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第一章 非公式お茶会
12 ねーさまがおーじさま②
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Side:アシェル4歳 冬
食堂にはまだメアリーとメルティーだけしかいなかった。
開いた扉に目を向けたのであろうメアリーが固まる。
メルティーは驚きの表情の中に好奇心が見え隠れしている。
「お兄様達みたいな恰好をしてみたのだけど、似合うかしら?」
「あしぇねーさま?ねーさまがおーじさまになった!」
メルティーの傍まで近寄り声をかけると、わくわくした表情でぺたぺたと顔や服に手を伸ばしてくる。
そんな可愛い姿にフフッと笑い、メルティーの隣に座っているメアリーに顔を向けた。
アシェルの男装した姿に混乱しているようだが、そこに嫌悪の色は見えない。
衝撃に慣れたらどうか分からないが、今は戸惑っているだけのようだ。
「メアリーお義母様、どうでしょうか……似合いませんかね?」
意見を求めると、メアリーは戸惑いつつもなんとか言葉を返してくれた。
「アシェル……なのよね?その……似合っているわ、とても。アレリオンやアルフォードにも劣らないくらいかっこいいわ。かっこいいのだけれど……。」
顔を背けることもせず、ゆっくりと言葉を返してくれる。
何故男の子の恰好をしているのか聞きたそうではあるのだが、言葉が続かないようだ。
メルティーの近くに立っているのに鋭い視線が飛んでこないことに、問題解決の方向性として間違っていなかったのだと手応えを感じる。
どう会話を続けたものかと考えながらメルティーにされるがままになっていると、食堂の扉が開いた。
振り返って入り口をみると、アレリオンとアルフォードが揃って立っていた。
例にもれずピキリと固まった後、二人で顔を見合わせている。
確か午前中はアベルと三人で遠乗りに出ていたはずだ。
ということは、そろそろアベルも食堂にくるのだろう。
(お兄様達は妹が可愛かったんだから、流石に男の子の格好だと嫌われちゃうかな。)
メアリー対策ばかり考えていて、今まで可愛がってくれた兄達がどう思うのか考えるのを忘れていた。
つかつかと歩み寄ってきてしゃがんだ兄達の視線は、上から下までうろうろしている。
「……アシェ……だよね?」
「はい。えっと、似合ってませんか?」
アレリオンもアルフォードも戸惑っているだけで、怒ってはいないようだった。
アルフォードの顔が壁際へ向き、サーニャを見据える。
「サーニャ、どうなってんの?」
「私から申し上げられることはございません。後程、アシェルお嬢様にご確認くださいませ。」
「まって、サーニャは悪くないわ!わたくしが勝手にしたことよ!」
丁寧に腰を折るサーニャが叱られてはいけないと、アルフォードの腕にしがみつきながら慌てて弁明する。
少しだけアルフォードの声が怖かったのだ。
「ふっ、ふふふっ、あはははははっ。」
いきなり笑い声をあげたアレリオンは、お腹を抱えて笑っていた。
そのまま笑いをこらえるように、肩を震わせ続ける。
「兄上……あんまり笑うとアシェが可哀想だろ。」
アルフォードにはアレリオンが爆笑している理由がわかるらしい。
「……っふ、ふふ……。ごめんね、アシェ。ただ……その格好でお嬢様言葉は、ちょっと似合わないかなぁ。」
なんとか笑いを堪えたアレリオンの掌が、優しく頭を撫でてくれた。
かーっと顔が熱くなる。
(こ、これじゃただのオカマだわ!恥ずかしいっ。)
「とっても似合ってるよ。でも急にどうしたんだい?遊びで着替えただけなら、父上が来る前に着替えておいで。待っていてあげるから。」
「遊びじゃないわっ、じゃない。遊びじゃないです、真剣です!これからも男装して過ごしたいのです!」
「残念ながら着替える時間はないよ、アン、アシェ。これからも……というのは後で話を聞こうか。皆席に着きなさい。」
いつから食堂に居たのか。
いきなりアベルの声が聞こえてきて、身体がびくっと震えた。
優しい声だが、怒っているのではないかと慌ててアベルの姿を探し顔を見る。
怒ってはおらず、困っているような表情だった。
