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しおりを挟む「ドキドキッ!カラフルラブストーリー」(略して「ドキフル」)とは、仕事ばかりだった前世の僕が唯一ハマり、これでもかというくらい課金してやり込んでいたスマートフォンアプリで、内容は男同士の絆を描いた恋愛シミュレーションゲームだ。
主人公はBLゲームなので勿論男。五人いる攻略対象者も全員男で、プロローグ後に攻略したいキャラクターを選び、入学した高校で繰り広げられる様々なイベントで選択したキャラの好感度を上げ、最終的に国家転覆なんかを目論んでいた反乱軍的な集団を覚醒した能力と攻略対象キャラと共に制圧し国を救う、というストーリーだ。
よくあるストーリーとあまりにもダサいタイトルを有しながらも、個性的な攻略対象キャラと、度々追加される新衣装やちょっとしたストーリーの質がよく、主に女性から絶大な人気を博していた。
そんな女性人気が高いBLゲームに、前世でも男であった僕がなぜ課金をするくらいハマったのか。
プレイし始めたのは、前世の友人だか同僚だかに「ドキフル」を勧められたのがきっかけだったように思う。BLなんて興味なかったのに「本当におもしろいから、間違いないから!」と強く勧められ、まぁ確かに見た感じキャラデザはとても良いし、なにより一日が仕事のみで終わるのもなんだか味気ないしな、と思った僕はアプリをインストールしてみた。
それからなんとなーくプレイし始め、ストーリーを進めていくうちにキャラにも愛着が湧いてずぶずぶと世界観にのめり込んでいき、気が付いた頃にはすっかり沼にハマってしまっていた。
もう何度、キャラクターを攻略してハッピーエンド、ノーマルエンド、バッドエンド等々のエンディングを迎えたかわからない。特に多く攻略したのは……見た目も名前も思い出せないが、とにかく一番好きだったキャラクターだった。
そうやって、何度も何度も、幾度となくいろんなキャラクターを攻略していた僕だからわかる。
今、目の前で繰り広げられたのは、幼なじみポジションであるキャラクターを攻略対象に選んだ際に語られる、幼なじみと主人公の間に起こった子どもの頃の出来事だ。
「ドキフル」の世界は、前世の僕が暮らしていた「日本」と文化は似ているものの、ファンタジーものによくある貴族階級に似たような、家柄での上下関係が存在している。ただそれほど厳しく設定されているわけじゃなく、分家より本家の方が発言力がある、くらいの至って普通の認識だ。
主人公は元々孤児で施設で暮らしていたが、ある日、施設に寄付をしているそこそこ裕福な家に養子にとられることになった。理由はよくある、当主が主人公の顔を気に入ったからというものだ。
ゲーム内では度々主人公の容姿について「整っている」と評されることがあったが、数々あったスチルのどれにも主人公は描かれていなかったと記憶している。だから僕たちプレイヤーは、主人公は一般的に見ても整っている見た目をしているらしい、ということしか知らない。
そんな、そこそこ裕福な家の当主に見た目を気に入られ迎え入れられた家は、特に幼なじみの家と懇意にしており、二人は小学校への入学前から顔見知りではあった。加えて幼なじみは面倒見がよく、富裕層の面倒くさいなんやかんやに慣れていない主人公を学校でもなにかと気にかけており、それに主人公はとても感謝していた。
そして家の繋がりもあるし友達だからと、幼なじみの生誕パーティーに招待された主人公は、日頃のお礼も兼ねて幼なじみに誕生日プレゼントとして一輪のバラを手渡す。しかし傍に控えていた悪役ポジションである幼なじみの婚約者が激昂し、バラを主人公の手ごとはたき落とすのだ。その悪役婚約者の行いを、幼なじみは厳しく叱責する。けれど反省の色は見られず、それが原因で、幼なじみは悪役婚約者に冷たく当たるようになってしまうのだ。けれど悪役婚約者は変わらず幼なじみが好きで、どうにか関係を修復しようとするが上手くいかない。反対に主人公と幼なじみは悪役婚約者そっちのけで仲良くなっていき、悪役婚約者は嫉妬から主人公に数々の嫌がらせをしまくる。そして遂に、物語の舞台となる高校で悪役婚約者は数々の行いを糾弾され、学校を追い出されてしまうのだ。
しかしそれだけじゃ終わらず、ストーリーの終盤辺りで悪役婚約者が報復で主人公を害そうとして捕まってしまい、斬首されてしまう。しかも学校を追放された後の悪役婚約者は反乱軍側に取り込まれてしまっており、反乱分子になり得る悪役婚約者の一家諸共牢に入れられ、最後には同じく処刑されてしまうのだ。
