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第一章
45話:別れた過去③
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例の全校集会から10日ほど経っていたある日。
久遠は、自分の席に座ったまま、仲のいい友達2人とだべっていた。もう他のクラスメイトは部活へ行ったり帰宅したりしていて、3人ぽっちの放課後。
帰る準備をしながら、机の上に広げたプリントを適当に重ねて、どうでもいい話をする。この時間が、その時の久遠には癒しだった。
「そういえばさ、久遠最近毎日一緒に帰れてるよね」
何気ない調子で、友達の一人が言った。
「前までたまに彼氏に久遠取られてたのに」
くすっと笑いながら言うその言葉はとても嬉しそうで、からかいにも近い。気楽なその言葉に、久遠の手が一瞬止まってしまった。
前は、一織と一緒に帰る曜日は友達からの誘いは断っていた。
友達には、彼氏が誰なのか、同校なのか他校なのか、何歳なのかなどという情報は何も話していなかった。一織との関係は隠していたからだ。友達が知っていたのは、久遠本人曰く彼氏がいるらしいということだけだった。
「うん」
無理に口角を上げて返すと、もう一人の友達もうんうんと頷く。
「まじ、だいぶ嬉しいよ。放課後久遠と遊べるし」
嬉しいと言われること自体は、久遠にとても嬉しかった。けれど同時に、"前は違う今"をはっきり差し出されたような気がして、胸の奥が陰った。
「あれ……もしかして、なんかまずかった?」
久遠の反応に気づいたのか、友達が慌てて言う。
「ごめん!全然変な意味じゃないからね? 私、ほんと、普通に嬉しくて」
「ううん!」
久遠は首を振った。
「私も、楽しいよ」
それは嘘じゃなかった。けれど、声が少しだけ硬くなった。
目の前にいる友達は何も悪くないのに、変な反応をしてしまう自分にも自己嫌悪を感じ、余計に緊張する。
「……でもさ」
少し間を置いて、もう一人が続ける。
「もしかして、彼氏さんとあんまり上手くいってない?」
久遠は言葉に詰まった。
「う、うーん……いや……」
否定するのも嘘になる。どう答えればいいのか困っていると、2人の空気が一気に変わる。
「ちょっと待って」
「久遠にこんな顔させるのどこのどいつ!?」
勢いづいた声が、3人ぽっちの静かな教室に響いた。
「寂しがってるじゃん!」
「まじか、許せな。え、連れてきなよ。叱ってあげるから!」
冗談めかした調子だったけれど、その根っこにあるのが心配と同情だということは、苦しいくらい伝わってきた。
「つらかったのに、なんで言ってくれなかったの?」
「大丈夫だよ、絶対。前は楽しそうに話してたじゃん」
「てか、まだ付き合ってる?」
矢継ぎ早に投げてくれる言葉。久遠の胸の中で、何かがじわじわと膨らんでいく。
私たちって、本当にまだ付き合ってるって言えるのかな。
誰にも言葉にしていなかったその不安が、優しい同情の空気と接触して、輪郭を持ってしまった。
「久遠、可哀想……」
その一言が、決定打だった。
否定するための確かな根拠が、もう手元にない。主観的にも、客観的にも、久遠は"可哀想"だった。
焦りと、恥ずかしさと、これ以上踏み込まれたくないという気持ちが一気に押し寄せる。
そんな中で飛び出てしまったのは、どうしようもなくかっこ悪いプライドによる、保身の言葉だった。
「さ、最近はもう好きじゃないから──!」
自分の声が思ったより大きく響き、久遠自身が一番驚いた。
と、その瞬間だった。
ガタッ、と、教室の外から何かがぶつかるような音がした。友達の一人が、反射的に廊下のほうを見る。
「えっ!」
小さな叫び声をあげると、すぐに久遠ともう1人の方へ向いて小声になる。
「待って!なんか天女先輩来てるんだけど……!」
「え、なんで!? なんでうちのクラスに!?」
ひそひそと、でも抑えきれない声が広がる。反射的に久遠もドアの方を見ると、そこにいたのは、見間違えようのない人だった。神永一織が立っていた。
言葉を失ったように、こちらを見ている。目が合った。
全身から、一気に汗が噴き出す感覚。
「ぁ……」と声は漏れたが、言葉にはならなかった。
一織は、ほんの数秒、久遠を見つめたまま立ち尽くして、
それから、かすかに口を開いた。
「……ごめん」
それだけだった。深く傷ついた表情を、久遠に見せないようにするように、視線を落として踵を返す。
「え、まじで何しに来たの?」
「うちらの担任に用あったとか?」
友達の声が遠く聞こえる中、久遠は心で叫んでいた。
待って!行かないで!違うの。
追いかけなきゃ。行かなきゃ。
内側では何度もそう叫んでいるのに、体は金縛りにあったように動かなくなってしまっていた。
その後、2人が話すことはなかった。
その後彼がどこの大学へ行ったのかも、久遠は知らない。
彼はそのまま卒業していった。
彼の卒業式の日。
久遠はというと、高熱を出し、登校することすら出来なかった。
最後の挨拶もさせないぞという神様からの罰なのか、それとも、彼と顔を合わせることへの久遠自身の無意識的な抵抗で発病したのか。
