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第1部 エド・ホード
第1話 本当の両親
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森の声が聞こえる、とはじめて打ち明けた夜、エレンおばさんは僕に本当の両親について教えてくれた。
母さんはこの世界に僕を生み落とすのと引き換えに命を落とし、父さんはそんな母さんを取り戻そうとして、ずるがしこい悪魔に身体を取られた。
エレンおばさんが声をうわずらせてしゃべるあいだ、カタカタと窓を叩く北風が、雪に降られるモミの木が、僕のことを励まし続けた。
大丈夫、心配ない、僕は揺らめく暖炉の火を見ながらそう返事をした。そんなことはわかっていたのだ。つまりは僕の両親が、もうこの世界にいないことなんて。
ぜんぜん平気だったのに、エレンおばさんは僕がそうとう落ち込んでいると思ったらしく、寝る前のホットミルクに、上等なメイプルシロップをうんと溶かし入れてくれた。キャラメルのような甘味にとろけそうになって、
「これじゃあ虫歯になっちゃうよ」
と笑いながら言うと、エレンおばさんはあとで僕の部屋までやってきて、まだほんの小さな子にするみたいに、膝まくらで歯をみがいてくれた。
「……ねえ、エド」
洗面所で口をゆすぎ、あとは眠るだけになった僕の背中をなでながら、エレンおばさんがささやいた。
「あなたのお父さんとお母さんは、あなたのことが本当に大好きだったのよ」
うん、と僕は毛布のなかから返事をした。
「わかってる。ねえ、それより、エレンおばさんは?」
「かわいい子だね」
エレンおばさんは、大きなワッフルサンドを抱えるみたいに、毛布ごと僕を抱きしめた。
「私もエドが大好きだよ。ねえ、エド、だから一つだけ約束してくれる?」
「……何?」
なんとか返事をしたけれど、僕はもうかなりウトウトしていた。青と緑の波のような、暖かい春の風のような印象が、まぶたの裏に揺れて僕を包み込んでいく。
「森の声が聞こえるって、誰にも言ってはいけないよ」
どうして、と僕は訊き返した。でも、それは声にはならなかった。エレンおばさんの代わりに、いつもの優しい森の声が言う。
……おやすみ。……おやすみ。……おやすみ。
その晩は母さんの夢を見た。一度も顔を見たことがないのに(嘘だ。でも僕が母さんを見たとき、僕はまだ生まれたての赤ちゃんだった!)ひどく鮮明な夢だった。夢のなかの母さんは、すごく優しい人だった。僕らは赤い屋根の小さな家で、父さんの帰りを待っていた。
朝起きると泣いていて、でもすでに自分では、何が悲しいのかもわからなくなっていた。顔を洗ってキッチンへ行くと、いつものようにエレンおばさんが、朝ごはんを作っていた。目玉焼きに、ベーコンとキクイモの炒めもの、クレソンのサラダ。お祈りをしてからゆっくり食べると、僕は着替えて遊びに出かけた。
「森のなかには入っちゃダメよ」
エレンおばさんが、木のお皿を拭きながら振り返った。
はーい、と聞き流して、僕は森のほうへとかけていった。
母さんはこの世界に僕を生み落とすのと引き換えに命を落とし、父さんはそんな母さんを取り戻そうとして、ずるがしこい悪魔に身体を取られた。
エレンおばさんが声をうわずらせてしゃべるあいだ、カタカタと窓を叩く北風が、雪に降られるモミの木が、僕のことを励まし続けた。
大丈夫、心配ない、僕は揺らめく暖炉の火を見ながらそう返事をした。そんなことはわかっていたのだ。つまりは僕の両親が、もうこの世界にいないことなんて。
ぜんぜん平気だったのに、エレンおばさんは僕がそうとう落ち込んでいると思ったらしく、寝る前のホットミルクに、上等なメイプルシロップをうんと溶かし入れてくれた。キャラメルのような甘味にとろけそうになって、
「これじゃあ虫歯になっちゃうよ」
と笑いながら言うと、エレンおばさんはあとで僕の部屋までやってきて、まだほんの小さな子にするみたいに、膝まくらで歯をみがいてくれた。
「……ねえ、エド」
洗面所で口をゆすぎ、あとは眠るだけになった僕の背中をなでながら、エレンおばさんがささやいた。
「あなたのお父さんとお母さんは、あなたのことが本当に大好きだったのよ」
うん、と僕は毛布のなかから返事をした。
「わかってる。ねえ、それより、エレンおばさんは?」
「かわいい子だね」
エレンおばさんは、大きなワッフルサンドを抱えるみたいに、毛布ごと僕を抱きしめた。
「私もエドが大好きだよ。ねえ、エド、だから一つだけ約束してくれる?」
「……何?」
なんとか返事をしたけれど、僕はもうかなりウトウトしていた。青と緑の波のような、暖かい春の風のような印象が、まぶたの裏に揺れて僕を包み込んでいく。
「森の声が聞こえるって、誰にも言ってはいけないよ」
どうして、と僕は訊き返した。でも、それは声にはならなかった。エレンおばさんの代わりに、いつもの優しい森の声が言う。
……おやすみ。……おやすみ。……おやすみ。
その晩は母さんの夢を見た。一度も顔を見たことがないのに(嘘だ。でも僕が母さんを見たとき、僕はまだ生まれたての赤ちゃんだった!)ひどく鮮明な夢だった。夢のなかの母さんは、すごく優しい人だった。僕らは赤い屋根の小さな家で、父さんの帰りを待っていた。
朝起きると泣いていて、でもすでに自分では、何が悲しいのかもわからなくなっていた。顔を洗ってキッチンへ行くと、いつものようにエレンおばさんが、朝ごはんを作っていた。目玉焼きに、ベーコンとキクイモの炒めもの、クレソンのサラダ。お祈りをしてからゆっくり食べると、僕は着替えて遊びに出かけた。
「森のなかには入っちゃダメよ」
エレンおばさんが、木のお皿を拭きながら振り返った。
はーい、と聞き流して、僕は森のほうへとかけていった。
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