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11話
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それからライラとリックの生活は変わったのかと言えば、そう大きくは変わっていない。朝は互いに「おはよう」から始まり、食事も一緒にとってからライラが「いってらっしゃい」とリックを見送る。帰ってきたら「おかえり」と出迎えてまた二人で食事をとり、食後のお茶を飲みながらその日あったことを話す。そして「おやすみ」で一日を終える。それ自体は以前と変わらない。ただ彼らは互いの目を見つめるようになった。そして以前は笑顔だったライラははにかむようになり、以前は無表情だったリックが微笑むようになった。同じ生活をしていても、そこには色がある。そこには感情がある。中身はまるで違っていたのだ。
「もう少し夫婦らしさはあってもいいと思うけどね」
エリザベスはそう言いながらライラの前にハーブティーを静かに置いた。あれから少ししてもう一度、ライラはシュベールを訪れていた。そしてエリザベスの店を訪ねると、彼女と接客担当の店員は良い笑顔で迎えてくれた。
「夫婦らしさって……例えばどんな?」
ライラが問う。リックがこの場にいないこともあり、ライラはあまり躊躇いなくその疑問を口にした。
リックは今は仕事で王都にいるが、後からこちらに来ると言っていた。もとより2人でシュベールに行こうと話していたのだが、彼がライラにひと足先に向かうように言ったのだ。「少しでも長くゆっくりしておいで」と背中を押して。そして店のもう一人の店員である例の彼女は買い出しに行ってしまったので、ライラは店の中でエリザベスと2人きりになっていた。そしてぽつりぽつりと話し始めると、自然と話題は夫婦生活についてになっていた。
「寝室を一緒にするとか、挨拶でキスをするとか。新婚ならそれくらいはあってもいいんじゃない?」
「キ、キス……。そんなの、私には無理だよ」
「真っ赤になっちゃって初心なんだから。でも、夫婦ならいずれは通る道でしょ?それに両思いなんだから恥ずかしがることないんじゃない?」
エリザベスは顔を赤く染めて俯くライラの反応を楽しんでいた。あの無表情だったライラと恋の話をすることになるなんて思いもしなかったのだ。妹のように思っていた彼女が幸せそうにしている姿はエリザベスを感慨深くさせていた。
「でも……、私たちは少し違うでしょう?」
ライラが少し不安そうにそう言った。エリザベスは言葉の真意が掴めず首を傾げる。
「違うって何が?」
「なんて言うか、そんな甘い感じじゃないっていうか……」
「そんなことはないと思うけど……甘くないっていうならあんたから甘えてみたらいいじゃない。あんた人に甘えるの下手なんだし、良い練習になるかもよ」
ライラは育った環境もあって人に頼る、甘えるということに慣れていない。難しいことでも一人で何とかしてきたし、冷たい風が吹くような心の隙間についてはほとんど諦めていた。だからどんな時にどんなことなら人に頼っても良いのか、甘えても良いのかがわからないのだ。実際、彼女はエリザベスに言われた「甘える」という行動をどんな場面ですれば良いのか、考えても分からずにいた。
「難しい顔ね……まあ、少しずつ慣れていきなさいな。あんたはまだまだ恋愛初心者なんだからね」
そうして話している頃に店の入り口が開いた。ライラとエリザベスがそちらを振り返ると、そこには一人の影があった。
「遅くなってすまない」
すらりとした青年は、少し疲れたような様子ではありつつも、ライラを見て穏やかに目を細める。
「リック様……!どうしてこちらに」
「あなたならきっとここにくると思った。一人にさせてしまっていたからな」
リックの言葉にライラが首を傾げると、エリザベスが思いついたように人差し指をピンと伸ばした。
「なるほど。何だかんだで人恋しかったってことね」
その言葉にライラは目を見開いた。確かに、一人でシュベールに来たからと言って必ずここに来なければいけない理由はなかった。一人で街を歩いたり、あの丘に行ったってよかったのだ。でもライラにはその選択肢は最初からなかった。真っ先にエリザベスの顔が浮かんだ。それが人恋しさだとは考えもしなかったが、言われてみればそれに近いのかもしれない。
「昔なら、真っ先に丘に行ってたんじゃない?」
「……そうかもしれない」
「ふふ、旦那様から良い影響を受けてるのね」
「「……?」」
エリザベスの言葉にライラとリックは二人とも首を傾げた。彼女の言う良い影響がどういう意味か分からなかったのだ。エリザベスはそれに呆れたように笑いながら言葉を付け加える。
「つまり、愛されてるってことよ。愛されているから、幸せな時間を一緒に過ごしているから、一人でいるのが寂しくなるってことでしょ?」
今度は二人揃って顔を赤くした。恋愛初心者はライラだけではないらしい。エリザベスはそう考えて微笑ましい気持ちになった。ライラだけでなく、彼女の夫も雰囲気が随分と変わった。彼が店に入ってきてそのことに気づいてから、エリザベスはずっと嬉しかったのだ。二人で良い方向に向かって行けるのなら、夫婦としてこんなに素敵なことはないだろう。