一先ず最大の難関はクリアできたようだと安堵する。
戸惑いの空気ではあるものの、何事もなく昼食は終わった。
アベルからは一時間後にサロンに来るように言われ頷いたところで、兄二人に拉致られたのだった。
アシェルはアレリオンの部屋の大きなソファの上で、アレリオンとアルフォードに挟まれるようにして座っていた。
二人ともにこにこしているが、左右からの圧がすごい。
「で、アシェ?なんでいきなり男の子の恰好を?これからも男装したいってどういうことかな?」
アレリオンは優しい声だが顔を見る勇気はなくて、じっと膝を見つめたまま答える。
「えっと……メアリーお義母様に好かれるために……?」
「好かれようと思ってどうして男装になるんだ?」
「その……メアリーお義母様は、女の子が嫌いなのかと思って。」
「メルも女の子だよ。」
「ううん、メルはメアリーお義母様の本当の子供だから関係ないの。ほら、子供嫌いな人っているでしょ。子供嫌いでも男の子だけとか女の子だけが嫌いって人もいるし。もし子供嫌いなだけだったら、男の子の恰好しても嫌われたままだと思うけど、わたくしが男の子みたいになったら好きになってもらえるかもしれないと思って。」
「どこ情報だよそれ。……で、実際にメアリー義母上に会ってみてどうだったんだ?」
「……まだビックリしてるだけだと思うけど……。ドレスの時よりいっぱい喋ってもらえたわ……上手くお返事できなかったのだけど。」
思い出して気分がしゅんと沈む。
もっと上手くお話しできれば、ドレスを着ていても嫌がられないかもしれない。
そのためにはまずお話が出来なくてはいけないのだ。
「そっか……だから“これからも男装したい”って言ったんだね?」
確認するようなアレリオンの言葉に、こくんと頷いた。
その上で一番の不安点を告白する。
「お兄様達は……わたくしが男の子の格好になったら……嫌いになる?」
「「ならないっ!」」
食い気味に返答され、左右からぎゅっと抱き着かれる。
「アシェがどんな恰好をしてても、アシェはアシェだよ。僕らの可愛い妹だ。」
「俺らはアシェの事が大好きだからな。嫌いになることはないから安心しろ。というか、アシェに嫌われたら泣く自信がある。」
アルフォードの言葉で部屋に笑いが満ちた。
不意にアレリオンが席を立ち、デスクでさらさらと何かを記し始めた。
封筒に入れたその手紙を侍従に渡し、侍女にお茶を淹れるように頼んだ。
「さぁ、父上と話すときは僕らも一緒に行ってあげるから。といっても、話すのはアシェだからね。僕達は見守ってあげる事しかできないけど。時間までゆっくりお茶でもしようか。」
侍女の淹れてくれた紅茶を飲みながら、久しぶりに三人でゆっくりとした時間を過ごした。
サロンに到着するとアベルはすでに来ていた。
「遅くなって申し訳ありません。」
慌てて頭を下げる。
兄達はあくまでも付き添いなので、謝るのはアシェルだ。
「いや、私が早く着いてしまっただけだよ。——さて本題だ。食堂で聞き間違いでなければ“これからも男装したい”って言っていたね。それは毎日……男の子の恰好をして、アン達と同じように過ごしたい、ということでいいのかな?」
何故か理由は聞かれなかった。男装を続ける意志があるのかを聞かれただけだ。
「はい。これからもドレスではなくズボンで過ごしたいです。」
「そうか……。条件を呑めるなら許可しよう。」
反対されると思っていたので、思わぬ許可に次の言葉が出てこない。
そんなアシェルを放っておいて、アベルは言葉を続けた。
「男装は許すが、服装だけを変えるのであれば許可はしない。男の格好をするのであれば、アシェを知らない人が見ても男の子に見えるようにしなさい。だが、あくまでもアシェは公爵家の令嬢だからね。淑女としての教育を受けないわけにはいかない。なので一つ目の条件は、これから増えてくる授業と淑女教育をこなしながら、男性であれば必要な剣術や乗馬などの教育も受けてもらう。ダンスであれば、女性パートを踊れるようになったうえで、男性パートもだよ。やらなくてはいけないことが、覚えることが増えるからあまり自由な時間はなくなるだろう。手を抜いた時点で男装の許可は取り消す。」
確かに立ち居振る舞いが伴ってないと、ただのイタイご令嬢になってしまう。
