氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第三章 王立学院中等部二年生

190 後期は申し込みの季節③

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Side:アシェル13歳 秋



「それではアシェル様。マルローネと共に、メルティー様をお迎えに行ってまいりますね。」

「うん。よろしくね、ベル。」

呼び出し音と共にアルフォードとアイザック、そしてノアールがやってきて、使用人達三人は急ピッチで食事の用意をしてくれた。

その間アビゲイルは、アークエイドのようにノアールの隣にピッタリ座って色々と話をしている。

抱きついたりはしないが、あれが今の二人の充電の距離感なのだろう。
アビゲイルもノアールも、二人とも嬉しそうだ。

ソファに座る二人を邪魔しないようにアークエイドは先に食卓に座っているし、アシェルとアルフォードはアイザックを手伝って食器などの準備中だ。

「アル兄様。ありがとうございます。」

「俺は何にもしてないよ。アシェこそありがとうな。アビーも外じゃ平気そうに振舞ってたけど、かなり限界っぽかったからな。忙しいのももう少しだって言ってたし、今年は学院祭の準備も忙しくなさそうだしな。これでしばらく持つだろ。」

アルフォードなりにアビゲイルのことを心配していたようだ。

アシェルも、これで少しはアビゲイルが元気になってくれたら良いなと思う。

カトラリーを準備し終え、あとはお皿によそって出すだけだ。

あとはイザベル達がメルティーを連れてくれば、夕食は開始できるのだが。

「……ベルたち遅いね。」

「どうしたんだろうな。」

「僕、様子見てくるよ。」

「俺が行こうか?」

「ううん、すぐそこだから。アル兄様もゆっくりしててください。いってきますね。」

いつもならもう戻ってきても良いのに、三人が戻ってこない。
女子寮まですぐそこ、なのにだ。

自室を出たアシェルは、足早に二号棟へと向かう。

メルティーの部屋に居るならそれで良いのだ。

でもそうじゃなかったら。

そう。

今アシェルの目の前に広がるように。

「メル。夕飯冷めちゃうよ?お友達かな?」

「アシェ義兄様……。」

「アシェル様、この方たちは——。」

アシェルの声に気付いたメルティー達の表情が、不安げに陰る。

イザベルの言葉を視線で制して、向かい合って建つ二号棟から四号棟へ向かう道を阻むように立っている三人組の女生徒に視線を向ける。

それぞれワンピースのような外出着だが、着ている物は上等なので使用人ということは無いだろう。

「こんばんは、レディ達。我が家の義妹と使用人達に何か用事かな?」

「こんばんは、アシェル様、良い月夜ですわね。」

アシェルから話しかけたことで会話の許可を得たと思ったのだろう。

くるりと振り返った三人組の、真ん中の女生徒が口を開く。

だが、アシェルが聞きたいことではなく、挨拶が優先されたようだ。

心の中で溜息を吐きながら、アシェルはいつものように微笑みを浮かべる。

「良い夜だね。でも、こんな夜更けに可愛いレディ達だけでお散歩なんて、危ないよ?」

「可愛いだなんてそんな……。それに散歩じゃありませんわ。」

アシェルの言葉に反応して、女生徒たちの頬が朱に染まる。

「そうなの?じゃあ、何をしていたの?」

「わたくしたちはただ、メルティー様にお話があって。」

「へぇ、どんな話をしていたのかな?」

「アシェル様のお耳に入れるような事ではありませんわ。ねぇ、皆?」

「えぇ、そうですわね。」

「お気になさらないでくださいませ。」

センターの女生徒の言葉に、左右の二人が頷く。
この二人は取り巻きなのだろうか。だが、全員伯爵家で家格差はあまりないはずだ。

「内緒にされちゃうと気になっちゃうな。それに少しだけ聞こえたけど……我が家の話をしていたでしょう?」

「……お聞きでしたのね。人が悪いですわ。でしたら、どんな話をしていたか分かっていらっしゃるでしょう?」

「メルのことを羨んでいたのは聞いていたけれど、最初からそれを言っちゃうと、レディとお話できなくなってしまうからね。可愛い下級生と知り合いになんて、こうでもしないとなれないでしょう?」

「まぁ、アシェル様ったら。声を掛けて頂けたら、いつでも喜んでお話いたしますわ。」

「だって、いきなり面識のないレディに声を掛けると目立っちゃうでしょ?さっきまでの話を分かってる上で、直接レディの口から聞きたいんだよ。そうでないと、私からの返事が出来ないでしょ?」

にこりと微笑んだままのアシェルに、三人はどうするか顔を見合わせる。

メルティー達もこちらの様子を伺っていて、何かあっても庇えるようにかメルティーの左右には、半歩下がった位置でイザベルとマルローネがそっと守っている。

どうやら既にアシェルが話しを聞いていたなら一緒だと思ったのか、先程アシェルが少し立ち聞きした内容を話してくれる。

その内容は社交界でこう言われているという前置きがあるものの、メルティーがメイディー公爵家の養子であることを、そして義兄たちからたっぷりと愛情を注がれていることを羨んだり妬んだりといった内容だ。
そしてメイディーの三兄弟の傍に居るのが、メルティーには相応しくないとまで。

少しオブラートに包まれていて、そういう噂があるから注意したほうが良いとメルティーに教えてくれていたということらしいが、大筋はそんなところだ。

うんうん、と笑みを絶やさずに頷いて聞いていれば、咎められないことに気を良くしたのか沢山話してくれた。

女の子は適当に相槌を打って聞いていれば、どんどん口が軽くなってくれる。一体どこからこんなに話題が出てくるのだろうか。

でも、そろそろ部屋に戻りたい。

それに自分から聞き出しておいてなんだが、これ以上メルティーの悪口をメルティーの目の前で聞きたくない。

「——義妹様にお構いになってばかりだと、折角のご縁も見逃してしまいますわ。もっとメイディーの愛情を受けるに足る方がいらっしゃる筈ですもの。」

「社交界ではそんな話になってるんだね。それは僕ら兄弟に婚約者が居ないから、なのかな?」

「えぇ!そうですわ。どなたか良い方を探していらっしゃる風でもないし、婚約者をどうされるのかって心配されていますのよ。」

そんなの余計なお世話だと思いながら、微笑みは絶やさない。

「まだデビューしてないから、その噂は知らなかったけど……。私はまだ、婚約者は要らないと思っているから。」

「どうしてですの?公爵家ともなれば、三男と言えど沢山ご縁はありますでしょう?」

「理由を知りたい?」

「えぇ、教えて頂けるのでしたら。ねぇ、皆さん。」

女生徒たちがこくこくと頷いている。

「じゃあ教えてあげるけど、お兄様達には内緒にしておいてね。」

「もちろんですわ!」

絶対にこのお喋りな少女はどこかで喋るだろう。
喋るのを大前提でアシェルは話すのだ。

その噂で少しでもメルティーから注意が逸れるのなら、それで良いと思う。

「メルを可愛がってるのは本当のことだけど……私が婚約者探しをしないのも、婚約者が居ないのも、ちゃんと理由があるんだよ。社交界に詳しいレディなら、ミルトン侯爵家の兄弟の噂は知ってるんじゃない?」

「っ!知ってますわ。もしかして……!」

アシェルの言わんとすることに気が付いた女生徒たちは、パァっと表情を輝かせた。

ミルトン兄弟の場合は相手が男だが、揃って遊び人だという噂自体はとても有名だった。

「ふふっ、そうだよ。婚約者が居たら、レディみたいに可愛い子と遊べなくなっちゃうでしょう?」

「でもアシェル様の浮いたお話は聞きませんわ。男性相手でも女性相手でも、少なからず噂になるものですのに。」

「噂になってしまったら、お兄様達にバレてしまうでしょう。折角メルにアリバイ工作してもらってるのに。」

「それでも少しくらい、どこかから漏れそうなものですわ?」

「これは証拠がないと信じて貰えない感じかな?」

「あら、そんなこと言ってませんわ。でも、証拠があるのでしたら是非。」

証拠も何も、全てアシェルの口から出まかせで嘘八百なのだが、つまりは遊び人に見えればいい訳だ。
それなら不本意ながら、アシェルには自信がある。今まで散々遊び人扱いされてきたのだから。

