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9話
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「嘘つき」
ライラは小さくそう呟く。空気に紛れ込みそうなその声をリックは聞き逃さなかった。
「嘘などついていない」
「嘘ですよ……。そういうのは、私みたいなのにやっちゃいけないんです。こんな私を受け入れるふりをして、本当は自分が善人だと思いたいだけ。そんなの自己満足に浸ってるだけの偽善者じゃないですか!」
そう言っているライラが1番よくわかっていた。リックはそんな嘘をつく人でも、偽善者でもない。表立って見えなくても彼が優しさに溢れた人間であることは痛いほどにわかっている。だからこそ、彼女は拒絶するのだ。
「こんなことで嘘はつかない」
「嘘です!嘘だって言ってください、お願いだから……!」
その声は掠れていて、消えてしまいそうにも聞こえるものだった。これ以上この優しさに救われてしまえば、求めるようになってしまう。諦めてしまいたいと願うものを、彼に求めてしまう。ライラはそれが怖かった。
リックはそんなライラをじっと見つめる。そして彼女が震えていることに気がついた。
「……あなたは、怯えているのか?」
「っ!」
リックはライラに手を伸ばした。そして両手でライラの手を包み込む。すると彼はまるで氷のように冷たくなってしまった彼女の手を温めるようにそっと握った。
「な、何を」
「ライラ殿、俺たちは家族だ。そして夫婦だ。俺はあなたを避けたりしない。拒絶もしない。あなたを嫌ってもいないし、どうでも良いとも思っていない」
その声はどこまでも穏やかで、それでも確かな芯を持っていた。
「どうか俺のことを、信じてほしい。あなたを傷つけないように努力する」
「言葉だけならなんとでも言えるんです。でも人は裏切る。言葉は飾りでしかないから、きっとあなたも今言ったことを忘れてしまうでしょう」
「ならば忘れないように紙に書いたって良い。俺があなたを裏切ったなら、その時はどうしてくれても構わない」
ライラは次第に苦しくなっていくのを感じた。呼吸をするのがやっとなくらい、感情が暴れてしまっている。一つ間違えれば全てが壊れてしまいそうで、逃げ出したくてたまらなかった。なのに掌から伝わるリックの温もりが、ひどく心地よくてしかたがない。
「どうして、……どうしてそこまでするんですか?王命で夫婦になっただけなのに、どうして私に近づこうとするんですか?」
「それは……、わからない。俺は感情を忘れてしまっているから、何が原動力なのかは分からない。ただ俺は、あなたに泣いてほしくない。無理して笑ってほしくもない」
リックの言葉は途端に辿々しくなる。感情に関することは彼にはもう遠い記憶だ。思い出せそうで思い出せない。彼がライラに抱いているのは、この歪で愚かで儚い少女を今すぐ安心させたいと、本当の意味で笑わせてやりたいと思う感情は、一体何なのか。
ライラはそんなリックに願うように言葉を溢す。
「もう嫌なんです。期待しすぎてしまう自分も、失うかもしれないという不安も。今ならまだ間に合うから、だからもう私には」
その言葉を言い終える前にリックはライラを抱き締めた。いや、気づけば抱き締めていた。そして我に返ってもなお、離そうとは思わない。むしろ抱き締める力を強めた。何も言わせないように強く強く、その小さな少女が、これ以上彼女自身を苦しめてしまわないように。自分がすぐそばにいるのだということが嫌でもわかるように。
ライラは最初は抵抗しようとしたが、それが無駄なことだと分かると諦めた。でもリックの背中に手を回したりはしない。ただ彼の服をぎゅっと握っていた。
「……怖い。私はあなたが……。いなく、ならないで……」
泣きそうなその声に、リックは目を見開いた。
そしてようやく彼は思い出した。ずっと止まっていた何かが、まるで荒波のように大きく動き出す。まるで凍っていた血液が突然全身を駆け巡るような感覚にリックは襲われる。世界に色が付いたように、虚ろだった瞳に光が宿るように、それは彼を取り巻く全てを鮮やかに変えた。彼はそのとき何よりも自由だった。そして今なら自信を持って言える。この感情は……
「愛しいんだ、あなたが」
最初はいつも笑っているだけの人だと思っていた。でもどこか一歩引いているところがあって、近づこうとすれば逃げてしまう。怖がりで、本当は泣きたいのにそれを誤魔化して繕っている、愛情に飢えた歪な少女。その欠けたところがどうにも愛おしい。
一方でライラはリックの言葉に衝撃を受けざるを得なかった。いつの間にかリックの腕からすり抜けてしまうくらいには驚いていた。しかし、彼女のそれはまだ序の口だった。リックの顔を見てライラは思わず口を開く。
「……どうして、笑って……?」
そう、ずっと無表情だったリックがその美しい顔にさらに美しい微笑みを浮かべていたのだ。それはライラにとっては信じられないことだった。なぜならそれは彼の魔法が解けたことを意味してしまう。自分は何もした覚えがないのに、彼はもう先程までの彼ではなかった。
