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第四章 王立学院中等部三年生
230 女で記憶持ち②
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Side:アシェル14歳 夏
デュークに気にするなと言われたものの、アシェルはしゅんと落ち込んだままだった。
いつもならここまで気にしないし、デュークは本気でそう言ってくれたのも分かっているのに、上手く気持ちが切り替わらない。やっぱり疲れているのだろうか。
「アシェ義姉様。ぎゅってしてくださいませんか?」
隣に来てくれたメルティーが腕を広げている。
アシェルが落ち込んでいるので、気にかけて充電しようとしてくれているのだろう。
「メル、ありがとう。」
「待ってくださいっ、このままでは駄目ですわよ!?アシェ義姉様のお胸は、わたくしにとって凶器なんですから!」
アシェルが座ったまま抱き締めようとしたので、メルティーが慌てた。
背の低いメルティーでは、丁度アシェルの胸に顔が埋もれてしまうのだ。
凶器に包まれる前にいそいそと膝の上に乗ってきたメルティーを抱きしめて、巻き込んでしまった皆に謝罪する。
「皆もごめんなさい。ちょっとはしゃぎすぎちゃった。」
「わたくし達のことはお気になさらないで下さいませ。むしろ眼福でございましたわ。最近ちょっぴり供給不足でマンネリ化してましたけど、また色々とアイディアが湧いてきましたわ。」
鈴のなるような声で笑うユーリの言葉に、ミルルは頷きながら黙々と万年筆を動かしている。
ミルルの描くジャンルは普通の男女の恋愛もので、小説も漫画も年齢指定はあったりなかったりなのだが、何が創作欲を刺激したのかまでは分からない。
「そういえばアシェル様に一つお伺いしておきたい事がありますの。社交シーズンが始まった後に5階と屋上を繋ぐ階段の踊り場でってお話なのだけれど……聞いたことあるかしら?」
ユーリの言葉に反応するように、女性陣の注意がアシェルに向いているのが分かる。
噂のことで首を傾げているのはシオンとイザークだけだ。
「まだ流し始めて一週間ってところなのに……よくご存知ですね。そんなに噂って女性への浸透は早いんですか?」
「アシェル様が上級生の実習に同行された日には、もうこの噂で持ちきりでしたわ。アシェル様のお気に入りになれば、一晩のお慈悲が頂けるという土台がありますもの。女性は噂話の好きな生き物ですわ。社交界に出るのならご注意なさいませ。根も葉もない噂を流すのが好きな方もいらっしゃいますから。」
「ご忠告ありがとうございます。」
「本当にアシェル様が意図して流した噂でしたら、どういう意図があって流したのか教えてくださらないかしら?あとは尾ひれがついている恐れもあるから、正しい情報を知りたいわ。」
リリアーデも噂のことを気にしていたし、耳に届いていたのだろう。
しかもイザベルも驚いてないということは、既に噂話を知っているということだ。
「噂を流すというか、僕にお誘いをかけてくるレディに言ってるだけなんですけどね。……今年の社交界が始まった翌日から、平日のお昼のどこかで二時間だけ。生徒会室から一番遠い屋上へと繋がる階段の踊り場で、相手をしてあげるって。条件は婚約者がいないことと、そこではキスまでで、キスを終えたらさっさと去ること。廊下の半分より手前に二人以上居たら僕は姿を見せない。婚約者の有無は、婚約式をして貴族へ周知しているかどうか。もしそれ以上を希望するなら、僕と何をシたいのか自分の口で言ってその気にさせてね、って言ってありますよ。その気にさせてくれれば、その日の夜に僕の部屋に招いてあげるって。」
そもそも人肌恋しさを誤魔化すために出した、以前の噂に乗っけただけの話だ。
女だと発表すればアシェルの価値は下がるし、今までこっそりアプローチをかけてきたご令嬢達も、わざわざ女に相手をしてもらうために踊り場にこようとは思わないだろう。
もしかしたらそれでもというご令嬢がいるかもしれないので、遊び相手になるかなと思ってるくらいで、この人肌恋しさが無くなるなんて期待はしていない。
それでも少しは和らぐはずだし、気分転換にもなるはずだ。
