片隅の恋に祝福を

みっしー

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片隅の恋に祝福を

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 私の人生を一言で表すなら、きっと「平凡」という文字がぴったりだと思う。衝撃的な出会いも、美しい殿方とのロマンスも、類稀なる才能も、何一つ持ち合わせていない。容姿だってそうだ。亜麻色の髪と瞳で、パッとしたところのないどこにでもいるような顔立ち。勉強も良くて中の上だし、特技だって思いつかない。持ち合わせているのは、こんな何もない人生で良いのだろうか、という悩みだけだ。

 17歳の私は王都にある学院に通っている。友達もそこそこにいるけれど今日は何だか気分が乗らず先に寮に帰ってもらった。誰もいない教室でぼんやりと本を開く。夕暮れの日差しが窓から入ってきて辺りはオレンジ色に染まっている。そろそろ帰ろうかな、なんて思って本をしまおうとした時だった。

 ガタン。

 扉の方から音がして、予測していなかったそれに少し肩が震えた。誰かが来たのだろう。口をぎゅっと閉じたままそちらに視線を運ぶと、そこには誰もいなかった。

「誰か、いませんか……?」

 扉の方に近づいて廊下を覗こうとすると突然うわずった男性の声が聞こえてきた。

「あの!それ以上は近づかないでください!」

「え?あ、はい」

 進めかけていた足を止めてどうしていいかわからないまま自分の席に戻る。もう一度扉の方をみても、誰かが来るような様子はない。でも声の主は近くにいるようで言葉が続く。

「あ、あの、忘れ物をしていて……窓側から三番目の列の、前から四番目の席に……教科書とノートがあると思うんですけど」

 そこは確か伯爵家の三男坊の席のはずだが、この声は彼のものではない。そもそもこの声は聞いたことがないのだ。それを不可解に思いながらも言われた通りの席に行くと確かに教科書とノートがあった。

「選択授業でその席を使っていて、なので……」

 私があったとも何とも言わないからかその声は不安げに事情を説明してくれた。それに納得して何となく押し黙っていた私も口を開く。

「確かにありますね。これをお渡しすればよろしいですか?」

「ま、待ってください!えっと……」

 それからすぐに開けていた扉が閉まる音がした。これでは声が聞こえなくなってしまうのではないかと思ったけれど、扉の方をみて、声の主の意図に気付いた。おそらく扉と床の隙間から教科書とノートを渡してほしいということなのだろう。これで違ったら恥ずかしいな、なんて思いながら私は扉の方へ近づいた。それからしゃがんで二冊をするりと外へ押し出した。そのままでは汚れてしまうので念のため下に未使用の大きめのハンカチを敷いて。すると扉越しにホッとしたと言わんばかりのため息が聞こえてきた。

「ありがとうございます」

「いいえ、大したことではありませんから」

 先ほどまでとは違う落ち着いた声に思わず笑みを溢しながら答えた。案外声だけでも感情は読み取れるものなのだと何だか面白くなってしまう。

「あの、ハンカチ、洗って返しますね」

「あ、いいえ、お気になさらず」

「いえ!洗って返します!えっと、また明日この時間に、ここに来てもらえますか?」

「は、はい」

 ハンカチ一枚のことでそんなに気にしなくてもいいのに、なんて思いながらも上手い返しが思いつかずそのまま返事をしてしまった。それから走り去っていく足音が聞こえて扉を開けて廊下を覗くともうそこには誰もいなかった。





 翌日、私はあのうわずった声を思い出してはぼーっとしていた。そうすると時間はあっという間に過ぎて、いつのまにか約束した時間になっていた。教室で肘をついて窓の外を眺めていると静かに足音が近づいてくるのがわかる。その音に扉の方へと振り返るとそこにはオレンジ色に照らされた背の高い男性がいた。短めの焦茶の髪と、少し垂れた同色の瞳。私をみて安心した表情をしているから、きっと彼が昨日の声の主なのだろう。

「えっと、お待たせしました」

 後頭部を軽く掻きながら困ったように笑ってそう言う彼を見ると、私も何だか安心してしまった。だって見るからに良い人なんだもの。

「いいえ、そんなに時間もたっていませんから。わざわざハンカチだけのために、ありがとうございます」

 私が彼につられて微笑んでそう言うと、彼は大きくかぶりを振った。

「そんな!元はと言えば俺の忘れ物をドア越しに渡してもらった時に汚れさせてしまったものですし、感謝するのはこっちですよ!」

 一生懸命にそう言う彼にますます良い人なのだろうと確信する。優しそうな外見だけれど一人称が「俺」なことに可愛いだなんて思ってしまって自分で驚いた。男性と接点がないとこうも簡単にときめいてしまうのだから情けない。

 それから私は自分の席に、彼はその隣に座って少しお喋りをした。話題といえばまあ昨日の話になる。昨日頑なに姿を見せなかったから今日も見られないものだと思っていたけれど案外すんなり現れたものだから気になっていたのだ。

「あー、昨日のこと、ですか」

 それとなく聞いてみると彼は嫌なものに触れられたと言わんばかりに視線を彷徨わせた。その様子に、好奇心に駆られて配慮が足りなかったと反省し、質問を撤回しようとすると彼が徐に口を開いた。

「すごく情けない話なので、あまり言いたくなかったんですが……他の人には秘密ですよ?」

 こちらを見て苦笑いする彼に私が大きく頷くと、彼はふっと微笑んで話を始めた。

「昨日、実家から手紙が届いて、愛犬が死んでしまったことが分かったんです。俺、そいつのことすごく可愛がってて、生まれた時からずっと一緒だったんで、本当にショックで……」

 遠くを見つめるような表情に何も言えずただその声に耳を傾ける。

「だから寮の部屋で情けないことに泣いてしまって……それから少し気持ちに整理がついた頃に、忘れ物に気づいたんです。今日までの課題に必要だったので放っておくこともできなくて、急いで走ったら、あなたがここに残っていました」

 遠くにあった視線がこちらに戻り、焦茶の双眸と目が合った。その目が優しく細められる。

「あの時の俺、ひどい顔してたんですよ。目が腫れてあんまり見えてなかったし。そんな顔、人に見せられないじゃないですか。だからあんなお願いを……」

 最後は視線を下げてまた困ったように笑った。語尾もだんだん声が小さくなっていて、これならやっぱり表情を見なくても感情が読み取れそうだと感じて笑ってしまう。

「ふふ、そういうことだったんですね」

「すみません、下らないことに付き合わせてしまって……」

「いえいえ、お役に立てたなら良かったです」

 それでもなお申し訳なさそうにする彼に何と声をかけようか考えていると目の前に昨日のハンカチが差し出された。

「本当に、ありがとうございました!」

 一生懸命な表情と裏返った声に私はまた可愛いなんて思いながらハンカチを笑顔で受け取った。窓の外は日も沈んでしまったらしく随分と暗くなっていた。それから私たちはお互い寮に帰ることにした。彼は、離れているし来るのも少し恥ずかしいであろう女子寮までわざわざ私を送ってくれた。去り際には小さく手も振ってくれた。




 それから私たちは目が合えば挨拶や世間話をするようになり、試験前には一緒に勉強するようにもなった。気がつけば放課後に誰もいない教室で話すようになって、お互いの名前も呼び捨てで呼び合うようになった。長期休暇にはお互いの家の領地に遊びに行ったりもした。

 そうして一緒にいれば良いところはもちろん、悪いところだって見えてくる。彼は臆病なくせに変なところで頑固だから一度決めたら中々考えを変えないし、鈍感で頭の回転も遅い。でも、いざというときには頼りになるし、ゆっくり考えて自分なりの答えが出せる人だ。彼と同じ時間を過ごして、彼の言葉に触れ、彼のふとした仕草を見て、彼の何気ない言動に救われて。とても穏やかで静かで、誰の目にも止まらないような時間の中で私は少しずつ彼に惹かれていった。彼は誰にでも優しいから嫉妬もするし、私なんてただの友達なんじゃないかって不安にもなったけれど、それでもふとした時に見せる力の抜けた顔やたまの弱音を聞いたりしたら自分は他の人より彼の心に近いのではないかと期待も抱いてしまう。そんな私の心なんてつゆ知らず、彼はまた困ったように笑いながらなんてことのない話をする。私と彼の関係に名前なんて存在しなかった。



 時間は流れて、とうとう私たちが学院を卒業する日がやってきた。卒業パーティーは大々的に行われて、私はモスグリーンのドレスに身を包み、彼にエスコートされて参加した。彼とは一曲だけ踊って、そのあとはそれぞれのゆかりのある人たちとお喋りをした。それから少し疲れて壁にもたれていると彼も少し疲れた顔をして私の隣にやってきた。他の人たちは学院内でもきっての美男美女のカップルに目を奪われていたけれど、私たちだけは会場の片隅でどっと肩の力を抜いていた。

「もう、パーティーは満喫できたの?」

「君こそ、こういった場は女性が華やぐものだろう?」

 賑やかな人々の群れを見ながら話しかけると、彼は悪戯っぽい声で返してきた。

「私はもう充分よ。この空気だけでもお腹いっぱいになりそう」

「確かにそうだね」

 その言葉の後、少し沈黙が続いた。彼は沈黙が嫌いだからこういった時は無理矢理にでも話しかけてくるものなのだけれど、今日はそんなに疲れてしまったのだろうか。そう思って彼の方を向くと、彼も私の方を見ていて思いきり視線がかち合った。不意のことに自分の顔が少し赤くなるのがわかる。私が視線を逸らすと、彼が一歩こちらに近づいたのがわかった。

「俺は、君の隣が好きだ」

 唐突な言葉に少し笑ってしまいながら「私もよ」と返した。しかし彼の言葉にはまだ続きがあるらしく、その真剣な表情に私の顔も強張る。

「だから、この先もずっと隣にいてほしいと思う。…………結婚、してくれる?」

 こんな時も語尾にかけて小さくなる声にやはり笑ってしまう。

「もう。こんな時くらいちゃんと言い切ってよ」

 少し責めるような視線を向けると彼は照れたように視線を外す。

「ごめん…、こんな俺でも良かったら」

「私もあなたの隣がいいわ」

 彼の言葉に被せて言うと彼は一度大きく目を見開いた。でも、すぐに柔らかく微笑んだ。それにつられて私も笑う。みんなの前でするわけでもないし、花束を渡してくれるわけでもないけれど、それは私にとって世界一のプロポーズになってしまった。







 私の人生を一言で表すなら、きっと「平凡」という文字がぴったりだと思う。衝撃的な出会いはない。でも、クスリと笑えるような扉越しの出会いならある。美しい殿方とのロマンスもない。でも、誰より素敵な彼が隣にいる。類稀なる才能も、何一つ持ち合わせていない。でも目の前の彼は私を「俺を幸せにする天才だ」なんて言う。平凡な私でも、彼がいれば少しだけ特別になれる気がする。

 だから、ねぇ、あなた。これからも私をよろしくね。
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