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第二章
それはまるで夢のような時間だった②
(ルークベルト視点)
その日は突然やってきた。
俺はいつも通り東屋で本を読みながら彼女が来るのを待っていた。そして本を4分の1ほど読み終えた頃に彼女はやって来た。
「ルーク様!今日は新しいお花を見つけました!」
彼女は春の日差しのような笑顔でそう言って自分の来た道を元気よく指差した。俺は気にしたことはなかったが、彼女はここに来るまでの様々な景色を目に留め、それを嬉しそうに報告してくれる。宝物を見つけたように輝くその目を見て俺は本を閉じ立ち上がった。
「では見に行ってみよう。案内してくれるか?」
「はい!」
小さな手が俺の手を取って前へ前へと引っ張ってくれる。その弱い力に従いながら歩いていくと確かに陽の当たらない花壇の端の方で今までは見たことがない花が咲いていた。青や紫の小さな花々がいくつかに固まって咲いている。あまり目立つ花ではないがなぜか心惹かれた。
「綺麗だ」
「はい!」
大きく頷いて微笑む彼女を眺めていると、穏やかな気持ちになった。そうして向き合いながら話をしているとなぜか急に彼女が目を見開いて俺の腕を引っ張った。予想外のことに姿勢が崩れて横に倒れる。
「フィリア?どうし……」
「ダメ!!」
彼女が俺の背後に飛び出てそう叫んだ。それからすぐ何かが風を切る音がして彼女は小さく苦しそうな声を上げる。状況が掴めず振り返ると彼女の背中には一本の矢が刺さっていた。
そしてその後すぐ背後からガサゴソと誰かの足音が聞こえた。警戒してすぐに振り返ると俺を探しに来ていたらしい宰相が護衛を引き連れて立っていた。無意識に肩の力が抜けて何も言えなくなる。
「殿下、こんなところに……っ!……衛兵!すぐに矢を放ったものを捕らえよ!」
宰相がすぐに状況を把握し、そう指示を出す。それはすぐ近くで起きたことなのにその声はとても遠く聞こえた。目の前でフィリアが倒れている。血を流して、その痛みからか涙を流している。目の前の光景が理解できずにいた頭が少しずつ働いてくる。
どうして、こんなことになった?
俺が東屋なんかに一人で来ていたから。それに君を付き合わせていたから。俺が花を見に行こうと言ったから。俺が刺客の気配に気づけなかったから。俺が君の婚約者だったから。……俺が、君を好きになってしまったから。
「ごめん……っごめんなさい……」
気付けば溢れていた涙を袖で拭いながら意味もなく謝った。全て俺のせいだ。それだけは分かっていたから、無力で何もできない俺はただ謝り続けていた。ごめんなさい。ごめんなさい。今ここで俺の命を捨てたって構わないから、彼女のことだけは連れて行かないでほしい。彼女だけは……。
情けなく泣きじゃくっていると彼女の手が少しだけ動いて俺の方に伸びる。
「泣か……ないで……?私は、大丈夫……だから……」
苦しそうに目を細め、震える声でそう言った。辛いのは彼女の方なのに、痛くて苦しいのは彼女の方なのに、大丈夫なはずなんてないのに、彼女は俺を宥めるように微笑む。その姿があまりにも美しく、儚く、そして悲しくて胸が苦しくなった。
全ての感情が落ち着いた頃には俺は自分の部屋で座っていて、彼女はとっくの昔に王宮の一室で治療されていた。それからしばらくして彼女が目を覚ましたと聞いて我を忘れて彼女の部屋に向かった。ドアの前に立ち、ノックをしようと腕を持ち上げたとき、
「もうすぐルークベルト殿下がここに来るはずだからね」
そう公爵が言うと、彼女の声で信じられない言葉が聞こえたのだ。
「ルークベルトでんか?……お父様、誰のことをおっしゃっているのですか?」
「……あぁ、君は確かルーク様と呼んでいたんだったね」
「?……だから、誰のこと?」
彼女の何の悪意もない無垢なその声に目の前が真っ暗になった。ドアの向こうに入れるはずもなく、すぐに自分の部屋に戻った。
それから数日して、医者から彼女が命に別状はないものの傷がわずかに残ってしまったこと、そして俺に関する記憶だけが綺麗に消えてしまったのだということを聞いた。
これは罰だ。俺の危機感のなさが、考えの浅さが、身の程知らずの恋情が、彼女をこんな目に合わせた。だから彼女の世界から俺が削除されてしまったのだ。当たり前だ。傷つく資格などない。なのに、心に穴が空いたような感覚は消えず、全ての感情が失われてしまった。