「驚くほど正確な噂が出回っていたことが分かりましたわ。その噂を前提として、一つご提案があるのだけれど良いかしら?わたくしから話すより【シーズンズ】会長のカナリアさんに話してもらう方が良いわね。」
一体何を提案されるのだろうか。
それもわざわざファンクラブ会長であるカナリアからということは、【シーズンズ】の総意であるような言い方だ。
「こほん。【シーズンズ】に所属する女性会員は、ほぼ全員この噂を知っていますわ。噂話に敏い男性会員の一部も知っているんじゃないかしら。その上で、そのお昼間の二時間だけ、わたくしたちに会場運営を任せて頂けないかしら?もちろん、ちゃんと婚約者持ちはこちらで弾きますし、もしアシェル様が嫌だと思ったことをされたら助けに向かいますわ。如何です?」
今カナリアは、会場運営と言っただろうか。
アシェルの流した噂は、ファンクラブイベントか何かと勘違いされているのだろうか。
「えっと……そんな大それたものじゃないよ?単に僕が誰かとイチャイチャしたいなって思って流した噂だし……。女だって発表した後だから、誰一人来ない恐れもあるし、いつまでやるかも未定だし……。」
「別にそれで構いませんわ。なんなら、アシェル様がお止めになられたあと、しばらくはわたくしどもが終了の案内をすれば良いだけですし。それに、アシェル様の性別は気にしない者も居るでしょうし、男でないからこそ生まれる需要もありますわ。間違いなく、参加者は日に日に増えると思いますの。」
何故かカナリアが自信をもって力説してくれる。
なんだろう。アイドルの後援会か何かなのだろうか。
やっぱりファンクラブイベント扱いされている気がする。
「えっと……じゃあ、お願いします。といっても、別にしなくても大丈夫だからね?本当に人が来るなんて思ってないし。廊下は探査魔法で見てれば良いだけだし。」
「アシェル様……それですと、わたくしがダニエル様に報告しなくてはいけなくなります。お昼寝の時間を潰されるようですし、大人しく【シーズンズ】の皆様のご厚意を受け取っておいてくださいませ。」
「うっ……約束はアークの周りを観るなだったし、場所的に護衛達と被らないから、局所的に使えばバレないと思ったのに……。」
「わたくしはアシェル様の探査魔法を判別できますからね。お休みになられない上に探査魔法を使うのであれば、ダニエル様とのお約束を破ったと判断いたします。」
アシェル達とほぼ兄妹同然に育ったイザベルは、メルティーほど上手に魔法を使えるわけではないが、兄妹の魔力の違いは判別できるようになっている。
こっそり使っても間違いなくイザベルは気が付いて、ダニエルに報告されてしまうだろう。
「分かったよ。じゃあカナリア嬢。こちらから運営をお願いしても良いかな?……一応言っておくけど、別にファンクラブイベントとかじゃなくて、単純に僕が遊びたいだけだからね?」
「構いませんわ。そんなもの、ファンクラブイベントだと言い張れば良いのですよ。わたくし達が居ることで信憑性も増しますしね。下手に個人で遊んでいると思われると、質の悪い人間に付き纏われかねませんわ。ちなみに、性別は問いますの?」
「別にキスだけで終わってくれるなら、性別は問わないよ。あくまでも遊びだもん。っていうか、こんなイケメンの僕にキスしたいって、普通の人は思わないよ?ミルトン兄弟くらいじゃないの?」
これがアルフォードのように女顔ならまた違うだろうが、胸さえなければどう見てもアシェルは男だ。それも綺麗系のイケメンだ。
いくら女だとバラしたからと言って、じゃあ遊びましょうと男が寄ってくるような見た目ではない。
いや、ただヤりたいだけの男は寄ってくるかもしれないが、確実にヤれるわけではないし、それなら他の可愛い女の子を引っかけたほうがマシだろう。
アシェルの答えに、表情を輝かせたシオンが口を挟む。
「アシェル様っ。それって僕がお伺いしても大丈夫って事ですか?婚約者も居ません!」
「シオンが婚約してないのは知ってるよ。でも……シオンは男の子が好きなんでしょ?」
「好きというより遊びやすいだけです。僕の見た目なら、男は選り取り見取りですから。僕は性別なんて関係なく、アシェル様のことが好きなんです。だからアシェル様がキスしてくれるなら、毎日でも通っちゃいます。」
