歪な2人の結婚生活

みっしー

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10話

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 リックは自分にかけられた魔法の解き方をずっと前から知っていた。いや、知らされていた。それは王の言うような、大きく感情を動かすこととは少し違う。それを彼に知らせたのは彼に魔法をかけた張本人である闇の魔女キシアであった。

「わたくしがあなたの感情を凍らせたのは、あなたがわたくしを凍らせて捕まえようとしたからです。ただの意趣返しであって、別にそんなに惨い魔法はかけていないのですよ」

 闇を帯びた紫の瞳を弧を描くように細めた妖しい笑みで彼女はそう言った。鉄格子の向こうであってもその魔女は余裕ぶった態度を変えることはなかった。

「大体、あなたに本当の意味で心があるのならあんな単純な魔法はすぐに解けているのです。絵本に書いてあるような簡単な話なのです。それなのに解けないのは……あなたが人として歪だからなのではなくて?」

 そんな魔女の嘲笑にも何も感じることができなかった。そしてその後に魔法の解き方を教えられて、リックは確かに自分が歪なのかもしれないと感じた。だからその方法を他の誰かに教えようとは思わなかった。ともすれば自分の周囲にいる人を傷つけてしまう可能性すらある。リックはそれを避けたかった。

 自分は人として何かが欠落しているのかもしれない。感情をなくしたまま過ごす日々の中で少しずつその考えが肯定されていくように感じていた。だからこそ……

『だから私は、中途半端で愚かで……とても歪なんです』

 ライラがそう言ったとき、彼はそれを他人事だとは思えなかった。歪というのは、リックがずっと抱えてきた言葉だ。だからそれを抱えることが孤独と虚しさを掻き立てるものだということを彼は理解していた。それと同時に彼は心の奥底で自分と同じ言葉を背負った存在が他にもいたのだという事実をゆっくりと咀嚼してもいた。そもそも彼女が何かを隠していることがわかったとき、彼はそれが自分を満たしてくれるのではないかと仄かに期待をしていたのだ。それは予感めいたものかもしれない。その時点から彼の関心が彼女に向いていたことは明らかだ。

 しかし、いざ彼女が隠してきたことを知ったとき、彼は喜びを得たわけではなかった。目の前で子どものように泣き、彼に縋り、彼に小さな希望を見い出す彼女を見て、彼は彼女を守る存在は自分であってほしいと感じた。「彼女を愛したい」と自ら望んだ。そしてそれこそが、魔法を解く鍵だったのだ。




「……どうして、笑って……?」

 ライラは目を見開いて少し不安そうにそう呟く。リックは自分の魔法が解けたことも、自分が今ライラに笑みを向けていることも自覚していた。だから不安そうな彼女に彼はさらに笑みを深めた。

「あなたのおかげだ。あなたのおかげで、俺は自由になった」

 その声には今までになかった抑揚がある。ライラはそのことに驚きつつも少し置いて行かれたような気持ちになっていた。リックが感情を失っているからこそ、ライラは安心して彼のそばにいられた。それは愛されないことに明確な理由があり、それがライラのせいではないと分かっていたからだ。だからこそ形だけでも綺麗な家族でいられると思っていた。リックの魔法が解けてしまった今、ライラは自分が彼にどう接すれば良いのかも分からなくなっていた。

「……私は、何もしていないのに。大きく感情を動かさないといけないはずでは……?」

「本当は別の方法があったんだ」

「え?それは、どういう……」

「誰かを愛することだ。誰かを愛したいと願えば氷が溶ける。だからずっと魔法が解けないのは、俺が誰のことも愛することができないからだと思っていた。でもあなたのおかげで、俺は今こうして感情を取り戻せた。ありがとう」

「それは……つまり、」

「俺はあなたを愛したいと願った。先ほども言っただろう。俺はあなたが愛しいんだ」

 温かく柔らかな笑みを浮かべてリックはそう言った。ライラは驚きで一度呼吸が止まった。嘘かと疑いたくても、彼が向けている表情が、言葉が、彼の魔法が解けたことをはっきりと表している。つまりそれは彼の本心なのだと、ライラは信じるしかなかった。そして彼女自身も信じたいと願った。

「……求めても、良いんですか?私のことが嫌になりませんか?」

「あなたが俺を求めてくれるというのならそれ以上に嬉しいことはない」

 ライラはその言葉に涙を流した。彼女の震える声にリックはまっすぐな声で言葉を返す。淡々と生きてきた日々の中で、一度も受け取ったことのないその言葉は、彼女の中にゆっくりと染み込んだ。それがこんなにも自分を満たしてくれるなんて、彼女は知らなかったのだ。静かに泣く彼女を見てリックはライラを再び抱きしめた。愛しいと感じた気持ちのままに。

「あなたは存外泣き虫なようだ」

「泣き虫な私は嫌いですか?」

「いや、どうやって笑わせてやろうかと腕が鳴る」

「……途中で愛想を尽かさないでくださいね」

「当たり前だ」

 ライラはリックの自信が伝わるようなはっきりとした声を聞いて彼の腕の中で静かに笑った。それはまだ満面の笑みとは呼べない。しかしそれは彼女が初めて作ることなく見せた笑みだった。彼女を思い切り抱きしめていたリックにはそれは見えなかったわけだが、それは確かに彼らの世界が一つ前に進んだ瞬間だった。









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