子が馬の腹を蹴ろうとした、その時。
「レオンス王子殿下。今回の討伐、わたくしも討伐隊の一員としてお役に立てましたでしょうか?」
レオンス王子の前に座らせられていたリリアーヌが、そっと首を後ろに向けてそう言った。
「もちろんだ。優しくて強い。リリアーヌは、俺の自慢の婚約者だよ」
即座に言い、その瞳を覗き込んだレオンス王子の瞳を見つめ返し、リリアーヌは控えめな、けれどとても美しい笑みを浮かべる。
「それならばレオンス王子殿下。わたくし、お願いがございます」
「いいよ。何が欲しい?何でも言ってごらん。今日の最大の功績者はリリアーヌなのだから」
本日最大の功績者。
その言葉にも、周囲から反発の声はあがらない。
むしろ、それを当然と受け入れている。
「ありがとうございます。ならば、馬をご用意ください」
「馬?」
「はい。わたくしを、ここまで乗せて来てくれた馬です」
その雰囲気のなか、リリアーヌの言った言葉にレオンス王子が固まった。
今、ここに、馬が欲しいというリリアーヌ。
その思いがどこにあるのか判らないほど鈍くないレオンス王子は、不満顔でリリアーヌを見る。
「リリアーヌは、俺と馬に乗るのが嫌なのか?」
「いいえ。ですが、これから帰城となれば、本日の討伐の戦果も問われましょう。王都へ入れば、多くの人の目もあります。わたくしは、ひとり馬に乗り、堂々と戻りたく思います」
王子に護られる姫ではなく、王子を護れる騎士としてありたい。
リリアーヌのその願いは、騎士達の大歓声と共に、その場の全員に受け入れられた。
否。
ひとり、リリアーヌから離されることになったレオンス王子を除いて。
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