魔の山300景綺譚

十二滝わたる

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白き道の旅人

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 百名山に数えられる有名な険しい山を目指したのは初めてのことだ。

 祖父母も両親も亡くし、血の繋がった身内が誰一人として居らず、田舎の親戚としきたりに従い、初七日だの四十九日だのと、一人で喪に服さなけれぼならないなどと吹きこまれ、夏の暑い日に外にも行かず、遊びも行かないず、鬱屈とした日々を過ごしていた僕は、誰のために、何のために、喪に服しているのか疑問を感じていた。

 どうせ、親戚だのと言っても、誰も本気僕のことなど心配してなどくれない。

 亡くなった祖父母や両親は、ひとりで家にこもり、大人しく、しおらしく、喪に服している僕を見て、どう思うのだろう。
 
 塞ぎこんでいる僕に対してありがとうと言うのだろうか。

 一人ぼっちになっても何の憂慮も感じないで、酒でも飲み、女の子と楽しく遊び、自由に生きている、元気な姿を見せるほうが、むしろ、喜んでくれるのではないか、そう思った。

 毎日仏壇にご先祖様をお参りし、お守りくださいご先祖様、と言いながら、お供えしている堅物の親戚や、古くさいしきたりを強制する村人の目を無視して、僕は近くに居る山好きの仲間達に頼んで、山頂近くの山小屋に一泊する登山のグループに一回だけ入れてもらうことにした。

 仏壇にご先祖様などいない、僕の愛する、そして僕を誰よりも愛してくれた祖父母や両親は、つねに僕の心の中にいつと一緒に居ると思った。
 僕は誰の言葉も誰の教えも信じない。僕は感じたままに考え行動する、そう思っていたではないか。書籍の知識は、そして思索は、ただの机上の空論だったのか。

 行動結果は、何も考えていない常識知らずの若造と同じものとなる。その違いを何で区別するのかなど知ったことではない。僕は僕の思索を行動に移す、そんな一歩を踏み出すこととした。

 山は険しかった。早朝から夕方まで一日中、胸先上がりの急勾配のつづら折りの狭く一定間隔ではない山道を、重い荷物を背負って歩かなくてはならなかった。

 重い荷物の中身は、頼んでもいない山の仲間の今回は登らない山仲間の、朝一番での差し入れだ。他にも有り難くない缶ビールも僕のザックに入ることになった。

 身軽な格好でも辛い山道は、山登り初心者の僕にはゴルゴダの苦難の道のりのように感じられた。

 やっと着いた山頂下の山小屋は、決して快適なものではなかった。食事は不味く、山小屋の従業員も一見さんお断り的な空気をわざと醸し出す。

 山小屋の夜は早い。辛い山登りから解放され、浮かれた気持ちを少しの酒で解放する時間もなかった。
「俺は、明日早いからよ、うるさいよ、はやく寝ろ」と、隣の親父は怒鳴ってきた。もっとも親父の主張は山では正論らしい。

 そして、朝。陽も昇らない真っ暗闇の中で、大きな物音をたて、懐中電灯をこうこうと照らしながら、俺朝早い親父は早々に出発して行った。
 「俺は、朝は弱いからよ、うるせーよ」の言葉は言ってはならないらしい。

 薄明かるくなってから、もぞもぞと起きて、身軽なまま、朝飯前に山頂を目指した。
 山頂からの眺めは、いまいちだった。飛行機の窓景色のほうがその鳥瞰では圧倒的に感激する。

 帰りの下り一辺倒の山道は、軽くなったザックのせいもあり快適だった。
 しかし、やはり来たときと同じように、無意味な下り坂を一日中かかり下りる。

 無意味な登りと無意味な下り。丸二日、無意味な行為。そんな感想を持った。僕は超俗物なのだろうか。

 下界に着いた。車で電話のある山あいの小さな雑貨屋まで行き、車を止めて、皆、早々に、思い思いに無事に下山したことを家族に電話で伝える。電話する声は弾んでいる。
 まるで、死の世界の彷徨から生還したかのような明るい声だ。

 僕は電話はしない。電話をして無事を知らせる家族など、誰も居ないのだから。
 僕にとって、山からの生還という意味など微塵もなかった。

 僕はまた、一人であの街の中に戻り、一人で生き、そして、あの街で、意味を求めて彷徨するのだ。

 
 

 

 
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