歪な2人の結婚生活

みっしー

文字の大きさ
5 / 14

5話

しおりを挟む
「やっぱりリラじゃない!何も言わずにいなくなったから心配してたのよ?」

 ライラに向けて少し怒ったように話すその料理人の名前はエリザベスという。だから店員にはベス、ライラにはリズという愛称で呼ばれていた。

「あれ?ベス、もしかしてお客さんと知り合いなの?」

「ええ。あんたは会ったことないけど前にここに住んでたのよ。昔とは全然違う印象だったから最初はわからなかったけどね」

「違う印象……?」

 エリザベスの言葉にリックは首を傾げた。少なくとも社交界に出てからのライラはずっと「明るくて素直な子犬令嬢」だ。彼女に関してそれ以外の表現がなされているものは探しても見つからなかった。

「あれ、ご存じないですか?ライラが変わったのは恋人ができたからなのかも、なんて思ってたんですけど」

「いや、俺が出会ったときにはすでに明るい人だったので……。昔の印象とは?」

「そうですね、なんというか……」

 そこでガタリと音が鳴った。ライラが椅子から立ち上がったのだ。彼女は汗ばんだ青い顔をしていた。そして視線は不安定で呼吸も浅い。見ていられないほどひどい状態だった。しかしそんな中で彼女は振り絞るようにして声を出す。

「あ、あの……私少し外の空気を吸ってきます。すぐ、戻るので……すみませんっ」

 それだけ言うと走って店の外に出てしまった。リックは一瞬追いかけようかと思った。しかしすぐに思いとどまる。あんな顔をしたライラにかけられるような言葉の一つも彼は持っていないからだ。だから小さくなっていく背中を目で追うことしかできなかった。

「行かせちゃっていいんですか?」

 店員が聞くと、リックは静かに頷いた。

「今は一人の方がいいでしょうから。少なくとも、俺が一緒にいるのは逆効果です」

 そんなリックの様子を見ると、エリザベスは静かに店の出口の方を振り返った。そして小さくため息を漏らす。

「リラはもしかしたら、昔のことを知られたくないのかもしれません。でも、あたしはお客さんが知っていた方がリラのためになると思う。お節介かもしれないけど、あたしはリラのこと友達だと思ってるし、幸せになってほしいので」

 それからエリザベスは語り始めた。リラと名乗っていた少女の話を。それは他の誰も現れない店内に静かに響いていた。



******************




 それはまだエリザベスが店を開く前のこと。料理修行としてレストランで働きながら他の仕事もしてお金を貯めていた頃の話だ。

 エリザベスは疲れていた。身体的疲労もさることながら精神的疲労も大きかった。何か特別な理由があるわけではない。ただ人に会って働いている時間が積み重なるとどうも疲れてしまうのだ。それはまだ目標までが遠く、近づいている感覚すらないことも原因だったのかもしれない。とにかく疲れ果てた彼女はただ一つの景色を求めて歩いていた。それは花畑が有名なこの街の、人もあまりやってこない丘のことだ。あそこから見える景色は少しだけ現実を忘れさせてくれる。広い空と小さな街並み、鮮やかな花々を目一杯吸い込むようにそこで深呼吸をすると、どこか気持ちが楽になるのだ。

 丘の頂上に着くと、エリザベスはふと周りを見渡した。そして見慣れない人影を見つけたのだ。それは木製の長椅子に浅く腰掛けて静かに景色を見ていた。小さな背中と長く伸びた髪からそれが13、4歳くらいの少女のものだと気づく。エリザベスはその少女の元にそっと近づいた。

「ねぇ、隣座ってもいい?」

「どうぞ」

 少女の声はとても単調で、何も感情がないみたいに思えた。景色から視線は移さず、こちらを気にする気配は全くなかった。

「あんたも息抜き?ここ、落ち着くわよね」

 そう話しかけてみても答えは返ってこない。しかし少し時間が空くと彼女は小さく口を開いた。

「息抜き、そうかもしれない。全部忘れられる気がするからここにいるの」

「そっか。じゃああたしと同じだね。あたしはエリザベス。あんたの名前は?」

「……リラ」

「そっか。よろしく、リラ」

 それがエリザベスとリラの出会いだった。リラは無口で大人しくて何を考えているのかわからない難しい子どもだった。それでもエリザベスはリラと会うことをやめなかった。それは世話焼きな性格上放っておけなかったというのもあるが、それ以上にいつかリラの笑顔が見てみたいと思ったからだった。

 リラがよく着ていたのは紺色のワンピース。髪は纏めずに下ろしていたし、纏めるときも下の方で緩く纏めるくらいだった。少女たちが着飾り始める15歳になっても化粧をすることはなくて、彼女はどこまでも飾らない人だった。それが久々に対面してみるとどうだろう。王都の少女のように着飾って華やかな笑みを浮かべているではないか。だからエリザベスはすぐに気づくことができなかった。でもよく見ると昔の面影と重なって、それは間違いなくリラだとわかった。隣にはすらりと背が高く綺麗な男性がいて、恋人ができたのだろうと思った。その人は昔のリラと似ていて、お似合いだとも思った。でも彼女はこのシュベールでの過去を知られることに恐怖を感じているようだった。エリザベスはその様子が心配で、だからこそ恋人であろう男性にリラの話をしたのだ。

******************

「俺が……昔の彼女と似ている、ですか」

「はい。えっと、その……あの子が昔を気にしているなら、それごと包んであげてほしいんです。ずっと引きずったままじゃ進めるものも進まないと思うから」

「うんうん。私もベスが言うことに賛成です。あのね、ベスって人を見る目があるんですよ。だからリラさんもお客さんもきっといい人です。頑張ってください!」

 エリザベスと店員にそう言われて、リックは少し考えたあと立ち上がった。ライラを探しに行こうと思ったからだ。

「また今度二人で伺います。ありがとうございました」

「「お待ちしてます」」

 声を揃えて見送られながら、リックはライラを探し始めた。どこかでまだ怯えているであろう彼女にかける言葉を探しながら。



 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

婚約七年目、愛する人と親友に裏切られました。

テンテン
恋愛
男爵令嬢エミリアは、パーティー会場でレイブンから婚約破棄を宣言された。どうやら彼の妹のミラを、エミリアがいじめたことになっているらしい。エミリアはそのまま断罪されるかと思われたが、彼女の親友であるアリアが声を上げ……

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない

柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。 バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。 カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。 そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。 愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

処理中です...