……そう、処刑されるのだ。しかも一家全員。
先程の、トマリが養子の少年の手とバラの花を叩き落とした光景は、幼なじみルートで見るあのシーンそのものだった。
つまり、養子の少年が「ドキフル」の主人公で、レオンが幼なじみ。そしてトマリが悪役の婚約者で、両親や兄さん、そして僕は、いずれ処刑される悪役の家族ということになる。
この世界は、前世の僕がプレイしていたゲーム、「ドキドキッ!カラフルラブストーリー」の世界だった。そして、近い将来僕たち家族はみんな死んでしまうという、とんでもない事実も思い出してしまった。
そんなとんでもない量の情報が数秒頭の中を駆け巡り、後ろから誰かに肩を叩かれてからようやく僕は我に返った。
後ろを振り向くと、そこには心配気な表情で僕を見る兄さんがいた。
「ススムどうした、そんな大声を上げて。なにかあったのか?」
兄さんがちらりと視線を僕の前方に移す。それに改めてはっとしてトマリたちの方に向き直ると、三人とも怪訝な表情で僕を見ていた。
そうだ、こんなところでぼけーっとしている場合ではない。
ゲーム内でレオンがトマリに対して冷たい態度を取り始めるのはこの生誕パーティーでの出来事がきっかけだ。トマリから主人公への嫌がらせがヒートアップするのもこれがきっかけ。
ゲームのトマリは、プレイヤーが選択した攻略対象キャラの婚約者として登場し、必ず悪役として主人公の前に立ちはだかっていた。そして決まって学校を追放されるし、終盤には家族諸共処刑される。
今がレオンの婚約者であるということは、この世界はレオンルートのシナリオで進んでいるということ。そしてこの全てのきっかけとも言える生誕パーティーでの事件を放っておいてしまったら、トマリとレオンの関係は修復不可能なほど壊れ、僕たちは間違いなく死んでしまう。
僕は、死にたくない。
もちろん優しい兄さんも死なせたくない。両親やトマリも、少し面倒くさいと思うことはあるけれど死んで欲しいだなんておもったことはただの一度もない。家族には笑顔で過ごしてほしいのだ。
だから、どうにかしてレオンとトマリの仲を取り持ち、一家全員処刑なんて未来は阻止しなくては……!
僕は慌てて三人のもとに駆け寄り、まず初めにトマリの肩を掴んだ。
「トマリ、人の手を叩くなんて、そんなことをしちゃダメだ。彼の手が赤くなってしまってるし、花だってほら、花弁が取れてぼろぼろになってしまってる。こういうとき、どうしたらいいかは散々教えてきただろ。ほら、彼とレオンに謝るんだ」
まさか僕に注意をされると思わなかったのだろう。トマリは数秒ぽかんとした後、我に返ってぶんぶん首を横に振った。
「僕、なにも悪いことしてないもん!」
「いいや、トマリは悪いことをした。彼だけじゃなく、レオンの心も傷つけた。今ここで謝らなかったら、せっかくレオンからもらったアクセサリーを付けて来て、レオンに迷惑をかけないようにと隣りで頑張ってたのに、その頑張りが全て水の泡になるんだぞ。その行動ひとつでだ。トマリは、レオンに失望されたままでいいのか?」
「っ……」
トマリは言葉を詰まらせ、ちらりとレオンの方を見る。
レオンは真っ直ぐトマリを見ていて、トマリからの言葉を待っているようだった。
情けない話ではあるが、トマリは誰かに謝ったことがほとんどない。たとえ自分に非があったとしても、自分は絶対的な存在で、なにをしても許されると信じて疑っていないからだ。
そんな傲慢な態度が後々に影響して、一家諸共処刑される、なんて悲劇が起こってしまう。だが全てがトマリのせいというわけではない。そんなトマリの暴走を放置してしまった僕たち家族にも、責任はあるのだ。
今ここで、僕がしっかりと諭さなければ。
「ねぇトマリ、僕はお前がそうやって周りから誤解されていくのを見るのは嫌だよ」
「誤解……?」
「うん。トマリが彼の手を叩いて怒ったのは、自分以外から花を貰って喜ぶレオンを見て悲しくなって、嫉妬したからだよね」
ゲームでもそうだった。
トマリは婚約者、今で言うレオンが好きすぎるのだ。だから婚約者に近付いてくる主人公のことを心底疎ましく思っている。
生誕パーティーでの出来事以前の話は聞いたことは無いが、おそらくもとから主人公には冷たく当たっていたのだろう。まぁ、トマリがそうしてしまう気持ちはわからんでもない。
しかし自分の感情のままに行動するのはダメだ。一応名家と呼ばれ注目を集めやすい灰羽家の一員なのだから尚更。
俺の言葉に、トマリは俯いてしまった。そんなトマリを見て、レオンも少し驚いたような表情をしている。
