【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影

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第一章

24話:8年前の出会い①

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 正直、自分から一織に話しかける妄想をしなかったわけじゃない。けれど、最終的にそれを決行することはなかった。

 向こうも私のことを覚えているかもしれない。

 そんな期待が、愚かにも、モグラ叩きのモグラのように頻繁に頭を出したけれど、自力ですかさず潰してきた。

 元々美しい人で遠い存在だとは思っていたけれど、学校という環境で見かける彼はより一層別世界の人に見えた。弓道部の仲間らしい男子たちが楽しそうにはしゃぐ真ん中で静かに笑っている彼を見る度、あの入院期間に不相応に想いを告げたりしなくて本当に良かったと思った。


 部活見学・体験入部期間が始まった。

 久遠が進んだ高校はなかなかのマンモス校で、メジャーな部活からややマニアックな部活まで取り揃えられており、この期間の学校は盛りあがっていた。

 廊下に部活勧誘のポスターが所狭しと並び、放課後は勧誘の呼び掛けも盛んだった。

「久遠、私たちも弓道部のあれ見に行こ!」

 HRが終わるや否や友だちにそう言われて、帰る支度をしていた久遠はたじろぐ。誘ってくれた好意を無碍にしたくはないけど、その部活だけは行けない。

「きゅ、弓道部って男子だけだよね?」

「そだよ。だから入部はないんだけど、今日イベントあるって知らない?」

「イベント?」

「うん。部内戦やるんだって。この部活見学期間中にやらせるなんて、あの部活の師範、鬼畜じゃない?1年に対して晒しあげるみたいなもんじゃん」

「ぶないせん……」

「なんか、ずっと在籍してはいたけどリハビリがあってレギュラーになれなかった人がいるんだって。その人のレギュラー入りがわんちゃんあるんだって!よくわかんないけど激アツなんじゃない?これ」

 それは、もしかしなくても、彼のことだ。

「ほら知らない?天女って呼ばれたりしてる、神永先輩」

「てんにょ?」

 思いがけないワードが飛び出してきた。

「うん美人だからふざけてそう呼ばれてるらしい。見たことないかなー。あの部活の中でもずば抜けて美人で、骨格からしてレベチだから、久遠も絶対見たことあると思うんだけど」

「……さっき、レギュラー入りがどうとかって、どういうこと?」

「お、興味出てきた?やったー!私もよくわかってないからとりま行ってみよ」

 その誘いはやや強引だったけれど、断ることだって出来たはずだ。それでも久遠がそうせずに、押されるままに道場に促されたのは、一織の回復をこの目で見ることができるかもしれない機会をやっぱり逃したくなかったからだった。

 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 弓道場の前には、すでにたくさんの靴が並んでいた。

 引き戸を開けると、畳の縁に沿って新入生らしき生徒たちが座り込み、その後ろには立ち見の列まで出来ている。

「ほら、あそこ空いてる。座ろ」

 友だちに袖を引かれて、久遠は列の端に膝をついた。

 射場の向こう側、開け放たれた大きな窓の先には、砂利の庭と、その先に的がずらりと並んでいる。

 白地に黒い円が描かれた的は、思っていたより小さく見えた。あんな距離まで矢を飛ばして当てようとするのか。

 射場にはすでに何人かの部員たちが並んでいた。道着に袴姿の背の高い男子たちが、番号順に立っている。

 その一番端に、一織がいた。

 彼の姿をとらえた瞬間、久遠の心臓が大きく脈打つ。

「ね、あれあれ。いちばん端の人。あれが神永先輩」

 友だちが嬉しそうに囁く。が、ふと久遠の異変に気がつき不思議そうな表情を浮かべる。

「あれ、久遠マスクなんてしてたっけ。どした?」

「あ、いや、最近風邪流行ってるからなと思って……人も多いし……」

 久遠がしどろもどろになってマスクの下で口を動かす。友だちは納得したようなしていないような顔をしていたが、すぐに話題の部員たちの方へ向き直った。

 久遠もまたこっそり一織を見る。病院で見ていた時よりも、背はさらに伸びて逞しくなっていて、もう立派な男性だった。表情もどこか大人びていて、眼差しにあの時のような温もりや柔らかさはなく、真剣さと緊迫感がある。

 一織が弓を引いた。

 久遠は手に力を込め、当たれと強く祈った──。

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 神永一織は見事に皆中した。

 その場にいた誰もがざわめき、レギュラー入りはほぼ確実だと囁いていた。部員も口々に「逸材」「復活」と盛り上がっていて、それだけで、彼がどれだけ有名な選手だったか、そして、どれだけ復活を待ち望まれていたのかが伝わってきた。

 久遠は、見学者の帰宅ラッシュで混雑した道場を抜けて友だちと外へ出た後、その子と別れて教室へ戻った。宿題に使う数学の教科書を机の中に入れたままだっまのを思い出したからだ。

 ……本当に、良かった。

 弓道のことをまだあまり分かっていない久遠でも、一織が皆中となった瞬間、場の空気が動くのがわかった。その瞬間に鳥肌が立った感覚や、胸が熱くなった余韻がまだ残っている。斜め後ろから見上げた彼の凛とした顔も脳裏に焼き付いている。

 下駄箱へ向かうために階段を降りながら、マスクを外し、ポケットにしまった。

 その時、階段の踊り場で不意に影が動いた。

 反射的に顔を上げると、少し濡れた髪をタオルで押さえながら歩いてくる一織がいた。さっきまで袴姿だった彼は制服に着替えていて、シャツの袖をまくり上げている。

 息が止まる。

 ……え、ちょっと待って

 久遠が立ち止まったのと、一織が久遠に気づいたのはほぼ同時だった。

 思考停止した久遠の脳が辛うじて出した指令は、このまま立ち去ることだった。それ以外にこの動揺から回避する方法がなかったからだと思う。

 おかしいくらい騒いでいる心臓の音を外に漏らさないように鞄の持ち手を強く握り、そのまま歩いた。

 彼の横を通り過ぎる時、柔軟剤のような柔らかい香りがした。あの頃は病院で洗濯してもらっているパジャマしか着ていなかったから、あの時とは、全然違う香り──。



「いつまで知らないふりしてないといけないの?」
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