こくんと頷いた。
「二つ目の条件は、男装は構わないが、週に一度は必ずドレスで淑女らしく過ごす日を作ること。いくら学んでも普段から意識しないと忘れてしまうからね。もちろん。週に一度と言わず、ドレスの日をもっと増やしてもらっても構わない。」
できるだけドレスを着たくないのだが、週に一度であれば勉強に忙殺されている間に過ぎていくだろう。
「三つ目の条件は、外へ出る時には男装して出ること。男としてだ。家に人を招く場合は、アシェが女だと知っている相手であればドレスで応対しても構わない。だが、友人ができたとしても何も知らなければ、家に招待しても男として振舞いなさい。友人に女だと打ち明けるかどうかは、自分で考えて判断していい。デビュタントと王立学院の入学に関してはその時にまた決める。」
「え……外で男装して……いいんですの?外では令嬢らしくしろではなくて……?」
思いがけないアベルの言葉に疑問しか浮かばない。
「あぁ。本当は次の夏頃に言うつもりだったのだけれど。来年——アシェが5歳になる年に、同じ年齢の子供達を集めたお茶会が開かれることになっているんだ。皆私やシェリー……アシェの母親の友達の子供だよ。アシェはシェリーのことは分からないだろうし、辞退しようとしたんだがね。シェリーの希望でもあったし、構わないからと招待されているんだ。恐らく最初のお茶会は、年に一度各地の貴族が集まる王宮主催の夜会が開かれる時期になると思う。秋頃だね。」
アシェルの誕生日は冬だから厳密には4歳なのだが、5歳になる年ということは、王立学院に通い始めたら同級生になる人達が集まるということだ。
だがそのお茶会と男装して外に出ることに、何の関係があるのだろうかと首を傾げる。
「家名は名乗らず、あくまでも子供達の親睦を深めるための会——という名の、母親達が旧友と集まって楽しむ日だとは思うんだけどね。集まる子供たちが男の子ばかりなんだよ。一人だけ女の子もいるが、男の子と双子で産まれたからか、とても男勝りで活発な子らしい。一時間程度お茶をしてお喋りするだけなら性別は関係ないと思うんだけどね。10時頃から集まってお昼も食べて、夕方解散だと聞いている。その一度だけなら問題ないのだが、月に一度定期的に開催するという案もあるみたいでね。唯一の女の子が住む領地は遠方なんだ。定期的に開催されるとしたら、よく会う子達は皆男の子になってしまうんだ。そうなると疎外感を感じるだろうから、アシェが男装して生活する気があるのなら、男の子として友達になったほうが楽しいと思うんだよ。」
(なるほど。そのお茶会で仲間外れにされないためにも、男装で外に出たほうが都合がいいんだわ。)
話の内容を理解して思う。
これは男装すると言いいだしていなかった場合、少数派の女の子として参加しないといけなかったということだろうか。
疎外感を凄く感じそうだ。
もう一人の女の子がどんな子かは分からないが、男勝りということは馴染むのも早いだろうし、アシェルが気にかけてあげればいいかと思う。
定期的に集まる中で紅一点になれば、間違いなくトラブルの元だ。
せっかく同年代の友達を作りに行くのにトラブルは避けたい。
「分かりました!わたくしはお父様の出した条件はすべて飲みますわ。知らないことを知るのは楽しいし、勉強は大丈夫だと思います。乗馬も興味があったし、剣術も楽しそうですわ。あ、お洋服は男女用共に最低限で構いません。必要なお洋服の種類が増えるんですもの。一日の着替える回数が減れば、こんなに沢山のドレスもいりませんし、今でもドレスの数が多すぎるくらいですわ。外出は男の子の格好でというのも問題ありません。お出かけしたい場所があるわけでもないですし。許可を頂きありがとうございます、お父様。」
カーテシーをしそうになって、そういえばズボンだったと、慌てて普段の兄達のようにお辞儀した。
「あぁ、大変だろうけど頑張りなさい。服に関してはサーニャと相談するといい。……まずは言葉遣いを使い分けるところからだね。今のままじゃアンが笑い死にしてしまうよ。」
苦笑するアベルの視線を追った先をみると、少し後ろに立っていたはずのアレリオンがサロンの片隅で蹲り肩を震わせていた。
元の場所にはアルフォードしか立っておらず苦笑している。
