10 / 104
第一章
第9話:パーティーの待ち合わせ②
しおりを挟む
文化祭が3週間後に迫った日の、誰もいない放課後の教室。
夕陽がほとんど落ちかけていて、太陽の端っこがら名残惜しそうに山にひっかかっている時間のこと。
周囲に関係を隠して付き合っていた久遠と神永はこの日、珍しく教室で会っていて、久遠は神永に頼まれて採寸を行っていた。
ステージに立つことになってしまったと報告してきた彼は大変不服そうで、それが可愛かった。
ミスターコンテストのステージで出場者たちが着用する服は毎年手工芸部が用意していたらしく、そのために彼も採寸データを提出するよう急かされたらしい。
久遠に見られたくないがためにステージに出ることを秘めたまま突き通したかったそうだ。けれど、学内外にファンがいるほど有名な彼のことだ。ミスターコン参加などという特大スクープが学校内を駆け巡らないわけがなかった。
噂になる前にと彼があの日直接久遠に告げなかったとしても、あっという間に久遠の耳にも届いていただろう。
2人きりの教室で彼のリーチや腹囲を測りながら、久遠はしつこいほどミスターコン出場をいじっていた。
自分の恋人が輝かしい舞台に立つことへの優越感がどうしても湧いてきて、でも、そんなふうに思う女だと彼には思われたくなくて、優越感を隠すためにわざと彼をからかっていたんだった。
久遠があまりにも笑うせいでくたびれてしまった彼は、ふてくされたように久遠を見下ろした。
そのまま彼は、彼の腹囲にメジャーを当てていた久遠の腕を掴みあげ、無理やりキスをしたのだった。
こんな思い出を、今はもうそばにいて欲しくないと思われている相手とパーティーに行かなくてはならない日にわざわざ提示してこなくたっていいのに。
夢の内容は幸せなもの。だからこそ残酷だ。この夢を見るタイミングとしては、今日はあまりにも残酷だった。
夢が、自分の罪を忘れるなよと、そう言っているみたい。
「あの、おひとりですか?」
窓についた雨粒をぼーっと眺めていたら、声がかかった。自分に向けられたものではないと思っていたので、一度目は顔を向けなかったが、「あの」と二度目の声がかかって振り返る。
そこには男性が立っていて、久遠を見ていた。穏やかな笑みを浮かべているが、久遠としては存じ上げない方なので、人違いか、なにか用があって話しかけられたのだろうと思う。
「急にすみません。さっきからおひとりで座ってたので」
大学生だろうか。落ち着いた服装ではあるが、平日の夜にスーツではなく私服を着ていることから、学生に見えた。
「これから結婚式ですか?綺麗ですね」
男性の目線が久遠が着ている服に向けられる。
突然話しかけられた割に話の方向性がわからず、久遠は気まずい笑みを浮かべて首を傾げ、意図を明らかにしてくれと促す。
学生は笑顔を浮かべつつも申し訳なさそうに顔を歪め、頭をかく。
「急に話しかけられてきもいっすよね。すいません、なんかずっと向こうから見てて、気になって、やっと声をかけてしまったんですけど」
ずっと向こうから、と言いながらカフェのカウンター席に軽く目をやった。ずっとあそこから見ていたと言うのが本当かはわからないが、結構怖い。
しかし意図はわかった。
女性が1人なら容姿はそこまで優れていなくても話しかける風俗のスカウトか、カットモデルか、もしくはナンパだ。
「あ俺全然怪しい者とかではなくて、ほんとにただ可愛いなって思ったっていうか、もしまだ一人の時間長いなら、ほんの少しでも話せないかなとか思って」
久遠の訝しげな表情を受けて、男が饒舌になる。
久遠としては、学生に恨みはないものの、この様子をもし神永に見られたらと思うと気持ちが焦る。これから仕事に行くのに遊んでいるのか、だなんて絶対に思われたくない。
「あ……そろそろ待ってる人来ると思うので」
目線をスマホの画面に向け、通知を見るそぶりをする。それによって学生が去ってくれればと思ったが、そう簡単にはいかない。
「お友達が来るまででもいいんです。……あ、今が忙しかったらLINE、いや!インスタの交換とか」
「あいや、大丈夫です」
目を合わせられずスマホを見たまま一応笑う。彼が怪しい業界の人などではなさそうなことは伝わってくるので必要以上に邪険にも扱えないが、本当にそろそろまずいのだ。
「だめかー……結構ほんとに勇気出したんですけど……そりゃきもいすよね」
と、言いつつ去ろうとしないのは、本人としては気まずくないのだろうか。
つい2年前には久遠自身も学生だったため、働くときは自分も学生気分でいつまでも社会人が板につかないものだが、不思議なことに、こうして本物の学生を前にすると、自認がおばさんになる心地がする。
「あの、もし今彼氏がいなかったら、」
「困ります」
突然、はっきりと拒否を示したのは、久遠――では、なかった。
夕陽がほとんど落ちかけていて、太陽の端っこがら名残惜しそうに山にひっかかっている時間のこと。
周囲に関係を隠して付き合っていた久遠と神永はこの日、珍しく教室で会っていて、久遠は神永に頼まれて採寸を行っていた。
