片隅の恋に祝福を

みっしー

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隣の君と片隅の…

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 例えば、「俺は君が思うよりももっと君のことが好きなんだよ」とか、「俺は君に出会えて幸せだ」とか。そういうことを言ったとしたら、きっと彼女は予想外だと驚いて照れたあと、へらりと笑って誤魔化すだろう。普段の彼女を見ていれば想像はつくし、そんな顔を見てみたいとも思う。でも俺はそういった類の台詞は最後まで言えた試しがない。言い切る前に力尽きてそれを彼女が分かっていたかのように楽しそうに笑う。うまくいかない自分に呆れるのはいつものことだけど、それでも俯けた顔を上げれば彼女の明るい笑顔がある。それだけで少し得をした気分になるのだから自分が単純な人間だと言われても否定できない。





 初めて彼女を見た時、彼女の亜麻色の髪は夕焼けに照らされていて、何故か目が離せなかった。神秘的とでも言うのだろうか?そのせいでひどく目の腫れた自分の顔のことも忘れて、気がつけばその隙間から覗いていたはずのドアにぶつかってしまうくらいには釘付けだった。あの時教科書とノートを忘れた俺を、俺は心から褒めてやりたい。あれがなければ俺たちの世界は交わらなかったのだろうと思うから。

 初めて彼女の顔をちゃんと見た時、別に特別可愛いと思ったわけじゃなかった。顔の造りならもっと可愛い子はいる。それは俺の顔に関しても言えることだ。あくまで普通。目立つところがあるわけじゃない。あえて言うならば彼女の少し猫っぽい吊り目は特徴的だと思う。それくらいの認識だったはずなのに、鈴が鳴るような声で楽しそうに笑ったその顔は、可愛いと思ってしまった。ちらりと八重歯を見せながら柔らかく目を細めたその笑顔を、もっと見たいと思ってしまった。

 それから次第に彼女と話すようになって、俺は彼女という人間について自分なりに理解するようになった。彼女は一見強い。実際俺よりも頭の回転が早くて何事も決めるのが早いし、責任感が強くてどんなことでも能力以上の努力でこなす。自立しているし、頼り甲斐のある人だと思われることが多いだろう。それ自体は間違っていない。でも、根本の部分は脆いのだろうと俺は思う。人のためなら簡単に動けるのに自分のためになると途端に消極的になってしまうし、悲しんでいるときや辛いときは必死に隠そうとするけどそのせいで無理をして空回っていることもあった。知れば知るほど放っておけない人だと思ったし、知れば知るほど目で追ってしまっている自分がいた。一瞬一瞬を等身大の自分で生きている彼女に惹かれていたのだと思う。でもその感情に名前をつけようと思うことはなくて、ただ彼女の隣で一緒に笑っていることに心地よさを感じているだけだった。

 彼女は俺を優しい人間だと言うけど、俺は彼女の方がよっぽどそうだと思う。彼女は纏う空気すらも優しいのだから。それを言葉にするのは難しいけど、あえて言うなら相手のありのままをいつでも笑顔で受け入れてくれるような、そんな空気だ。彼女は特別人気者というわけではないけど、彼女のことを嫌いだ、苦手だと言う人は見たことがない。誰に対しても彼女の視点でしっかりと向き合ってくれる。俺はそれが何よりも大切で一番心に響く優しさなのだろうと思う。俺は断りきれなくて人の頼みを聞いているだけだから優しいというわけではない。

「でもあなたは頼まれたら投げ出さないし、嫌な顔ひとつしないでしょう?それって相当人が良いと思うのだけれど」

 それでも彼女はこう言ってくれた。俺の頼まれごとを何も言わないうちから手伝ってくれて、その合間にさらっと何てことのないように。本当に敵わないし、尊敬できる人だと思う。

 それから二人でいる時間が長くなっていくにつれて、互いの色んなことを知った。その中には良いところはもちろんだけど悪いところだってある。例えば彼女は一つのことを考え過ぎて他のことが全て疎かになってしまうところがあったりする。でもそういう一面を知ったとしても別に嫌いになったりなんてしなかった。むしろ彼女の隣が自分にとっての居場所のようになっていって、そこに一種の優越感が混ざるようになっていた。人当たりが良くて話し上手な彼女は誰とでも笑顔で話せる。だから妬くことだってあった。でも、自分に見せる笑顔が少しだけ他と違うように見えるからそこに喜びを感じる自分もいた。


 

「卒業まであと少しね。あなたは実家に帰るの?」

「そうだね。別に家を継ぐことはないけどひとまずは」

「私も同じよ。じゃあ、学院を出たらこうして会うのは難しくなるわね」

 風が冷たくなった頃、二人でぼーっと教室から窓の外を眺めていたときに彼女が小さくそう言った。確かに、俺と彼女の家の領地はあまり近くない。長期休みには互いに遊びに行ったりもしたけど、そう簡単に行き来できるほど近くはないのだ。

「寂しい?」

「当たり前でしょ。あなたは寂しいと思ってくれるの?」

「もちろん」

 少しだけ沈黙が降る。俺はそれが嫌いなわけではない。ただ彼女の声を聞いていたいからいつも話題を振るようにしていた。今日も頭に浮かんだ話題を彼女に投げかける。

「卒業のパーティーもあるね。ドレスは決めてあるの?」

「ええ。あなたの衣装は決まっているの?」

「うん。楽しみだね」

「ええ」

 いつもよりどこかぎこちなくなる会話は二人でいられる時間が有限であることを示しているような気がした。俺は焦っていた。彼女の言う通り卒業はすぐ近くだ。この先彼女と二度と会えないということはなくても、もうすぐで隣にはいられなくなる。それでいいのだろうか。後悔はしないのだろうか。そう考えた時、明確に後悔すると答えが出た。この先の人生に彼女がいるのといないのとでは、きっと見える景色が全く違うだろう。今が自分にとっての譲れない瞬間だ。そう悟った。

