氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第三章 王立学院中等部二年生

145 メルティーのクラスメイト③

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Side:アシェル13歳 春



リーンリーン。

布団の中にまで、呼び出し音が響いてくる。

チャイムが鳴るのは、オートロックの扉の向こうからの来客だ。
つまりイザベルやアークエイド、リリアーデ、デュークではないことになる。

何も考えず動きたくない身体を起き上がらせて、応接間のインターホンの受話器を上げる。

幼馴染の誰かなら確実にアークエイドの話を聞いて来てるので、そのまま受話器を置こうと思っていたのだが、映っていたのは薄浅葱色の癖っ毛だった。

「どちら様ですか?」

先にモニターを確認して誰が来たのかは分かっているのに、一応そう聞いてみる。

用事によっては、このままお引き取り願いたい。

『シオンです。アシェル様に甘えさせてほしくて来ちゃいました。今お一人ですか??』

「一人だけど……今日じゃないとダメ?」

『だって今のタイミングじゃないと、アークエイド様やイザベル様が在室していらっしゃるでしょう?アシェル様を独り占めしたくて来たんですからっ。』

シオンに言われて時計を見れば、まだ結界学の授業が終わったばかりだ。

アシェルも体術の授業を受け始めたので、本来ならこの時間は社会の授業なのだが、去年までこの時間は空いていた。

シオンは体術を受けていないので、アシェルが本来ならこの時間にはいないことを知らなかったのかもしれない。
去年、剣術しかとっていないと話した覚えがある。

それに独り占めとなると、生徒会室では無理だし、大抵アークエイドかイザベルが部屋に居る。

かといって、わざわざシオンの部屋に行って何かをしたいわけではない。

いつもより回らない頭で色々と考えて、『探査魔法サーチ』まで使ってシオンが一人なことを確認して、仕方ないかと開錠ボタンを押した。

「分かったよ。鍵を開けたから入っておいで。」

『やったぁ。すぐお伺いしますね。』

嬉しそうな声が聞こえて、プツリとモニターが何も映さなくなる。

扉の鍵を開けて、キッチンで紅茶の準備をする。
何度も移動するのは面倒なので魔道ポットを応接テーブルの上に置いて、ティーカップやティーポットも並べる。

程なくして、コンコンと扉が叩かれ「シオンです。」と声がした。

扉を開けて、小柄な少年を部屋に迎え入れる。
シオンがこの部屋に来たのは二回目だ。

「いらっしゃい。僕の部屋に来るなんて珍しいね。ソファにどうぞ。」

にこっと微笑みを向ければ、可愛い笑顔が返ってくる。

「アシェル様の隣に座りたいです。良いですか?」

相変わらず自分が可愛いという武器を前面に押し出して、上目遣いにおねだりされる。

そのいつも通りなシオンに、どこかほっとする自分がいる。

「ふふ、だって僕に甘えに来たんでしょ?この前も僕で充電してたみたいだし。」

言いながらソファに座れば、横にちょこんとシオンも腰掛ける。

「あれれ、バレちゃってましたか?」

てへっと舌を出す姿もあざとい。

「だって、僕に充電完了の合図のキスをしたでしょ。あれで、動かなかったのは充電してたんだなぁって。」

ポットのお湯が沸いたので紅茶を淹れながら、そう思った理由を話す。

「はい、お茶どうぞ。砂糖やミルクは要る?」