二人は今日まで至って良好な関係を結んでいた。多少わがままな部分はあったけれど、レオンはそれさえもトマリの可愛げであると受け入れ、行き過ぎた場合は窘めつつ上手いこと付き合ってくれていた。トマリもトマリで、レオンの前でだけはトマリは少しわがままを封印して、レオンの隣りにいても恥ずかしくない振る舞いを意識していた。
けれど主人公が現れて、トマリの我慢が限界に達してしまった。レオンも突然感情的になったトマリの態度に驚き困惑した。はじめは歩み寄ろうとしたが、当のトマリはろくに自分の感情を言語化できなかったことによりろくな話し合いもできず、いつの間にか困惑が失望に変わっていってしまったのだ。まだ子どもの彼らには、「嫉妬」によっての行動であったと理解できていなかったのだ。
でも今ならばまだ、ちょっと間に入れば二人の関係は修復できる。なによりレオンも、トマリと話がしたい、話を聞きたいと思っているはずだから。
「ただただ感情を爆発させて人に当たっても、その瞬間すっきりするだけであとには何も残らない。自分の非を認めて謝らないと、大切な人からの信頼も失っていく」
「…………」
「お前の不満に思っていたことの話は、うまく言葉にできなくてもいいから一生懸命伝えたらいい。レオンなら聞いてくれる。でもその前に、やらなきゃいけないことがあるよね?」
「……っ」
トマリの肩からそっと自分の手を外す。トマリは顔を俯かせたまま、ゆっくりと身体をレオンと、そして養子の少年――主人公の方に向けた。
「……その……えっと……」
ちらちらと前方にいる二人に視線を向け、なにかを言いかけては口を閉じるというのを繰り返す。レオンはともかく、主人公の方に頭を下げるにはまだプライドが邪魔をしているのだろう。
家格、という言葉はあまり使いたくないが、そういった意味では灰羽家のトマリの方が上だ。周りにも、灰羽家と肩を並べられているのは白金家だけ。そういう環境だからこそ、トマリは他人に謝ったためしがない。
しかしそんなプライドは早々に捨て去るべきだ。
未だもじもじとしているトマリに言葉を促すべく、その背中に触れようとした。けれど、正面から視線を感じ手を止める。
顔を上げると、レオンが僕のことをじっと見つめていた。そして目が合うと微笑を浮かべ小さく頷いた。
ここは自分に任せろ、ということらしい。
ならばここは素直に託したほうがいいだろう。トマリが最も信頼しているのも、レオンだろうから。
僕は手を引っ込め、レオンに頷き返した。
レオンはトマリに視線を戻すと、体の前でいじいじと絡めている手を優しく掬い上げた。
はっと顔を上げたトマリは、先程の怒気がない、むしろ優しさが滲んでいるレオンの瞳にほっと息を吐く。そんなレオンに背中を押されたのだろう。躊躇いはまだあったしちょっぴり悔しそうで、主人公の顔は見ずに自身の顔を俯かせたままであったが、トマリは二人に向かってぺこりと少し頭を下げた。
「……急に、叩いて……いやなことして、ごめんなさい……」
声が小さくて最後の方は聞き取れないレベルだった。けれど、あのトマリにしてはよくやっただろう。主人公も、元々怒ってはいなかったが、少しの戸惑いと安堵したような表情を浮かべていた。
言葉にはしなかったが、一歩前進を称えるためトマリの頭を撫でてやった。こんな当たり前のことで褒めてやるなんて、僕も大概、弟には甘いのかもしれない。
次にレオンに視線を移す。
レオンはトマリの様子に満足気に頷いた後、少し申し訳なさそうに眉を下げた。
「俺も、自分のあの態度はよくなかったと、反省してる。無神経だった。……ごめんなさい」
「えっ……れ、レオンは、なにも悪く、ないよ……」
「いいや。僕もトマリがいる前で、他の人からもらったプレゼントを喜んで受け取ろうとしてしまった。そんな僕の態度に、トマリは腹を立ててしまったんだろう?僕も、トマリが他人からの特別なプレゼントを嬉しそうに受け取っているのを想像したら、すごく悲しい気持ちになった。トマリがそう思わないわけ、ないよな。ごめん」
「レオン……」
手を握り合っている二人が柔らかく微笑み合う。
よかった。レオンは気づいたみたいだ。
ならば二人は問題ないだろうとほっとしつつ、このパーティーの場で繰り広げる話ではないので「その話はあとで二人でゆっくりしてくれ」と二人の頭を撫でたあと、僕は彼――主人公の方に目を向けた。
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