自分が男受けする可愛い見た目だと分かっていて、割り切って男と遊んでいるのだろう。
あと腐れのなさを考えると、同性相手というのはとても合理的だ。
同性婚は出来るらしいので付き纏われる可能性はあるが、子供が出来る可能性があると余計なトラブルを招きそうだ。
「ふふっ、じゃあ楽しみにしてるよ。シオンはキスが上手だから、僕も楽しめそうだしね。」
「やったぁ。えへへ、キスのすっごく上手なアシェル様に、褒めて貰えて嬉しいです。あの……今まで通り抱き着いたりしても良いですか?」
ふにゃっと可愛らしい笑みを浮かべたシオンは、少し不安そうに聞いてくる。
「別に構わないよ?もう男の子としての生活が長いから、どちらかというと気分的には男の子なんだよね。女だからって、今までと違う対応される方が悲しいな。……というか、本当は今日。皆に嫌われちゃうんじゃないかなって思ってたんだよね。女だったこともだけど、記憶持ちって事も隠してたし……。」
苦笑したアシェルに、皆そんなことは気にしないと笑ってくれる。
本当に優しい友人達だ。
そして本気で“そんなこと”と思っているくらいにはどうでも良いらしく、アシェルとシオンがキスをしたことがあるらしいという方で盛り上がり始めた。
なんというか、相変わらず【シーズンズ】のメンバーはブレないなと、安堵する自分が居る。
自然と女性陣と、アシェルを含んだ男性陣とで席が分かれる。
あまり生々しく感じてしまうBLは好みではないので、その盛り上がりについていけないイザークは落ち込んでいた。
「疑ってるわけじゃないけど、本当にアシェル君は女性なんだよな?……俺、自信無くしそう……。」
それに反応したのはカナリアだ。
「あら。気になさらなくても、イザーク君も十分イケメンの部類ですわよ?アシェル様と系統は違いますけどね。」
「いや、そういうことじゃなくて……。俺、まだアシェル君から一本も取った事ないんだよ?剣術も体術も。勿論努力やセンスもあると思うけど、女性から一本も決まり手を取れない男って、情けないなと思って……。」
カナリアは男前具合を気にしているのかと思っていたみたいだが、イザークは単純に武術の腕を気にしていたようだ。
剣術と体術の授業でイザークと手合わせをしたことがあるが、落ち込むほど下手ではないと思う。
むしろ、観察眼があってよく癖を見抜いている分。
癖を治しても次々と新しい手を繰り出してきて、対応を余儀なくされる。
アシェルがやり合っていて楽しい相手の一人だ。
「イザーク君は強いよ、自信もって。毎回柔軟に僕の動きについて来ようとするし、実力もあるから。ついつい楽しくってやり過ぎちゃうけどね。僕はイザーク君の筋肉が羨ましくて仕方ないよ。というか、僕はこれでも公爵子息としての教育も受けてるんだよ?流石に力負けする相手には敵わないけど、武術だってみっちり仕込まれてるからね。」
イザークとの手合わせを思い出して、アシェルの表情は自然と綻ぶ。
強い人と戦うのは好きだ。
手を変え品を変え変化に富んでいて、毎回楽しくやり合うことが出来る。
予想していなかった動きをされると、更に心が躍る。
その作り物では無い笑顔に、イザークは苦笑するしかない。
「アシェル君は本当に戦うのが好きだね。一応俺も高位貴族なんで、教育はみっちり受けてるんすけどね……。しかもアシェル君は、得意な魔法を使ってない訳で……。あ、ヤバい。マジへこみしそう。」
「イザーク様じゃ無理だと思いますよ?僕だってアシェル様には敵いませんし、アシェル様は二つ名持ちですし。」
「シオン……それマジで言ってる?」
「大真面目です。それも確認したところ、恐らくですけど条件的に手合わせと同じ状態でついたらしいですし。」
「ってことは、シオンとほぼ互角かスピードについていけない俺じゃ無理だな。逆に諦めがつく気がする。」
何故二つ名持ちだという理由だけで、負けてしまうことに諦めが付くのかが分からない。
アシェルが首を傾げていることに、シオンとイザークは苦笑した。
「アシェル様……二つ名持ちってことは、それだけの実力があると冒険者ギルドが判断したって事ですよ。」
