氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第三章 王立学院中等部二年生

153 最上級生の野外実習日⑤

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Side:アシェル13歳 夏



玄関の扉はアシェルが開ける前に開かれ、「お帰りなさいませ。」と使用人達が一斉に頭を下げてくる。

門の守衛から連絡が行ったのだろう。

それに「ただいま。」とだけ答えて庭に直行する。

庭師に素材を採取することと、執事長のウィリアムを呼ぶようお願いして、早速素材の採取を行う。

ダガーを片手に摘んだ薬草を『ストレージ』に放り込んでいると、ウィリアムがアシェルを探してきてくれた。

「アシェル様、お呼びでしょうか?」

「うん。ウィルをわざわざ呼び出してごめんね。王立学院のイザベルまで伝言を頼みたいんだけど、良いかな?」

作業の手を止めずに喋っても、ウィリアムは嫌な顔一つしない。

長年メイディーに仕えているウィリアムはアベル達の姿も見ていて、こういうものだと思っている。

「かしこまりました。なんとお伝えしたら良いでしょうか?」

「ベルは僕の部屋にいると思う。四号棟の512号室でオートロックの扉の先だから、インターホンで用件を伝えてくれたら良いよ。行かせるのはベルが顔見知りの人にしてね。モニターでちゃんと顔を確認できるから。伝言は、実習からは無事に帰っていてもう王都内に居るって事と、帰りが遅くなるからもう今日は下がって良いこと。それとギルドからの臨時依頼でしばらく実験室に籠るから、僕が登校するまではお休みって伝えておいて。」

「承りました。……臨時依頼は何かありましたか?」

恐らく冒険者に頼む状態なほど、切羽詰まっているのかと言いたいのだろうか。

珍しく踏み込んでくるウィリアムの顔を見て、笑みを作る。

「一応、何かありそうだからその備え、かな。気になるならお父様に、魔法庁が何か言ってないか聞いてみて。知ってたら教えてくれると思うよ。間違いなくギルドは、僕がメイディーの一員だって分かったうえで、時々足りなくなった薬品の納品依頼を出してくれるんだ。ハッキリと言われたことは無いけどね。さぁ、ベルに早く連絡して。遅すぎて心配したって泣かせたくないんだ。」

アシェルにこれ以上喋る気がないことを感じて、探るような瞳をしていたウィリアムは「失礼いたします。」と頭を下げて邸の中に戻っていった。

アベルが確実に知っているのか確証が持てないので、出来る限りアシェルから情報を引き出しておきたかったようだが、正式発表がないのに不安を煽るような情報は流せない。

もしアシェルやおやっさんの予想通り、これがスタンピードの起きる前兆なのだとしたら、間違いなくアベルには情報が伝わるはずなのだ。

スタンピード直前あたりには魔法庁と騎士団が魔の森を監視して、メイディーには大量の薬品の発注が来て、魔の森が立ち入り禁止になって、そこからやっと冒険者への緊急クエストだ。

