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第五章 【アンブロシア】
291 プロローグ
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ただただ真っ白な部屋。
その部屋にある同じく真っ白な机と椅子に、ただ一人男は腰かけていた。
この真っ白な部屋で、彼の茶色い髪の毛だけが異様に目立っている。
「なぁ、神様。本当にあの子は大丈夫なんだろうな?しかも他所の世界を映すって……。預け先も安全なんだよな?お願いだからメイディーを怒らせないでくれよ。世俗に疎い俺ですら、メイディーを怒らせるとヤバいって知ってるんだからな?」
その顔にはいつもの穏やかな笑みは無く、紡がれる言葉は柔らかくも丁寧でもない。
この少しぶっきらぼうな方が本来の彼自身だ。普段は優等生の仮面をかぶっているに過ぎない。
大司教が独り言を呟いているように見えるが、部屋に響くように返事が返ってくる。
《君はいつも愚痴か質問ばかりだね。彼女が一番安心して身体を預けられる場所に送ったんだから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。この世界では時間が足りなさすぎるからね。彼らなら彼女のためになることはあっても、害すようなことはしないよ。私的には彼女を見せるのはどっちでもいいけれど、数ヶ月音沙汰なしのほうがあの一族は怒ると思わないかい?大丈夫。彼女の魂の行き来で双方の世界は安定するし。彼女の魂が癒えて成すことを成せば、ちゃんとこちらに戻すよ。そう約束したからね。》
「成すこと?世界が安定するのは分かるが、なんの説明もなしにあの子に何させようとしてんだ。」
神の管理する世界は、他世界と魂のやり取りをすることでより深く強い神の恩寵を得ることが出来る。
基本的に神を仲介したほうがその恩恵は大きいのだが、普段の輪廻転生でも各世界で産まれる魂はシャッフルされており、各世界の維持に役立っていた。
“古都”にある“授け子”という転生システムは、神を仲介した他世界との魂のやり取りになる。
さらには元世界の記憶を持って渡るので、通常の転生よりも神と世界の繋がりが強く太くなるのだ。
神が出来上がった世界に干渉するには対価が必要になるが、世界の細かい調律に関してはその限りではない。
しかし神の言うバイパスが弱ければ調律は難しく、逆に太ければ神が世界に干渉しやすくなるのだ。
それは単純に、世界そのものの寿命を延ばすことになる。
僅かに大神官の声に怒気が交じるが、相変わらず返ってくる声は穏やかなものだ。
《彼女なら間違いなく興味を持つはずだから、説明なんて要らないよ。あちらの流れは早くしているから、戻ってくるまでに何年過ごすかは分からないけれど。彼女が成すことを成せば、それが対価になる。》
「もう対価は貰っただろ?」
《あれは彼女の魂を癒す対価と、あちらの世界へと渡るための対価だよ。……あぁ、伝言もだったね。これから貰う対価は、こちらに戻ってくるためのものだから。》
「んな大事なことなら、なんで伝えてねぇんだよ!」
大神官が声を荒げるが、生命の神の声は相変わらずの調子だ。
そもそもマイペース過ぎる生命の神は普段から変わらずずっとこの調子で、大司教の反応を楽しみはするが喧嘩腰の口調は聞いた事が無い。
《だって伝えなくても彼女なら、彼らのために為すべきことを成すだろうから。まぁ完成させるのが彼女にしろ、他の人間にしろ。あちらには早めに完遂して貰わないと困るものがあるんだよね。もう長らく行き詰っているみたいだし、新しい風が必要だろう?あ、君も彼女のこと見るかい?いつも暇だって言うし、娯楽になるんじゃないかな。こういうのって、“地球”じゃドキュメンタリーっていうんだっけ?君のストレージにテレビを入れておいたよ。こうやって素の君と話していると懐かしいって思うね。》
