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しおりを挟む「ああぁーーーーーー!!!」
なんて叫び声が、植木や花壇に囲まれた広い中庭に響き渡った。
声の主は僕。生まれてこの方出したことがないくらいの声量だった。
そんな僕の叫び声を聞いて、先程までの楽しげな話し声や笑い声を引っ込めてしんと静まり返る人々。代わりに怪訝な視線が僕と、そして僕の目の前にいる、それぞれ黒色、紺色、白色の子ども用のフォーマルスーツを着た三人の少年に集まっている。その少年たちも、突如叫んだ僕に驚愕の目を向けていた。
いつもであれば居心地が悪くなるような注目の浴び方であるが、今はそんなことはどうでもいい。
だって、僕の前で口論を繰り広げていた、紺色と白色のスーツを着た少年二人、それを止めることもできずオロオロしていた黒色のスーツを着た少年。そして、地面に落ちてしまっている真紅の美しいバラ。その光景を見た瞬間、今世紀最大の大声を上げるくらいの、とてつもない衝撃を受けたのだから。
―――
僕の名前は灰羽ススム。
自分で言うのもなんだが、美形である両親の遺伝をいい具合に受け継いだためそれなりに顔もよくてそれなりに勉強もできる、巷ではそこそこ名の知れた子どもである。
そして国内有数の由緒正しい名家である、かの有名な灰羽家に生まれた次期当主――なんてものではなく、後継者でもなんでもない、けれど長男になにかあったときのためのスペアとして中途半端に責任が乗っかっている灰羽家の次男坊だ。
とは言っても、先述した通り名家の生まれには違いはない。周囲からは「ススム坊っちゃん」とちやほやされながらも、家では長男であるカケル兄さんの代わりを務められるようにと、兄さんと同じくらいの厳しい教育を受けている。
他の家の子どもが小学校に通い始めるずっと前から、父が雇った専属の家庭教師にいろんなことを教わった。学校で習うようなことは勿論、経営や経済に関すること、法律、帝王学等々。普通の子どもが習わない分野をひたすらに詰め込まれてきた。
隣りで共に勉強に励んできた兄さんも結構苦労しながら家庭教師の授業を受けている。兄さんで苦労するのだから、兄さんより出来が悪い僕が苦労しないわけがない。
そもそも、そんな量の知識を年端もいかない子どものうちから詰め込むのは兄さんでなくても苦行だと思う。指導の仕方も少々古風で、ノルマが達成できなければ折檻されることだってあった。兄さん自身も、僕が隣りで頑張ってくれているから踏ん張っていられる、僕がいなければとっくの昔に心が折れていたと、少し前に言っていたくらいだ。
かくいう僕も共に走ってくれている兄さんがいるから頑張っていられるんだけれども、それとは別に踏ん張れている理由がもう一つある。
僕には、灰羽ススム以外の自分の記憶――つまり、“前世の記憶”なるものがある。
前世の僕は、今の僕が生きている世界と文化がとてもよく似た、けれど文明などが所々違う「日本」という国のブラック企業で日々仕事に明け暮れる冴えないサラリーマンだった。
毎日上司に理不尽に怒られながら仕事をこなし、日付が変わってから家に帰って、コンビニで買ったご飯を胃に詰め込んで寝るだけの生活。決していいとは言えない環境で、ギリギリの精神状態で毎日を必死に生きていたことは、断片的ではあるが覚えている。
前世を思い出したのはたしか自分の五歳の誕生日。本来はめでたい日なのに、自分の前世がこんなにも味気ないものだったとは、と肩を落としたものだ。
しかしその直後に、自分の前世の経験には少しだけ感謝した。
なぜなら、僕が五歳になった年から家庭教師がついて将来のための厳しい教育が本格的に始まったのだが、前世のギリギリの生活の記憶のおかげで、あれに比べたらまだ耐えられるな、と精神的に余裕が生まれたからだ。子どもとは思えないくらい肝が座っている、とあの厳しく褒めない家庭教師に言わしめたほどである。兄も見習わなければと意気込んでいたが、実際のところ肝が座っているというより、苦境の耐え忍び方と気の持ちようを知っているだけなので、称賛するほどのことじゃないんだけども。
とまぁそんな事情があるので、子どもにとっては厳しい教育も耐えられているわけである。
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