ライラは小さくそう呟く。空気に紛れ込みそうなその声をリックは聞き逃さなかった。
「嘘などついていない」
「嘘ですよ……。そういうのは、私みたいなのにやっちゃいけないんです。こんな私を受け入れるふりをして、本当は自分が善人だと思いたいだけ。そんなの自己満足に浸ってるだけの偽善者じゃないですか!」
そう言っているライラが1番よくわかっていた。リックはそんな嘘をつく人でも、偽善者でもない。表立って見えなくても彼が優しさに溢れた人間であることは痛いほどにわかっている。だからこそ、彼女は拒絶するのだ。
「こんなことで嘘はつかない」
「嘘です!嘘だって言ってください、お願いだから……!」
その声は掠れていて、消えてしまいそうにも聞こえるものだった。これ以上この優しさに救われてしまえば、求めるようになってしまう。諦めてしまいたいと願うものを、彼に求めてしまう。ライラはそれが怖かった。
リックはそんなライラをじっと見つめる。そして彼女が震えていることに気がついた。
「……あなたは、怯えているのか?」
「っ!」
リックはライラに手を伸ばした。そして両手でライラの手を包み込む。すると彼はまるで氷のように冷たくなってしまった彼女の手を温めるようにそっと握った。
「な、何を」
「ライラ殿、俺たちは家族だ。そして夫婦だ。俺はあなたを避けたりしない。拒絶もしない。あなたを嫌ってもいないし、どうでも良いとも思っていない」
その声はどこまでも穏やかで、それでも確かな芯を持っていた。
「どうか俺のことを、信じてほしい。あなたを傷つけないように努力する」
「言葉だけならなんとでも言えるんです。でも人は裏切る。言葉は飾りでしかないから、きっとあなたも今言ったことを忘れてしまうでしょう」
「ならば忘れないように紙に書いたって良い。俺があなたを裏切ったなら、その時はどうしてくれても構わない」
ライラは次第に苦しくなっていくのを感じた。呼吸をするのがやっとなくらい、感情が暴れてしまっている。一つ間違えれば全てが壊れてしまいそうで、逃げ出したくてたまらなかった。なのに掌から伝わるリックの温もりが、ひどく心地よくてしかたがない。
「どうして、……どうしてそこまでするんですか?王命で夫婦になっただけなのに、どうして私に近づこうとするんですか?」
「それは……、わからない。俺は感情を忘れてしまっているから、何が原動力なのかは分からない。ただ俺は、あなたに泣いてほしくない。無理して笑ってほしくもない」
リックの言葉は途端に辿々しくなる。感情に関することは彼にはもう遠い記憶だ。思い出せそうで思い出せない。彼がライラに抱いているのは、この歪で愚かで儚い少女を今すぐ安心させたいと、本当の意味で笑わせてやりたいと思う感情は、一体何なのか。
ライラはそんなリックに願うように言葉を溢す。
「もう嫌なんです。期待しすぎてしまう自分も、失うかもしれないという不安も。今ならまだ間に合うから、だからもう私には」
その言葉を言い終える前にリックはライラを抱き締めた。いや、気づけば抱き締めていた。そして我に返ってもなお、離そうとは思わない。むしろ抱き締める力を強めた。何も言わせないように強く強く、その小さな少女が、これ以上彼女自身を苦しめてしまわないように。自分がすぐそばにいるのだということが嫌でもわかるように。
ライラは最初は抵抗しようとしたが、それが無駄なことだと分かると諦めた。でもリックの背中に手を回したりはしない。ただ彼の服をぎゅっと握っていた。
「……怖い。私はあなたが……。いなく、ならないで……」
泣きそうなその声に、リックは目を見開いた。
そしてようやく彼は思い出した。ずっと止まっていた何かが、まるで荒波のように大きく動き出す。まるで凍っていた血液が突然全身を駆け巡るような感覚にリックは襲われる。世界に色が付いたように、虚ろだった瞳に光が宿るように、それは彼を取り巻く全てを鮮やかに変えた。彼はそのとき何よりも自由だった。そして今なら自信を持って言える。この感情は……
「愛しいんだ、あなたが」
最初はいつも笑っているだけの人だと思っていた。でもどこか一歩引いているところがあって、近づこうとすれば逃げてしまう。怖がりで、本当は泣きたいのにそれを誤魔化して繕っている、愛情に飢えた歪な少女。その欠けたところがどうにも愛おしい。
一方でライラはリックの言葉に衝撃を受けざるを得なかった。いつの間にかリックの腕からすり抜けてしまうくらいには驚いていた。しかし、彼女のそれはまだ序の口だった。リックの顔を見てライラは思わず口を開く。
「……どうして、笑って……?」
そう、ずっと無表情だったリックがその美しい顔にさらに美しい微笑みを浮かべていたのだ。それはライラにとっては信じられないことだった。なぜならそれは彼の魔法が解けたことを意味してしまう。自分は何もした覚えがないのに、彼はもう先程までの彼ではなかった。
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