「はぁ……ほんとあんたって自分勝手だよな。俺だけ何も知らないじゃ済まないだろうから見とくよ。でもどうせ見れるなら彼女の……。」
《あぁ、君の愛しの君のこと?もう“地球”に転生しているから、他のチャンネルで見れるようにしてあげるよ。特別サービスだけど、君への手間賃ってことにしとくね。画面分割で二画面表示できるようにしておいてあげるけど、彼女はまだ……そうだね。“地球”も“アンブロシア”と同じ速度にして、“古都”から見たらかなり早く成長を見守れるようにしてあげるよ。但し音は聞こえないからね。流石にそこまで与えてしまうと私の領分を超えてしまうから。それに最終的には調整するから、君が彼女に会えるのは死期を悟ったあとだよ。これだけは覆すことが出来ない契約だからね。》
「まじか!?見れるだけでも恵まれてる!なら早速……って、なんでこいつまで白いんだよ。」
大司教が『ストレージ』から取り出したテレビは全てが真っ白だった。
てっきり見慣れた黒いモニターが出てくると思っていた大司教は、目の前に現れたものを見てがっくりと肩を落とす。
《その方がこの部屋にマッチしてるだろう?この部屋にある限りこの部屋の魔素を使うから、君の魔力は温存できるよ。まぁ他所では出せないし、君ほどの魔力量があれば消費量は微々たるものだけど。》
「どうせ他に使うとこねぇから、魔力消費量なんてどうでもいいんだよっ。仕方ないか……。確か、ここをこうして。」
パッと光った画面には二つの世界が映し出される。
一つはこの世界でもよく見かける西洋風の部屋で、天蓋付きのベビーベッドに赤子が寝ている。
もう一つは大司教にとって懐かしい、畳の部屋に敷かれた布団に寝ている幼女の姿だった。
画面越しだというのに、その幼女を見た瞬間。
その子が大司教の愛しい人だという思いが湧き上がる。
生まれ変わって5年間だけ。
大司教の面倒を見てくれた、愛しい人の魂の持ち主だ。
理屈は分からないが、“古都”の王族にはその魂が強く惹かれる魂が存在するらしい。
そして王族の魂の伴侶に選ばれるのは、生命の神が執着まではせずとも気に入ったと思えるような美しい魂に限られる。
王族からすれば愛しい魂の伴侶と一緒に居たいだけなのだが、必然的に国の中枢で権力を持っても、権力欲で身を滅ぼさないような魂を持っているのだ。
親族までは分からないが、少なくとも魂の伴侶そのものは清廉潔白だったり責任感の強い者が多いようである。
こんな風に初代達と生命の神で作り上げたシステムが、この“古都”には常識として溢れている。
“古都”の平和を保ち、世界を長く存続させるためのシステムが。
生命の神がオフレコだよ、と話す思い出話で、大司教は特に興味が無いのに強制力のあるシステムに詳しくなってしまった。知ったところで話す相手はいないのだが。
だとしても、映像に映る幼女を愛おしいと感じるのは自分自身の感情だと思いたいし、そう思うことにしている。
この愛しく思う気持ちを、ただのシステムだと思いたくなかった。
「名前、なんていうんだ?」
《それは日本名?さすがに教えてあげられないよ。世襲名でいいんじゃないかな。それがオリジナルの名前だから。君のカートと一緒でね。》
大司教——カートの名前は初代国王が神埼綾斗という名前だったので、本名をもじった名前をこの世界で使っていたという。
前世では違う名前で過ごしていた記憶のあるカートだが、この世界ではカートの名前を世襲した。
住民票にもカートで登録されているはずだ。
先代大司教の名前はオリオンで、こちらも折峰紫音という名前からもじってつけられたものらしい。
彼女は正妃でありながら初代大司教を務めたという。
血を辿ればデイライトの祖先は、初代のカートとオリオンに辿り着く。
今は薄くなって他人と言える血の繋がりだが、そのことを知っているのはデイライト当主とその伴侶。そして歴代の大司教たちだけだろう。
見た目も属性も何もかもが正反対なのは、二人に加護を与える神が違ったことと、初代達がそう願ったからだ。
親族やその配偶者が馬鹿な考えを起こさないように。
何度でも生まれ変わる初代達の魂を持つ依り代が、なんの憂いもなくデイライトに生まれ直せるように。
正真正銘。デイライトとは神々に仕え、神の意志を代弁するための一族だった。
ちなみにこの初代達の願った、加護を持つ貴族たちに伝わる血の気質。
それが今でも残っているのかと言われると、薄れてしまっている一族もいる。
代表的なのがフレイム公爵家だ。
フレイムの男達が男好きなのは、元を辿れば初代のせいでもある。
男性でも妊娠できる術式は、元はと言えば王家の為ではなく、フレイムの為に授けられたものだった。
しかしあまりにも大掛かりな術式なため、女性と子を成すことも多くなった。そのうちに《同性好きでもおかしくない環境》を願った血は弱くなった。
まぁフレイム地方は他地方と比べて領民たちも同性愛者が多い。
ある意味初代の願いは続いていると言えるだろう。
逆に全く薄れていない上に有名なのが、王家とメイディー公爵家である。
王家については主神と言える生命の神のお気に入りだったせいで、他の一族よりも血の気質が強すぎることもあるが、メイディーに関しては一族の気質が何代にも渡って当然のように続いているからだ。
メイディーは常に王族と幼馴染と言える年齢の子供が産まれるせいもあるのだろう。
初代メイディーの願いは《誰よりも辛い環境に置かれる国王を守れる力と知識を求める心》だ。
力や知識そのものが与えられる訳ではないし、それは神にも無理だ。あくまでも努力するための地盤を願った。王族が頼ることのできる拠り所でありたいと願った。
その想いは今も続いている。
生命の神曰く、メイディーの初代は初代カートの親友だったそうだ。
本来では死ぬはずではなかったのに、神崎彩人を助けようとして事故に巻き込まれてしまった親友。
きっとメイディー一族の身内への愛情深さは、初代の気質を継いだのだろう。
生命の神が話す建国時代の話を聞いていると、強くそう感じた。
そして覚えていないことに罪悪感を抱くのだ。
自分の前世だと言われて話を聞いても、カート自身は全く覚えていない。
今の現状も含めて夢だと言われた方が納得できるし、はじめて様々な話を聞いた時には夢物語を聞いている気分で説明を受けたくらいだ。
親友の話のように、周囲や子孫に縛りを与えてしまったことに罪悪感を抱くこともある。
覚えていないからこそ、当時の初代達がどのように感じていたのかが分からないからだ。
「オリオン……。元気に、育ってくれよ。」
カートがこちらに来たのは、通学路で交通事故に巻き込まれてだった。
年齢は16歳で、初代と同じ年齢で同じ死因だという。
恐らくオリオンも初代と同じ年齢で、同じ死因でこちらに生まれ変わるということは分かっている。
それでも元気に長生きして欲しいと願ってしまう。
せめて自分と同じように、死ぬ間際の痛みや苦しみを感じないでくれればと思う。
《大丈夫。こちらにくるまでは必ず元気に幸せに過ごすことができるようになっているから。君たちの魂はそういう因果に縛られている。》
「幸せに、ね。常に何かを探し求めて。見つからなくて。そんな気持ちを抱えたまま生きることが、幸せっていうのか知らねぇけど。」
カートが前世で抱いていた誰かを恋い焦がれる気持ちは、こちらの世界に生まれ変わってようやくその気持ちを満たすモノに出会えた。
出会って初めて、自分は魂の伴侶を探していたのだと理解したのだ。
それも僅か5年でまた引き離されたのだが、その5年間は前世の16年間よりも充実した毎日だった。
その満たされた気持ちを知って初めて、あれが消失感からくるものだったと分かったくらいだ。
どうやら本来ならば転生の際に魂の伴侶は解除されるのに、神が手を入れた魂故にカートとオリオンの魂はこの先もずっと魂の伴侶であり続けるそうだ。
《君自身も、家族も。それなりに裕福で健康な家庭だっただろう?それに、それが君たちの望んだ対価だからね。》
「俺たちっていうか、初代のな。俺には記憶がねぇんだから、んなのわかんねぇよ。なんで初代の記憶だけでも残してくれなかったんだろ。」
《それをすると“地球”での幸せな生活を保証してあげられなかったからね。》
「あれもこれも対価か。神様ってのは万能だと思ってたんだけどな。」
《初代も君も、別に信心深いわけじゃないでしょ?そりゃあ色々できるけど、意外と制約も多いものだよ。新しい神になって違う世界をいくつか管理してくれるなら、引き離したりしなかったんだけどね?》
これもカートが何度も聞いた話だ。
殆どの時間をこの真っ白な部屋で過ごさなくてはいけないのに、暇潰しになるものはほとんどない。
結果。
暇を持て余しているのか、ちょくちょく話しかけてくる生命の神と会話することが多くなるのだ。
「嫌だよ、そんなめんどいこと。」
《って初代も言ったから、今の形に落ち着いたんだよ。》
どれだけ転生を繰り返しても。記憶があっても無くても。
魂自体の持つ本質は大きく変わることは無い。
大きく変わるとしたら、その魂がくすみ歪んでしまった場合だ。
カートとオリオンの魂は、生命の神が手を入れたために、これ以上変化することが無い。
この先何百回転生したとしても、カートたちの本質が変わることはあり得ないのだ。
それはつまり、同じ言葉をかけられたら同じように返事をする可能性が高いと言う事だった。
「……わーってるよ。」
《ま、私はお邪魔みたいだから。今日はこの辺りでお暇するよ。もし彼女の親族が何か言ってきたら私に伝えてね。》
じーっとカートが見つめる画面では、二人の女の子が目覚めたようだ。
ただ一人カートだけが居る真っ白な部屋の中。
カートが二人の女の子の生活を眺めて過ごす生活が始まった。
その部屋にある同じく真っ白な机と椅子に、ただ一人男は腰かけていた。
この真っ白な部屋で、彼の茶色い髪の毛だけが異様に目立っている。
「なぁ、神様。本当にあの子は大丈夫なんだろうな?しかも他所の世界を映すって……。預け先も安全なんだよな?お願いだからメイディーを怒らせないでくれよ。世俗に疎い俺ですら、メイディーを怒らせるとヤバいって知ってるんだからな?」
その顔にはいつもの穏やかな笑みは無く、紡がれる言葉は柔らかくも丁寧でもない。
この少しぶっきらぼうな方が本来の彼自身だ。普段は優等生の仮面をかぶっているに過ぎない。
大司教が独り言を呟いているように見えるが、部屋に響くように返事が返ってくる。
《君はいつも愚痴か質問ばかりだね。彼女が一番安心して身体を預けられる場所に送ったんだから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。この世界では時間が足りなさすぎるからね。彼らなら彼女のためになることはあっても、害すようなことはしないよ。私的には彼女を見せるのはどっちでもいいけれど、数ヶ月音沙汰なしのほうがあの一族は怒ると思わないかい?大丈夫。彼女の魂の行き来で双方の世界は安定するし。彼女の魂が癒えて成すことを成せば、ちゃんとこちらに戻すよ。そう約束したからね。》
「成すこと?世界が安定するのは分かるが、なんの説明もなしにあの子に何させようとしてんだ。」
神の管理する世界は、他世界と魂のやり取りをすることでより深く強い神の恩寵を得ることが出来る。
基本的に神を仲介したほうがその恩恵は大きいのだが、普段の輪廻転生でも各世界で産まれる魂はシャッフルされており、各世界の維持に役立っていた。
“古都”にある“授け子”という転生システムは、神を仲介した他世界との魂のやり取りになる。
さらには元世界の記憶を持って渡るので、通常の転生よりも神と世界の繋がりが強く太くなるのだ。
神が出来上がった世界に干渉するには対価が必要になるが、世界の細かい調律に関してはその限りではない。
しかし神の言うバイパスが弱ければ調律は難しく、逆に太ければ神が世界に干渉しやすくなるのだ。
それは単純に、世界そのものの寿命を延ばすことになる。
僅かに大神官の声に怒気が交じるが、相変わらず返ってくる声は穏やかなものだ。
《彼女なら間違いなく興味を持つはずだから、説明なんて要らないよ。あちらの流れは早くしているから、戻ってくるまでに何年過ごすかは分からないけれど。彼女が成すことを成せば、それが対価になる。》
「もう対価は貰っただろ?」
《あれは彼女の魂を癒す対価と、あちらの世界へと渡るための対価だよ。……あぁ、伝言もだったね。これから貰う対価は、こちらに戻ってくるためのものだから。》
「んな大事なことなら、なんで伝えてねぇんだよ!」
大神官が声を荒げるが、生命の神の声は相変わらずの調子だ。
そもそもマイペース過ぎる生命の神は普段から変わらずずっとこの調子で、大司教の反応を楽しみはするが喧嘩腰の口調は聞いた事が無い。
《だって伝えなくても彼女なら、彼らのために為すべきことを成すだろうから。まぁ完成させるのが彼女にしろ、他の人間にしろ。あちらには早めに完遂して貰わないと困るものがあるんだよね。もう長らく行き詰っているみたいだし、新しい風が必要だろう?あ、君も彼女のこと見るかい?いつも暇だって言うし、娯楽になるんじゃないかな。こういうのって、“地球”じゃドキュメンタリーっていうんだっけ?君のストレージにテレビを入れておいたよ。こうやって素の君と話していると懐かしいって思うね。》
「はぁ……ほんとあんたって自分勝手だよな。俺だけ何も知らないじゃ済まないだろうから見とくよ。でもどうせ見れるなら彼女の……。」
《あぁ、君の愛しの君のこと?もう“地球”に転生しているから、他のチャンネルで見れるようにしてあげるよ。特別サービスだけど、君への手間賃ってことにしとくね。画面分割で二画面表示できるようにしておいてあげるけど、彼女はまだ……そうだね。“地球”も“アンブロシア”と同じ速度にして、“古都”から見たらかなり早く成長を見守れるようにしてあげるよ。但し音は聞こえないからね。流石にそこまで与えてしまうと私の領分を超えてしまうから。それに最終的には調整するから、君が彼女に会えるのは死期を悟ったあとだよ。これだけは覆すことが出来ない契約だからね。》
「まじか!?見れるだけでも恵まれてる!なら早速……って、なんでこいつまで白いんだよ。」
大司教が『ストレージ』から取り出したテレビは全てが真っ白だった。
てっきり見慣れた黒いモニターが出てくると思っていた大司教は、目の前に現れたものを見てがっくりと肩を落とす。
《その方がこの部屋にマッチしてるだろう?この部屋にある限りこの部屋の魔素を使うから、君の魔力は温存できるよ。まぁ他所では出せないし、君ほどの魔力量があれば消費量は微々たるものだけど。》
「どうせ他に使うとこねぇから、魔力消費量なんてどうでもいいんだよっ。仕方ないか……。確か、ここをこうして。」
パッと光った画面には二つの世界が映し出される。
一つはこの世界でもよく見かける西洋風の部屋で、天蓋付きのベビーベッドに赤子が寝ている。
もう一つは大司教にとって懐かしい、畳の部屋に敷かれた布団に寝ている幼女の姿だった。
画面越しだというのに、その幼女を見た瞬間。
その子が大司教の愛しい人だという思いが湧き上がる。
生まれ変わって5年間だけ。
大司教の面倒を見てくれた、愛しい人の魂の持ち主だ。
理屈は分からないが、“古都”の王族にはその魂が強く惹かれる魂が存在するらしい。
そして王族の魂の伴侶に選ばれるのは、生命の神が執着まではせずとも気に入ったと思えるような美しい魂に限られる。
王族からすれば愛しい魂の伴侶と一緒に居たいだけなのだが、必然的に国の中枢で権力を持っても、権力欲で身を滅ぼさないような魂を持っているのだ。
親族までは分からないが、少なくとも魂の伴侶そのものは清廉潔白だったり責任感の強い者が多いようである。
こんな風に初代達と生命の神で作り上げたシステムが、この“古都”には常識として溢れている。
“古都”の平和を保ち、世界を長く存続させるためのシステムが。
生命の神がオフレコだよ、と話す思い出話で、大司教は特に興味が無いのに強制力のあるシステムに詳しくなってしまった。知ったところで話す相手はいないのだが。
だとしても、映像に映る幼女を愛おしいと感じるのは自分自身の感情だと思いたいし、そう思うことにしている。
この愛しく思う気持ちを、ただのシステムだと思いたくなかった。
「名前、なんていうんだ?」
《それは日本名?さすがに教えてあげられないよ。世襲名でいいんじゃないかな。それがオリジナルの名前だから。君のカートと一緒でね。》
大司教——カートの名前は初代国王が神埼綾斗という名前だったので、本名をもじった名前をこの世界で使っていたという。
前世では違う名前で過ごしていた記憶のあるカートだが、この世界ではカートの名前を世襲した。
住民票にもカートで登録されているはずだ。
先代大司教の名前はオリオンで、こちらも折峰紫音という名前からもじってつけられたものらしい。
彼女は正妃でありながら初代大司教を務めたという。
血を辿ればデイライトの祖先は、初代のカートとオリオンに辿り着く。
今は薄くなって他人と言える血の繋がりだが、そのことを知っているのはデイライト当主とその伴侶。そして歴代の大司教たちだけだろう。
見た目も属性も何もかもが正反対なのは、二人に加護を与える神が違ったことと、初代達がそう願ったからだ。
親族やその配偶者が馬鹿な考えを起こさないように。
何度でも生まれ変わる初代達の魂を持つ依り代が、なんの憂いもなくデイライトに生まれ直せるように。
正真正銘。デイライトとは神々に仕え、神の意志を代弁するための一族だった。
ちなみにこの初代達の願った、加護を持つ貴族たちに伝わる血の気質。
それが今でも残っているのかと言われると、薄れてしまっている一族もいる。
代表的なのがフレイム公爵家だ。
フレイムの男達が男好きなのは、元を辿れば初代のせいでもある。
男性でも妊娠できる術式は、元はと言えば王家の為ではなく、フレイムの為に授けられたものだった。
しかしあまりにも大掛かりな術式なため、女性と子を成すことも多くなった。そのうちに《同性好きでもおかしくない環境》を願った血は弱くなった。
まぁフレイム地方は他地方と比べて領民たちも同性愛者が多い。
ある意味初代の願いは続いていると言えるだろう。
逆に全く薄れていない上に有名なのが、王家とメイディー公爵家である。
王家については主神と言える生命の神のお気に入りだったせいで、他の一族よりも血の気質が強すぎることもあるが、メイディーに関しては一族の気質が何代にも渡って当然のように続いているからだ。
メイディーは常に王族と幼馴染と言える年齢の子供が産まれるせいもあるのだろう。
初代メイディーの願いは《誰よりも辛い環境に置かれる国王を守れる力と知識を求める心》だ。
力や知識そのものが与えられる訳ではないし、それは神にも無理だ。あくまでも努力するための地盤を願った。王族が頼ることのできる拠り所でありたいと願った。
その想いは今も続いている。
生命の神曰く、メイディーの初代は初代カートの親友だったそうだ。
本来では死ぬはずではなかったのに、神崎彩人を助けようとして事故に巻き込まれてしまった親友。
きっとメイディー一族の身内への愛情深さは、初代の気質を継いだのだろう。
生命の神が話す建国時代の話を聞いていると、強くそう感じた。
そして覚えていないことに罪悪感を抱くのだ。
自分の前世だと言われて話を聞いても、カート自身は全く覚えていない。
今の現状も含めて夢だと言われた方が納得できるし、はじめて様々な話を聞いた時には夢物語を聞いている気分で説明を受けたくらいだ。
親友の話のように、周囲や子孫に縛りを与えてしまったことに罪悪感を抱くこともある。
覚えていないからこそ、当時の初代達がどのように感じていたのかが分からないからだ。
「オリオン……。元気に、育ってくれよ。」
カートがこちらに来たのは、通学路で交通事故に巻き込まれてだった。
年齢は16歳で、初代と同じ年齢で同じ死因だという。
恐らくオリオンも初代と同じ年齢で、同じ死因でこちらに生まれ変わるということは分かっている。
それでも元気に長生きして欲しいと願ってしまう。
せめて自分と同じように、死ぬ間際の痛みや苦しみを感じないでくれればと思う。
《大丈夫。こちらにくるまでは必ず元気に幸せに過ごすことができるようになっているから。君たちの魂はそういう因果に縛られている。》
「幸せに、ね。常に何かを探し求めて。見つからなくて。そんな気持ちを抱えたまま生きることが、幸せっていうのか知らねぇけど。」
カートが前世で抱いていた誰かを恋い焦がれる気持ちは、こちらの世界に生まれ変わってようやくその気持ちを満たすモノに出会えた。
出会って初めて、自分は魂の伴侶を探していたのだと理解したのだ。
それも僅か5年でまた引き離されたのだが、その5年間は前世の16年間よりも充実した毎日だった。
その満たされた気持ちを知って初めて、あれが消失感からくるものだったと分かったくらいだ。
どうやら本来ならば転生の際に魂の伴侶は解除されるのに、神が手を入れた魂故にカートとオリオンの魂はこの先もずっと魂の伴侶であり続けるそうだ。
《君自身も、家族も。それなりに裕福で健康な家庭だっただろう?それに、それが君たちの望んだ対価だからね。》
「俺たちっていうか、初代のな。俺には記憶がねぇんだから、んなのわかんねぇよ。なんで初代の記憶だけでも残してくれなかったんだろ。」
《それをすると“地球”での幸せな生活を保証してあげられなかったからね。》
「あれもこれも対価か。神様ってのは万能だと思ってたんだけどな。」
《初代も君も、別に信心深いわけじゃないでしょ?そりゃあ色々できるけど、意外と制約も多いものだよ。新しい神になって違う世界をいくつか管理してくれるなら、引き離したりしなかったんだけどね?》
これもカートが何度も聞いた話だ。
殆どの時間をこの真っ白な部屋で過ごさなくてはいけないのに、暇潰しになるものはほとんどない。
結果。
暇を持て余しているのか、ちょくちょく話しかけてくる生命の神と会話することが多くなるのだ。
「嫌だよ、そんなめんどいこと。」
《って初代も言ったから、今の形に落ち着いたんだよ。》
どれだけ転生を繰り返しても。記憶があっても無くても。
魂自体の持つ本質は大きく変わることは無い。
大きく変わるとしたら、その魂がくすみ歪んでしまった場合だ。
カートとオリオンの魂は、生命の神が手を入れたために、これ以上変化することが無い。
この先何百回転生したとしても、カートたちの本質が変わることはあり得ないのだ。
それはつまり、同じ言葉をかけられたら同じように返事をする可能性が高いと言う事だった。
「……わーってるよ。」
《ま、私はお邪魔みたいだから。今日はこの辺りでお暇するよ。もし彼女の親族が何か言ってきたら私に伝えてね。》
じーっとカートが見つめる画面では、二人の女の子が目覚めたようだ。
ただ一人カートだけが居る真っ白な部屋の中。
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サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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