センターの女生徒に近づいて腰を抱き寄せれば、小さな悲鳴と共に頬が朱に染まったのが見える。

「本当は二人っきりが良いんだけど……レディが証拠を見せてって言ったんだからね?」

腰を抱いたまま頭を引き寄せ、グロスが塗られている唇に口付ける。

そのまま舌で唇をなぞっていると、息を止め続けられなかったのか少し口元が緩んだ隙に舌を押し込む。

ディープキスはし慣れていないんだろう。
アシェルにされるがままな上に、どうやって息をしていいのか分からず慌てているように見える。

証拠と言えば技術の実演だと思ったが、他にどんな証拠を見せて貰えると思っていたのだろうか。
相手のファーストキスでないことと婚約者がいないことを祈りながら、それでも証拠を見せるために濃厚なキスをする。

腰に回した手でさわさわと下半身を撫でながら、女生徒の力が抜けるまでたっぷり舌を絡めてやった。
これで手慣れていると思ってもらえただろうか。

「……どう、証拠になった?本当はもっと可愛がってあげたいけれど……さすがにこれ以上を、人前でする趣味は無いからね。」

顔を真っ赤にした女生徒たちが、そして特に息も絶え絶えな女生徒は力いっぱい頷いてくれる。

「ふふ、良かった。私が遊ぶためにはお兄様達にバレると困るんだよね。アリバイ工作してくれるメルが居てくれないと、私は遊べなくなってしまうから。メルのことはそっとしておいてね。それじゃあ失礼するよ。」

今にもへたりこんでしまいそうな女生徒を二人に預け、イザベルに視線を向ければ、様子を見守っていた三人がパタパタと駆け寄ってくる。

平常を装いながら、それでもいつもより少し早足で四号棟のエレベーターに乗ると、メルティーが心配そうに声を掛けてくる。

「アシェ義兄様……あんなデタラメ……!」

「メルは気にしないで。内緒って言ったけど、多分近いうちに僕の話で持ち切りになると思うから。社交界の話題は変わると思うよ。」

社交界の話題だったというのは額面通りの意味だけではないと思っているが、間違いなくメイディー関連の話題は変わるはずだ。

そしてもしアシェルと遊ぶのにメルティーの協力が必要なのだとしたら、少なくともアシェル狙いの生徒は、下手にメルティーに手を出せなくなる。
メルティーに嫌われたり嫌がらせしたことを告げ口されたら、チャンスは巡って来なくなるからだ。

それにもしかしたら相互監視システムのように、メルティーに何かしようとする人達を牽制しあってくれるかもしれない。
そこまでは期待しすぎかもしれないが、これで少しは謎の正義感を振りかざしてメルティーを攻撃する人間は減るだろう。

「でもでも、そんなことしたらアシェ義兄様がっ!」

アシェルのことを心配して涙を浮かべてくれるメルティーの頭を、よしよしと優しく撫でてやる。

5階に着いたがメルティーがアシェルに縋りつくように歩くので、ゆっくりと自室へと歩いていく。

「女の子の扱いには慣れてるから気にしないで。それに、さすがに僕の婚約者が女の子って訳にもいかないしね。……あれ?そういえばヒューナイトは同性婚出来るんだっけ?まぁ、普通はそんなこと考えないから良いか。」

貴族は割と同性婚について知っているらしいが、実例はそんなに多くないらしい。

過去は家同士の縁の為に同性婚も割とあったらしいが、現当主で配偶者が同性なのは、フレイム辺境伯爵家くらいだ。
一応内縁の妻という形でユリウスの母に当たる女性が居るが、こちらにも同性の恋人がいるらしく、なかなか複雑だという話を聞いた事がある。

