62 / 104
第一章
61話:合コン
しおりを挟む
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
着席してみて、やっぱり来なければよかったと思う。
赤坂にある半地下のレストランは、全体的に薄暗く、バーカウンターも備えた落ち着いた雰囲気だった。
前の勤め先にいた時は、外食や飲み会の機会はほとんどなかったため、こんな大人向けの店に来るのは初めてに近い。
物珍しさについ視線を泳がせそうになるのを堪え、対面の席に座る男性陣へ目を向ける。
女性陣の、男性たちに対する明るい笑顔や空気の和ませ方を見るに、男性たちのスペックは高いのだろうと察した。人に好意的な表情を向けることに慣れた口元からのぞく白い歯。夜の時間帯でも崩れていない、ワックスで整えられた艶のある髪。
清潔感、という言葉がしっくりくる外見だったけれど、久遠の好みの顔はいなかった。――対面席には。
久遠が『来なければよかった』と思った理由は、自分より可愛い子が多く居心地が悪い、ありすに貸してもらった服がいつもと系統が違う露出のあるもので落ち着かない、といった単純なものだけではなかった。
もっと決定的な理由が、すぐに訪れた。
一通りの自己紹介が終わり、女性の一人がサラダを取り分けている間、テーブルでは軽い歓談が続いていた。
そこへ、場の空気を切り裂くように投げ込まれた、明るい声。
「わ、そっかここなんだっけ!」
聞き覚えのある声だった。
顔を上げると、テーブルのそばに立っていたのは、店に入ってきたばかりらしいありすだった。隣にはスーツ姿の男性がいて、どうやらお2人様らしい。
「まさか会うなんて~!」
はしゃぐありすの横に立つ男性を見て、久遠は愕然とした。
心臓が大きく膨張する。次の瞬間、ばくん、と強く収縮して、全身に血が走った。
相手もまた、目を見開いて久遠を見ている。
突然現れたありすだったが、この合コンの参加者の中には彼女と知り合いが多いらしく、男性陣も女性陣も笑顔で迎えていた。
「集めるだけ集めて、自分はイケメンとデート?」
女性の一人がありすを軽く小突くと、ありすは「も~からかわないで」と満点の照れ顔を見せる。
そのやり取りの最中も、久遠と――神永は、目が合い続けていた。
逸らしたいのに、身体が石みたいに固まって動かない。賑やかな空気の中で、久遠の心臓だけが忙しなく鳴っている。大人たちの笑い声が重なる音が、耳に膜が張られたみたいに遠ざかっていった。
――よりによって、何で神永がここに?
変なところを、見られた。
「今日ねー、合コン企画してあげたの!お邪魔しちゃ悪いし、私たち向こう座ろっか」
そう言いながら、ありすは自然な仕草で神永の背中に手を添え、軽く押した。
神永は何か言いかけたようだったが、結局ありすに促されるまま歩き出す。久遠の前を通り過ぎる一瞬、髪の隙間から見えた神永の表情は――ひどく冷たかった。
軽蔑された。
会社の外で偶然会うだけでも気まずいのに、よりによってこんな場面で。
久遠は、どうしようもなく恥ずかしかった。
取り分けられたサラダが目の前に置かれる。けれど、箸を伸ばす気には到底なれない。
彼に、普段からこういうことをしている人だと思われたらどうしよう。合コンなんて、私、初めてなのに。
――いや、どうしようも何もない。
神永からは、高校のあの日からとっくに軽蔑されている。今さら評価が下がることもない。
そう理屈では分かっているのに、胸の奥がじくじくと痛む。どこかでまだ、印象を挽回したいと思っていた自分の存在を突きつけられる。
「久遠さん、大丈夫?」
我に返ると、いつの間にか席の配置が少し変わっていた。サラダの皿は下げられ、メイン料理が並んでいる。
話しかけてきたのは、隣に座っていた男性だった。先ほどから、場慣れした笑顔を崩さない人だ。
「あ、ごめんなさい……。大丈夫です」
「ほんと?体調悪いとかじゃない?」
男性の視線が、久遠の顔と、ほとんど手つかずの皿を往復する。サラダの端に、取り分けてもらったままのカルパッチョとパスタ。
「本当に」と言おうとして、その瞬間、視界が少し揺れるのを感じた。
