歪な2人の結婚生活

みっしー

文字の大きさ
11 / 14

11話

しおりを挟む
 それからライラとリックの生活は変わったのかと言えば、そう大きくは変わっていない。朝は互いに「おはよう」から始まり、食事も一緒にとってからライラが「いってらっしゃい」とリックを見送る。帰ってきたら「おかえり」と出迎えてまた二人で食事をとり、食後のお茶を飲みながらその日あったことを話す。そして「おやすみ」で一日を終える。それ自体は以前と変わらない。ただ彼らは互いの目を見つめるようになった。そして以前は笑顔だったライラははにかむようになり、以前は無表情だったリックが微笑むようになった。同じ生活をしていても、そこには色がある。そこには感情がある。中身はまるで違っていたのだ。

「もう少し夫婦らしさはあってもいいと思うけどね」

 エリザベスはそう言いながらライラの前にハーブティーを静かに置いた。あれから少ししてもう一度、ライラはシュベールを訪れていた。そしてエリザベスの店を訪ねると、彼女と接客担当の店員は良い笑顔で迎えてくれた。

「夫婦らしさって……例えばどんな?」

 ライラが問う。リックがこの場にいないこともあり、ライラはあまり躊躇いなくその疑問を口にした。

 リックは今は仕事で王都にいるが、後からこちらに来ると言っていた。もとより2人でシュベールに行こうと話していたのだが、彼がライラにひと足先に向かうように言ったのだ。「少しでも長くゆっくりしておいで」と背中を押して。そして店のもう一人の店員である例の彼女は買い出しに行ってしまったので、ライラは店の中でエリザベスと2人きりになっていた。そしてぽつりぽつりと話し始めると、自然と話題は夫婦生活についてになっていた。

「寝室を一緒にするとか、挨拶でキスをするとか。新婚ならそれくらいはあってもいいんじゃない?」

「キ、キス……。そんなの、私には無理だよ」

「真っ赤になっちゃって初心なんだから。でも、夫婦ならいずれは通る道でしょ?それに両思いなんだから恥ずかしがることないんじゃない?」

 エリザベスは顔を赤く染めて俯くライラの反応を楽しんでいた。あの無表情だったライラと恋の話をすることになるなんて思いもしなかったのだ。妹のように思っていた彼女が幸せそうにしている姿はエリザベスを感慨深くさせていた。

「でも……、私たちは少し違うでしょう?」

 ライラが少し不安そうにそう言った。エリザベスは言葉の真意が掴めず首を傾げる。

「違うって何が?」

「なんて言うか、そんな甘い感じじゃないっていうか……」

「そんなことはないと思うけど……甘くないっていうならあんたから甘えてみたらいいじゃない。あんた人に甘えるの下手なんだし、良い練習になるかもよ」

 ライラは育った環境もあって人に頼る、甘えるということに慣れていない。難しいことでも一人で何とかしてきたし、冷たい風が吹くような心の隙間についてはほとんど諦めていた。だからどんな時にどんなことなら人に頼っても良いのか、甘えても良いのかがわからないのだ。実際、彼女はエリザベスに言われた「甘える」という行動をどんな場面ですれば良いのか、考えても分からずにいた。

「難しい顔ね……まあ、少しずつ慣れていきなさいな。あんたはまだまだ恋愛初心者なんだからね」

 そうして話している頃に店の入り口が開いた。ライラとエリザベスがそちらを振り返ると、そこには一人の影があった。

「遅くなってすまない」

 すらりとした青年は、少し疲れたような様子ではありつつも、ライラを見て穏やかに目を細める。

「リック様……!どうしてこちらに」

「あなたならきっとここにくると思った。一人にさせてしまっていたからな」

 リックの言葉にライラが首を傾げると、エリザベスが思いついたように人差し指をピンと伸ばした。

「なるほど。何だかんだで人恋しかったってことね」

 その言葉にライラは目を見開いた。確かに、一人でシュベールに来たからと言って必ずここに来なければいけない理由はなかった。一人で街を歩いたり、あの丘に行ったってよかったのだ。でもライラにはその選択肢は最初からなかった。真っ先にエリザベスの顔が浮かんだ。それが人恋しさだとは考えもしなかったが、言われてみればそれに近いのかもしれない。

「昔なら、真っ先に丘に行ってたんじゃない?」

「……そうかもしれない」

「ふふ、旦那様から良い影響を受けてるのね」

「「……?」」

 エリザベスの言葉にライラとリックは二人とも首を傾げた。彼女の言う良い影響がどういう意味か分からなかったのだ。エリザベスはそれに呆れたように笑いながら言葉を付け加える。

「つまり、愛されてるってことよ。愛されているから、幸せな時間を一緒に過ごしているから、一人でいるのが寂しくなるってことでしょ?」

 今度は二人揃って顔を赤くした。恋愛初心者はライラだけではないらしい。エリザベスはそう考えて微笑ましい気持ちになった。ライラだけでなく、彼女の夫も雰囲気が随分と変わった。彼が店に入ってきてそのことに気づいてから、エリザベスはずっと嬉しかったのだ。二人で良い方向に向かって行けるのなら、夫婦としてこんなに素敵なことはないだろう。

 そんなとき、店の扉がまた勢いよく開いた。

「買い出し終わったよー!ベス、今日はご馳走を……って、何?この空気」

 買い出しに行っていた店員がようやく帰ってきたらしいが、エリザベスはニコニコと笑い、若い夫婦は揃って赤面している。彼女にはきっと異様な光景に映ったことだろう。エリザベスはそう思うとまた楽しそうに笑った。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

婚約七年目、愛する人と親友に裏切られました。

テンテン
恋愛
男爵令嬢エミリアは、パーティー会場でレイブンから婚約破棄を宣言された。どうやら彼の妹のミラを、エミリアがいじめたことになっているらしい。エミリアはそのまま断罪されるかと思われたが、彼女の親友であるアリアが声を上げ……

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない

柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。 バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。 カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。 そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。 愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

処理中です...