「気にしないわけには行きませんわっ。だって、不名誉な噂になるですのよ!?」

「その不名誉な噂の先駆者が、生徒会には二人も居るからね。言うほど不名誉でもないんじゃないかな。それに、僅かな希望に胸躍らせる子が増えて、メルの噂は下火になる。良いこと尽くめでしょ?」

「わたくしのことは気になさらなくて良いんですの!噂だって本当のことですし、仕方のないことですわ。」

「それは無理だよ。だって、大切な義妹なんだから。遺伝子的な繋がりなんて関係ないよ。それより、今日はアル兄様にアビー様、ノアも居るから、涙を止めないと心配されちゃうよ。」

「……ありがとうございます、アシェ義兄様。そうですわね。」

メルティーへの実害を減らすには一番良い方法だと思ったから、長々と話も聞いたし、アシェルはしたくもない相手とキスをしたのだ。

メルティーに嫌がらせをしていた相手に、何故あんな特大サービスをしてやらないといけないのかと思わなくもないが、コレは必要な事だったのだ。

マルローネがハンカチを出して、メルティーの涙を拭ってくれる。

メルティーの涙が止まったことを確認して、イザベルが扉を開けてくれた。

「ただいま。ごめんなさい、遅くなりました。」

「お邪魔します。皆様、お待たせしてしまって申し訳ございません。」

「良かった。迎えに行ったアシェまで遅かったから、心配したんだぞ。」

出迎えてくれたアルフォードがホッとしたのが分かる。
かなり心配をかけてしまったようだ。

「メルにお客さんが来ていたみたいで、少しお話していたら遅くなりました。ベル、マルローネとアイザックと食事の用意をしてくれる?僕、手を洗って来るから。」

「了承しました。」

イザベル達がキッチンに消えるのを横目に見ながら、応接間を突っ切って真っすぐ脱衣所の洗面台に向かう。

大切なモノに嫌なことをする人間に触った手が気持ち悪い。口も濯ぎたい。

脱衣所で一人になると吐き気までしてきて、何とか堪える。

(大丈夫。今までだって散々知らない人達としてきたことじゃない。これが一番被害が減るって分かってる。だから、大丈夫。)

そうこれが一番だったんだ。

流水でじゃぶじゃぶと手と顔を洗いながら、自分に言い聞かせる。

大切なモノを守る為に嫌なものに触れるのは、薫の時に散々してきたことだ。

薫もアシェルの一部な今、自分はアシェルだから耐えられないということはないはずだ。

「……大丈夫。私は大丈夫だった。だから、アシェルも大丈夫。」

「それのどこが大丈夫なんだ。また無茶をしたんだろ。」

「……アーク……?」

気付けば脱衣所にアークエイドが来ていた。
入ってきた音にも気配にも気付かなかった。

「びしょびしょじゃないか。メルティーが心配していたぞ。」

「メルが?心配することなんて何もないのに。」

「そんな表情で言っても説得力がない。」

アークエイドがタオルで拭いてくれる中、いつものように笑ったはずなのに、どこかおかしかったのだろうか。

つい鏡を見てしまうが、前髪まで濡れてしまっているだけでいつもと変わらないと思う。

「分からなくて良い。取り繕うことばかり上手くなられても困る。」

「何それ。……そんなに見て分かる程おかしい?」

「あぁ。アシェに近い人間には、いつもと違う事が分かると思うぞ。」

アークエイドがアシェルを見る眼は、アシェルのことを心配していることが分かる。

それにタオルで拭いてくれているが、必要以上に近づかないように気を付けてくれていることも分かる。

アルフォードかイザベルから、何かアドバイスでも受けたのだろうか。少しばかり不機嫌だからといって、誰彼構わず当たり散らしたりはしないのだが。

「別に心配することなんて何もないのに。そうだ、ご飯食べに行かなきゃ。これ以上皆を待たせるわけにはいかないし。」

「そうだな。」

アークエイドにはいつもと違うと言われたが、応接間に戻っても皆いつも通りだった。

きっとアークエイドがメルティーの話を聞いて、心配しすぎたのではないかと思う。

大人数の食事は賑やかで楽しかった。

使用人も三人揃えば話しは弾むようで、テーブルの隅でこっそりと笑い合っていた。
いつもはイザベルとマルローネでもっとひっそりと話しているし、こんなにこっそり喋らずに普通に喋ってくれても良いのにと思う……のだが、指摘したらそんなちょっとした会話すら止めてしまいそうで何も言えていない。

そうでなくても同じ食卓に座らせるだけでも大変なのだから、それすらも辞退されかねない。

アビゲイルは幸せそうだし、ノアールも思わぬ時間を楽しそうに過ごしていた。
揃っているのは生徒会メンバーばかりだし、イザベル達には迷惑をかけてしまうかもしれないが、時々こうやって食事の時間を設けても良いかもしれない。

これならノアールも断らないだろうし、アビゲイルもノアールとの時間を作れる。

でも理想は、やっぱりノアールが早く婚約に頷くことだ。
こんなにも幸せそうな両思いなのだから。





楽しかった夕飯が終わり、皆それぞれの部屋に帰っていくのを見送る。

「アーク、今日は帰らなくて良いの?」

新学期に入ってからメルティー達と一緒に帰っていたアークエイドが、今日は帰らずソファに座っている。

「この週末くらいはアシェとゆっくりしたくて、執務はほとんど終わらせている。泊っていっても良いか?」

「そうだったんだね、お疲れ様。それは別に構わないよ。珈琲淹れようか?」

「いや、いい。それよりアシェを抱きしめたい。」

「さっきのじゃ足りてなかったってことかな。でも何度も言ってるように、僕はやられるよりやってあげたい方なんだけど?」

アシェルの言葉を聞いても、アークエイドはここに座れというように、自分の膝の上をぽんぽんと叩く手を止めない。

アシェルは小さくため息を吐いて、その膝の上に乗る。

充電したいのなら、例え絵面が悪かろうと膝の上に乗せてあげるのに。
背丈的にアシェルが乗った方が見栄えが良いのは分かるのだが、やっぱり逆でも良いのではないかと思ってしまう。

それにしても何故アシェルが乗った時に、アークエイドはホッとした様子を見せたのだろうか。眼鏡が無い状態を間近で見れば、細やかな感情の動きが丸見えだ。

最近は授業中も伊達メガネをしていないことが多いし、余計なものはないほうがアークエイドの僅かな感情の動きが見えやすいので、このまま伊達メガネは撤廃していただきたいものである。

「少し落ち着いたみたいだな。良かった。」

「落ち着いたって……何が?」

人に乗れと指示しておいて、腕は回してこずに意味の分からないことを言っている。
充電する気が無いのであれば、アシェルは降りたいのだが。

「さっき触られるのを嫌がっただろ。腕を回しても平気か?」

「さっき?別にアークに触られて嫌とか思ってないけど??」

やっぱり意味が解らず疑問符を浮かべるアシェルの身体が、ぎゅっと抱きしめられる。

意味は分からないが、アシェルに配慮してたことだけは分かった。
この配慮が出来るなら、アルフォードの前で抱きしめようとしたりしないで欲しかった。

「分からないなら良い。メルティーを迎えに行った時、何があった?メルティーやイザベルに聞いてもアシェが言ってたように、メルティーへの客と話していただけだとしか教えてくれなかった。」

「何って……本当にお客さんと喋っていただけだよ?まぁ、ちょっと僕が口を挟んじゃったから、長引いた感は否めないけど。」

というよりも、間違いなく長引いたと思う。

でも、そろそろメルティーへのお客さんはどうにかしなくてはいけないと思っていたのだ。

わざわざメルティーの送迎にイザベルとマルローネを二人も付けているのに、どうにかして難癖付けようという輩が居るとは報告として聞いていた。
侍女二人で会話して気付かないフリをしながら、今まではどうにか回避してくれていた。

