氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第三章 王立学院中等部二年生

195 王立学院の来訪者③

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Side:アシェル14歳 冬



学院祭初日。

皇族は救護室まで連れてくると言うので、兄妹三人揃ってのんびりと待っていると、扉が開いた。

扉を開けた制服を着た男の、生徒とは思えない足運びに三人は立ち上がり、これから現れるであろう人達へ敬礼する。

続いて入ってきた四人の中の一人。
アビゲイルはそんな三人を見て笑顔で話し始める。いつものアビゲイルではなく、余所行きのアビゲイルだ。

「良いわ、楽にして頂戴。ご紹介するわ。こちらがモーリス様、こちらがムーラン様よ。そしてこちらが、今日から一緒に周るアルフォードにアシェルよ。」

「ご紹介に預かりましたモーリスです。よろしくお願いします。」

魔族の特徴である青灰色の肌を持つ褐色頭の男性が、人の良い笑顔で自己紹介してくれる。

その間、ムーランはしっかりとアシェル達三人をじろじろと見てきている。
確かに品定めをされているようで、居心地の良い視線ではない。

「わたくしはムーランです。よろしくお願いいたしますわ。」

同じく青灰色の肌と、褐色の髪の毛をハーフアップにした女性が可愛らしく微笑んだ。

「アルフォードです。よろしくお願いします。」

「アシェルです。よろしくお願いします。」

簡単な挨拶をしたアシェル達を見て、アビゲイルは口を開く。

「では移動しましょうか。術式の論文展示所までご案内しますわ。」

アビゲイルの言葉で、ぞろぞろと移動を始める。

そして救護室を出る前に、アシェルは壁際で立っていたイザベルに視線を投げかける。
その意味をしっかりと汲んだイザベルが小さく頷いてくれたのを見て、アシェルは護衛の為に移動した。



「ねぇ、アークエイド殿下。わたくし、殿下にエスコートしていただきたいわ。」

「ムーラン嬢。学院内で殿下呼びは止めてくださいと言っています。それに、私がエスコートをしたら目立ってしまいます。お忍びの意味がなくなります。」

アークエイドの腕に縋りつこうとしたムーランをさり気なく躱し淡々と言葉を返す。
いつもよりは丁寧な口調ではあるものの、見る者が見れば不機嫌であることは明らかだ。

魔族は肌の色が特徴的なので、傍から見たら部外者であることは一目で分かるのだが、王立学院は留学生を受け入れる事もある。
そんな時の下見には学院祭を利用することもあるので、会話の内容にさえ気を付けていればそこまで目立たないだろう。

「まぁ。そんな寂しいことおっしゃらないで。わたくし、今日をとても楽しみにしていましたのよ。昨日の晩餐会は、アークエイド殿下がいらっしゃらなくて、少しつまらなく感じてしまったわ。王宮にお帰りになっても、報せていただけなかったんだもの。」

アークエイドは無視を決め込んだようだが、どこにただの来賓に王族の帰還報告をする人が居るのだろうか。
警備的には絶対に教えたくないし、来賓には関係のないことだ。

「姉上。無茶をおっしゃってはダメだと、あれほど言ったでしょう。呼び方にも気を付けてください。アークエイド殿、申し訳ありません。」

「いや、構わない。モリース殿のせいではないしな。」

「何故モーリスが謝る必要があるの?ねぇ、それよりアークエイド殿下。あちらに見えるのは何かしら?あちらにも行ってみたいわ。」

「姉上。今から論文を見に行くんです。ふらふらしているとはぐれますよ。……本当に申し訳ありません。」

どうやらモーリスは常識人で苦労人らしい。
というよりも、ムーランが非常識すぎるのだと思う。

事前申告通り、わんさかと居る見えない護衛も引き連れて、魔術式に関する論文の展示会場に辿り着く。

一般生徒も居るには居るが、ほとんど休みと変わりない学院祭の期間に、わざわざ見に来る生徒は稀だ。
というよりも、通常の学院祭期間であっても論文発表のような見る者を選ぶ教室には、よっぽど好きな人しか訪れない。