「そもそも二つ名が付くのはパーティーを組まなくても、単身でSランクになれると判断された冒険者にしか付かないから。本人のランクに関係なく二つ名がついた時点で、実力者ってことなんすよ。」
「そういえば、おやっさんにSに近い実力がどうのって言われたけど……。そんな基準なの?僕的には物騒すぎる名前がついて、不名誉でしかないんだけど。……だから冒険者たちが、やたら話しかけてくるの??」
「不名誉って……むしろ二つ名を持ってて、基準を知らなかった事の方が驚きだよ。まぁ冒険者から見たら、二つ名持ちって身近な有名人だからね。あわよくばお知り合いになって、何かあったら助けて貰おうって魂胆の人間もいるんじゃないかな。なんにせよ、二つ名持ちにわざわざ喧嘩を吹っかける馬鹿は居ないから、悪い話じゃないと思うよ。それより、どんな二つ名なんすか?」
イザークの問いに、シオンがチラリとアシェルを確認する。生徒会室でも不名誉だ物騒だと言っているので気を使ってくれているのだろう。
「……【血濡れの殺人人形】。どうせなら僕もキルル様みたいな、殺伐としてない二つ名が良かったな。実力を認められたって言われても、なんか素直に喜べない。」
「確かに物騒な二つ名っすね……。理由は?」
「詳しくは分かんないけど、一人でストレス発散に行った時に、魔物の返り血をそのままにして狩りしてたからみたい。魔力の温存をしたくて、クリーンはたまにしかかけなかったから。せめて血塗れじゃなかったら、こんな名前じゃなかったのかな?」
「かもしれないですね。」
「あ、イザーク君もシオンも。僕が女だからって手合わせで手を抜かないでよ?手を抜いたりしたら、そんな気が起きないくらい徹底的に叩きのめすから。」
にっこりとアシェルが告げた言葉に、二人は「しません!」と声を合わせたのだった。
デュークに気にするなと言われたものの、アシェルはしゅんと落ち込んだままだった。
いつもならここまで気にしないし、デュークは本気でそう言ってくれたのも分かっているのに、上手く気持ちが切り替わらない。やっぱり疲れているのだろうか。
「アシェ義姉様。ぎゅってしてくださいませんか?」
隣に来てくれたメルティーが腕を広げている。
アシェルが落ち込んでいるので、気にかけて充電しようとしてくれているのだろう。
「メル、ありがとう。」
「待ってくださいっ、このままでは駄目ですわよ!?アシェ義姉様のお胸は、わたくしにとって凶器なんですから!」
アシェルが座ったまま抱き締めようとしたので、メルティーが慌てた。
背の低いメルティーでは、丁度アシェルの胸に顔が埋もれてしまうのだ。
凶器に包まれる前にいそいそと膝の上に乗ってきたメルティーを抱きしめて、巻き込んでしまった皆に謝罪する。
「皆もごめんなさい。ちょっとはしゃぎすぎちゃった。」
「わたくし達のことはお気になさらないで下さいませ。むしろ眼福でございましたわ。最近ちょっぴり供給不足でマンネリ化してましたけど、また色々とアイディアが湧いてきましたわ。」
鈴のなるような声で笑うユーリの言葉に、ミルルは頷きながら黙々と万年筆を動かしている。
ミルルの描くジャンルは普通の男女の恋愛もので、小説も漫画も年齢指定はあったりなかったりなのだが、何が創作欲を刺激したのかまでは分からない。
「そういえばアシェル様に一つお伺いしておきたい事がありますの。社交シーズンが始まった後に5階と屋上を繋ぐ階段の踊り場でってお話なのだけれど……聞いたことあるかしら?」
ユーリの言葉に反応するように、女性陣の注意がアシェルに向いているのが分かる。
噂のことで首を傾げているのはシオンとイザークだけだ。
「まだ流し始めて一週間ってところなのに……よくご存知ですね。そんなに噂って女性への浸透は早いんですか?」
「アシェル様が上級生の実習に同行された日には、もうこの噂で持ちきりでしたわ。アシェル様のお気に入りになれば、一晩のお慈悲が頂けるという土台がありますもの。女性は噂話の好きな生き物ですわ。社交界に出るのならご注意なさいませ。根も葉もない噂を流すのが好きな方もいらっしゃいますから。」
「ご忠告ありがとうございます。」
