6 / 14
6話
しおりを挟む
ライラは一人で静かに景色を見つめていた。昔もそうしていたように同じ場所から見慣れた景色を眺めて、全てを忘れて消えてしまえないだろうかと考えていた。リックに自分の隠してきたことが少しでも知られてしまえば、それは綻びになってそしていつか大きな裂け目になる。せっかく形だけでもそれらしい家族を作ることができたのに、全てが台無しになってしまった。そんな思考を漂わせるライラはもう笑顔ではなかった。昔と同じようにそこに感情なんてないかのような無表情だった。
「どうやって、終わらせよう……」
小さく呟く。リックとの虚構の生活も、演じてきた自分も、全てが終わる。ならばそれをどう終わらせるのが一番綺麗なのか、ライラは考えなければならなかった。王命にあったリックの魔法の解除はいまだに果たしていない。そんな状態で離婚を希望しても認められる可能性は低いだろう。でも、もうリックはライラといることを許してくれるはずがない。こんな不気味で歪な自分を受け入れてくれる人なんてどこにもいないのだから。
そこでライラはすっと頭が冷えていくのが分かった。
座っていた木製の椅子から立ち上がり歩き出す。するべきことは決まった。自分がどうしようもない人間になってしまえばいい。そうすれば離婚もできるし、リックに迷惑はかからない。自分がもっと戻れないようなところまで落ちてしまえばいいのだ。そう考えたライラは虚ろな目でふらふらと進む。彼女にはもう何もかもがどうでも良くなっていた。
丘を降りて街の通りに出る。しかし彼女が進んだのはリックと歩いたような明るく穏やかな雰囲気の通りではなく、暗く怪しい空気の広がる通りだった。ここがどういう場所なのか、昔3年も住んでいたライラは知っている。その上で彼女は、ここに来れば自分が望む結果が得られると考えていた。
「あれ、もしかして一人?」
少し進んだところで知らない男に声を掛けられる。その顔には下品な笑みを浮かべており、すぐに腰に手を添える振る舞いからして目的は明らかだった。
「こんな通りにお姉さん一人なんて危ないよ。不安だろうし俺が一緒にいてあげようか?」
「……お願いします」
見え透いた下心にライラは拒否を示さなかった。それが目的だからだ。自分が不貞を働けば当然離婚になるし、悪いのは自分だけでリックは被害者にしかならない。
「お、いいね。良かったらこれからお茶しない?俺いい店知ってるんだ」
これを拒否しなければもう後には引けなくなる。ライラはひとつ息を飲んだ。
「はい、お願いしま」
そしてあまり間も開けずに誘いに乗ろうとしたとき、何かが視界を遮った。よく見ればそれは大きな背中で、それは見慣れたものにそっくりだった。
「悪いが彼女は俺の妻だ。その誘いは許すわけにはいかない」
ライラは目を見開く。そこにいたのは息を切らしたリックだった。突然現れた彼に思わず思考が停止する。しかしリックはライラや男が何かを言う前にライラの腕を引いてその場から離れ始めた。強い力で引かれ、抵抗しても無意味なことが分かる。ライラは何も言えないままただ連れて行かれるがままに歩いていた。そして丘の麓まで戻ると腕が開放された。
「あなたが何を考えているのか、俺には全くわからない。なぜあんな男について行こうとした」
ライラは何も言わない。だからリックは言葉を続ける。
「あなたは何を望んでいる?わざわざ笑顔を作って、感情のない俺と家族のような生活をして、何も楽しくないだろうになぜそんな生き方をするんだ」
「…………そんなこと、リック様には関係ないでしょう」
ライラはようやく口を開いた。しかしその声音は低く、まるでリックを突き放すように棘のある言葉を吐き出す。それでもリックが怯むことはなかった。
「関係ないことはない。俺はあなたの家族なのだろう?」
「こんなときだけ、そんな言葉を使わないでください」
「最初に言い始めたのはあなただ」
「その私がやめてほしいと言っているのです」
「だが俺は間違いなくあなたの夫だ。つまり家族だ」
「それは王命だからであって実際は」
「何がきっかけでも家族だ。あなたがそう決めたのにここで切り捨てるのは非情なんじゃないか?」
そこでライラは押し黙った。様子が気になったリックがその顔を覗くと、ライラはいつの間にか大粒の涙を流していた。突然のことにリックが驚いていると、ライラはキッとリックを睨んで、嗚咽混じりに大声をあげた。
「っそういう優しさも干渉も、私にはいらないんですぅ!」
「優しさなど見せてはいない。干渉するのはあなたが不可解な行動ばかりするからだ」
「あー、うるさいうるさい!とにかく私のことは放っておいてください!すぐにあなたの視界から消えて差し上げますから、不可解な行動も見なくて済みますよ!」
ライラは人生で一番感情的になっていた。まるで幼い子どものようにボロボロ泣きながら大声を上げて怒っている。それもこれもリックが優しいから悪いのだ。感情が凍っているくせに、無表情のくせに、それでも優しさを感じさせるのが悪いのだ。ライラはそう思って変わらずリックを睨んだ。自分のままごとのような家族ごっこに付き合ったり、顔色の悪い自分を気遣ったり、知らない男について行こうとする自分を走って探し出して止めたり、家族にこだわる自分に家族という言葉を何度も繰り返したり。リックがそう認識していなくてもそれはライラが受け取ったことのない優しさだった。
「放っておくことはできない。話はいくらでも聞くから、とにかく今は帰ろう」
躊躇いのないその言葉もどうしようもなく優しい。ライラは止まらない涙をそのままにして何も言わずに頷いた。
「どうやって、終わらせよう……」
小さく呟く。リックとの虚構の生活も、演じてきた自分も、全てが終わる。ならばそれをどう終わらせるのが一番綺麗なのか、ライラは考えなければならなかった。王命にあったリックの魔法の解除はいまだに果たしていない。そんな状態で離婚を希望しても認められる可能性は低いだろう。でも、もうリックはライラといることを許してくれるはずがない。こんな不気味で歪な自分を受け入れてくれる人なんてどこにもいないのだから。
