魔の山300景綺譚

十二滝わたる

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荒川夜景慕情

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 足長おじさんや白馬の王子様やSAURIの旦那様のように、誰かが待って手を差しのべてくれる日が必ずあるのだろうと小さな私は漠然と思っていた。

 会社が倒産し父が亡くなり、母も後を追うように亡くなり、幼い姉妹だけ取り残された時も、葬儀で優しい言葉をかけてくれた近所の人たちも親戚の人たちも、あんなに心配して真剣考えてくれたのだから、世の中にはまわり回ってきっとそうなると確信していた。

 姉が知らない街の知らない所に引き取られ、私は近くの施設に預けら、姉妹がバラバラになってしたっても、いつかまた、お父さんやお母さんのような人が代わりに現れ、あの時のように一緒に幸せに暮らせ日が来るものだと勝手に思い込んでいた。

 あれから待てども変化はない。私は施設から小学校へ、そして中学校へ、そして実業高校へと通い、その間、姉とは一度も会えず、変わらない日々と年月だけがいたずらに過ぎ去り、私はいつの間にか「おめでとう。元気でね。」と祝福され少しの仕度金を渡され施設をほうほうの程で追い出された。寮母は元気でねと私に声を発するやや否や、にこやかに次の施設に入る子を「よく来たね。」と迎え入れるので精一杯のようだ。

 親戚や近所の優しいおばさん達はどこにもいない。影から静かに私の成長を見守り続け「よくここまで頑張ったね。さあ、行こう。待ってたよ。」と迎えにくるはずのおじさんも王子様も旦那様もいるはずはない。

 もう大人だからとひとりで社会に放り出され私の回りには誰もいないんだとわかった。わかったのは突然一人になったことではない。施設に入ったときから、始めから一人だったことがわかったのだ。

 学校で習っただけの覚束ない技能と知識で、これから社会を、会社を、世間を一人で歩んでいかなくてはなはない。もう、帰る場所はない。

 借りた荒川の土手より低い場所に建つ安アパートの二階からは、遠くの副都心の高層ビルのネオンが誘惑するかのようにそして不安を煽るかのように瞬いている。

 空は垂れ込めた雨雲に覆われた漆黒の闇。小雨が降ってきた。ゆめを掴むにも最初から土台がいるのにその土台すら与えられない。

 ずっとこの空のように低く垂れ込めた雲の下を屈みながら歩き続けるのかなと想像する。

 足長おじさんの話をふと未練がましく思い出しながら、空は断末魔の声を上げ、まばゆい稲妻に切り裂かれる。
 
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