そんなとき、店の扉がまた勢いよく開いた。
「買い出し終わったよー!ベス、今日はご馳走を……って、何?この空気」
買い出しに行っていた店員がようやく帰ってきたらしいが、エリザベスはニコニコと笑い、若い夫婦は揃って赤面している。彼女にはきっと異様な光景に映ったことだろう。エリザベスはそう思うとまた楽しそうに笑った。
「もう少し夫婦らしさはあってもいいと思うけどね」
エリザベスはそう言いながらライラの前にハーブティーを静かに置いた。あれから少ししてもう一度、ライラはシュベールを訪れていた。そしてエリザベスの店を訪ねると、彼女と接客担当の店員は良い笑顔で迎えてくれた。
「夫婦らしさって……例えばどんな?」
ライラが問う。リックがこの場にいないこともあり、ライラはあまり躊躇いなくその疑問を口にした。
リックは今は仕事で王都にいるが、後からこちらに来ると言っていた。もとより2人でシュベールに行こうと話していたのだが、彼がライラにひと足先に向かうように言ったのだ。「少しでも長くゆっくりしておいで」と背中を押して。そして店のもう一人の店員である例の彼女は買い出しに行ってしまったので、ライラは店の中でエリザベスと2人きりになっていた。そしてぽつりぽつりと話し始めると、自然と話題は夫婦生活についてになっていた。
「寝室を一緒にするとか、挨拶でキスをするとか。新婚ならそれくらいはあってもいいんじゃない?」
「キ、キス……。そんなの、私には無理だよ」
「真っ赤になっちゃって初心なんだから。でも、夫婦ならいずれは通る道でしょ?それに両思いなんだから恥ずかしがることないんじゃない?」
エリザベスは顔を赤く染めて俯くライラの反応を楽しんでいた。あの無表情だったライラと恋の話をすることになるなんて思いもしなかったのだ。妹のように思っていた彼女が幸せそうにしている姿はエリザベスを感慨深くさせていた。
「でも……、私たちは少し違うでしょう?」
ライラが少し不安そうにそう言った。エリザベスは言葉の真意が掴めず首を傾げる。
「違うって何が?」
「なんて言うか、そんな甘い感じじゃないっていうか……」
「そんなことはないと思うけど……甘くないっていうならあんたから甘えてみたらいいじゃない。あんた人に甘えるの下手なんだし、良い練習になるかもよ」
ライラは育った環境もあって人に頼る、甘えるということに慣れていない。難しいことでも一人で何とかしてきたし、冷たい風が吹くような心の隙間についてはほとんど諦めていた。だからどんな時にどんなことなら人に頼っても良いのか、甘えても良いのかがわからないのだ。実際、彼女はエリザベスに言われた「甘える」という行動をどんな場面ですれば良いのか、考えても分からずにいた。
「難しい顔ね……まあ、少しずつ慣れていきなさいな。あんたはまだまだ恋愛初心者なんだからね」
そうして話している頃に店の入り口が開いた。ライラとエリザベスがそちらを振り返ると、そこには一人の影があった。
「遅くなってすまない」
すらりとした青年は、少し疲れたような様子ではありつつも、ライラを見て穏やかに目を細める。
「リック様……!どうしてこちらに」
「あなたならきっとここにくると思った。一人にさせてしまっていたからな」
リックの言葉にライラが首を傾げると、エリザベスが思いついたように人差し指をピンと伸ばした。
「なるほど。何だかんだで人恋しかったってことね」
その言葉にライラは目を見開いた。確かに、一人でシュベールに来たからと言って必ずここに来なければいけない理由はなかった。一人で街を歩いたり、あの丘に行ったってよかったのだ。でもライラにはその選択肢は最初からなかった。真っ先にエリザベスの顔が浮かんだ。それが人恋しさだとは考えもしなかったが、言われてみればそれに近いのかもしれない。
「昔なら、真っ先に丘に行ってたんじゃない?」
「……そうかもしれない」
「ふふ、旦那様から良い影響を受けてるのね」
「「……?」」
エリザベスの言葉にライラとリックは二人とも首を傾げた。彼女の言う良い影響がどういう意味か分からなかったのだ。エリザベスはそれに呆れたように笑いながら言葉を付け加える。
「つまり、愛されてるってことよ。愛されているから、幸せな時間を一緒に過ごしているから、一人でいるのが寂しくなるってことでしょ?」
今度は二人揃って顔を赤くした。恋愛初心者はライラだけではないらしい。エリザベスはそう考えて微笑ましい気持ちになった。ライラだけでなく、彼女の夫も雰囲気が随分と変わった。彼が店に入ってきてそのことに気づいてから、エリザベスはずっと嬉しかったのだ。二人で良い方向に向かって行けるのなら、夫婦としてこんなに素敵なことはないだろう。
そんなとき、店の扉がまた勢いよく開いた。
「買い出し終わったよー!ベス、今日はご馳走を……って、何?この空気」
買い出しに行っていた店員がようやく帰ってきたらしいが、エリザベスはニコニコと笑い、若い夫婦は揃って赤面している。彼女にはきっと異様な光景に映ったことだろう。エリザベスはそう思うとまた楽しそうに笑った。
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