「本当にアシェル様が意図して流した噂でしたら、どういう意図があって流したのか教えてくださらないかしら?あとは尾ひれがついている恐れもあるから、正しい情報を知りたいわ。」
リリアーデも噂のことを気にしていたし、耳に届いていたのだろう。
しかもイザベルも驚いてないということは、既に噂話を知っているということだ。
「噂を流すというか、僕にお誘いをかけてくるレディに言ってるだけなんですけどね。……今年の社交界が始まった翌日から、平日のお昼のどこかで二時間だけ。生徒会室から一番遠い屋上へと繋がる階段の踊り場で、相手をしてあげるって。条件は婚約者がいないことと、そこではキスまでで、キスを終えたらさっさと去ること。廊下の半分より手前に二人以上居たら僕は姿を見せない。婚約者の有無は、婚約式をして貴族へ周知しているかどうか。もしそれ以上を希望するなら、僕と何をシたいのか自分の口で言ってその気にさせてね、って言ってありますよ。その気にさせてくれれば、その日の夜に僕の部屋に招いてあげるって。」
そもそも人肌恋しさを誤魔化すために出した、以前の噂に乗っけただけの話だ。
女だと発表すればアシェルの価値は下がるし、今までこっそりアプローチをかけてきたご令嬢達も、わざわざ女に相手をしてもらうために踊り場にこようとは思わないだろう。
もしかしたらそれでもというご令嬢がいるかもしれないので、遊び相手になるかなと思ってるくらいで、この人肌恋しさが無くなるなんて期待はしていない。
それでも少しは和らぐはずだし、気分転換にもなるはずだ。
「驚くほど正確な噂が出回っていたことが分かりましたわ。その噂を前提として、一つご提案があるのだけれど良いかしら?わたくしから話すより【シーズンズ】会長のカナリアさんに話してもらう方が良いわね。」
一体何を提案されるのだろうか。
それもわざわざファンクラブ会長であるカナリアからということは、【シーズンズ】の総意であるような言い方だ。
「こほん。【シーズンズ】に所属する女性会員は、ほぼ全員この噂を知っていますわ。噂話に敏い男性会員の一部も知っているんじゃないかしら。その上で、そのお昼間の二時間だけ、わたくしたちに会場運営を任せて頂けないかしら?もちろん、ちゃんと婚約者持ちはこちらで弾きますし、もしアシェル様が嫌だと思ったことをされたら助けに向かいますわ。如何です?」
今カナリアは、会場運営と言っただろうか。
アシェルの流した噂は、ファンクラブイベントか何かと勘違いされているのだろうか。
「えっと……そんな大それたものじゃないよ?単に僕が誰かとイチャイチャしたいなって思って流した噂だし……。女だって発表した後だから、誰一人来ない恐れもあるし、いつまでやるかも未定だし……。」
「別にそれで構いませんわ。なんなら、アシェル様がお止めになられたあと、しばらくはわたくしどもが終了の案内をすれば良いだけですし。それに、アシェル様の性別は気にしない者も居るでしょうし、男でないからこそ生まれる需要もありますわ。間違いなく、参加者は日に日に増えると思いますの。」
何故かカナリアが自信をもって力説してくれる。
なんだろう。アイドルの後援会か何かなのだろうか。
やっぱりファンクラブイベント扱いされている気がする。
「えっと……じゃあ、お願いします。といっても、別にしなくても大丈夫だからね?本当に人が来るなんて思ってないし。廊下は探査魔法で見てれば良いだけだし。」
「アシェル様……それですと、わたくしがダニエル様に報告しなくてはいけなくなります。お昼寝の時間を潰されるようですし、大人しく【シーズンズ】の皆様のご厚意を受け取っておいてくださいませ。」
「うっ……約束はアークの周りを観るなだったし、場所的に護衛達と被らないから、局所的に使えばバレないと思ったのに……。」
「わたくしはアシェル様の探査魔法を判別できますからね。お休みになられない上に探査魔法を使うのであれば、ダニエル様とのお約束を破ったと判断いたします。」
アシェル達とほぼ兄妹同然に育ったイザベルは、メルティーほど上手に魔法を使えるわけではないが、兄妹の魔力の違いは判別できるようになっている。
こっそり使っても間違いなくイザベルは気が付いて、ダニエルに報告されてしまうだろう。
「分かったよ。じゃあカナリア嬢。こちらから運営をお願いしても良いかな?……一応言っておくけど、別にファンクラブイベントとかじゃなくて、単純に僕が遊びたいだけだからね?」
「構いませんわ。そんなもの、ファンクラブイベントだと言い張れば良いのですよ。わたくし達が居ることで信憑性も増しますしね。下手に個人で遊んでいると思われると、質の悪い人間に付き纏われかねませんわ。ちなみに、性別は問いますの?」
「別にキスだけで終わってくれるなら、性別は問わないよ。あくまでも遊びだもん。っていうか、こんなイケメンの僕にキスしたいって、普通の人は思わないよ?ミルトン兄弟くらいじゃないの?」
これがアルフォードのように女顔ならまた違うだろうが、胸さえなければどう見てもアシェルは男だ。それも綺麗系のイケメンだ。
いくら女だとバラしたからと言って、じゃあ遊びましょうと男が寄ってくるような見た目ではない。
いや、ただヤりたいだけの男は寄ってくるかもしれないが、確実にヤれるわけではないし、それなら他の可愛い女の子を引っかけたほうがマシだろう。
アシェルの答えに、表情を輝かせたシオンが口を挟む。
「アシェル様っ。それって僕がお伺いしても大丈夫って事ですか?婚約者も居ません!」
「シオンが婚約してないのは知ってるよ。でも……シオンは男の子が好きなんでしょ?」
「好きというより遊びやすいだけです。僕の見た目なら、男は選り取り見取りですから。僕は性別なんて関係なく、アシェル様のことが好きなんです。だからアシェル様がキスしてくれるなら、毎日でも通っちゃいます。」
自分が男受けする可愛い見た目だと分かっていて、割り切って男と遊んでいるのだろう。
あと腐れのなさを考えると、同性相手というのはとても合理的だ。
同性婚は出来るらしいので付き纏われる可能性はあるが、子供が出来る可能性があると余計なトラブルを招きそうだ。
「ふふっ、じゃあ楽しみにしてるよ。シオンはキスが上手だから、僕も楽しめそうだしね。」
「やったぁ。えへへ、キスのすっごく上手なアシェル様に、褒めて貰えて嬉しいです。あの……今まで通り抱き着いたりしても良いですか?」
ふにゃっと可愛らしい笑みを浮かべたシオンは、少し不安そうに聞いてくる。
「別に構わないよ?もう男の子としての生活が長いから、どちらかというと気分的には男の子なんだよね。女だからって、今までと違う対応される方が悲しいな。……というか、本当は今日。皆に嫌われちゃうんじゃないかなって思ってたんだよね。女だったこともだけど、記憶持ちって事も隠してたし……。」
苦笑したアシェルに、皆そんなことは気にしないと笑ってくれる。
本当に優しい友人達だ。
そして本気で“そんなこと”と思っているくらいにはどうでも良いらしく、アシェルとシオンがキスをしたことがあるらしいという方で盛り上がり始めた。
なんというか、相変わらず【シーズンズ】のメンバーはブレないなと、安堵する自分が居る。
自然と女性陣と、アシェルを含んだ男性陣とで席が分かれる。
あまり生々しく感じてしまうBLは好みではないので、その盛り上がりについていけないイザークは落ち込んでいた。
「疑ってるわけじゃないけど、本当にアシェル君は女性なんだよな?……俺、自信無くしそう……。」
それに反応したのはカナリアだ。
「あら。気になさらなくても、イザーク君も十分イケメンの部類ですわよ?アシェル様と系統は違いますけどね。」
「いや、そういうことじゃなくて……。俺、まだアシェル君から一本も取った事ないんだよ?剣術も体術も。勿論努力やセンスもあると思うけど、女性から一本も決まり手を取れない男って、情けないなと思って……。」
カナリアは男前具合を気にしているのかと思っていたみたいだが、イザークは単純に武術の腕を気にしていたようだ。
剣術と体術の授業でイザークと手合わせをしたことがあるが、落ち込むほど下手ではないと思う。
むしろ、観察眼があってよく癖を見抜いている分。
癖を治しても次々と新しい手を繰り出してきて、対応を余儀なくされる。
アシェルがやり合っていて楽しい相手の一人だ。
「イザーク君は強いよ、自信もって。毎回柔軟に僕の動きについて来ようとするし、実力もあるから。ついつい楽しくってやり過ぎちゃうけどね。僕はイザーク君の筋肉が羨ましくて仕方ないよ。というか、僕はこれでも公爵子息としての教育も受けてるんだよ?流石に力負けする相手には敵わないけど、武術だってみっちり仕込まれてるからね。」
イザークとの手合わせを思い出して、アシェルの表情は自然と綻ぶ。
強い人と戦うのは好きだ。
手を変え品を変え変化に富んでいて、毎回楽しくやり合うことが出来る。
予想していなかった動きをされると、更に心が躍る。
その作り物では無い笑顔に、イザークは苦笑するしかない。
「アシェル君は本当に戦うのが好きだね。一応俺も高位貴族なんで、教育はみっちり受けてるんすけどね……。しかもアシェル君は、得意な魔法を使ってない訳で……。あ、ヤバい。マジへこみしそう。」
「イザーク様じゃ無理だと思いますよ?僕だってアシェル様には敵いませんし、アシェル様は二つ名持ちですし。」
「シオン……それマジで言ってる?」
「大真面目です。それも確認したところ、恐らくですけど条件的に手合わせと同じ状態でついたらしいですし。」
「ってことは、シオンとほぼ互角かスピードについていけない俺じゃ無理だな。逆に諦めがつく気がする。」
何故二つ名持ちだという理由だけで、負けてしまうことに諦めが付くのかが分からない。
アシェルが首を傾げていることに、シオンとイザークは苦笑した。
「アシェル様……二つ名持ちってことは、それだけの実力があると冒険者ギルドが判断したって事ですよ。」
「そもそも二つ名が付くのはパーティーを組まなくても、単身でSランクになれると判断された冒険者にしか付かないから。本人のランクに関係なく二つ名がついた時点で、実力者ってことなんすよ。」
「そういえば、おやっさんにSに近い実力がどうのって言われたけど……。そんな基準なの?僕的には物騒すぎる名前がついて、不名誉でしかないんだけど。……だから冒険者たちが、やたら話しかけてくるの??」
「不名誉って……むしろ二つ名を持ってて、基準を知らなかった事の方が驚きだよ。まぁ冒険者から見たら、二つ名持ちって身近な有名人だからね。あわよくばお知り合いになって、何かあったら助けて貰おうって魂胆の人間もいるんじゃないかな。なんにせよ、二つ名持ちにわざわざ喧嘩を吹っかける馬鹿は居ないから、悪い話じゃないと思うよ。それより、どんな二つ名なんすか?」
イザークの問いに、シオンがチラリとアシェルを確認する。生徒会室でも不名誉だ物騒だと言っているので気を使ってくれているのだろう。
「……【血濡れの殺人人形】。どうせなら僕もキルル様みたいな、殺伐としてない二つ名が良かったな。実力を認められたって言われても、なんか素直に喜べない。」
「確かに物騒な二つ名っすね……。理由は?」
「詳しくは分かんないけど、一人でストレス発散に行った時に、魔物の返り血をそのままにして狩りしてたからみたい。魔力の温存をしたくて、クリーンはたまにしかかけなかったから。せめて血塗れじゃなかったら、こんな名前じゃなかったのかな?」
「かもしれないですね。」
「あ、イザーク君もシオンも。僕が女だからって手合わせで手を抜かないでよ?手を抜いたりしたら、そんな気が起きないくらい徹底的に叩きのめすから。」
にっこりとアシェルが告げた言葉に、二人は「しません!」と声を合わせたのだった。
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敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
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サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
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侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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