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3話
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時が経つにつれ、ライラは考え始めていた。結婚してから、自分が望んだように家族らしく過ごすことはできている。しかし王命である「リックの魔法を解く」という部分に関して彼女はまだ何もしていないからだ。実際、何をするべきなのか彼女にはよくわからなかった。何をしたところで凍ってしまった心に響くものなどありはしないのではないかと思っていた。出来るだけ良い感情を大きく動かしてほしいというのが王の願いだったが、それはどんな感情であるのが一番良いのか、自分がそのためにできることは何なのかがさっぱり思い付かなかった。自分が適任だなんて彼女は一度も思ったことはない。それでも引き受けた理由は何ということもなくただ彼女の我儘なのだ。だからちゃんと自分の仕事をやり切らなければ割に合わないというのが彼女の中の一つのけじめだった。
「リック様、今度のお休みにお出かけをしませんか?」
ある日の朝食の時間、ライラはリックにそう言った。無い知恵を絞って出てきたのは外に出るという陳腐な提案だけだった。
「別に構わないが、どこへ出かけるつもりだ?」
「どこか綺麗な景色を見られる場所に行きたいです!できればあまり人がいない場所で」
「あなたがそれが良いというのならそういう場所を調べておこう」
「ありがとうございます!」
ライラにはどこか行きたい場所があった訳でも無い。ただ綺麗な景色でも見ればリックの中の何かが変わるかもしれないという楽観的な思考の元の提案だった。しかしリックはいつも通りの真面目な返答でちゃんと考えてくれるつもりらしい。
それから数日後。食後のお茶を飲みながら、リックは思い出したように話題を振った。
「外出先についてだが、俺の行きたい場所に行っても良いか?」
「はい、もちろん構いませんよ。それがどこなのかお聞きしても良いですか?」
「シュベール地方だ。あの辺りには絶景が見られるという丘もあるしあまり人も多くないはずだ。どうだろう?」
ライラは笑顔で話を聞いていたが「シュベール」という単語をリックが口にした途端に頭が真っ白になった。リックには気づかれていないが表情もほんの少しだけ暗く変化していた。
「……ライラ殿?」
返事がないことを気にしたリックの問いかけに、ライラはハッとして我に返る。
「あ、申し訳ございません。シュベールですね。素敵な場所だと思います!リック様が行きたい場所なんて初めて聞きましたし、ぜひ行ってみましょうか」
「ああ、ありがとう。評判が良いから少し気になっていたんだ」
ライラは本当は「行きたくない」と言いたかった。でも、リックが「行きたい」と言ったのならば行かなくてはいけないだろうと咄嗟に思った。感情が凍ってしまった状態の彼が興味を持つ場所であるならばそれは彼にかけられた魔法を解く手がかりになるかもしれない。シュベールを訪れる間の自分の不安や恐怖よりも王命に応えることの方が何倍も優先すべきことだと彼女は判断した。
一方でリックは少し間の空いたライラの返事から、調べた情報が確かであったのだという確信を得ていた。ライラはシュベールに3年間だけいたことがある。療養とためだとされていたが、彼女が当時何かしらの病を患ったという記録はどこにも残っていなかった。そして本当に療養をしただけであるのならば話にもう少し食いついてきても良いはずだが、彼女はあくまでシュベールに行ったことはなくリックが行きたいから行くのだというような反応をしていた。自分とシュベールには何の関わりもないのだと思わせようとしている。もしかしたら彼女にはシュベールに何か後ろ暗い記憶があるのかもしれない。
『無視だけは、絶対にしないでください』
この言葉に感じた重みが何だったのか、彼はずっと疑問に思っていた。ライラは何かを隠している。シュベールのあの長閑な風景が、もしかしたらそれを明らかにしてくれるかもしれない。
それぞれの思考が渦巻く中、二人の間に少しの沈黙が訪れた。ライラは動揺する自分を落ち着けようと静かに呼吸をし、リックはそんな彼女の様子を何も言わずにチラリと覗いた。この静寂はともすれば嵐の前の静けさとでもいうのかもしれない。
「リック様、今度のお休みにお出かけをしませんか?」
ある日の朝食の時間、ライラはリックにそう言った。無い知恵を絞って出てきたのは外に出るという陳腐な提案だけだった。
「別に構わないが、どこへ出かけるつもりだ?」
「どこか綺麗な景色を見られる場所に行きたいです!できればあまり人がいない場所で」
「あなたがそれが良いというのならそういう場所を調べておこう」
「ありがとうございます!」
ライラにはどこか行きたい場所があった訳でも無い。ただ綺麗な景色でも見ればリックの中の何かが変わるかもしれないという楽観的な思考の元の提案だった。しかしリックはいつも通りの真面目な返答でちゃんと考えてくれるつもりらしい。
それから数日後。食後のお茶を飲みながら、リックは思い出したように話題を振った。
「外出先についてだが、俺の行きたい場所に行っても良いか?」
「はい、もちろん構いませんよ。それがどこなのかお聞きしても良いですか?」
「シュベール地方だ。あの辺りには絶景が見られるという丘もあるしあまり人も多くないはずだ。どうだろう?」
ライラは笑顔で話を聞いていたが「シュベール」という単語をリックが口にした途端に頭が真っ白になった。リックには気づかれていないが表情もほんの少しだけ暗く変化していた。
「……ライラ殿?」
返事がないことを気にしたリックの問いかけに、ライラはハッとして我に返る。
「あ、申し訳ございません。シュベールですね。素敵な場所だと思います!リック様が行きたい場所なんて初めて聞きましたし、ぜひ行ってみましょうか」
「ああ、ありがとう。評判が良いから少し気になっていたんだ」
ライラは本当は「行きたくない」と言いたかった。でも、リックが「行きたい」と言ったのならば行かなくてはいけないだろうと咄嗟に思った。感情が凍ってしまった状態の彼が興味を持つ場所であるならばそれは彼にかけられた魔法を解く手がかりになるかもしれない。シュベールを訪れる間の自分の不安や恐怖よりも王命に応えることの方が何倍も優先すべきことだと彼女は判断した。
一方でリックは少し間の空いたライラの返事から、調べた情報が確かであったのだという確信を得ていた。ライラはシュベールに3年間だけいたことがある。療養とためだとされていたが、彼女が当時何かしらの病を患ったという記録はどこにも残っていなかった。そして本当に療養をしただけであるのならば話にもう少し食いついてきても良いはずだが、彼女はあくまでシュベールに行ったことはなくリックが行きたいから行くのだというような反応をしていた。自分とシュベールには何の関わりもないのだと思わせようとしている。もしかしたら彼女にはシュベールに何か後ろ暗い記憶があるのかもしれない。
『無視だけは、絶対にしないでください』
この言葉に感じた重みが何だったのか、彼はずっと疑問に思っていた。ライラは何かを隠している。シュベールのあの長閑な風景が、もしかしたらそれを明らかにしてくれるかもしれない。
それぞれの思考が渦巻く中、二人の間に少しの沈黙が訪れた。ライラは動揺する自分を落ち着けようと静かに呼吸をし、リックはそんな彼女の様子を何も言わずにチラリと覗いた。この静寂はともすれば嵐の前の静けさとでもいうのかもしれない。
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