 それから卒業パーティーまで、何度も頭の中であらゆる場面を想定して彼女に言葉を伝えられるように練習した。彼女に抱くこの感情が恋なのだともう分かっていたから、あとは言葉を考えるだけでいい。できれば彼女がよく読むような恋愛小説の登場人物のように格好良くできればいいけど、それは何回練習してもできそうになかった。意識していないつもりでも噛むし、言葉が詰まってしまう。だから俺は俺なりに伝えるしかなかった。

 ちなみに、お互いの家のことに関しては問題がないと考えて良さそうだった。俺の両親は長期休みに遊びにきた彼女のことをとても気に入っていたし、何なら「嫁にもらえ」と小声で言ってきたくらいだ。そして彼女の家も恋愛結婚に反対はしていないらしいというのを彼女から聞いた。あとは彼女の気持ちだけだ。これに関してはもう俺が頑張る以外に方法はない。だから何度も頭で考えて練習してその日に備え続けた。



 卒業パーティーの当日、彼女はモスグリーンの落ち着いたドレスを身に纏っていて、普段はどちらかと言えば年相応で少女らしい彼女とは少し違ったその大人びた姿には、さすがに見惚れてしまった。エスコートして一曲踊ってひとまず別れると、俺は友人と話しながらも心ここに在らずでひたすら脳内での練習ばかりを繰り返していた。そのせいで何度か小突かれたがそれも気にならないくらい俺は緊張していた。何もしていないのに、いやむしろ何かをする前だというのに疲れてしまったくらいだ。俺は必死に深呼吸をする。そして会場の隅で一人で壁に寄りかかっている彼女を見つけると俺は友人たちから離れて彼女の隣に向かった。

「もう、パーティーは満喫できたの?」

 姿はいつもと違っても纏う空気はいつも通りの彼女に俺は少し肩の力が抜けた。不思議と落ち着いてきて普段通りの自分で彼女に言葉を返す。

「君こそ、こういった場は女性が華やぐものだろう?」 

「私はもう充分よ。この空気だけでもお腹いっぱいになりそう」

「確かにそうだね」

 そこで会話が途切れて、賑やかな会場とは対照的に静かな空気が俺たちの間を流れた。ここしかない。間違いなくここだと思った。覚悟を決めて気を引き締める。真っ直ぐ彼女の方に視線を向けると彼女がそれに気付いたかのようにこちらを振り向いた。しかしすぐに逸らされてしまう。俺はどこにも逃したくなくて一歩近づいた。少しだけ深く息を吸って言葉を吐く。

「俺は、君の隣が好きだ」

 まずそれだけ言うと彼女は一瞬目を丸くして、でもそのあとすぐにいつものように微笑んで「私もよ」と応えてくれる。嬉しくなってしまったけどここで止まってはいけない。何とか続きを言おうとしてまた表情が強張るのを感じた。

「だから、この先もずっと隣にいてほしいと思う。…………結婚、してくれる?」

 言い終わって、自分でも情けないと思った。あれだけ練習したのにどうにも格好がつかない。

「もう。こんな時くらいちゃんと言い切ってよ」

 彼女が少し顔を赤くしながら睨むふりだけしてそう言う。

「ごめん…、こんな俺でも良かったら」

「私もあなたの隣がいいわ」

 言いかけた言葉に重なったのは彼女の声で、そして俺が何より期待して欲した言葉だった。嬉しさとやっと緊張が解けたことで顔が自然と緩む。少し泣きそうになってしまったのは流石に情けなさすぎるので彼女には内緒だ。






 それから時間が過ぎて、俺たちの関係に夫婦という名前がつく日がやってきた。真っ白なドレスに包まれた彼女が隣で笑っている。誰よりも綺麗で、輝いていた。ここからまた新しい日々が始まるのだと思うと、不安もあるけど期待が勝つ。

「こんな俺だけど、これからも……」

 言いかけると彼女の手に口元を抑えられる。

「待って。こんな、じゃないわよ。あなたはこの世界で一人だけ、私を特別にしてくれる素敵な人なんだから」

 彼女は自信満々な表情でそう言った。俺は驚いて目を見開いた。でも言われた言葉が嬉し過ぎてすぐに笑顔になった。口元にあった彼女の手を取って両手で包む。

「……君は、俺を幸せにする天才だね」

「ふふ、何よそれ」

 彼女は呆れたように笑った。そして残っていたもう片方の手を俺の手に重ねる。ふと二人の視線が合って、また笑った。




 これは誰かの目に留まるようなドラマチックな話ではないし、俺たちはこの先の歴史に何かを残すような人物にもならないだろう。でも、彼女がいてくれればそれだけで俺は「優しい人間」になれるし「素敵」にもなれるらしい。それは彼女にしかできないことだ。何もなかったはずの日常を彼女はその笑顔や言葉で色とりどりに飾り付けてくれた。彼女の隣は俺にとって何よりも特別で大切だ。本当に手放したくないと心から思う。



 もちろん、こちらこそだよ。ずっと君の隣でいさせてね。






○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

 大変遅くなりましたがご要望をいただいたので男の子視点を書かせていただきました!少しでも楽しんでいただけていたら幸いです!
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感想 1

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みんなの感想(1件)

くいん
2021.04.12 くいん

心温まるステキなお話でした。
男の子目線のお話読んでみたいです。もしお時間があればお願いします。

2021.04.12 みっしー

 感想ありがとうございます!
 男の子視点かしこまりました!時間はかかるかもしれませんが書かせていただきます!

解除

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