ステージに立つことになってしまったと報告してきた彼は大変不服そうで、それが可愛かった。
ミスターコンテストのステージで出場者たちが着用する服は毎年手工芸部が用意していたらしく、そのために彼も採寸データを提出するよう急かされたらしい。
久遠に見られたくないがためにステージに出ることを秘めたまま突き通したかったそうだ。けれど、学内外にファンがいるほど有名な彼のことだ。ミスターコン参加などという特大スクープが学校内を駆け巡らないわけがなかった。
噂になる前にと彼があの日直接久遠に告げなかったとしても、あっという間に久遠の耳にも届いていただろう。
2人きりの教室で彼のリーチや腹囲を測りながら、久遠はしつこいほどミスターコン出場をいじっていた。
自分の恋人が輝かしい舞台に立つことへの優越感がどうしても湧いてきて、でも、そんなふうに思う女だと彼には思われたくなくて、優越感を隠すためにわざと彼をからかっていたんだった。
久遠があまりにも笑うせいでくたびれてしまった彼は、ふてくされたように久遠を見下ろした。
そのまま彼は、彼の腹囲にメジャーを当てていた久遠の腕を掴みあげ、無理やりキスをしたのだった。
こんな思い出を、今はもうそばにいて欲しくないと思われている相手とパーティーに行かなくてはならない日にわざわざ提示してこなくたっていいのに。
夢の内容は幸せなもの。だからこそ残酷だ。この夢を見るタイミングとしては、今日はあまりにも残酷だった。
夢が、自分の罪を忘れるなよと、そう言っているみたい。
「あの、おひとりですか?」
窓についた雨粒をぼーっと眺めていたら、声がかかった。自分に向けられたものではないと思っていたので、一度目は顔を向けなかったが、「あの」と二度目の声がかかって振り返る。
そこには男性が立っていて、久遠を見ていた。穏やかな笑みを浮かべているが、久遠としては存じ上げない方なので、人違いか、なにか用があって話しかけられたのだろうと思う。
「急にすみません。さっきからおひとりで座ってたので」
大学生だろうか。落ち着いた服装ではあるが、平日の夜にスーツではなく私服を着ていることから、学生に見えた。
「これから結婚式ですか?綺麗ですね」
男性の目線が久遠が着ている服に向けられる。
突然話しかけられた割に話の方向性がわからず、久遠は気まずい笑みを浮かべて首を傾げ、意図を明らかにしてくれと促す。
学生は笑顔を浮かべつつも申し訳なさそうに顔を歪め、頭をかく。
「急に話しかけられてきもいっすよね。すいません、なんかずっと向こうから見てて、気になって、やっと声をかけてしまったんですけど」
ずっと向こうから、と言いながらカフェのカウンター席に軽く目をやった。ずっとあそこから見ていたと言うのが本当かはわからないが、結構怖い。
しかし意図はわかった。
女性が1人なら容姿はそこまで優れていなくても話しかける風俗のスカウトか、カットモデルか、もしくはナンパだ。
「あ俺全然怪しい者とかではなくて、ほんとにただ可愛いなって思ったっていうか、もしまだ一人の時間長いなら、ほんの少しでも話せないかなとか思って」
久遠の訝しげな表情を受けて、男が饒舌になる。
久遠としては、学生に恨みはないものの、この様子をもし神永に見られたらと思うと気持ちが焦る。これから仕事に行くのに遊んでいるのか、だなんて絶対に思われたくない。
「あ……そろそろ待ってる人来ると思うので」
目線をスマホの画面に向け、通知を見るそぶりをする。それによって学生が去ってくれればと思ったが、そう簡単にはいかない。
「お友達が来るまででもいいんです。……あ、今が忙しかったらLINE、いや!インスタの交換とか」
「あいや、大丈夫です」
目を合わせられずスマホを見たまま一応笑う。彼が怪しい業界の人などではなさそうなことは伝わってくるので必要以上に邪険にも扱えないが、本当にそろそろまずいのだ。
「だめかー……結構ほんとに勇気出したんですけど……そりゃきもいすよね」
と、言いつつ去ろうとしないのは、本人としては気まずくないのだろうか。
つい2年前には久遠自身も学生だったため、働くときは自分も学生気分でいつまでも社会人が板につかないものだが、不思議なことに、こうして本物の学生を前にすると、自認がおばさんになる心地がする。
「あの、もし今彼氏がいなかったら、」
「困ります」
突然、はっきりと拒否を示したのは、久遠――では、なかった。
1
あなたにおすすめの小説
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―
七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜
yuzu
恋愛
人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて……
「オレを好きになるまで離してやんない。」
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる