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第1部 エド・ホード
第25話 龍との対決
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ベッドに戻っても、もう眠ることはできなかった。
カミラの気を引きたかったのだろうか、あるいはラルフさんへのお詫びのつもりだったのか――僕はエクスカリバーを探しに行くことを考えていた。
四大霊剣を集めてリテアを生き返らせようにも、まだフラガハラをカミラが持っているばかりだ。僕は死にたがっているのだろうか。たぶんそうだ。神の青白い火に情念を焼かれて、それでも生きていたと知りたいのだ。喜びに届かないから苦しみから、自分の人生の意味を感じたいのだ。
気がつくと、僕は着のみ着のままホテルを出ていた。電車はまだ動いていた。ただ帰りには終電を過ぎているだろう。僕は人気のない電車に揺られて大学へ行き、ゴミ捨て場の袋を漁った。が、どこを探しても魔法円は見つからなかった。もしあったところで、僕が飛竜の召喚をできるとも思えなかったが。
僕は大学の構内を出て、繁華街の裏通りを歩いた。薄暗いバー、ネオンに彩られた高いビル。街灯のない駐車場で、派手なファッションの男女がたむろしていた。血ばしった目で大声をあげて、鼻から虹色の粉を吹き出している。
「洞窟へ行きたいんですけど」と声をかけてみると、
「なんだこのガキは!」
金切り声で叫ばれ、爆笑された。
「移動するにも足がなくて」
「そんならなあ、空原にハサミつっこみゃいいんだよ」
彼らは思いのほか気のいい人たちだった。緑の髪にサングラスのお兄さんが、過去の武勇伝をまじえながら、空飛ぶバイクの盗み方を教えてくれた。ハサミを持っていない、と言うと、仲間のひとりがナイフをくれた。お礼を言って別れるころには、僕らはすっかり親しくなっていた。
「本当に洞窟に行くのか?」
緑の髪のお兄さんが言った。
僕は曖昧に笑うと、もう一度お礼を言って駅へ戻った。
駐輪場で適当な空原を選び、キーの代わりにナイフを刺して思い切り回す。何かが砕ける嫌な音がしたが、エンジンは見事な唸りをあげてかかった。
「本当に行くのかい?」
不意にテリーが現れて、怖がるように体をかしげた。
僕が頷いて空原にまたがると、
「協力しようよ。きっとエドには必要なことだから」
エルクが現れてテリーをなだめた。
「ラグザバール」
僕は姿を消して空にあがった。てっきり助走がいるのかと思ったが、バイクは気球のようにふわりと地を離れ、ハンドルを切ると猛スピードで旋回した。体重移動で三六〇度、自在に向きを変えられる。最初はかなり手こずったけれど、慣れればこれほど気持ちのいいものはなかった。
「エドは意外と大胆だなー」
エルクは僕の肩につかまって笑った。
「やけになってるだけだよ」
テリーは後ろで泥よけにしがみついていた。「僕はやっぱり竜のほうが好きだ!」
洞窟へは無事にたどりついた。が、僕はそこでカミラの地図を持ってきていないことに気づいた。とりあえずエルクの力で入口を照らす。と、まだ真新しい足跡がいくつも残っているのが見えた。
「どうやら先客がいるみたいだね」エルクが順に奥を照らして言う。
「悪いけどもう姿は消せないよ」
僕は頷いて洞窟の奥へと進んだ。連なる足跡はまっすぐと、正解のルートを歩んでいるようだった。いったい誰が来ているのだろうか。カミラのほかにも魔術界には、こんな芸当ができる人であふれているのか。罠が仕掛けられていることもなく、僕はなんなくエクスカリバーのありかまで行くことができた。
霊剣の周りには、黒い服を着た大人たちの姿があった。一人が引き抜こうとしているのか両手で剣を握り、あとの数人が輪になって、何やら呪文を唱えている。
――ニバル派の連中だよ。
エルクが僕に語りかける。
「……何をしてるのかな?」
――しーっ!
テリーが僕を制したが、
「……誰だ!」
黒服の男たちはこちらを振り返った。
「テリー、姿を!」
――ダメだ、対策魔術が敷かれてる!
――エド、危ない!
いちばん背の高い男が両手を合わせ、空気を打ち起こすように宙から光の大弓を取り出した。と、次の瞬間、光の矢が文字通り光速で飛んできた。
――妖精王の鎧!
エルクがとっさにバリアを張る。が、甲高い音とともに一撃で砕け散ってしまった。
――伏せて!
エルクの声に動こうとするが――懐中電灯の光をよけるほどの猶予しかない――僕は死を覚悟した。頭のなかで、いくつものイメージが明滅する。走馬灯なんて優雅なものではない。父さんの声、母さんの匂い、リテアの温もり、カミラの笑顔……それらがひとつの印象となって、僕の胸を内側から突き破ろうとした。渇く、痛い、寂しい、憎い……。誰かに抱きしめてほしかった。けれど僕には誰もいない。みんないなくなってしまうのだ!
「……馬鹿な」
「逃げろ! 青龍が目覚めた!」
「なぜだ……」
「完全に封じ込めたはずだろう」
光の矢は僕の胸を突き通す直前に、青白い火に焼かれて塵になった。まばゆい光に目をつぶされ、視界は白く飛んだあとに闇に呑まれる。不安。恐怖。焦り。怒り……。青龍の咆哮がこだまする。魔術者たちの断末魔が聞こえる。熱い。苦しい。哀しい。憎い……。
――誰が憎い?
暗い洞窟に低い声が響いた。バリアム公爵? いや、人よりもっと邪悪な何かだ。
――お前は誰を憎んでいる? 誰がお前をそうさせた?
「父さんだ」
僕は呟いた。闇のなかに青白い火がともって、一人の男の姿が浮かびあがる。正体は考えるまでもなかった。僕によく似た眼をしている。この人のせいで、僕は母さんといられなかった。
「……エド、話を聞いてくれ」
「なぜ母さんと僕を見捨てた!」
――お前の母親は、お前自身が殺したんだろう?
「でも父さんは生き返さなかった! おまけに僕も捨てた!」
「……エド、聞いてくれ」
僕は逃げない。もう逃げない。ひとりきりでも、誰もそばにいなくても……、その孤独を手なずける。僕は父さんのように逃げたりはしない。僕はこの人を越えなければいけない。
――そうだ! 殺れ!
「エド、聞くんだ!」
僕は龍の炎を逆巻かせ、父さんの像を焼き尽くした。苦しい。痛い……。まるで魂が割れるように。
――叫べ、青龍の名は!
「シェン・ルー・アザエル」
僕が――誰かが――叫ぶと視界は戻り、青龍は地面に身を伏せて、燃え尽きるように剣の姿に戻った。もう周りには誰もいない。僕が両手を添えてひっぱると、剣は拍子抜けするほど軽々と抜けた。
エルクやテリーの姿もない。
もう誰の声も聞こえなかった。
カミラの気を引きたかったのだろうか、あるいはラルフさんへのお詫びのつもりだったのか――僕はエクスカリバーを探しに行くことを考えていた。
四大霊剣を集めてリテアを生き返らせようにも、まだフラガハラをカミラが持っているばかりだ。僕は死にたがっているのだろうか。たぶんそうだ。神の青白い火に情念を焼かれて、それでも生きていたと知りたいのだ。喜びに届かないから苦しみから、自分の人生の意味を感じたいのだ。
気がつくと、僕は着のみ着のままホテルを出ていた。電車はまだ動いていた。ただ帰りには終電を過ぎているだろう。僕は人気のない電車に揺られて大学へ行き、ゴミ捨て場の袋を漁った。が、どこを探しても魔法円は見つからなかった。もしあったところで、僕が飛竜の召喚をできるとも思えなかったが。
僕は大学の構内を出て、繁華街の裏通りを歩いた。薄暗いバー、ネオンに彩られた高いビル。街灯のない駐車場で、派手なファッションの男女がたむろしていた。血ばしった目で大声をあげて、鼻から虹色の粉を吹き出している。
