【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影

文字の大きさ
26 / 104
第一章

25話:8年前の出会い②

しおりを挟む
「いつまで知らないふりしてないといけないの?」


 びっくりして変な声が出てしまうところだった。

 明らかに自分に向けられた声。あの時より少しだけ低いけど――明らかに彼の声。

 責め立てるような言葉の引力に久遠は振り返ったが、しかし、口調に反して一織の表情は柔らかった。こちらを見て可笑しそうに笑みを浮かべている。

「い……おり、くん。覚えてるの?私、」

「どうやったら忘れるの」

 一織は長い足で歩いてきてあっという間に距離を詰めると、久遠の頭に優しく手の平をのせた。そして、その後に言った言葉があまりに自然すぎて、久遠は危うく聞き流すところだった。

「大好きなのに」

「……え?」

「黙って退院しちゃうなんてひどいよ。あの時俺がどれだけ傷ついたか」

「ご、ごめん!私寂しくて、なんて言ったらいいか、っ分かんなくて、それで」

「分かってる」

 焦ってしまって慌ただしく目線を動かした久遠をなだめるように、久遠にのせられている一織の手が一瞬頭を撫でた。

「傷ついたけど、もういいよ。許してあげる。久遠がちゃんと覚えてくれてたってだけで、今すごく嬉しいから」

 そういって目を細めた神永の顔は、彼らしくないほど無邪気な笑顔だった。まるで、母親の帰りが思ったよりも早くて喜ぶ子どもくらい無邪気な顔。

 同じ制服を着て、大好きだった男の子が目の前に立っている。学校の廊下の背景に、一織が合成されているだけなんじゃないだろうか。浮いて見えるくらい、一織が今一緒にここにいるということが信じられなかった。

「あ、さっきおめでとう……!」

 上手く言葉が出なかったけれど、一織は久遠がついさっきの部内戦のことを言っているのだとちゃんと汲み取ってくれたらしく、「ありがとう」と言った。

「久遠さっき見てたでしょ」

「えっ、気づいて……」

「うん探したもん。いないかなーって。そしたら本当にいるし、なんかマスクつけて隠れてるし」

 まさか気づかれていたなんて……。あんなに真剣な雰囲気を纏っていたのに、いつの間にこちらに意識を向けていたのだろう。

 そして、久遠が一織に気づいたのは入学式の日だったけど、一織はいつ久遠の存在に気づいたのだろう。

 一織にまた可笑しそうに笑われてしまって、久遠の耳が熱くなる。恐らく今、滑稽なほど赤くなっているに違いない。

「……一織くん、たくさん頑張ったんだね。あの時あんなに、苦しそうだったのに」

 久遠が最後に見た一織の姿は、痙攣して嘔吐していた姿だった。

「急に久遠いなくなっちゃって、リハビリしかすることなかったからね」

 久遠の慎重な言葉に対してあっけらかんと返され、何も言えなくなる。

「あの後、高校上がる前に退院出来て、高1の時はずっと外来リハビリと自主練してたんだ。その間、絶対俺の方がセンスあるのに他がレギュラーになって悔しかったけど、必要な期間だったんだと思う」

 簡単に言うけれど、1年間で他の部員を抑えてレギュラーに選ばれるまでに能力を磨くのは、大変な努力があったはずだ。

「後遺症とかって……」

「ああもう全然。俺は残らなかったんだ」 

 一織が手をグーパーと動かしてみせる。前は杖で補っていた、麻痺のあった側の足もぶらぶらと動かして見せてくれる。

「よかった……」

 安堵してほっと息を吐くように呟いた。けれどすぐに、さっき一織が聞き捨てならない言葉を放っていたようなことを思い出してしまって、また固まる。

「あの一織くん、さっき……」

 ――『大好き』って言った?

 そんな大胆な質問はさすがに口にできず、久遠は言葉に詰まった。

 確かに聞こえた気がする。でも、期待している私が作り出した幻聴の可能性も無きにしも非ずだ。

「なぁに?久遠」

 神永が意地悪そうに笑って久遠の顔を覗き込んだ。濡れた前髪の先から、ひとしずく水が落ちる。シャンプーのような爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。

 誰か他の人が通りかかったらどうしよう。この状況を誰かに見られたら大変なんじゃないか。
 段々そんな焦りも生じてきて、久遠は問いかけを引っ込めた。

「な、なんでもない」

「俺、久遠とまた話せてすごく嬉しいよ」

 遠くの方から、夕方の鐘が聞こえてきた。

 久遠の目は、久遠を見つめる一織から離せなくなっている。

「久遠が退院してから、しばらくずーっと久遠のこと考えてたよ。ああ、こんなつらいんならさっさと気持ち伝えとくんだったなーって、後悔してた」

「え?」

「久遠が俺の初恋だったから」

 一織の顔は、もう久遠をからかっているようには見えない。

「久遠は?……俺のことどう思ってた?」

 一織の声はいつも通り穏やかだったけれど、微笑みはもうなかった。真剣な顔で、少し緊張も浮かんでいた。

「私……は……」

 遠くで鐘の音が止んでしまう。2人がいる踊り場に落ちた静寂が、久遠が答える出番であることを急かしてくる。

 別世界、身の程知らず、不釣り合い――。
 久遠の脳が瞬時に余計な思考に走ろうとしてしまう前に、それを停止させるために、久遠はぎゅっと目を瞑った。そして、息を整えて目を開く。

 一織はまだ、少し緊張した顔で真っ直ぐ久遠を見下ろしていた。

「私の方が、多分もっと好きだよ」



 その日から1年半、神永一織と小島久遠は恋人同士だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜

yuzu
恋愛
 人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて…… 「オレを好きになるまで離してやんない。」

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

処理中です...