熱に浮かされ、緩くなった涙腺はとめどなく涙を流し、ずっと頭が割れるように痛かった。
久遠は、自分の席に座ったまま、仲のいい友達2人とだべっていた。もう他のクラスメイトは部活へ行ったり帰宅したりしていて、3人ぽっちの放課後。
帰る準備をしながら、机の上に広げたプリントを適当に重ねて、どうでもいい話をする。この時間が、その時の久遠には癒しだった。
「そういえばさ、久遠最近毎日一緒に帰れてるよね」
何気ない調子で、友達の一人が言った。
「前までたまに彼氏に久遠取られてたのに」
くすっと笑いながら言うその言葉はとても嬉しそうで、からかいにも近い。気楽なその言葉に、久遠の手が一瞬止まってしまった。
前は、一織と一緒に帰る曜日は友達からの誘いは断っていた。
友達には、彼氏が誰なのか、同校なのか他校なのか、何歳なのかなどという情報は何も話していなかった。一織との関係は隠していたからだ。友達が知っていたのは、久遠本人曰く彼氏がいるらしいということだけだった。
「うん」
無理に口角を上げて返すと、もう一人の友達もうんうんと頷く。
「まじ、だいぶ嬉しいよ。放課後久遠と遊べるし」
嬉しいと言われること自体は、久遠にとても嬉しかった。けれど同時に、"前は違う今"をはっきり差し出されたような気がして、胸の奥が陰った。
「あれ……もしかして、なんかまずかった?」
久遠の反応に気づいたのか、友達が慌てて言う。
「ごめん!全然変な意味じゃないからね? 私、ほんと、普通に嬉しくて」
「ううん!」
久遠は首を振った。
「私も、楽しいよ」
それは嘘じゃなかった。けれど、声が少しだけ硬くなった。
目の前にいる友達は何も悪くないのに、変な反応をしてしまう自分にも自己嫌悪を感じ、余計に緊張する。
「……でもさ」
少し間を置いて、もう一人が続ける。
「もしかして、彼氏さんとあんまり上手くいってない?」
久遠は言葉に詰まった。
「う、うーん……いや……」
否定するのも嘘になる。どう答えればいいのか困っていると、2人の空気が一気に変わる。
「ちょっと待って」
「久遠にこんな顔させるのどこのどいつ!?」
勢いづいた声が、3人ぽっちの静かな教室に響いた。
「寂しがってるじゃん!」
「まじか、許せな。え、連れてきなよ。叱ってあげるから!」
冗談めかした調子だったけれど、その根っこにあるのが心配と同情だということは、苦しいくらい伝わってきた。
「つらかったのに、なんで言ってくれなかったの?」
「大丈夫だよ、絶対。前は楽しそうに話してたじゃん」
「てか、まだ付き合ってる?」
矢継ぎ早に投げてくれる言葉。久遠の胸の中で、何かがじわじわと膨らんでいく。
私たちって、本当にまだ付き合ってるって言えるのかな。
誰にも言葉にしていなかったその不安が、優しい同情の空気と接触して、輪郭を持ってしまった。
「久遠、可哀想……」
その一言が、決定打だった。
否定するための確かな根拠が、もう手元にない。主観的にも、客観的にも、久遠は"可哀想"だった。
焦りと、恥ずかしさと、これ以上踏み込まれたくないという気持ちが一気に押し寄せる。
そんな中で飛び出てしまったのは、どうしようもなくかっこ悪いプライドによる、保身の言葉だった。
「さ、最近はもう好きじゃないから──!」
自分の声が思ったより大きく響き、久遠自身が一番驚いた。
と、その瞬間だった。
ガタッ、と、教室の外から何かがぶつかるような音がした。友達の一人が、反射的に廊下のほうを見る。
「えっ!」
小さな叫び声をあげると、すぐに久遠ともう1人の方へ向いて小声になる。
「待って!なんか天女先輩来てるんだけど……!」
「え、なんで!? なんでうちのクラスに!?」
ひそひそと、でも抑えきれない声が広がる。反射的に久遠もドアの方を見ると、そこにいたのは、見間違えようのない人だった。神永一織が立っていた。
言葉を失ったように、こちらを見ている。目が合った。
全身から、一気に汗が噴き出す感覚。
「ぁ……」と声は漏れたが、言葉にはならなかった。
一織は、ほんの数秒、久遠を見つめたまま立ち尽くして、
それから、かすかに口を開いた。
「……ごめん」
それだけだった。深く傷ついた表情を、久遠に見せないようにするように、視線を落として踵を返す。
「え、まじで何しに来たの?」
「うちらの担任に用あったとか?」
友達の声が遠く聞こえる中、久遠は心で叫んでいた。
待って!行かないで!違うの。
追いかけなきゃ。行かなきゃ。
内側では何度もそう叫んでいるのに、体は金縛りにあったように動かなくなってしまっていた。
その後、2人が話すことはなかった。
その後彼がどこの大学へ行ったのかも、久遠は知らない。
彼はそのまま卒業していった。
彼の卒業式の日。
久遠はというと、高熱を出し、登校することすら出来なかった。
最後の挨拶もさせないぞという神様からの罰なのか、それとも、彼と顔を合わせることへの久遠自身の無意識的な抵抗で発病したのか。
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