そこでライラはすっと頭が冷えていくのが分かった。
座っていた木製の椅子から立ち上がり歩き出す。するべきことは決まった。自分がどうしようもない人間になってしまえばいい。そうすれば離婚もできるし、リックに迷惑はかからない。自分がもっと戻れないようなところまで落ちてしまえばいいのだ。そう考えたライラは虚ろな目でふらふらと進む。彼女にはもう何もかもがどうでも良くなっていた。
丘を降りて街の通りに出る。しかし彼女が進んだのはリックと歩いたような明るく穏やかな雰囲気の通りではなく、暗く怪しい空気の広がる通りだった。ここがどういう場所なのか、昔3年も住んでいたライラは知っている。その上で彼女は、ここに来れば自分が望む結果が得られると考えていた。
「あれ、もしかして一人?」
少し進んだところで知らない男に声を掛けられる。その顔には下品な笑みを浮かべており、すぐに腰に手を添える振る舞いからして目的は明らかだった。
「こんな通りにお姉さん一人なんて危ないよ。不安だろうし俺が一緒にいてあげようか?」
「……お願いします」
見え透いた下心にライラは拒否を示さなかった。それが目的だからだ。自分が不貞を働けば当然離婚になるし、悪いのは自分だけでリックは被害者にしかならない。
「お、いいね。良かったらこれからお茶しない?俺いい店知ってるんだ」
これを拒否しなければもう後には引けなくなる。ライラはひとつ息を飲んだ。
「はい、お願いしま」
そしてあまり間も開けずに誘いに乗ろうとしたとき、何かが視界を遮った。よく見ればそれは大きな背中で、それは見慣れたものにそっくりだった。
「悪いが彼女は俺の妻だ。その誘いは許すわけにはいかない」
ライラは目を見開く。そこにいたのは息を切らしたリックだった。突然現れた彼に思わず思考が停止する。しかしリックはライラや男が何かを言う前にライラの腕を引いてその場から離れ始めた。強い力で引かれ、抵抗しても無意味なことが分かる。ライラは何も言えないままただ連れて行かれるがままに歩いていた。そして丘の麓まで戻ると腕が開放された。
「あなたが何を考えているのか、俺には全くわからない。なぜあんな男について行こうとした」
ライラは何も言わない。だからリックは言葉を続ける。
「あなたは何を望んでいる?わざわざ笑顔を作って、感情のない俺と家族のような生活をして、何も楽しくないだろうになぜそんな生き方をするんだ」
「…………そんなこと、リック様には関係ないでしょう」
ライラはようやく口を開いた。しかしその声音は低く、まるでリックを突き放すように棘のある言葉を吐き出す。それでもリックが怯むことはなかった。
「関係ないことはない。俺はあなたの家族なのだろう?」
「こんなときだけ、そんな言葉を使わないでください」
「最初に言い始めたのはあなただ」
「その私がやめてほしいと言っているのです」
「だが俺は間違いなくあなたの夫だ。つまり家族だ」
「それは王命だからであって実際は」
「何がきっかけでも家族だ。あなたがそう決めたのにここで切り捨てるのは非情なんじゃないか?」
そこでライラは押し黙った。様子が気になったリックがその顔を覗くと、ライラはいつの間にか大粒の涙を流していた。突然のことにリックが驚いていると、ライラはキッとリックを睨んで、嗚咽混じりに大声をあげた。
「っそういう優しさも干渉も、私にはいらないんですぅ!」
「優しさなど見せてはいない。干渉するのはあなたが不可解な行動ばかりするからだ」
「あー、うるさいうるさい!とにかく私のことは放っておいてください!すぐにあなたの視界から消えて差し上げますから、不可解な行動も見なくて済みますよ!」
ライラは人生で一番感情的になっていた。まるで幼い子どものようにボロボロ泣きながら大声を上げて怒っている。それもこれもリックが優しいから悪いのだ。感情が凍っているくせに、無表情のくせに、それでも優しさを感じさせるのが悪いのだ。ライラはそう思って変わらずリックを睨んだ。自分のままごとのような家族ごっこに付き合ったり、顔色の悪い自分を気遣ったり、知らない男について行こうとする自分を走って探し出して止めたり、家族にこだわる自分に家族という言葉を何度も繰り返したり。リックがそう認識していなくてもそれはライラが受け取ったことのない優しさだった。
「放っておくことはできない。話はいくらでも聞くから、とにかく今は帰ろう」
躊躇いのないその言葉もどうしようもなく優しい。ライラは止まらない涙をそのままにして何も言わずに頷いた。
7
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
婚約七年目、愛する人と親友に裏切られました。
テンテン
恋愛
男爵令嬢エミリアは、パーティー会場でレイブンから婚約破棄を宣言された。どうやら彼の妹のミラを、エミリアがいじめたことになっているらしい。エミリアはそのまま断罪されるかと思われたが、彼女の親友であるアリアが声を上げ……
離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない
柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。
バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。
カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。
そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。
愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる