歪な2人の結婚生活

みっしー

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12話

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 それから夜になり、ライラとリックはシュベールにある宿までやってきていた。以前は日帰りだったが、今回は数日こちらに留まるつもりなので、ちゃんと宿を押さえていた。

「リック様、お疲れのように見えますが、相当急いでこちらに来られたのでは?」

 部屋に着いて二人でソファに腰掛けると、ライラは心配そうにリックの顔をのぞいた。リックは一つ大きく息を吐いて笑顔を見せる。

「いや、大したことはない。陛下に引き留められて長話をされたからな。少し疲れただけだ」

「国王陛下ですか……。やはりあなたの魔法が解けて嬉しかったのでしょうね」

「ありがたい話だがな。そうだ、あなたにも礼を言いたいと言っていた。近いうちにお呼び出しがあるかもしれない」

 思ってもいなかった話にライラは少し肩をすくめる。

「そんな、私は何もしていないのですから」

「いや、あなたがいなければ俺はこんなふうに笑えてはいない。あなたの存在が重要なんだ」

 リックはライラの手を取りながらそう言って微笑んだ。ライラは気恥ずかしくなって顔を背けてしまう。リックはライラのそういうところも愛しく思っていた。しかしこうしてそっぽを向かれたままでは話ができないので、仕方なく話題を変えることにした。

「ライラ殿は、エリザベス殿と何を話していたんだ?」

「私、ですか?えっと……」

 ライラは甘えてみろと言われたことを思い出していた。しかしそんなことをリックにそのまま伝えるのは彼女には難しい。そうすると聞かれたことに何と返せば良いか分からなくなった。

「……ライラ殿?」

 考え込んでいるとふと、その呼び方が気に掛かった。これが「甘える」にあたるのか彼女には分からなかったが、きっかけにはなるのではないかと思い至る。意識した途端に恥ずかしくなる自分を奮い立たせて、彼女は少し大きく息を吸った。

「……わ、私の呼び方は、……リズと同じ、なのですか?」

 おずおずと放たれたその言葉に少しの沈黙が降る。ライラはその時間が永遠にも感じられそうだった。顔が一気に赤くなり、心臓の音はうるさいくらいに鳴っている。その一方で、リックはいじらしい妻の姿に心が大きく揺さぶられていた。握っていた彼女の手を離し、空いた自分の手で顔を覆う。恥ずかしがり屋な彼女がそんなことを言うなんて彼は思いもしなかったのだ。

「……ライラと、呼んでも良いのか……?」

「……はい」

 二人はお互いに空気を探りながら言葉を発した。視線は合っていない。名前を呼ぶだけなのに妙に照れくさく、彼らの間を流れる時間は少しゆっくりとしていた。

「……では、今後は俺のことも名前だけで呼んでくれないだろうか?」

「わ、分かりました。……リック」

 小さな頷きにリックは嬉しそうに微笑んだ。それを見てライラもつられるように微笑む。少しずつ増えてきたライラのこの小さな笑みを見るたびに、リックは胸がじわりと温かくなるのを感じる。それを幸福と悟るのはとても簡単なことだった。

「あの、リズと話していたのは……こういうことです。甘えてみる、というか」

「そうか。それは、エリザベス殿にお礼をしなくてはな」

「ふふ、そうですね。また彼女のお店に行きましょう」

 ライラが控えめに微笑んでそう言うと、リックは少し考えるような姿勢をとった。ライラはそれに対して不思議そうに首を傾げる。

「どうかしたんですか?」

「いや、店を訪ねるのもそうなんだが……。陛下に提案されたんだ。晴れて真の夫婦として結ばれるのであれば、今度こそ結婚式を開いてはどうか、と」

「……えっ?結婚式って、あの……白い衣装を着て教会でするあれ、ですか?」

「ああ。陛下がどうも乗り気でな。費用は全て負担するから晴れ姿を見せてほしいとおっしゃっていた」

 ライラは少しの間頭が真っ白になった。彼女は自分のはもちろんのこと他人の結婚式にも全く参加したことがない。絵や文章でしかそれに触れたことがないのだ。だからそれは彼女にとっては現実味がなく、まるでおとぎ話の世界のことだった。

「あなたの花嫁姿を見せることができればエリザベス殿も大層喜んでくれるだろうし、俺も長い間周囲に心配をかけてきたから、安心させたいとは思う。ただ、まずはあなたの意見が聞きたい」

 リックの真剣な眼差しにライラの視線は宙を泳いだ。

「……何と言うか、上手く想像がつきません。でも、あなたとの人生で一度きりの思い出を作れるのであれば……すごく素敵だと思います」

「…!それはつまり」

「はい。結婚式、してみたいです」

 リックはその言葉に幸せそうに微笑んだ。ライラは彼のその顔に弱い。感情を取り戻した彼が初めて見せた表情と全く同じそれは、見るたびに胸がぎゅっと掴まれたかのような感覚に陥るのだ。でも、それが嫌いではない。むしろ心地良いとすら感じていた。

 それから二人は夜も遅くなったので休むことにした。大きなベッドに二人で並んで眠る。まだ屋敷の寝室は別にしているので、二人は少し緊張していた。しかし、同時に互いの体温が伝わる距離に安心感を覚えていた。




 リックの静かな寝息が聞こえてきた頃、ライラは目を閉じたまま、結婚式の招待客について考えていた。自分に招待できる人物はどのくらいいるのだろうか、と。リズと彼女の店の店員は招待したいと思う。でも、それ以外に招待できる人なんているだろうか。人脈は広げてきたが、それは表面的なものが多い。招待して喜んでくれる人がどれほどいるかも分からない。そんなことを考えていると、一人だけ思い浮かぶ姿があった。喜んでくれるとは思わない。でも、なぜか呼びたいと彼女は思った。少し寂しげな背中と、最後に会った時の表情がどうも頭に残っている。

「……相談、してみよう」

 小さくこぼす。まずはリックに話してみよう。彼ならきっと一緒に考えてくれるはずだ。ライラは何の根拠もなくそう考えていた。そう思えるほどに、ライラはリック自身と、そして彼の愛情を信じていた。これまで人の感情に怯えてばかりいたはずなのに、いつの間にか彼女はリックの愛情を受け入れて自分も同じものを彼に抱いている。夢に見た幸福の中で彼女はゆっくりと穏やかな眠りについた。

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