その日は突然やってきた。
俺はいつも通り東屋で本を読みながら彼女が来るのを待っていた。そして本を4分の1ほど読み終えた頃に彼女はやって来た。
「ルーク様!今日は新しいお花を見つけました!」
彼女は春の日差しのような笑顔でそう言って自分の来た道を元気よく指差した。俺は気にしたことはなかったが、彼女はここに来るまでの様々な景色を目に留め、それを嬉しそうに報告してくれる。宝物を見つけたように輝くその目を見て俺は本を閉じ立ち上がった。
「では見に行ってみよう。案内してくれるか?」
「はい!」
小さな手が俺の手を取って前へ前へと引っ張ってくれる。その弱い力に従いながら歩いていくと確かに陽の当たらない花壇の端の方で今までは見たことがない花が咲いていた。青や紫の小さな花々がいくつかに固まって咲いている。あまり目立つ花ではないがなぜか心惹かれた。
「綺麗だ」
「はい!」
大きく頷いて微笑む彼女を眺めていると、穏やかな気持ちになった。そうして向き合いながら話をしているとなぜか急に彼女が目を見開いて俺の腕を引っ張った。予想外のことに姿勢が崩れて横に倒れる。
「フィリア?どうし……」
「ダメ!!」
彼女が俺の背後に飛び出てそう叫んだ。それからすぐ何かが風を切る音がして彼女は小さく苦しそうな声を上げる。状況が掴めず振り返ると彼女の背中には一本の矢が刺さっていた。
そしてその後すぐ背後からガサゴソと誰かの足音が聞こえた。警戒してすぐに振り返ると俺を探しに来ていたらしい宰相が護衛を引き連れて立っていた。無意識に肩の力が抜けて何も言えなくなる。
「殿下、こんなところに……っ!……衛兵!すぐに矢を放ったものを捕らえよ!」
宰相がすぐに状況を把握し、そう指示を出す。それはすぐ近くで起きたことなのにその声はとても遠く聞こえた。目の前でフィリアが倒れている。血を流して、その痛みからか涙を流している。目の前の光景が理解できずにいた頭が少しずつ働いてくる。
どうして、こんなことになった?
俺が東屋なんかに一人で来ていたから。それに君を付き合わせていたから。俺が花を見に行こうと言ったから。俺が刺客の気配に気づけなかったから。俺が君の婚約者だったから。……俺が、君を好きになってしまったから。
「ごめん……っごめんなさい……」
気付けば溢れていた涙を袖で拭いながら意味もなく謝った。全て俺のせいだ。それだけは分かっていたから、無力で何もできない俺はただ謝り続けていた。ごめんなさい。ごめんなさい。今ここで俺の命を捨てたって構わないから、彼女のことだけは連れて行かないでほしい。彼女だけは……。
情けなく泣きじゃくっていると彼女の手が少しだけ動いて俺の方に伸びる。
「泣か……ないで……?私は、大丈夫……だから……」
苦しそうに目を細め、震える声でそう言った。辛いのは彼女の方なのに、痛くて苦しいのは彼女の方なのに、大丈夫なはずなんてないのに、彼女は俺を宥めるように微笑む。その姿があまりにも美しく、儚く、そして悲しくて胸が苦しくなった。
全ての感情が落ち着いた頃には俺は自分の部屋で座っていて、彼女はとっくの昔に王宮の一室で治療されていた。それからしばらくして彼女が目を覚ましたと聞いて我を忘れて彼女の部屋に向かった。ドアの前に立ち、ノックをしようと腕を持ち上げたとき、
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「……あぁ、君は確かルーク様と呼んでいたんだったね」
「?……だから、誰のこと?」
彼女の何の悪意もない無垢なその声に目の前が真っ暗になった。ドアの向こうに入れるはずもなく、すぐに自分の部屋に戻った。
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これは罰だ。俺の危機感のなさが、考えの浅さが、身の程知らずの恋情が、彼女をこんな目に合わせた。だから彼女の世界から俺が削除されてしまったのだ。当たり前だ。傷つく資格などない。なのに、心に穴が空いたような感覚は消えず、全ての感情が失われてしまった。
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