「こちらは我が校の魔術学専攻と魔法学上級の生徒達が、合同で発表している論文を展示していますわ。あくまでも生徒の発表なので、魔術の発達したアスラモリオンの方の眼には稚拙に見えてしまうかもしれませんわ。時間はゆっくりとありますから、ゆっくりご覧になってくださいませ。」

アビゲイルに促されてモーリスは一人論文を斜め読みし、気になった論文でもあったのか、
じっと一つの論文に見入ってしまった。

真面目に外交というか、今回の目的を果たす姿に、アシェルは少し羨ましいと思ってしまう。

午前中は救護室に、午後はこうして警護に当たることが決まっているので、アシェルが論文をじっくりと読み込む時間は取れないだろう。

ここに皇族が、そしてその護衛達がおらず、アルフォードが観てくれているというのなら。思う存分論文を見て回って、アシェルも考察したい。

宝の山を目の前に、お預けを食らっている気分だ。

「ねぇ、アークエイド殿下。これはどんな術式なのかしら?」

「術式の隣に、論文があります。そちらを読んでください。それに術式に関しては、アスラモリオン出身であるムーラン嬢の方がお詳しいでしょう。」

「確かに授業では必修ですわ。こちらは触りだけ習って、他は選択性のようですけれど。でもわたくし、あまり魔術式には詳しくありませんの。是非アークエイド殿下に教えて頂きたいわ。」

魔術式に詳しくないのに、何故論文を見る目的の外交にやってきたのかと思ってしまう。
確実に人選ミスだろう。

「ご存知のように、こちらは選択制です。それに、ここの発表をしているのは上級生達だ。まだ私は学習してないので、ムーラン嬢にお教え出来ることは何一つありません。」

アークエイドがさっきからハッキリと断っているのに、ムーランはお構いなしにアークエイドの腕をグイっと引っ張って歩き出す。

「でしたら、わたくしと一緒に見ましょう。わたくしに分かることでしたら、教えて差し上げますわ。」

「離してくれ。」

本当はすぐにでもムーランを止めたい気持ちをぐっと我慢していたアシェルは、離してくれという言葉と共にアークエイドの視線を感じる。

それを助けてくれという意味と受け取り、アシェルは二人へと近づいていく。

もし違ったとしても関係ない。
周囲の護衛がピリピリしているが、こちらはこの我儘放題で空気の読めないムーランに苛立ちを感じているのだ。
敵対行動を取らなかっただけ感謝していただきたいものだ。

「お話し中のところ、失礼いたします。ムーラン嬢。アークエイド殿は女性が苦手で、触れ合いはお好みになりません。……その腕を離してさし上げてください。」

威圧感を与えないように、いつものように微笑み優しく声を掛ける。

だがムーランは目下の者が直接話しかけてきたことに、分かりやすく不快感を滲ませる。

「貴方、アークエイド殿下の護衛でしょう?少し出しゃばりすぎなのではなくて?何故わたくしが、貴方の指示を受けなくてはいけないのかしら。」

「では、私からハッキリ言わせていただきます。ムーラン嬢、私の腕を離してください。もし離さないのであれば、私の優秀な護衛は敵対行動だと認識するでしょう。」

「アークエイド殿下までっ。別にこれくらいいいじゃありませんの。身分だって、わたくしとアークエイド殿下でしたら釣り合いが取れていますわ。それに——。」

アークエイドから離せと言われたのに、全く聞き入れる気がなくムーランはさらにぎゅっとアークエイドの腕に抱き着き、何かを言い募っている。

「ムーラン嬢。我が主のお話が聞こえておりませんでしたか?術式でしたら私の方が詳しいので、ムーラン嬢が理解できるまでみっちりと説明してさしあげます。アークエイド殿の腕を離していただけますね?」

最終警告のつもりで、アシェルはもう一度笑顔で伝える。

「嫌よ。わたくしがこうしていたい——っ!!衛兵っ!何をしているのっ。この者を捕らえなさいっ!!衛兵ッ!!」

ムーランには何が起こったのか分からないまま、金縛りにあったように身体の自由が効かなくなり、背後に人の気配を感じる。
そして抱き着いていたはずのアークエイドはアビゲイルの隣に立っていて、既に腕の中にはいなかった。