羞恥心でかーっと顔が熱くなった。
「き、気を付けますっ!」
こうして勉強漬けで男装して過ごすアシェルの日常が始まった。
食堂にはまだメアリーとメルティーだけしかいなかった。
開いた扉に目を向けたのであろうメアリーが固まる。
メルティーは驚きの表情の中に好奇心が見え隠れしている。
「お兄様達みたいな恰好をしてみたのだけど、似合うかしら?」
「あしぇねーさま?ねーさまがおーじさまになった!」
メルティーの傍まで近寄り声をかけると、わくわくした表情でぺたぺたと顔や服に手を伸ばしてくる。
そんな可愛い姿にフフッと笑い、メルティーの隣に座っているメアリーに顔を向けた。
アシェルの男装した姿に混乱しているようだが、そこに嫌悪の色は見えない。
衝撃に慣れたらどうか分からないが、今は戸惑っているだけのようだ。
「メアリーお義母様、どうでしょうか……似合いませんかね?」
意見を求めると、メアリーは戸惑いつつもなんとか言葉を返してくれた。
「アシェル……なのよね?その……似合っているわ、とても。アレリオンやアルフォードにも劣らないくらいかっこいいわ。かっこいいのだけれど……。」
顔を背けることもせず、ゆっくりと言葉を返してくれる。
何故男の子の恰好をしているのか聞きたそうではあるのだが、言葉が続かないようだ。
メルティーの近くに立っているのに鋭い視線が飛んでこないことに、問題解決の方向性として間違っていなかったのだと手応えを感じる。
どう会話を続けたものかと考えながらメルティーにされるがままになっていると、食堂の扉が開いた。
振り返って入り口をみると、アレリオンとアルフォードが揃って立っていた。
例にもれずピキリと固まった後、二人で顔を見合わせている。
確か午前中はアベルと三人で遠乗りに出ていたはずだ。
ということは、そろそろアベルも食堂にくるのだろう。
(お兄様達は妹が可愛かったんだから、流石に男の子の格好だと嫌われちゃうかな。)
メアリー対策ばかり考えていて、今まで可愛がってくれた兄達がどう思うのか考えるのを忘れていた。
つかつかと歩み寄ってきてしゃがんだ兄達の視線は、上から下までうろうろしている。
「……アシェ……だよね?」
「はい。えっと、似合ってませんか?」
アレリオンもアルフォードも戸惑っているだけで、怒ってはいないようだった。
アルフォードの顔が壁際へ向き、サーニャを見据える。
「サーニャ、どうなってんの?」
「私から申し上げられることはございません。後程、アシェルお嬢様にご確認くださいませ。」
「まって、サーニャは悪くないわ!わたくしが勝手にしたことよ!」
丁寧に腰を折るサーニャが叱られてはいけないと、アルフォードの腕にしがみつきながら慌てて弁明する。
少しだけアルフォードの声が怖かったのだ。
「ふっ、ふふふっ、あはははははっ。」
いきなり笑い声をあげたアレリオンは、お腹を抱えて笑っていた。
そのまま笑いをこらえるように、肩を震わせ続ける。
「兄上……あんまり笑うとアシェが可哀想だろ。」
アルフォードにはアレリオンが爆笑している理由がわかるらしい。
「……っふ、ふふ……。ごめんね、アシェ。ただ……その格好でお嬢様言葉は、ちょっと似合わないかなぁ。」
なんとか笑いを堪えたアレリオンの掌が、優しく頭を撫でてくれた。
かーっと顔が熱くなる。
(こ、これじゃただのオカマだわ!恥ずかしいっ。)
「とっても似合ってるよ。でも急にどうしたんだい?遊びで着替えただけなら、父上が来る前に着替えておいで。待っていてあげるから。」
「遊びじゃないわっ、じゃない。遊びじゃないです、真剣です!これからも男装して過ごしたいのです!」
「残念ながら着替える時間はないよ、アン、アシェ。これからも……というのは後で話を聞こうか。皆席に着きなさい。」
いつから食堂に居たのか。
いきなりアベルの声が聞こえてきて、身体がびくっと震えた。
優しい声だが、怒っているのではないかと慌ててアベルの姿を探し顔を見る。
怒ってはおらず、困っているような表情だった。
一先ず最大の難関はクリアできたようだと安堵する。
戸惑いの空気ではあるものの、何事もなく昼食は終わった。
アベルからは一時間後にサロンに来るように言われ頷いたところで、兄二人に拉致られたのだった。