そのどうにかが通用しなかったのが、たまたま今日になっただけだ。

アシェルの答えに、アークエイドは訝しげに眉をひそめる。

「それだけでメルティーが泣いたりするのか?それにアシェは手を洗いに行くと言って、顔まで濡れていただろ。流石に泣いていたわけじゃないと思うが……。」

「メルに少し心配かけたから、泣かせちゃったんだよね。腫れなさそうと思ったけど、メルが泣いたのってそんなに分かりやすかった?何か冷やせるものを渡しておくべきだったかな。それと、僕は泣いてないからね。ちょっとさっぱりしたかっただけ。」

そう。嫌なものに触れた部分を流水で洗い流して、さっぱりしてしまいたかったのだ。
それに、いつも通り笑えるように心も落ち着けたかった。

アシェルが笑ってないと、要らない心配をかけてしまう。
微笑みを絶やさないのが、いつものアシェルなのだから。

先程のことが噂としてどれくらい出回るか分からないが、後夜祭のラストダンスのお誘いを断るだけでも大変なのに、こっそりと遊び相手にしてほしいアプローチが増えるかもしれないと思うと少し憂鬱だ。
自分が一番良いと思った手段を取った結果なので、仕方ないことではあるのだが。

今度シオンに、申込者多数の場合どうやって対応しているか、お断りはどうしているのか聞いてみても良いかもしれない。
真似できる内容では無さそうではあるが、参考にはなるだろう。

「さっぱり、な……。で、何に対して大丈夫だと言い聞かせていたんだ?雰囲気的に、薫のトラウマに関係する物かと思ったんだが。」

気付かなかったアシェルが悪いのだが、一体いつから脱衣所に居たのだろうか。
それとも僅かな時間でもアークエイドが分かってしまうほど、アシェルの様子がおかしかったのだろうか。

「……少しだけ嫌なことは思い出したけど、気にするほどのことじゃないよ。心配かけてごめんね。」

「答える気はない、ってことか。どうしたらアシェは、俺に弱音を吐いたり頼ってくれるようになる?……いや、俺じゃなくても、次兄やイザベル相手でも良い。何でも一人で抱え込もうとしすぎだ。」

「別に弱音を吐いたり、誰かを頼らないといけないような状態じゃないんだけど……前提条件を満たしてないのに、その先にはいかなくない?相談するべきだって思ったら、ちゃんとベルに相談してるし。」

アシェルに分からないことのほとんどは、イザベルに聞けば良い案を教えてくれる。以前の手紙への返事のように。

生活に必要なものや買い物なんかについても、イザベルに頼りっきりだ。

市井に下りれば必要なものは限られてくるし買い物する場所も限られてくるので、アシェルでも揃えるのは問題ないだろう。
でも貴族に必要なものは分からない。

貴族とは流行りがどうとか、新商品がどうとか、そういった話題を知っていたり持っていたりは大事らしい。

その辺りの情報収集はイザベルがして、しっかり身の回りのものに取り入れられているし、簡単な説明だけ添えてくれる。
アシェルは流行りに興味ないので、普段の会話に困らないようにその簡単な説明を覚えるだけで十分だ。

イザベル無くして、アシェルの貴族生活は成り立たないのだ。

「前提条件か。アシェが弱音を吐いたり誰かを頼る時は、特大の爆弾を抱えてきそうだな。もしくは爆発後か。」

「ちょっと、それどういう意味?」

「あまりにも周りに頼らないから、いざ助けを求める時は、手に負えないほどでっかい案件が舞い込みそうだという意味だ。出来れば、そうなる前に相談してくれよ?」

「失礼な。そうなる前にどうにかするし、内容によってはお父様に相談するから大丈夫だよ。」

「くくっ、そうか。まぁ今日のことは、いつでも気が向いたら教えてくれ。」

きっとアシェルから教えることは無いだろうし、アークエイドもそれはなんとなく分かっているんじゃないかと思う。
この話しは終了だという合図だろう。

噂の回り具合によってはアークエイドの耳に入るだろうが、その時にどうするか考えよう。

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