キャンキャンと怒り叫ぶムーランに、それまで論文に没頭していたモーリスが、何事かと顔色を変えてやってくる。

それを二人の護衛が道を塞いだ。
この二人はモーリス専属の護衛だと資料にも書かれていたし、ずっと論文に没頭するモーリスの警護のためだけに周囲に目を光らせていた。

だから、この二人だけは残しておいてあげたのだ。
二人がモーリスに状況を説明している姿を横目に見ながら、アシェルは優しく声をかける。

「ねぇ、ムーラン嬢。アークエイド殿は“腕を離して”って言ったんだよ。小さくて可愛らしい耳には届かなかったのかな?ムーラン嬢が沢山の人間に大切にされて守られているように、アークエイド殿やアビゲイル様を大切に思っている人間が沢山居ることは分かりますよね?これ以上我儘をおっしゃられるようだと、国際問題に発展しかねません。」

「我儘ですって!?わたくしは我儘など言っていないわ。衛兵っ、早くこの無礼者を捕らえなさい!一体何をしているの!?こうなったらっ。」

ムーランは呼んでも反応がない衛兵たちに痺れを切らして、魔力を練り始める。

それが完成間近にパッと霧散して消えた。

やっぱり何が起こったのか分からず目を見開くムーランに、アシェルはクスクスと笑う。

「こんな小さな教室で、爆破イグニスを使うのは自殺行為ですよ?それに、本当に勉強が足りていないようですね。座標指定も範囲指定も曖昧で、上手く魔力を注げていない上に、ムーラン嬢本人を巻き込みかねない状態でした。危険ですので、こちらでキャンセルさせていただきましたよ。」

「なっ、なっ!わたくしのイグニスをキャンセルしたですって!?目標は貴方だけよっ!危険なんかじゃないわっ。」

「姉上っ!!アークエイド殿、アシェル殿。我が姉が本当に申し訳ございません。我が国はヒューナイトと争う気はありません。それだけでもご理解ください。」

国では偉いはずのモーリスが、何の躊躇いもなく深く腰を折り謝罪した。
どこか謝罪慣れしている気がするのは気のせいだろうか。

ムーランの背後で口をつぐんだアシェルを見て、アークエイドが代わりに口を開く。
ムーランの場合はアークエイドが助けを求めたから対応をしてくれただけで、本来であればアークエイド自身がどうにかしなければいけないことだったのだから。

「モーリス殿。頭を上げてください。貴方は何も悪くないし、現状国際問題にまでするつもりはない。ただ、ムーラン嬢の方は……。アシェ。ムーラン嬢はイグニスを使おうとしたんだな?」

「えぇ。恐らくですが、教室自体を爆破するイメージに、無理やり魔力を乗せようとしていたように感じますね。魔力の拡がり方的に、発動すればここに居る人間はもちろん。廊下の窓ガラスも吹き飛んでいたでしょうね。アークエイド殿とアビゲイル様は無傷で済むと思いますが、他の方の安全は保障しかねました。」

「そうか。……悪いが、学院内でむやみやたらに攻撃魔法を使われるのは困る。申し訳ないが、ムーラン嬢が学院を周る間は、魔法が使えないようにさせてもらっても良いだろうか?今日だけでなく、明日も。後遺症が残るようなものでもないので、安心してほしい。」

「えぇ、構いません。それで少しでもアークエイド殿達の気が収まるのなら。」

「ちょっと!構いません、じゃないわよっ!弟の分際で何を勝手に決めているの!?」

「姉上っ!いい加減にしてください!ここは自国じゃないんですよ?もっと考えて行動や発言をしてください。アシェル殿も、ご迷惑をおかけしました。メイディーと言えば、ヒューナイトでは王族に次ぐ家格の方。姉上が不快なことを申したと思いますが、出来ましたら寛容な対応をと願います。」