この場で妙に不動でいて、変に視線を集めたら怖いからと、久遠はワインにだけ口をつけていた。一度に口に含むワインは少量のつもりでも、飲み続けていればこうなる。気づけば、手にしていたグラスは空になっていた。空腹の身体には十分すぎる負担だった。
「ごめんなさい、ちょっと……」
久遠は席を立ち、ナプキンをテーブルに置いてその場を離れた。隣の男性が呼び止める声だけ聞こえて、あとの他の人たちは久遠が離席したことにも気がついていないようだった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
レストランの化粧室の鏡を、じっと見つめる。
1人になると、妙に頭が冴える。というより、思考がぐるぐると猛スピードで進む。
合コンに参加しているところを見られた。
今カノとのデートに遭遇した。
この2つの出来事の殺傷能力は凄まじい。ただでさえ低い自己肯定感をけちょんけちょんに叩き潰すかのごとく襲ってきた。 さすがにノックアウトだ。
久遠は揺れる頭を押さえながらスマホを取り出し、ここへ来る途中に届いていたメールを開く。
差出人は、北辰医薬――前の勤め先だ。
メールの主旨は、久遠を呼び戻す内容だった。
ハラスメント事案への初期対応が不十分だったことへの謝罪。加害者がすでに退職していること。そのうえで、もし可能であれば、復職の意思を聞かせてほしいという申し出。
このメールは、久遠が派遣社員という身から正規雇用に戻れるというチャンスの招待状だった。
黙って文面を見つめ、再びスマホをしまう。そして、お手洗いを出た。その時だった。
「大丈夫?」
出てくる久遠を待ち受けてたかのように誰かから声をかけられ、振り向いた。そこには――
着席してみて、やっぱり来なければよかったと思う。
赤坂にある半地下のレストランは、全体的に薄暗く、バーカウンターも備えた落ち着いた雰囲気だった。
前の勤め先にいた時は、外食や飲み会の機会はほとんどなかったため、こんな大人向けの店に来るのは初めてに近い。
物珍しさについ視線を泳がせそうになるのを堪え、対面の席に座る男性陣へ目を向ける。
女性陣の、男性たちに対する明るい笑顔や空気の和ませ方を見るに、男性たちのスペックは高いのだろうと察した。人に好意的な表情を向けることに慣れた口元からのぞく白い歯。夜の時間帯でも崩れていない、ワックスで整えられた艶のある髪。
清潔感、という言葉がしっくりくる外見だったけれど、久遠の好みの顔はいなかった。――対面席には。
久遠が『来なければよかった』と思った理由は、自分より可愛い子が多く居心地が悪い、ありすに貸してもらった服がいつもと系統が違う露出のあるもので落ち着かない、といった単純なものだけではなかった。
もっと決定的な理由が、すぐに訪れた。
一通りの自己紹介が終わり、女性の一人がサラダを取り分けている間、テーブルでは軽い歓談が続いていた。
そこへ、場の空気を切り裂くように投げ込まれた、明るい声。
「わ、そっかここなんだっけ!」
聞き覚えのある声だった。
顔を上げると、テーブルのそばに立っていたのは、店に入ってきたばかりらしいありすだった。隣にはスーツ姿の男性がいて、どうやらお2人様らしい。
「まさか会うなんて~!」
はしゃぐありすの横に立つ男性を見て、久遠は愕然とした。
心臓が大きく膨張する。次の瞬間、ばくん、と強く収縮して、全身に血が走った。
相手もまた、目を見開いて久遠を見ている。
突然現れたありすだったが、この合コンの参加者の中には彼女と知り合いが多いらしく、男性陣も女性陣も笑顔で迎えていた。
「集めるだけ集めて、自分はイケメンとデート?」
女性の一人がありすを軽く小突くと、ありすは「も~からかわないで」と満点の照れ顔を見せる。
そのやり取りの最中も、久遠と――神永は、目が合い続けていた。
逸らしたいのに、身体が石みたいに固まって動かない。賑やかな空気の中で、久遠の心臓だけが忙しなく鳴っている。大人たちの笑い声が重なる音が、耳に膜が張られたみたいに遠ざかっていった。
――よりによって、何で神永がここに?
変なところを、見られた。
「今日ねー、合コン企画してあげたの!お邪魔しちゃ悪いし、私たち向こう座ろっか」
そう言いながら、ありすは自然な仕草で神永の背中に手を添え、軽く押した。
神永は何か言いかけたようだったが、結局ありすに促されるまま歩き出す。久遠の前を通り過ぎる一瞬、髪の隙間から見えた神永の表情は――ひどく冷たかった。
軽蔑された。
会社の外で偶然会うだけでも気まずいのに、よりによってこんな場面で。
久遠は、どうしようもなく恥ずかしかった。
取り分けられたサラダが目の前に置かれる。けれど、箸を伸ばす気には到底なれない。
彼に、普段からこういうことをしている人だと思われたらどうしよう。合コンなんて、私、初めてなのに。
――いや、どうしようも何もない。
神永からは、高校のあの日からとっくに軽蔑されている。今さら評価が下がることもない。
そう理屈では分かっているのに、胸の奥がじくじくと痛む。どこかでまだ、印象を挽回したいと思っていた自分の存在を突きつけられる。
「久遠さん、大丈夫?」
我に返ると、いつの間にか席の配置が少し変わっていた。サラダの皿は下げられ、メイン料理が並んでいる。
話しかけてきたのは、隣に座っていた男性だった。先ほどから、場慣れした笑顔を崩さない人だ。
「あ、ごめんなさい……。大丈夫です」
「ほんと?体調悪いとかじゃない?」
男性の視線が、久遠の顔と、ほとんど手つかずの皿を往復する。サラダの端に、取り分けてもらったままのカルパッチョとパスタ。
「本当に」と言おうとして、その瞬間、視界が少し揺れるのを感じた。
この場で妙に不動でいて、変に視線を集めたら怖いからと、久遠はワインにだけ口をつけていた。一度に口に含むワインは少量のつもりでも、飲み続けていればこうなる。気づけば、手にしていたグラスは空になっていた。空腹の身体には十分すぎる負担だった。
「ごめんなさい、ちょっと……」
久遠は席を立ち、ナプキンをテーブルに置いてその場を離れた。隣の男性が呼び止める声だけ聞こえて、あとの他の人たちは久遠が離席したことにも気がついていないようだった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
レストランの化粧室の鏡を、じっと見つめる。
1人になると、妙に頭が冴える。というより、思考がぐるぐると猛スピードで進む。
合コンに参加しているところを見られた。
今カノとのデートに遭遇した。
この2つの出来事の殺傷能力は凄まじい。ただでさえ低い自己肯定感をけちょんけちょんに叩き潰すかのごとく襲ってきた。 さすがにノックアウトだ。
久遠は揺れる頭を押さえながらスマホを取り出し、ここへ来る途中に届いていたメールを開く。
差出人は、北辰医薬――前の勤め先だ。
メールの主旨は、久遠を呼び戻す内容だった。
ハラスメント事案への初期対応が不十分だったことへの謝罪。加害者がすでに退職していること。そのうえで、もし可能であれば、復職の意思を聞かせてほしいという申し出。
このメールは、久遠が派遣社員という身から正規雇用に戻れるというチャンスの招待状だった。
黙って文面を見つめ、再びスマホをしまう。そして、お手洗いを出た。その時だった。
「大丈夫?」
出てくる久遠を待ち受けてたかのように誰かから声をかけられ、振り向いた。そこには――
10
あなたにおすすめの小説
【完結】京都若旦那の恋愛事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜
藍生蕗
恋愛
大学二年生、二十歳の千田 史織は内気な性格を直したくて京都へと一人旅を決行。そこで見舞われたアクシデントで出会った男性に感銘を受け、改めて変わりたいと奮起する。
それから四年後、従姉のお見合い相手に探りを入れて欲しいと頼まれて再び京都へ。
訳あり跡取り息子と、少し惚けた箱入り娘のすれ違い恋物語
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―
七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
譲れない秘密の溺愛
恋文春奈
恋愛
憧れの的、国宝級にイケメンな一条社長と秘密で付き合っている 社内一人気の氷室先輩が急接近!? 憧れの二人に愛される美波だけど… 「美波…今日充電させて」 「俺だけに愛されて」 一条 朝陽 完全無欠なイケメン×鈴木 美波 無自覚隠れ美女
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる