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第1部 エド・ホード
第12話 魔術者の街
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僕は竜の背中に乗って、夜空を東へ渡っていた。目覚めると上空にたくさんの星があって、ほんのつかの間、宇宙のまんなかに浮いているみたいだと思った。
「気がついたかい?」
茶色い髪をしたい色白のおにいさんが、太い手綱を引きながら言った。
「ここはどこですか?」
「さあ、空の上のどこかだね」
僕は体を起こして、巨大な竜の横腹から、遥かな下界を見下ろした。海のうえを飛んでいるのか、果てしない闇だけが広がっている。
「僕はラルフ・シーモア。ラベラーズ魔術大学の三年だよ。訊きたいことは山ほどあるだろうけど、まあ、あわてないで。ホテルについたら順に説明するから」
……魔術大学? ホテル?
僕は夢を見ているのかと思って、改めて周りを見渡した。竜はまるで馬車馬のように、大きな荷車を牽引している。人が乗っているのか、ぼんやり明かりが灯っていた。僕らの乗っている竜にはしっぽがなく、前にも後ろにも同じように顔がついていた。
「驚いたかい? 異界を行き交う奇竜だよ。君たちの世界では、いないことになってるのかな」
「普通の竜だって見たことないですよ」
はは、とラルフさんは笑った。
「そうだよね。普通の竜は、人間の前には現れない。こいつの場合は特別で、異世界間を跳び越えるのに、こうして力を貸してくれる」
僕はめまいを覚えはじめた。
「もう少し休むといいよ。どうやったのかはわからないけど、あのグングニルの槍を跳ね返したんだ。相当なアートを使ったはずだよ」
「アートってなんですか?」
前にテリーも言っていたのを思い出した。
「それも向こうで説明するよ」
ラルフさんの言葉尻に、僕はまた落ちるように眠ってしまった。
次に体を揺すられて目を覚ますと、下界には街が広がっていた。ガス燈の灯る水の都。街中に走る水路に明かりが映えて、一帯がこがね色に輝いていた。すぐ近くに海があって、爽やかに吹き抜けていく汐風に、ヤシの並木が揺れていた。
「さあ着いたぞ。ここが魔術者の街〝ウィッカ〟だ」
双頭の竜は、噴水の広場に降り立った。僕らを降ろすとまた馬車を引いて、ゆるい坂道を駆け下りていった。水色に照らし出された噴水は、階段に沿って細く伸びて、正面の大きなホテルへ続いていた。
「ようこそマリンタイムズへ」
僕はラルフさんに連れられて、大きなガラス扉から、豪華なロビーへ入っていった。ふかふかの絨毯に、熱帯の植物のうわった水盤、緑や紫のクッションの載ったソファ。ガラス張りのエレベーターに乗って、客室のエリアに歩いていく。
「エレベーターなんて、はじめて乗りましたよ」
「君のいた村はのどかな場所だったからね。でも、エレベーターは知ってるんだ?」
ラルフさんは、特に馬鹿にするでもなくそう言った。
「聞いたことくらいはありますよ。本で写真を見たこともあるし」
僕はリテアのことを思い出した。ラジオと電気ストーブを、魔法の道具と言って喜んでいたころのことを。
「この部屋を好きに使ってくれていいから」
ラルフさんは僕を、602号室に案内してくれた。広いシャワールームに、合わせ鏡の洗面所、ベッドは同じ方向に続けて寝返りが打てるほど大きかった。
「僕は真上の部屋にいるから。お腹が減ったら、冷蔵庫に食べ物も入ってるし」
ラルフさんは僕に電子レンジやポットの使い方を教えると、今日はもう遅いから、と言って部屋を出ていってしまった。
湯船にお湯をためるあいだ、僕はエレンおばさんのことを考えていた。今ごろ心配しているだろうか。あるいは死んだと思っているだろうか。ぐるぐると同じことを考えつつも、お風呂に入るとまた急に眠たくなって、早々に大きなベッドで眠ってしまった。
「気がついたかい?」
茶色い髪をしたい色白のおにいさんが、太い手綱を引きながら言った。
「ここはどこですか?」
「さあ、空の上のどこかだね」
僕は体を起こして、巨大な竜の横腹から、遥かな下界を見下ろした。海のうえを飛んでいるのか、果てしない闇だけが広がっている。
「僕はラルフ・シーモア。ラベラーズ魔術大学の三年だよ。訊きたいことは山ほどあるだろうけど、まあ、あわてないで。ホテルについたら順に説明するから」
……魔術大学? ホテル?
僕は夢を見ているのかと思って、改めて周りを見渡した。竜はまるで馬車馬のように、大きな荷車を牽引している。人が乗っているのか、ぼんやり明かりが灯っていた。僕らの乗っている竜にはしっぽがなく、前にも後ろにも同じように顔がついていた。
「驚いたかい? 異界を行き交う奇竜だよ。君たちの世界では、いないことになってるのかな」
「普通の竜だって見たことないですよ」
はは、とラルフさんは笑った。
「そうだよね。普通の竜は、人間の前には現れない。こいつの場合は特別で、異世界間を跳び越えるのに、こうして力を貸してくれる」
僕はめまいを覚えはじめた。
「もう少し休むといいよ。どうやったのかはわからないけど、あのグングニルの槍を跳ね返したんだ。相当なアートを使ったはずだよ」
「アートってなんですか?」
前にテリーも言っていたのを思い出した。
「それも向こうで説明するよ」
ラルフさんの言葉尻に、僕はまた落ちるように眠ってしまった。
次に体を揺すられて目を覚ますと、下界には街が広がっていた。ガス燈の灯る水の都。街中に走る水路に明かりが映えて、一帯がこがね色に輝いていた。すぐ近くに海があって、爽やかに吹き抜けていく汐風に、ヤシの並木が揺れていた。
「さあ着いたぞ。ここが魔術者の街〝ウィッカ〟だ」
双頭の竜は、噴水の広場に降り立った。僕らを降ろすとまた馬車を引いて、ゆるい坂道を駆け下りていった。水色に照らし出された噴水は、階段に沿って細く伸びて、正面の大きなホテルへ続いていた。
「ようこそマリンタイムズへ」
僕はラルフさんに連れられて、大きなガラス扉から、豪華なロビーへ入っていった。ふかふかの絨毯に、熱帯の植物のうわった水盤、緑や紫のクッションの載ったソファ。ガラス張りのエレベーターに乗って、客室のエリアに歩いていく。
「エレベーターなんて、はじめて乗りましたよ」
「君のいた村はのどかな場所だったからね。でも、エレベーターは知ってるんだ?」
ラルフさんは、特に馬鹿にするでもなくそう言った。
「聞いたことくらいはありますよ。本で写真を見たこともあるし」
僕はリテアのことを思い出した。ラジオと電気ストーブを、魔法の道具と言って喜んでいたころのことを。
「この部屋を好きに使ってくれていいから」
ラルフさんは僕を、602号室に案内してくれた。広いシャワールームに、合わせ鏡の洗面所、ベッドは同じ方向に続けて寝返りが打てるほど大きかった。
「僕は真上の部屋にいるから。お腹が減ったら、冷蔵庫に食べ物も入ってるし」
ラルフさんは僕に電子レンジやポットの使い方を教えると、今日はもう遅いから、と言って部屋を出ていってしまった。
湯船にお湯をためるあいだ、僕はエレンおばさんのことを考えていた。今ごろ心配しているだろうか。あるいは死んだと思っているだろうか。ぐるぐると同じことを考えつつも、お風呂に入るとまた急に眠たくなって、早々に大きなベッドで眠ってしまった。
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