アシェルの幼馴染達は何も入れないことが多いのだが、リリアーデは時々甘いミルクティーにして飲んでいる。

普段は邪魔なので応接テーブルには置いてないが、キッチンのどこかにグラニュー糖の入ったポットがあるはずだ。

「甘いのも好きですけど、アールグレイみたいなので。このまま頂きます。」

シオンの言う通り、今日はアールグレイの茶葉だ。
柑橘系の香りが、さっぱりとした気分にしてくれるかなと思って選択した。

「でもそれより、アシェル様に抱っこしてほしいなぁ。ダメですか?」

「いいよ、おいで。」

両手を広げてあげれば、アシェルに跨って向かい合うように乗ってくる。

「えへへ、アシェル様だぁ。」

嬉しそうにシオンの表情が綻んで、アシェルも自然と笑顔になる。

「ふふ、僕じゃなかったら、誰に甘えるつもりなの?それと、シオン君は横抱きよりもこっちの方が好きなんだね。」

「横抱きも良いけど、今日はこっちの気分だったんです。アシェル様が抱っこしてくれるなら、僕はどっちでも嬉しいですから。」

少しずり下がって背を丸めて、首筋に顔を埋めてぎゅっと抱きついてきてくれる。
背を丸めるのは、恐らく身長差との兼ね合いだ。
そうしないと、シオンを膝の上に乗せると、ほとんど顔の位置は一緒になってしまう。

人目につかないところへ、充電をしにきたらしいシオンの髪の毛をやさしく撫でる。
相変わらずこのふわふわの癖っ毛は、アルフォードの髪の毛を触っているようで気持ちいい。

「えへへ。アシェル様が撫でてくれるの、気持ち良いです。」

表情が見えずとも、心底嬉しそうな声で言われれば悪い気はしない。
シオンなので、その声色すら演技の可能性も十分にあるのだが。

「僕もシオン君の髪を撫でるのは好きだよ。アル兄様の髪の毛を触ってるみたいなんだよね。」

「撫でるの“は”。なんですね。僕のことは好きじゃないですか?」

きっとこうしていなければ、また上目遣いに見つめながら聞いてくるのだろう。

「シオン君のことも嫌いじゃないよ。そうだね……部屋に入れてあげるくらいには好きだし、友人だと思ってるよ。」

そう。

クリストファーは未だに入れたくないと思うが、なんだかんだでシオンとは共犯者でクラスメイトで、今年からは同じ生徒会役員である。
勝手に友人と言ってしまっていいのか分からないが、一緒にアークエイドを揶揄う仲なのだ。きっと友人という括りで良いのだと思う。

「ほんとですか!?えへへ。アシェル様にもっと好きになってもらえるように、僕頑張りますね。」

ぎゅうぎゅうと抱きしめながら、明るく言われる。

シオンが黙ったので、ぼぅっとしながら柔らかい癖っ毛を撫でていると、気付けばじーっとシオンに見つめられていた。

何も考えないようにしていたのだが、もしかして薫の眼をしていただろうかと、慌てて笑顔を取り繕う。

「どうしたの、シオン君。」

「アシェル様、何か辛いことでもありましたか?」

「……どうしてそう思うの?」

アシェルがそう聞けば、またシオンはアシェルに顔を埋めて、ぎゅっと抱き着きながら喋った。

「……本当は僕、アシェル様の様子を見に来たんです。さっきの授業で、アークエイド様とイザベル様が話していたことを聞いて。でもお会いしたらいつも通りで、本当はどこか体調でも悪かったのかなって……。でも、ぼーっとしてる間、凄く辛そうだったし、今の笑顔だって少し無理して作りましたよね。アシェル様のことが好きでよく見てるので、それくらい僕にも分かります。……本来の目的を言わずに騙してお邪魔しちゃったので、出て行かないとダメですか?」

