歪な2人の結婚生活

みっしー

文字の大きさ
4 / 14

4話

しおりを挟む
 空もすっきりと晴れた休日にライラとリックは自然溢れる土地シュベールを訪れた。その見どころと言えば間違いなく国で一番大きな花畑で、特に今のような春の時期には街に鮮やかな彩りをもたらしてくれるらしい。今日は絶好の観光日和と言えるだろう。

 ライラは子犬のようだと評される反面、普段の服装は淑やかだ。明るい色よりも大人しい色を選び、化粧も薄く施し髪も下の方で緩く結っている。それでも子犬のようだと言われるのはひとえに彼女の愛嬌の良さのおかげだと言えるだろう。そんな彼女も今日はいつもと違う装いをしていた。白と黄色の明るい花柄のワンピースに身を包み、化粧でも明るい色を選んで濃いめに施した。髪も高いところで一つに纏めて結っており、その姿はさながら流行に敏感な王都の街娘だ。

 ワンピースの裾をひらひらと揺らしながら歩くライラをリックはじっと見つめた。そして徐に口を開く。

「今日は随分と雰囲気が違うな」

「え?あぁ、はい!せっかくのお出掛けなので頑張ってみました!」

「……あなたはそういう格好が好きなのか?」

「うーん、そうですね。たまには良いかなと思いまして」

「そうか」

 その淡白な返事と変わらない無表情からはリックがライラの格好をどう思っているのかを推し測ることは出来なかった。しかし、ライラにとって重要なのはリックがどう思うかではない。いかに自分を消すことができるかが、今身に付けている全てにおいて最優先するべきことなのだ。端的に言ってしまえば似合っていなくても構わない。ライラはまるで鎧を纏うように笑顔を作って前を歩いた。

 街は王都よりも昔ながらの造りの建物が多く、どこか懐かしい気分にさせてくれる。所々に花々が飾られ、いかに花畑を誇りとしているかが目に見えるようだ。しかしながら、この美しい街並みがライラとリックに変化を与えてくれるのかといえばその答えは否であった。ライラにとっては幾度と目に焼き付けた景色であり、そこに感情が乗ることはない。そしてリックにとっては初めて見る景色なので変化をもたらしてもおかしくはなかったが、どうやらこの街並みも凍った心には無力だったらしい。



「この先の丘から街を一望できるらしい。良かったら行ってみないか?」

 ふとリックが前方を指差してそう言った。その丘は彼がシュベールへの訪問を希望したときから言っていた場所だ。そしてそれはあまり人がいない場所かつ景色が綺麗な場所というライラの希望を満たすものでもあった。人は基本花畑に興味をそそられるので丘を登ることはあまりない。ライラには頷かない理由がなかった。それでも、彼女は首を横に振りたかった。それをぐっと我慢して笑顔で明るい声を出す。

「素敵ですね!ぜひ行ってみましょう!」

 彼女がなぜその丘に行きたくないと思うのか、それは自分にとっての不安の根源がそこにあるだろうと考えているからだ。シュベールにいたのはもう2年も前のことなのだから、本当にそうであるかは分かったことではない。でも彼女に迫り来る恐怖は彼女が知っている間はずっとあの丘の上にいた。だから嫌なのだ。

「……少し顔色が悪く見えるが、大丈夫か?」

「え?いいえ!そんなことはありません。ただ……少し疲れただけですよ」

「それならどこかで休んでいこう。急ぐ必要はないからな」

「……はい。ありがとうございます」

 ライラは心の中で自分を叱った。まさか顔に出ていたなんて思いもしなかったのだ。しかしそのおかげで丘に行く時間を少しでもずらせたのはよかった。夕方を越えればきっと不安もいなくなるはずだ。

「そこの店で良いか?」

「はい。外観も綺麗ですし良さそうですね!」

 近くにあった喫茶店らしき店に入った。そこはライラの知らない店だったので比較的新しい店なのだろう。ここなら不安や恐怖に駆られることはない。ライラはそっと肩の力を抜いた。

 扉を開けて中に入るとよく焼けたパンの香りがした。店内を窺うと店員らしき若い女性と目が合った。

「いらっしゃいませ!!」

 元気の良い声が店内に響き渡る。どうやら他に客はいないようで、それも相まってその声はやけに大きく聞こえた。笑顔も眩しいくらいで、リックは頭の中でその笑顔をライラと重ねた。

「良かったぁ、お客さん来てくれて!2名様ですね。どうぞ、こちらのお席にお掛けになってください。ベス、お客さんだよー!」

 案内された席に座りながら、ライラは背中に悪寒が走るのを感じた。しかしすぐに思い直し、まさかそんなことはないだろうと首を振る。そして平常を装おうと気づかれない程度に少しだけ大きく呼吸をしながら、調理場らしきところに下がっていく店員の背中を視線で追った。すると店員はすぐに誰かの手を引いてこちらに戻ってきた。

「ベス!ほら、お客さん」

「分かってるからそんなに騒がなくていいわよ。そもそも接客はあんたで、あたしは厨房の担当なんだから」

「もー、もっと愛想良く!お客様、こちらがうちの店の料理人ベスです!パンを作るのが得意なんですけど他にも色々と作れますから、そちらのメニューから好きなものをお選びくださいね」

 耳に入ってくる情報はライラの不安を掻き立てた。「パンを作るのが得意」だということや「ベス」と呼ばれていること、愛想が悪いと思われていること。全て聞いたことのある話で、今一番聞きたくない情報だった。ライラはベスと呼ばれた料理人と目を合わせないようにリックの方に視線を向けた。リックは突然向けられた視線に不思議そうに首を傾げる。しかしそんなことに構ってはいられなかった。ライラは焦る頭で考える。このままこの料理人が厨房に戻ってくれればきっと問題なくここをやり過ごせるはずだ。いや、そもそも自分の人違いかもしれない。恐怖からまだ料理人の容姿は確認していないからその可能性も全くないわけではないのだ、と。

 しかし、そんなにうまい話はなかった。料理人は鬱陶しげに店員の手を払って厨房に下がろうとしたが、ふとライラに視線を向けるとまるで張り付いたようにライラをじっと見つめた。そして大きく目を見開いたのだ。リックを見ているライラには分からなかったが、それは確かにライラの不安が実った瞬間だった。




「あんた……感じは随分変わってるけど、もしかしてじゃない?」



 戸惑い気味にこちらに問う声にライラはぎゅっと目を瞑った。もう逃げ場はないと悟ったからだ。そして震える瞼をどうにか持ち上げると、怯えたような瞳で料理人の方を見た。

「……リズ…?」

 それは聞いたことがないほどか細く震えた別人のような声だと、向かいに座るリックは思った。そして彼女の顔を見れば青く染まり視線は宙を彷徨っていて、普段の笑顔はどこにも見当たらなかったのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

婚約七年目、愛する人と親友に裏切られました。

テンテン
恋愛
男爵令嬢エミリアは、パーティー会場でレイブンから婚約破棄を宣言された。どうやら彼の妹のミラを、エミリアがいじめたことになっているらしい。エミリアはそのまま断罪されるかと思われたが、彼女の親友であるアリアが声を上げ……

離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない

柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。 バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。 カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。 そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。 愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

処理中です...