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第二章
85話:表参道デート①
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「やっぱり、似合うと思った」
昼過ぎの表参道。人通りの多い路地で、神永が久遠に笑いかける。久遠もはにかんで大きな手を握り返した。
彼のもう片方の手には大きな紙袋があって、そこにはさっきまで久遠が着ていたワイシャツとスカートが入っている。今久遠が纏っているのは、今2人が出てきたアパレルショップで神永が買ってくれた服だ。
彼が選んでくれたのは、柔らかなオフホワイトのツイードカーディガン。手首まで隠れる長袖の袖口を少し気恥ずかしく弄りながら、ショーウィンドーに映る自分の姿を目で追う。下に合わせたベージュのロングスカートにはよく見ると細やかなラメが施されていて、澄んだ空から注いでいる陽光を受けて星屑のようにまたたいていた。ツイードのクラシカルな落ち着きと、スカートの控えめだけれど華やかな光沢。
彼が勧めてくれた服は自分では選ばないようなコーディネートだったけれど、鏡の中の淡色で統一された自分の姿は、いつになく大人っぽく見えて、我ながら魅力的に見えてしまった。
「でもこんな……どっちも買ってもらっちゃうなんてやっぱり、」
「いいの。俺があげたいの。気に入ったでしょ?どっちも」
柔らかい口調で防がれ、久遠は困った顔で神永を見る。
久遠が試着室を出た時の、一瞬だけ言葉を失ったような神永の反応にドギマギした。自分が思っていたよりも似合わなかっただろうか……と心配でロングスカートを握り締めていると、彼が破顔し、「世界一可愛い」と褒めてくれた。
久遠が試着を終えた後、躊躇うことなく自分のカードを出し始めた神永に久遠はかなり慌てた。着る時に自分が買う服のタグでは見たことのない金額が目に入ってしまってこっそり驚愕していたこともあって、彼に支払わせるわけにはいかないと、財布をめぐって揉み合っていると、隙をついて口にキスをされた。服屋でそんな事態が起こるなんて可能性すら知らなかった久遠が硬直しているうちに、神永は自分の財布を取返し、見事にレジの方へ逃げていってしまったのだった。
「でも、自分の服はよかったんですか?」
「ん?あぁうん、デートするために久遠の服買ってあげたかっただけだから」
そう言って繋いだ手をぶんぶんと振って歩く彼は、まるで彼の方が戦利品を得たみたいな表情をしている。
表参道とはオシャレな人がたくさんいる街だというイメージがあったけれど、実際そうで、洗練されたファッションで闊歩している人と何人もすれ違った。けれど、そんな街でも神永は目を引く。表参道駅に降り立ってからこの店に来るまでの道で、神永に目を奪われる人を何度見かけたか分からない。
一般人離れした頭身はそれだけでも目立つ。神永の容姿はその上、そのまま視線を顔へスライドさせると、目鼻立ちのはっきりとした整った顔が目に飛び込んでくるのだ。街ゆく人が立ち止まりそうになるのも無理はなかった。
――急激な幸福の過剰摂取で、今にも倒れてしまいそうだ。
昨日まで絶望的だったのに、今は陽だまりの中で、ずっと片思いをしていると思っていた相手とこうして手を繋ぎ、プレゼントまで買ってもらう休日を過ごしている。こういう時に、手放しで喜ぶのではなく、不安の方を強く感じてしまうのが久遠の性分だった。帰りに事故に巻き込まれるでもしないと割に合わないのではないだろうかと。
「試着室だと、あれ思い出すね。パーティーの日の」
神永は前を向いたまま、少し笑って言った。
パーティーの日、久遠は神永のスーツを調整するために採寸を任された。まさかの流れに心臓は爆発寸前で、呼吸すらまともに出来なかったのを覚えている。
「あの時の久遠……ほんと緊張してて……」
「笑わないでください」
隣で口元を覆っているが、肩が震えていて全然笑いを隠せていない。
久遠の中ではまだ、あの時間を笑い話にするのは難しい。あの時は、神永にドキドキしてしょうがなかったのだ。自分だけがああやって忙しない思いに振り回されていたのだと思うと、なんだか悔しくなってくる。
「私だけ、ずっとドキドキしてました」
久遠が唇を尖らせてそう言うと、神永が、ふふ、と鼻で笑った。
「なんで久遠だけって思うの?」
それは質問と言うよりも、なんだか挑戦的で、反論のような響きだった。
「だって……チーム長はいつも余裕そうで、何考えてるか分かんなくて……」
「試着室で緊張してたのが久遠だけなわけないじゃん。懐かしかったよねあれ。ミスターコンの時思い出してた」
「え!一織くんもですか?」
「うん。久遠が採寸してくれて、教室でキスしたよね」
「そ、そうですね……」
にっこりと微笑まれてしまい、久遠は反対側に並んでいる店に視線を逃がす。
照れてしまったけれど、青春の些細な1ページをこうしてまた一緒に振り返ることができる日が来るなんて、期待すらしていなかった。
「再会してからまた可愛くなってる久遠に密着されて、何の試練?と思ってたよ普通に」
あっけらかんと暴露されて驚く。あの時の彼が、まさかそんなことを思っていたなんて。
あの狭い空間で息もできないほど緊張していたのは久遠だけだと思っていたけれど、彼も実は気が気でなかったのだ。
「余裕そうに見えてたならよかった。内心は全然我慢できてなかったから」
「そうなんですか?」
久遠が神永に視線を戻して聞くと、前を向いたまま歩いていた彼が、聞き捨てならない言葉を放った。
「うん。俺、酔って久遠にキスしそうになったことあるし」
「やっぱり、似合うと思った」
昼過ぎの表参道。人通りの多い路地で、神永が久遠に笑いかける。久遠もはにかんで大きな手を握り返した。
彼のもう片方の手には大きな紙袋があって、そこにはさっきまで久遠が着ていたワイシャツとスカートが入っている。今久遠が纏っているのは、今2人が出てきたアパレルショップで神永が買ってくれた服だ。
彼が選んでくれたのは、柔らかなオフホワイトのツイードカーディガン。手首まで隠れる長袖の袖口を少し気恥ずかしく弄りながら、ショーウィンドーに映る自分の姿を目で追う。下に合わせたベージュのロングスカートにはよく見ると細やかなラメが施されていて、澄んだ空から注いでいる陽光を受けて星屑のようにまたたいていた。ツイードのクラシカルな落ち着きと、スカートの控えめだけれど華やかな光沢。
彼が勧めてくれた服は自分では選ばないようなコーディネートだったけれど、鏡の中の淡色で統一された自分の姿は、いつになく大人っぽく見えて、我ながら魅力的に見えてしまった。
「でもこんな……どっちも買ってもらっちゃうなんてやっぱり、」
「いいの。俺があげたいの。気に入ったでしょ?どっちも」
柔らかい口調で防がれ、久遠は困った顔で神永を見る。
久遠が試着室を出た時の、一瞬だけ言葉を失ったような神永の反応にドギマギした。自分が思っていたよりも似合わなかっただろうか……と心配でロングスカートを握り締めていると、彼が破顔し、「世界一可愛い」と褒めてくれた。
久遠が試着を終えた後、躊躇うことなく自分のカードを出し始めた神永に久遠はかなり慌てた。着る時に自分が買う服のタグでは見たことのない金額が目に入ってしまってこっそり驚愕していたこともあって、彼に支払わせるわけにはいかないと、財布をめぐって揉み合っていると、隙をついて口にキスをされた。服屋でそんな事態が起こるなんて可能性すら知らなかった久遠が硬直しているうちに、神永は自分の財布を取返し、見事にレジの方へ逃げていってしまったのだった。
「でも、自分の服はよかったんですか?」
「ん?あぁうん、デートするために久遠の服買ってあげたかっただけだから」
そう言って繋いだ手をぶんぶんと振って歩く彼は、まるで彼の方が戦利品を得たみたいな表情をしている。
表参道とはオシャレな人がたくさんいる街だというイメージがあったけれど、実際そうで、洗練されたファッションで闊歩している人と何人もすれ違った。けれど、そんな街でも神永は目を引く。表参道駅に降り立ってからこの店に来るまでの道で、神永に目を奪われる人を何度見かけたか分からない。
一般人離れした頭身はそれだけでも目立つ。神永の容姿はその上、そのまま視線を顔へスライドさせると、目鼻立ちのはっきりとした整った顔が目に飛び込んでくるのだ。街ゆく人が立ち止まりそうになるのも無理はなかった。
――急激な幸福の過剰摂取で、今にも倒れてしまいそうだ。
昨日まで絶望的だったのに、今は陽だまりの中で、ずっと片思いをしていると思っていた相手とこうして手を繋ぎ、プレゼントまで買ってもらう休日を過ごしている。こういう時に、手放しで喜ぶのではなく、不安の方を強く感じてしまうのが久遠の性分だった。帰りに事故に巻き込まれるでもしないと割に合わないのではないだろうかと。
「試着室だと、あれ思い出すね。パーティーの日の」
神永は前を向いたまま、少し笑って言った。
パーティーの日、久遠は神永のスーツを調整するために採寸を任された。まさかの流れに心臓は爆発寸前で、呼吸すらまともに出来なかったのを覚えている。
「あの時の久遠……ほんと緊張してて……」
「笑わないでください」
隣で口元を覆っているが、肩が震えていて全然笑いを隠せていない。
久遠の中ではまだ、あの時間を笑い話にするのは難しい。あの時は、神永にドキドキしてしょうがなかったのだ。自分だけがああやって忙しない思いに振り回されていたのだと思うと、なんだか悔しくなってくる。
「私だけ、ずっとドキドキしてました」
久遠が唇を尖らせてそう言うと、神永が、ふふ、と鼻で笑った。
「なんで久遠だけって思うの?」
それは質問と言うよりも、なんだか挑戦的で、反論のような響きだった。
「だって……チーム長はいつも余裕そうで、何考えてるか分かんなくて……」
「試着室で緊張してたのが久遠だけなわけないじゃん。懐かしかったよねあれ。ミスターコンの時思い出してた」
「え!一織くんもですか?」
「うん。久遠が採寸してくれて、教室でキスしたよね」
「そ、そうですね……」
にっこりと微笑まれてしまい、久遠は反対側に並んでいる店に視線を逃がす。
照れてしまったけれど、青春の些細な1ページをこうしてまた一緒に振り返ることができる日が来るなんて、期待すらしていなかった。
「再会してからまた可愛くなってる久遠に密着されて、何の試練?と思ってたよ普通に」
あっけらかんと暴露されて驚く。あの時の彼が、まさかそんなことを思っていたなんて。
あの狭い空間で息もできないほど緊張していたのは久遠だけだと思っていたけれど、彼も実は気が気でなかったのだ。
「余裕そうに見えてたならよかった。内心は全然我慢できてなかったから」
「そうなんですか?」
久遠が神永に視線を戻して聞くと、前を向いたまま歩いていた彼が、聞き捨てならない言葉を放った。
「うん。俺、酔って久遠にキスしそうになったことあるし」
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