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しおりを挟む無理に視線を逸らそうとしなくなったからか、今日は大きな怪我は負っていないとか、今日は少し歩きにくそうにしてるとか、いつもより顔色が悪いかもとか、彼の些細な変化に気付けるようになった。
ただ、そうやって遠くから観察するだけで、未だ彼に話しかけられてはない。
何度もチャンスを伺い見て声をかけようとしたのだが、いやに緊張してすんでのところで躊躇ってしまう。そうやってもだもだしているうちに、西條はさっさと講義室から出ていってしまうのだ。
俺は初対面の人相手でも臆さず会話することができるタイプなのでその辺の懸念は何一つしていなかったのだが……まさかこんな序盤で躓いてしまうとは思わなかった。緊張して話しかけられないなんて、思春期の中学生かとツッコみたくなる。特別な感情を持って俺に話しかけてくるような人はみんなもじもじと恥じらっていたり緊張した面持ちをしていて、もう少し普通に話しかけられないもんかと思ったりしたこともあったが、まさかこんなところで彼らの気持ちを理解することになるとは思わなかった。
そうやって俺がちんたらしている間も、西條が怪我をしていたり顔色を悪くしていたりというのは続いている。その頻度は上がっているように感じるし、大学入学当初より西條がやつれて見えるのも気になる。
先日、西條の婚約者のことを高田に調べてもらった。婚約者がいるのは本当のようで、名前はミマサカというらしい。そして二人は今、どこかのタワーマンションで暮らしている。西條の婚約者が周囲に自慢気に話していたそうだ。
それを聞いて、西條が身内からひどい扱いを受けているという予想はほぼ確信に変わった。そして現在婚約者と二人で暮らしているのであれば、数々の怪我の原因はそいつだろう。
西條の痛々しい痣や手当のあとを見る度に、話したこともなければ顔も見たことのないミマサカとかいうやつをどうにかしてやりたい気分になる。そしてこれ以上傷つけられないよう、自分の手の届く範囲に西條を閉じ込めてしまいたくなる。
果たしてそれが、アルファの本能からくるオメガに対しての庇護欲なのか、それともまた別の感情なのかは、未だに判断はつかない。目黒からは「いい加減認めちまえよ」なんて言われるが、俺は慎重にいきたいのだ。対応を間違って、西條から距離を置かれてしまったら彼を現状から逃がす手立てがなくなってしまうから。
……まだスタートラインにすら立てていないので、そんな懸念以前の問題ではあるのだが。
さてどうやって緊張をごまかしながら西條に話しかけようか、と頭を悩ませて数日。思いついた数々の案も実行できない自分の不甲斐なさに自己嫌悪に陥っていた頃。
講義が終わって、いつものように周りに人が集まってくる。そしてこのあとどこか遊びに行かないかとか何日になにかのイベントがあるから一緒に行かないかとか誘われるのをスマホを触りながら無視ないし軽く断っていたら、ふと、あの甘い匂いが鼻腔を通った。
はっと反射で顔を上げた先には、こちらを少し困ったような表情で見ている西條の姿があった。
少し色素の薄い瞳と視線が交わり、俺は思わず息を呑む。日焼けを知らない白い肌には、今日は傷や痣は見当たらない。
何気に、彼と目を合わせるのは初めてだった。いつもは俺が一方的にその小さな背中を見ているだけだったから。
頭が真っ白になりながら数秒見つめ合ったあと、ようやく回り始めた思考が疑問を浮かべる。
講義が終わったら数分と置かず講義室をあとにする彼が、どうして立ち止まってこちらを見ているのだろう。俺を見ているということは、俺になにか用があるのだろうか。
「……どうかした?」
平静を装おうとして出した声は、思ったより平坦なものになってしまった。
西條はしばし呆けていたがはっと我に返り、身振り手振りでなにかを伝えようとする。
どうやら近くでパスケースを拾ったらしい。俺の傍にいた女子のもののようで、それを受け取って西條にお礼を言った。俺への用事ではなかったらしい。
それに若干がっかりしつつふと、もしかして今、西條に話しかけるチャンスなのではないかと気が付いた。はっと顔を上げ西條が立っていたところを見たけれど、とき既に遅く、西條はパスケースを女子に渡してからすぐに講義室から出ていってしまったようで既に姿がなかった。
肩を落とし、深くため息を吐く。
また機会を逃してしまった……。でも、初めて会話(?)ができたからよしとするか。
これをきっかけに、少しでも距離が縮まればいいんだけど。何せ西條は気が付いたら講義室にいて気が付いたらいなくなっているから捕まりにくいのだ。いつもしている様子見がちな方法だと、緊張も相まって一生声をかけられないかもしれない。
……後手に回らず、少し、大胆に行動するくらいがいいのかも。
そう結論付けた俺は翌日、講義開始の時間ギリギリに講義室に入り、いつも空いている西條が座っている隣りの席を勇気を振り絞って陣取った。
隣りから戸惑った視線と空気を感じる。いつも後ろの方の席を使っている人が急に隣りに来たら、そりゃそういう反応にもなるだろう。それには気づかないふりをしつつ、俺は西條の横顔を盗み見た。
白い肌に、目にかかる少し長めの前髪。オメガ性の男は中性的な顔立ちで身体も小柄な人が多いが、西條は普通の男っぽい顔立ちに高くもないが低くもない背丈を持っている。ただ身体は薄っぺらいので同じ男と思えないくらい華奢だ。
そして昨日よりも近い距離で見る彼からは、絶えず甘い匂いがしている。アルファやオメガのエチケットとして、抑制剤を毎日服用するのは常識になっている。西條も例に漏れず抑制剤を服用しているだろうが、こんなにもフェロモンを感じてしまうのはおそらく相当相性がいいからだ。普通のアルファだったらこれだけで変な気を起こしかねない。俺の理性が強靭で本当によかった。
そうやって初めて間近で見る彼を不躾にも観察していたら、教授が今隣りに座っている人とペアワークをするようにと言った。
まさかまさかの展開であったが、俺には好都合だった。これでなんの違和感もなく西條と距離を縮められる。
はじめは俺とのペアワークを遠慮していた西條だったが最終的には頷いて、そしていつもは真顔か困ったような表情を浮かべているその顔に笑顔を浮かべてくれた。
彼の笑顔はまさに、春に咲く小さな花のようだった。
ふわりとしたあたたかいものが、俺の胸の中に溢れていく。
ほっとするような、でも少し焦れったいような。この手で守りたくて、それでいて独り占めしたいような。そんなよくわからない心持ちになるのは初めてだった。
俺は人より、自身の感情の機微に鈍いのだと思う。だから初めての感情を抱いてもそれが何からくるものなのかがはっきりわからない。
でも。既に婚約者がいるという事実も忘れて、「彼を誰にも、渡したくない」。そう思ったのは確かだった。
それと同時に、やはり俺が彼を守らなければと思った。
必ず、西條を今の境遇から救い出す。
改めてその決意を胸にし、俺は机の下で拳を握った。
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はじめまして、読んでいただきありがとうございます!
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