歪な2人の結婚生活

みっしー

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1話

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「私と、家族になりましょう」

 少女は花開くような笑顔でそう言った。優しい声音で手を差し伸べながら。しかしその視線を向けられた青年は何も返さない。言葉も表情も行動も。ただ、冷静な眼差しで少女を見据えていた。




******************




 ライラ・ハンクフリットはハンクフリット子爵家の令嬢である。少し小柄で愛想が良く、まるで子犬のようだと周囲は評していた。常に笑顔を絶やさない上に会話上手で、社交界において彼女と話したことがない者はいないのだという。容姿は特別秀でている訳ではないが、蜂蜜色の瞳はぱっちりとしていて愛らしく、柔らかく波打つ金茶色の髪と相まって子犬らしさを強調していた。

 そんな彼女にある日、王命が下った。

「リック・フィルデロード卿と婚姻を結んでほしい」

「わかりました。私で宜しければ謹んでお受けいたします」

 落ち着いた様子で頭を下げるライラに王は少し目を細めた。

「理由は聞かないのか」

「はい。私はご命令に従うのみでございます」

「ほう。確かに婚姻を結ぶにあたって理由など政略に関わるものがほとんどだからな。しかしそなたに関しては異なるぞ」

 王の言葉に今度はライラが目を細めた。少しだけ考え込んだ後、思い当たる節がないために仕方なく発言することにした。

「……異なる、というお言葉の内容だけお聞かせ願えますか?」

「よかろう。フィルデロード卿が6年前の反乱を死者を出すことなく収めたということは知っているな?」

「はい、もちろんでございます」

 だからこそ、態度には出さなくても不思議には思ったのだ。国の英雄とも評される彼と自分の婚姻などという話が王命で決められていることを。

「ではその時の反乱がどのようなものであったかは知っているか?」

「確か、闇の魔女キシアを中心として彼女を崇拝する人々と共に起こされた反乱だったかと」

「そうだ。卿は罪のない民だけでなく反乱を起こした者の中にも死者を出さなかった。素晴らしい武功であることは間違いないが、キシアという魔女は根が腐っていてな。奴は倒れる寸前に卿に闇の魔法をかけた」

「それは聞いたことのない話ですね」

「内密にしている事項だからな」

 その言葉でライラは今自分が後に引けない立場に置かれたのだということを自覚した。元々断る気は特になかったが、この話の重さを感じたような気がして彼女は少しだけ一歩下がりたい気分になる。

「その魔法というのが随分と厄介なものでな。そなたにはその魔法を解いてほしいと思っている」

「私には魔力はありませんし、フィルデロード卿ご自身の魔力で解くことはできないのでしょうか?」

「あれの解除に魔力は必要ない。そして自身の魔力ではどうにもならない。だからそなたに頼んでいる」

「ではその魔法がどんなものなのか、教えていただけますか?」

「もちろんだとも。その魔法というのはーーーーーーーー」



******************


 それから数日でライラとリックは正式に対面することになった。

「お初にお目にかかります。ハンクフリット子爵家から参りましたライラ・ハンクフリットと申します。この度は英雄と名高いフィルデロード卿にお会いすることができて光栄です」

 ライラは丁寧に挨拶をした後、失礼のないようにこっそりとリックの様子を見た。氷のような青白い髪色と、パールグレーの冷ややかな瞳。まるでかけられた魔法を体現しているかのような姿に見えた。

『感情を凍らせる魔法だ』

 王の言葉を思い出す。

『物理的に何かを凍らせている訳ではないからあくまでイメージの話だが、例えば何かを見て聞いて触って感じる全てを、それが負のものであろうと何だろうと凍らされている状態だ。本人も何も感じることができないし、感情が表に出ることもない』

『それは……どうすれば解くことができるのでしょうか?』

『どれでもいいから一つ感情を大きく動かすことだ。凍ってしまったものの内面を大きく動かして周りの氷も全て壊してしまうようにな。だが、私はあくまで良い感情を動かしてやりたい。だからそなたに頼みたいのだ』

 王の真剣な表情がまだ脳裏に残っている。王がリックのことを息子のように可愛がっているということは有名な話だ。その一つを垣間見たような気がした。

「ハンクフリット殿」

 ふと名前を呼ばれて視線を向けると、そこには無表情のリックがいた。

「ライラで構いません」

「ではライラ殿、俺は感情があってないようなものだ。婚姻を結んだとしてもあなたを愛することはできないし、慈しむこともできない。陛下には俺から進言しておくからこの話はやめておいた方が」

「いいえ。私はもうお受けいたしました。今更引くことは致しません」
 
「……わかった。だが離婚はいつでも承認するから、気が変わったら言ってくれ」

 リックの瞳には目の前の自分さえも映っていないようにライラは感じた。もう全てを諦めてしまったのかもしれない。でもライラは笑った。まるで幸せの中心にいるように笑った。

「フィルデロード卿、私は絶対に離婚は致しません。ですから私と、家族になりましょう」

 差し出した手はただ空気に触れるだけで受け取ってもらえる訳ではない。彼に向けた笑顔はないもののようにその瞳の中で空虚に映る。掛けた言葉も返ってくることはない。でも、ライラは笑みを崩さなかった。二人の空気はまるで噛み合っていない。それはどこまでも歪で乾ききった始まりだった。


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