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しおりを挟む「<野犬に襲われた村>・・・これだ」
つやに遭遇した翌日。
凛は、図書館でその地の歴史を紐解いていた。
そこにあったのは、この地が経験して来た数々の事件と、そこに住まう人々の物語。
そのなかに、多くの野犬に対応した当時の当主の話もあった。
<当主、伝衛門は慣習に倣って離れに妾つやを囲っていたが、彼の実子八人はすべて正妻りんの産んだ子であり、後、彼等によってこの地は大きな発展を遂げることになる>
そっか。
おつやさんの旦さんは、伝衛門さん、って言うんだ。
あ、でも当時の私は”りん”なんだから、私の旦那様でもある、のかな?
思ってから、凛は何だかおかしくなった。
確かにつやはそう言っていたけれど、凛自身に記憶があるわけではない。
”りん”としての自覚は無いが、それでも過去につやが経験した凄惨な事件、そこに関わっていたらしい当事者のひとりとして、凛は覚悟を決めて野犬事件の記事を読む。
<その村一番の大地主であり、村長でもあった伝衛門は、あがって来る野犬の被害報告の多さに頭を悩ませていた。
都から離れた長閑な土地とはいえ、村の男達はいざという時には武器持って闘うことにも慣れており、これまでは野犬の被害があるたび、山狩りなどをして対応することで事なきを得て来ていた。
それがこの一年ほどで野犬はその数を異様なほどに増やし、遂には小屋にいる農耕用の牛までもが襲われる事態となった。
このままでは村人にも被害が及ぶと懸念した伝衛門は、野犬の群れを一網打尽にする計画を立てる。
それは、高台にある伝衛門の屋敷全体を罠として仕掛ける、というものだった。
まず、伝衛門はこれを機に引っ越しをして屋敷全体を空とし、門や壁に牛や鶏の死骸をぶら下げたり血を塗り籠めたりして野犬の群れをおびき寄せる。
更に門の中にも牛や鶏の死骸を用意して完全に誘い込んだところで、外側から門を閉じて閉じ込める。
一方、空き家と化した邸の囲炉裏や竈では、爆ぜやすい木を崩れやすくした状態で通常よりずっと大きな火を焚き、周囲には乾いた藁や柴を敷詰め積み上げたうえで油をかけ、火事を誘発する。
こうして、野犬がすべて屋敷内に入り込んだ状態での大火災を狙い、その屋敷全体で起こる大火事に野犬も巻き込むことで駆除できる。
万が一逃れ出る野犬が居た場合に備え、屋敷周りには狩猟用の罠をしかけ、武器を持った男達が待機した。
この計画により野犬の群れは一掃され、村は平穏を取り戻した>
おつやさんは?
この記録によれば、伝衛門は妻子や使用人を予め他の場所に移したのだと知れる。
しかし、つやはこの時、野犬と共に大火のなか命を落としたと言っていた。
あ、これ!
何処かにつやの記述が無いかと探した凛は、付随する記事のなかにつやの名を見つけ、より一層顔を本に近づけてしまう。
<野犬に罠を仕掛ける際、伝衛門は当然これを離れに住まうつやにも伝えようとした。
しかし、その数日前より諍いによりつやに拒絶されていた伝衛門は話すこともままならず、かといって決行を遅らせるわけにもいかず、手紙という形でつやに伝えようと離れの出入り口にそれを挟み込んだが、つやがそれを見ることは無かったと思われる。
すというのは、鎮火後、多くの野犬の骨と共に邸から女性ひとりの遺体が発見されたからである>
おつやさん・・・・・。
<野犬の骨と共に発見された女性の遺体は、村でただひとり行方不明となっているつやのものであると断定され、懇ろに弔いを行った後、彼女が好んで住んだ離れ跡に埋葬された。
この時伝衛門夫妻は『きれいな物が好きだったつやのために』とつやの遺体に美しい着物を被せ、紅珊瑚の数珠をその手に持たせたという>
紅珊瑚の、数珠。
つやが持っていた紅珊瑚の数珠を思い出し、凛はそっと本を閉じた。
お屋敷の、離れ跡。
長い年月を経た今、もうその墓は風化してしまっているかもしれない。
それでもその場でつやに香を手向けたい、と凛はその場へ行ってみることにした。
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