顔を上げたシオンに、不安そうな表情で言われる。
演技ではなく、本気で心配してくれているんだなという表情で。

「はは……そっか。シオン君にも分かっちゃうほどか。ダメだなぁ。心配かけるつもりはなかったんだけどね。それにもしかして……今、僕の為に充電してくれてるの?」

「どっちもです。僕もアシェル様で充電させてほしいし、アシェル様も充電出来たら良いなって。」

誤魔化すことなく素直に答えてくれたシオンに、笑みを溢す。
変にアシェルのためだけにと言われるより、これくらい素直な方が聞いていて気分が良い。

「今の笑顔は反則です。やっぱりアシェル様の笑顔は、綺麗で優しいなぁ。ネタばらししちゃったから、僕なんてつまみだされてもおかしくないのに。」

「まぁ、インターホンでネタばらしされてたら入れてなかったかもね。でも、シオン君も僕を心配して来てくれてるんでしょう?」

「心配もですけど、堂々とアシェル様を独り占めするためです。しっかり皆様に、アシェル様の部屋への入室許可もいただいてきましたので。」

わざと大袈裟にえっへんと胸を張るシオンがおかしくて、クスクスと笑う。

シオンの性格を知らなければ、その可愛い子供のように見える姿も受けが良いのかもしれないが、知っているアシェルからすれば、演技だと丸わかりで違和感しかない。

「って、アシェル様っ。今本気で笑ってるでしょ?おかしいなぁ。僕のこの姿は可愛いって受けが良いんですよ?」

シオンも、何故アシェルが笑っているのか分かっているのだろう。
少し頬を膨らませて見せながらも、口元がにやけている。

「シオン君も笑うの我慢しなくて良いんだよ?ふふ、大丈夫。シオン君はそのままで十分可愛いからね。あざとすぎるくらいだよ。」

「ふふふ。だって普通の男の子は、これくらい大袈裟に反応しないと、引っかかってくれないんですもん。アシェル様はどっちでも引っかかってくれませんでしたけどね。」

「なぁに、僕に遊んで欲しいの?」

「本当はアシェル様に本気になって欲しいけど、なってはくれないんでしょう?」

「もしそれが“特別な好き”が欲しいって意味なら、僕からはあげられないかな。」

「もう心に決めた方がいたりしますか?」

ほんの少しシオンが肩を落とす。

「いないよ。僕にはその“特別な好き”は分からないから。アークやノア、アビー様は凄いよね。どうやったら“特別な好き”を理解できるようになるんだろ。」

シオンを膝に抱えたまま愚痴をこぼす。

魔法の術式のように、幾通りもの選択肢の中からなら正解を選ぶことは出来るが、まずその選択肢すら不明なのだ。

「じゃあ、その“特別な好き”が分かるようになるまで、僕とも遊んでくださいよ。その中で“特別な好き”を僕に貰えるようになったら嬉しいですけど、それは望んで手に入るものじゃないですしね。……そうだ、キッチンお借りしても良いですか?」

チュッと頬にキスをされたので、アシェルも充電完了の合図を返してあげる。

「キッチンを?どうぞ。」

「ありがとうございます。」

嬉しそうに笑ったシオンから唇にチュッとキスをされ、シオンはたたっとキッチンに走っていった。

キスをしたかったのかもしれないが、シオンは離れたので、そのままソファにもたれかかる。

少しぼぅっとしていると、目の前にコトリと、ホカホカと湯気を立てるマグカップが置かれた。

「これ……。」

「エッグノッグです。僕のおばあ様直伝なので、イザベル様のものとは少し味が違うかもしれませんが。ちょっと待っててくださいね。」

またたたっとキッチンに駆けていったシオンは、トレイの上に乗せたいくつものリキュールを運んでくる。

「イザベル様が、アシェル様はリキュールを入れるからって。何をどれくらい入れたら良いかお好みか判らないので、お好きなのをどうぞ。イザベル様が、エッグノッグを作りに行かないとって言ってましたよ。」

そのトレイもアシェルの前に置かれる。

「ベルが……。アークは分かってなさそうだったから、大丈夫だと思ったんだけどなぁ。ベルにはお見通しか。ありがとう、シオン君。」

にこりと微笑むと、シオンからも笑みが返ってくる。

「アシェル様が喜んでくれるなら、僕はそれだけで嬉しいので。」

にこにことしたシオンに見守られながら、ブランデーを手に取りエッグノッグに加える。
マグカップに入っていたティースプーンでクルクルっと混ぜて、温かいそれを口に含んだ。

「どうですか?」

「うん、甘くて美味しい。シオン君のおばあ様も、シオン君も甘党なのかな。」

「そうなんですよ。僕はもっと甘いくらいでも好きなんですけど、イザベル様が作るなら少し甘さ控えめかなぁって。甘すぎましたか?」

「ううん、美味しいよ。僕も甘いものは好きだからね。」

「良かったぁ。ねぇ、アシェル様。エッグノッグにお酒を入れたらどんな味がするんですか?僕は入れたことないんですよね。」

間接キスは今更どうでも良いのだが、アシェルは結構ブランデーを入れてしまった。
甘党なら辛く感じるかもしれないと、少し悩む。

「アシェル様から口移しで飲ませて欲しいんですけど、ダメですか?」

「味見っていうより、そっちが目的だね?ふふ、素直に言ってくれたお礼に飲ませてあげる。でも、お酒が入ってるから、少し辛いかもしれないよ?」

てへっとシオンがおどけて見せる。

「アシェル様のキスは甘いから大丈夫です。えへへ。僕はいつでも良いですよ。」

にこにこと嬉しそうに待つシオンに、エッグノッグを口に含み腰を抱いて口付ける。

押し込んだ舌と唇の隙間から口の中の液体を流し込めば、こくこくとシオンの喉が鳴る。

全部飲み込んだのを確認してから舌を絡めると、アシェルの舌を味わおうとシオンの舌が絡んでくる。

たっぷり時間をかけてシオンの口の中を味わい唇を離せば、お酒のせいかキスのせいか、上気して蕩けたシオンの表情が眼に入った。

「っふ……やっぱり、アシェル様のキスは気持ち良いです。それにアシェル様、お酒強いですね。」

「やっぱり辛かった?強いというか、魔力を絞ってないと、アルコールは体質で分解しちゃうからね。僕はたっぷりリキュールを入れてるエッグノッグが好きかな。」

「そっか、メイディー家の体質で……。もっとシて欲しいけど、これ以上シたら僕、止まれなくなりそうなんで。自重しておきますね。……またキスしてくださいね。」

そう言いながらも、シオンはまたアシェルの唇にチュッと啄むようなキスをする。

「ふふ、止まれなくなったら、ナニをしてくれるんだろうね?いや、僕がするほうかな?」

「ふふふ、ナニをしちゃうんでしょうね。されるのが好きですが、アシェル様がシて欲しいことなら、僕なんでもシちゃうかもです。」

「僕はシてあげる方が好きだから、可愛くおねだりされたらシてあげちゃうかもね?」

クスリとアシェルが笑うと、シオンの頬がまた赤くなる。

「ナニをシてもらえるのか、おねだりしたいところですけど、今日も生徒会室に行かないといけないから……。うぅ、残念だなぁ。」

シオンが時計を見てがっくりと肩を落とす。

「あぁ、そっか、生徒会……すっかり忘れてた。ごめん、シオン君。僕が会議をお休みすることを、皆に伝えておいてくれる?アークに伝言するの忘れてた。」

「もちろん良いですよ。皆様、アシェル様のことを心配されてましたけど、何かお伝えしておくことはありますか?」

シオンの言葉に、アシェルは少し悩む。

「今日はエッグノッグも作ってもらったし、ちゃんと寝れそうだよって伝えておいて。でも、月曜日になったらちゃんと登校するから、週末の間は誰も来ないでって。せっかくだし、実験室に籠りたいからさ。」

「分かりました。お伝えしておきますね。じゃあ、名残惜しいけど、僕はそろそろお暇しますね。アシェル様と二人っきりで会えて嬉しかったです。」

立ち上がったシオンを見送るために、アシェルも立ち上がる。

「ふふ、本当にシオン君は可愛いことを言ってくれるね。じゃあ伝言よろしくね。来てくれてありがとう。」

「こちらこそ、お邪魔しました。」

ぺこりと頭を下げてシオンが部屋を出て行く。

その後ろ姿を見送って鍵をかけて、またソファに戻る。

「あったかいなぁ……。」

まだ温かいエッグノッグを飲みながら、今日はよく眠れそうだなと思った。
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