グリモニア陛下に報告がいかないことはあり得ないし、限りなく近くで仕えているアベルが関わることになりそうな案件なので、グリモニアがきっと教えているだろう。

空に星が輝きだし、その中『ライト』を灯して採取を続ける。

大量に取っていくわけではないのだが、どうしても作る薬品の種類が多いと使う薬草も異なってくるので、庭のあちこちを回らないといけない。

アシェルのレシピには温室の中の素材もあるので、結局広すぎる庭をぐるっと一周回った形になった。

満足いくだけの採取を終え、『クリーン』で身綺麗にしてから邸の中に戻り、そのまま玄関に直行した。

のだが、玄関ホールに一歩踏み入れた瞬間、身体が硬直した。

正しくは『拘束バインド』をかけられたのだ。

すぐにそれを解除キャンセルするために、魔力の縄を解きにかかる。

それと同時に『探査魔法サーチ』でこの術の主の居場所を特定して、こちらからも『拘束バインド』をかける。

それだけで先程までは、一生懸命アシェルの魔力を邪魔してきていた魔力がスッと引いて、簡単に『解除キャンセル』させてくれた。

それを感じてこちらも妨害を止めれば、あっさりと相手もアシェルの拘束バインドを解除した。

「アン兄様……これが邸の中で家族じゃなければ、普通に敵対行動ですからね。」

「さすがに反応が速すぎてビックリしたよ。別にアシェに嫌がらせをしたかったわけじゃないんだけどな。」

数歩進んで上階を見上げれば、二階の廊下からアレリオンが声を掛けてくる。

姿が見えないのに拘束バインドされたということは、いつからか分からないが、アレリオンはアシェルがホールに来るのを待ち構えていたということだ。

出来るだけ早く邸を出たいのに、何か用事があってアシェルを引き留めたであろうアレリオンは、手すりの向こうからこちらを見下ろしているだけだ。

「今の僕には嫌がらせです。」

ただ待っていただけだと分かっていても、少しだけ優しい兄を困らせたくて言葉を口にする。

すぐに探査魔法サーチで誰に何をされたのかも分かったので良いようなものの、普通いきなり身体が動かずに無防備になるなど、恐怖でしかないだろう。

「そっか、ごめんね。ねぇ、少しだけゆっくりしていかないかい?」

普段であれば有り難い申し出だが、アシェルはさっさと帰りたい。

だって、アレリオンは夕食を食べるための少しだけ煌びやかな服なのだ。
時間的にそろそろ食事だろう。

「いいえ。僕は寮に戻ります。アン兄様もそろそろお食事でしょう?」

「そうだけど、たまには食堂じゃなくて自室で食事でも良いだろう?ほら、上がっておいで。そうじゃなければ、アシェを抱えに行くよ?」

にこりと微笑まれるが、間違いなくアレリオンは実行するだろう。

今年から入ったのか、それとも今までたまたま見かけなかっただけなのか、顔も名前も知らない使用人達の前でそれは止めて欲しい。

いや、普段ならそこまで気にしないのだが、アシェルは今冒険者の格好だ。
いくらクリーンをかけたとはいえ、この姿で綺麗な服を汚してはいけないし、確実に使用人達に嫌な眼を向けられるので避けたい。

大人しく階段を上がればアレリオンの私室に通される。
アシェルの部屋とは違ってきちんと調度品も置いてあり花も飾ってある、貴族らしい品のある部屋だ。
グレイニール第一王子を泊めることもあるからなのだろうか。

アシェルがあまり使用人を好いてないせいか、部屋に控えているのはアシェルも信用しているエリックという侍従だけだ。

数えるほどしか入ったことのないアレリオンの私室で、ソファのアレリオンの上に乗るよう腕を広げられる。

「クリーンはかけてますけど、冒険者の恰好です。流石に……。」

「気にしなくて良いから、おいで。」

おずおずとアシェルが向かい合って膝に乗れば、ギュッと抱きしめられる。

「そんなに邸に居たくないかい?」

「……寮の方が落ち着きます。僕の実験室は、今はもぬけの殻ですし。」

「それだけじゃないだろう?」

そうアレリオンに問われ言葉に詰まる。

そんなアシェルを落ち着かせるように、アレリオンがぽんぽんと頭を撫でてくれる。

「……お父様とメアリーお義母様に、お会いしたくありません……。この時間に邸に居たら、メアリーお義母様が気を使って、僕を夕食に誘うでしょう。」

「どうして父上にも会いたくないんだい?」

慈愛を籠めた瞳で見つめられるが、アレリオンはきっと答えを持っていて、アシェルの口からそれを言わせたいのだろう。

「……まだお父様とメアリーお義母様に、薫のことを話す決心がつきません。ふとした時に薫の眼になるらしくて。……アル兄様達とメル達、それと幼馴染は、きちんと話して受け入れてくれましたけど……。普通はそうじゃないです。心配もさせたくないし、話して今の関係が崩れるのが怖いです。特にメアリーお義母様は、男装でようやく普通でいられるのに、この姿でまであの眼を向けられたら……。」

きっと二度と邸に帰ってきたく無くなってしまう。
そして邸にいなくても、生活できるだけの地盤は築いてしまっている。

「やっぱりそれを気にしてたんだね。アシェは心配性だね。二人とも大丈夫だよ。アシェは二人の大事な子供なんだから。」

確かにアベルとは血の繋がりはあるが、メアリーは戸籍上の縁だ。
大事な子供と言われると疑問符が浮かぶ。

「ふふ。その表情は、疑ってるだろう?あれでもメアリー義母上は、アシェのことを大事に思っているよ。ただ最初のせいで、アシェにどう接して良いのかは分からないみたいだけどね。」

そうは言われても、アシェルは全く実感が湧かない。

だって未だにドレス姿のアシェルを見る眼には、アークエイドの言う嫉妬の色が混じっている。
初めて会ったあの夜のように、全面的には出ていないだけだ。

「……それは僕には解りません。どんな母親であれば“普通”なのか、僕も薫も知らないことなので。僕はシェリーお母様が、そして薫にも産みの親がいるのに、記憶の中に血の繋がった母親は居ませんから。」

「そうだね。でも“普通”の関係であることに拘らなくて良いんだよ。別に関わり方を変えろって言うわけじゃないんだ。ただ、メアリー義母上もアシェのことを大切に思ってるとだけは覚えておいておいてね。アシェは“普通の男の子”として振舞っているけど、どんなアシェだって、アシェはアシェなんだから。」

アレリオンはこの会話の中で、どこまでアシェルの中に踏み込んでくるのだろうか。

そのままアシェルと同じアメジスト色の瞳を覗いていると、アシェル自身の考えも見透かされてしまいそうで、アレリオンの肩に顔を埋める。
その耳元でアレリオンが苦笑したのが分かった。

「僕は僕らしく生活してるのだけで、別に拘りがあるわけではないですよ。」

「本当にそうなら良いんだけどね。」

アレリオンの声は、アシェルの答えに納得していない。

それでも、アシェルはこれ以上答える言葉を持っていない。

拘るというよりも、これはアシェルが生きていくための処世術なのだ。

薫は高校生からようやく、相手が望む振舞いを行うことを身に着けた。
それでも、アシェルのように感情を表に出すことは難しかったが。

コミュニケーションは円滑である方が、トラブルにもなりにくいし、アシェル自身が楽なのだから。

「アシェの大切な幼馴染と居る時は、自然に思うんだけどな。」

「それは気心が知れた友人と一緒に居る姿が、そう見えるだけじゃないでしょか。」

「ふふ、そうかもね。彼らもどんなアシェだって受け入れてくれるだろうからね。そして、アシェだって彼らがどんな隠し事を打ち明けても、受け入れてあげるだろう?」

「当たり前です。僕の大切な人たちですから。」

アレリオンの言う通りで、女なのに男として生活していることも、授け子でもないのに記憶持ちなことも。アシェルは周りとズレているのに、そんなこと些細な事であるかのように受け入れてくれた。

薫の世界を調律してくれていたのが咲と健斗なら、アシェルにとっての調律者は幼馴染達だ。

きっと彼らとの出会いが無ければ、ずっと子供らしい子供の仮面を被っていたのだろう。

こんなに沢山の感情を知ることも、知ろうとすることもなかっただろうから。

少なくとも薫は、咲と健斗以外の人間に好かれたいとも思わなかったし、その二人以外に嫌われても気にしなかった。

でもアシェルは、家族にも友人達にも嫌われたくないと思ってしまう。

余計なことを言って、嫌われるのではないかと不安になってしまう。

大丈夫だと思っている兄弟や幼馴染達相手でさえ、不安は付きまとうのだ。

薫のことを思うとアシェルはこんなに輝く世界にいるのに、その上嫌われたくないなんて、とても贅沢な感情だと思ってしまう。

「アシェはもう少し我儘を言っても良いんだよ。少し聞き訳が良すぎるからね。きっとアシェなら一人でなんでも出来ちゃうんだろうけど、もっと周りに頼ったり甘えて良いんだよ。」

アレリオンはそう優しく言いながら背中を撫でてくれる。

「いっぱい甘えてます。生徒会室で充電もさせてもらってますし。我儘だって、実験室を建ててもらいました。」

「後にも先にも、アシェが実験に使う素材以外で欲しがったのは、実験室だけだったからね。あれは我儘のうちに入らないと思うよ。」

アレリオンは苦笑しているが、誕生日に建物一つ建てて貰うなど、特大級の我儘だと思う。

「十分我儘だと思いますよ。想像以上に立派な小屋ですし。」

広さも十分なら、ちゃんと最初から空調調整や随所への灯も仕込んであったし、沢山の種類の素材を収納するための専用の収納棚まで付けてくれていた。

その上、扉の鍵には認証した人間だけが入れる鍵までついている。

アシェルの実験室の扉を開けられるのは、アシェル自身とアベルと兄達、そしてイザベルだけだ。

メルティーには危険なものもあったりするので、メルティーには許可を出していない。

イザベルからは、認証しろと脅された。
そうしないと四六時中くっついてまわるぞと。

「アシェにはあれくらいあった方が、たっぷり錬金を楽しめるだろうって、父上と相談して色々決めたんだよ。実際、物凄く活用してくれたから、良いものを用意して良かったと思うよ。でも甘えるのは……確かに充電して普段は甘えてるんだろうけど、アシェが本当に辛い時には誰も寄せ付けないだろう。当たり散らしても良いから、そういう時こそ頼って欲しいんだけどな。」

それは、つい最近のことを言ってるのだろう。

アルフォードかメルティーから、アレリオンの耳に入ったのかもしれない。

「あぁいう時は、一人でじっとしてるほうが落ち着くんです。それだけですから。」

今まで誰かに当たり散らしたことは無いし、どうやったらいいのかも分からない。
それで何かが解決するわけでもないし、現状は変わらないのだから。

魔物相手のストレス発散が、ある意味アシェルの不満を当たり散らした形だろうか。

「別に喋ったりしなくて良いんだよ。傍に誰か置いてくれたら、僕らは少しは安心できるんだけどな。もしまたああいうことになったら、イザベルかアルか……アークエイド殿下でも良いから、誰か一人は傍に置いてあげてくれるかい?そうすれば、僕らやアシェの友人達は少しでも安心できるから。アシェのためじゃなく、周りの大切な人たちの為に……だめかい?」

アレリオンはズルいと思う。

アシェル自身のためではなく、大切な人たちのためとお願いされることに弱いことを知っていて、言葉を選んでいる。

そしてそれに気付いても、悲しませないためには頷くしかない。
これがきっとアレリオンの本題だったのだろう。

「……分かりました。無視してても良くて、部屋にいるだけなら。……でも、なんでアーク?」

アルフォードとイザベルは分かるが、そこでどうしてアークエイドが出てくるのだろうか。

「家族以外でアシェのことを、誰よりも心配してくれるだろうからね。殿下なら喋らずに同じ部屋に居ても、別にアシェに色々言ってきたりしないでしょ。それに記憶を思い出すときに、かなり頼りにしていたみたいだから。」

「あれは頼りにというか……アークが僕を引き戻す役をやるっていうから、一緒にいたんです。まぁ、僕が実験とかかしてたら、アークはいつも一人で何かやって大人しくしてるから、たしかに適任ですが。」

体調が悪くても隠し通すアシェルが、あれだけ不調を訴えたのも珍しい。
それを他人に伝えた上に、アレリオンがキッチンに立った時はアークエイドで充電していた。

充電だって、アシェルの為に始めた習慣だ。
必要な時にしか近寄ってこなかったアシェルを可愛がるためと、少しでもアシェルがアレリオン達に甘えられるようにだ。
今ではすっかりアレリオン達も充電しないと落ち着かなくなってしまったが、十分に効果はあったと思う。

アレリオンの考えでは、アークエイドの為にアシェルは記憶を思い出したかったのだと思うし、それだけ身近にいても良い存在になっているのだと思う。
アシェルがそれを特別だと感じるかどうかは、本人次第だが。

「約束だよ。」

「はい、約束します。……アン兄様はこの約束をさせたくて、僕を部屋に呼びましたね?」

「うん、そうだよ。アルから話を聞いて、僕だって心配したんだからね。」

「ごめんなさい。」

流石に謝るのに顔を見ずに言うのはダメだと顔を上げれば、アレリオンはいつもの優しい笑みを向けてくれる。

「ううん。こうしてアシェが元気ならそれで良いんだよ。ところでお腹は空いてないかい?アシェも食べるなら部屋に持ってこさせるけど。」

アレリオンの食事の時間を奪ってしまっていることを思い出す。

「いえ、急に増やすと料理人達が困るでしょうから。」

「きっと料理長のことだから、アシェの分も作るように指示してくれているよ。」

「用意してあれば食べて帰ります。無ければ食べずに帰ります。それでも良いですか?」

「うん、いいよ。エリック、確認して来てくれるかい?もし用意があれば、部屋に持ってきてくれ。」

アレリオンの言葉に、それまで壁際で黙って控えていたエリックが頭を下げて出て行く。

程なくしてワゴンに食事を乗せて持ってきてくれたので、アシェルは初めてアレリオンと二人っきりで食事を摂ってから、寮の自室へと帰ったのだった。

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