アシェルはアレリオンの部屋の大きなソファの上で、アレリオンとアルフォードに挟まれるようにして座っていた。
二人ともにこにこしているが、左右からの圧がすごい。
「で、アシェ?なんでいきなり男の子の恰好を?これからも男装したいってどういうことかな?」
アレリオンは優しい声だが顔を見る勇気はなくて、じっと膝を見つめたまま答える。
「えっと……メアリーお義母様に好かれるために……?」
「好かれようと思ってどうして男装になるんだ?」
「その……メアリーお義母様は、女の子が嫌いなのかと思って。」
「メルも女の子だよ。」
「ううん、メルはメアリーお義母様の本当の子供だから関係ないの。ほら、子供嫌いな人っているでしょ。子供嫌いでも男の子だけとか女の子だけが嫌いって人もいるし。もし子供嫌いなだけだったら、男の子の恰好しても嫌われたままだと思うけど、わたくしが男の子みたいになったら好きになってもらえるかもしれないと思って。」
「どこ情報だよそれ。……で、実際にメアリー義母上に会ってみてどうだったんだ?」
「……まだビックリしてるだけだと思うけど……。ドレスの時よりいっぱい喋ってもらえたわ……上手くお返事できなかったのだけど。」
思い出して気分がしゅんと沈む。
もっと上手くお話しできれば、ドレスを着ていても嫌がられないかもしれない。
そのためにはまずお話が出来なくてはいけないのだ。
「そっか……だから“これからも男装したい”って言ったんだね?」
確認するようなアレリオンの言葉に、こくんと頷いた。
その上で一番の不安点を告白する。
「お兄様達は……わたくしが男の子の格好になったら……嫌いになる?」
「「ならないっ!」」
食い気味に返答され、左右からぎゅっと抱き着かれる。
「アシェがどんな恰好をしてても、アシェはアシェだよ。僕らの可愛い妹だ。」
「俺らはアシェの事が大好きだからな。嫌いになることはないから安心しろ。というか、アシェに嫌われたら泣く自信がある。」
アルフォードの言葉で部屋に笑いが満ちた。
不意にアレリオンが席を立ち、デスクでさらさらと何かを記し始めた。
封筒に入れたその手紙を侍従に渡し、侍女にお茶を淹れるように頼んだ。
「さぁ、父上と話すときは僕らも一緒に行ってあげるから。といっても、話すのはアシェだからね。僕達は見守ってあげる事しかできないけど。時間までゆっくりお茶でもしようか。」
侍女の淹れてくれた紅茶を飲みながら、久しぶりに三人でゆっくりとした時間を過ごした。
サロンに到着するとアベルはすでに来ていた。
「遅くなって申し訳ありません。」
慌てて頭を下げる。
兄達はあくまでも付き添いなので、謝るのはアシェルだ。
「いや、私が早く着いてしまっただけだよ。——さて本題だ。食堂で聞き間違いでなければ“これからも男装したい”って言っていたね。それは毎日……男の子の恰好をして、アン達と同じように過ごしたい、ということでいいのかな?」
何故か理由は聞かれなかった。男装を続ける意志があるのかを聞かれただけだ。
「はい。これからもドレスではなくズボンで過ごしたいです。」
「そうか……。条件を呑めるなら許可しよう。」
反対されると思っていたので、思わぬ許可に次の言葉が出てこない。
そんなアシェルを放っておいて、アベルは言葉を続けた。
「男装は許すが、服装だけを変えるのであれば許可はしない。男の格好をするのであれば、アシェを知らない人が見ても男の子に見えるようにしなさい。だが、あくまでもアシェは公爵家の令嬢だからね。淑女としての教育を受けないわけにはいかない。なので一つ目の条件は、これから増えてくる授業と淑女教育をこなしながら、男性であれば必要な剣術や乗馬などの教育も受けてもらう。ダンスであれば、女性パートを踊れるようになったうえで、男性パートもだよ。やらなくてはいけないことが、覚えることが増えるからあまり自由な時間はなくなるだろう。手を抜いた時点で男装の許可は取り消す。」
確かに立ち居振る舞いが伴ってないと、ただのイタイご令嬢になってしまう。
こくんと頷いた。
「二つ目の条件は、男装は構わないが、週に一度は必ずドレスで淑女らしく過ごす日を作ること。いくら学んでも普段から意識しないと忘れてしまうからね。もちろん。週に一度と言わず、ドレスの日をもっと増やしてもらっても構わない。」
できるだけドレスを着たくないのだが、週に一度であれば勉強に忙殺されている間に過ぎていくだろう。
「三つ目の条件は、外へ出る時には男装して出ること。男としてだ。家に人を招く場合は、アシェが女だと知っている相手であればドレスで応対しても構わない。だが、友人ができたとしても何も知らなければ、家に招待しても男として振舞いなさい。友人に女だと打ち明けるかどうかは、自分で考えて判断していい。デビュタントと王立学院の入学に関してはその時にまた決める。」
「え……外で男装して……いいんですの?外では令嬢らしくしろではなくて……?」
思いがけないアベルの言葉に疑問しか浮かばない。
「あぁ。本当は次の夏頃に言うつもりだったのだけれど。来年——アシェが5歳になる年に、同じ年齢の子供達を集めたお茶会が開かれることになっているんだ。皆私やシェリー……アシェの母親の友達の子供だよ。アシェはシェリーのことは分からないだろうし、辞退しようとしたんだがね。シェリーの希望でもあったし、構わないからと招待されているんだ。恐らく最初のお茶会は、年に一度各地の貴族が集まる王宮主催の夜会が開かれる時期になると思う。秋頃だね。」
アシェルの誕生日は冬だから厳密には4歳なのだが、5歳になる年ということは、王立学院に通い始めたら同級生になる人達が集まるということだ。
だがそのお茶会と男装して外に出ることに、何の関係があるのだろうかと首を傾げる。
「家名は名乗らず、あくまでも子供達の親睦を深めるための会——という名の、母親達が旧友と集まって楽しむ日だとは思うんだけどね。集まる子供たちが男の子ばかりなんだよ。一人だけ女の子もいるが、男の子と双子で産まれたからか、とても男勝りで活発な子らしい。一時間程度お茶をしてお喋りするだけなら性別は関係ないと思うんだけどね。10時頃から集まってお昼も食べて、夕方解散だと聞いている。その一度だけなら問題ないのだが、月に一度定期的に開催するという案もあるみたいでね。唯一の女の子が住む領地は遠方なんだ。定期的に開催されるとしたら、よく会う子達は皆男の子になってしまうんだ。そうなると疎外感を感じるだろうから、アシェが男装して生活する気があるのなら、男の子として友達になったほうが楽しいと思うんだよ。」
(なるほど。そのお茶会で仲間外れにされないためにも、男装で外に出たほうが都合がいいんだわ。)
話の内容を理解して思う。
これは男装すると言いいだしていなかった場合、少数派の女の子として参加しないといけなかったということだろうか。
疎外感を凄く感じそうだ。
もう一人の女の子がどんな子かは分からないが、男勝りということは馴染むのも早いだろうし、アシェルが気にかけてあげればいいかと思う。
定期的に集まる中で紅一点になれば、間違いなくトラブルの元だ。
せっかく同年代の友達を作りに行くのにトラブルは避けたい。
「分かりました!わたくしはお父様の出した条件はすべて飲みますわ。知らないことを知るのは楽しいし、勉強は大丈夫だと思います。乗馬も興味があったし、剣術も楽しそうですわ。あ、お洋服は男女用共に最低限で構いません。必要なお洋服の種類が増えるんですもの。一日の着替える回数が減れば、こんなに沢山のドレスもいりませんし、今でもドレスの数が多すぎるくらいですわ。外出は男の子の格好でというのも問題ありません。お出かけしたい場所があるわけでもないですし。許可を頂きありがとうございます、お父様。」
カーテシーをしそうになって、そういえばズボンだったと、慌てて普段の兄達のようにお辞儀した。
「あぁ、大変だろうけど頑張りなさい。服に関してはサーニャと相談するといい。……まずは言葉遣いを使い分けるところからだね。今のままじゃアンが笑い死にしてしまうよ。」
苦笑するアベルの視線を追った先をみると、少し後ろに立っていたはずのアレリオンがサロンの片隅で蹲り肩を震わせていた。
元の場所にはアルフォードしか立っておらず苦笑している。
羞恥心でかーっと顔が熱くなった。
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