確かに家格順で言えば、メイディーは公爵家の中では一番上になるので王族に次ぐ高位貴族となる。
だが王族とは大きな壁があるし、他国の皇族が頭を下げる程偉い立場ではない。

「頭を上げてください。私に頭を下げる必要はありません。ですが……寛容な対応とは、先程アークエイド殿の言った処置を行わないでくれ、ということでしょうか?」

「滅相もありません。そちらは是非お願いします。私としましても、ご迷惑はおかけしたくないので。もしご希望であれば、姉上には王宮の方へ先に下がっていただいてもいいくらいです。」

「モーリス!何を勝手なことを言っているのよ!わたくしはアークエイド殿下と一緒に居るって言ってるでしょう!?」

「姉上、いい加減にしてください!あぁ、本当に。なんで父上は姉上を……。スタンピード後で忙しい中、無理を言ってこさせていただいておきながら、申し訳ございません。処置をお願いします。」

「アシェ。お願いできるか?」

アークエイドの言葉にアシェルは頷き、ムーランの身体に自身の魔力を流していく。

とりあえず予定時間までは満足に魔法が使えないはずだ。

「無礼者!許可なくわたくしに触るなんて!それに気持ち悪いわ!なにしてるのよ!?」

「姉上。外交に出る前に勉強したでしょう?本日護衛に来て下さっているメイディーのお二人は、医師家系だと。魔法だってとても巧みに扱われるし、我が国では治療の難しい魔力回路の治療についても得意とされておられる。話し的に、きっと今のはそれの応用でしょう。お願いですから、これ以上恥を晒すのは止めてください。」

「わたくしのことを恥さらしだと言うの!?弟の癖に!!っ。魔力が練れないわっ!どうして!?」

「姉上、話を聞いてましたか?——アビゲイル嬢、アークエイド殿。申し訳ないが、姉上だけ王宮へ連れて帰らせても良いだろうか?護衛にはダーガを付ける。さっき見逃していただいた二人のうちの一人です。もし他も邪魔なようであれば、そちらも。私としてはダーガとクーフェが居てくれれば問題ないのです。」

すっとダーガと呼ばれた護衛が近くにやってきたのでアシェルはダーガに場所を譲り、アークエイドの少し後ろに立つ。

あまりにも身勝手なムーランに、常識人で苦労していそうなモーリスが不憫で仕方がない。

ムーランは最後までギャーギャーとわめいていたが、結局ダーガに連れられて教室を出て行った。
アビゲイルの護衛が一人ついていったので、王宮までは無事に帰れるだろう。

「申し訳ないのだが、こちらの護衛達の拘束も解いていただけるだろうか?皆様に危害は加えさせないし、姉上と一緒に帰っていただくことを約束しますから。」

護衛達はやはり拘束されていたのかと、アビゲイルとアークエイドは互いに顔を見て、それから互いの護衛に視線を向ける。
アルフォードが一人、首を横に振った。

「……もしおかしなことをしたら、もう一度締めあげます。」

アシェルが拘束バインドを解除すると、それぞれ護衛達が頭を下げてからムーランの後を追うように居なくなった。
きっとアシェルとアルフォードしかソレは認識していないが、護衛達はそれで良かった。

「全員王女を追ったようです。」

アシェルの言葉を確認するようにモーリスが護衛のクーフェに視線を投げかけると、クーフェは頷いた。
それを見て、ようやくモーリスは安堵した表情になる。

「寛大なお心遣い、本当に感謝いたします。……こんな騒ぎを起こした後で申し訳ないのですが、論文の続きを見せて頂いてもよろしいでしょうか?姉上が居なければ、堅苦しい礼儀も要りませんし、なんでしたら、後程王宮まで歩いて戻りますので、放っておいていただいても構いません。今日全て論文が観れるのであれば、明日もこうしてお付き合いいただく必要はありませんし。」

「モーリス様は気になさらないでちょうだい。それに、学院内のことだから大事にするつもりも無いわ。アークもアシェルも、それで良いでしょう?」

アビゲイルの言葉に頷いた二人を見て、アビゲイルは微笑んだ。
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