「洞窟へ行きたいんですけど」と声をかけてみると、
「なんだこのガキは!」
金切り声で叫ばれ、爆笑された。
「移動するにも足がなくて」
「そんならなあ、空原にハサミつっこみゃいいんだよ」
彼らは思いのほか気のいい人たちだった。緑の髪にサングラスのお兄さんが、過去の武勇伝をまじえながら、空飛ぶバイクの盗み方を教えてくれた。ハサミを持っていない、と言うと、仲間のひとりがナイフをくれた。お礼を言って別れるころには、僕らはすっかり親しくなっていた。
「本当に洞窟に行くのか?」
緑の髪のお兄さんが言った。
僕は曖昧に笑うと、もう一度お礼を言って駅へ戻った。
駐輪場で適当な空原を選び、キーの代わりにナイフを刺して思い切り回す。何かが砕ける嫌な音がしたが、エンジンは見事な唸りをあげてかかった。
「本当に行くのかい?」
不意にテリーが現れて、怖がるように体をかしげた。
僕が頷いて空原にまたがると、
「協力しようよ。きっとエドには必要なことだから」
エルクが現れてテリーをなだめた。
「ラグザバール」
僕は姿を消して空にあがった。てっきり助走がいるのかと思ったが、バイクは気球のようにふわりと地を離れ、ハンドルを切ると猛スピードで旋回した。体重移動で三六〇度、自在に向きを変えられる。最初はかなり手こずったけれど、慣れればこれほど気持ちのいいものはなかった。
「エドは意外と大胆だなー」
エルクは僕の肩につかまって笑った。
「やけになってるだけだよ」
テリーは後ろで泥よけにしがみついていた。「僕はやっぱり竜のほうが好きだ!」
洞窟へは無事にたどりついた。が、僕はそこでカミラの地図を持ってきていないことに気づいた。とりあえずエルクの力で入口を照らす。と、まだ真新しい足跡がいくつも残っているのが見えた。
「どうやら先客がいるみたいだね」エルクが順に奥を照らして言う。
「悪いけどもう姿は消せないよ」
僕は頷いて洞窟の奥へと進んだ。連なる足跡はまっすぐと、正解のルートを歩んでいるようだった。いったい誰が来ているのだろうか。カミラのほかにも魔術界には、こんな芸当ができる人であふれているのか。罠が仕掛けられていることもなく、僕はなんなくエクスカリバーのありかまで行くことができた。
霊剣の周りには、黒い服を着た大人たちの姿があった。一人が引き抜こうとしているのか両手で剣を握り、あとの数人が輪になって、何やら呪文を唱えている。
――ニバル派の連中だよ。
エルクが僕に語りかける。
「……何をしてるのかな?」
――しーっ!
テリーが僕を制したが、
「……誰だ!」
黒服の男たちはこちらを振り返った。
「テリー、姿を!」
――ダメだ、対策魔術が敷かれてる!
――エド、危ない!
いちばん背の高い男が両手を合わせ、空気を打ち起こすように宙から光の大弓を取り出した。と、次の瞬間、光の矢が文字通り光速で飛んできた。
――妖精王の鎧!
エルクがとっさにバリアを張る。が、甲高い音とともに一撃で砕け散ってしまった。
――伏せて!
エルクの声に動こうとするが――懐中電灯の光をよけるほどの猶予しかない――僕は死を覚悟した。頭のなかで、いくつものイメージが明滅する。走馬灯なんて優雅なものではない。父さんの声、母さんの匂い、リテアの温もり、カミラの笑顔……それらがひとつの印象となって、僕の胸を内側から突き破ろうとした。渇く、痛い、寂しい、憎い……。誰かに抱きしめてほしかった。けれど僕には誰もいない。みんないなくなってしまうのだ!
「……馬鹿な」
「逃げろ! 青龍が目覚めた!」
「なぜだ……」
「完全に封じ込めたはずだろう」
光の矢は僕の胸を突き通す直前に、青白い火に焼かれて塵になった。まばゆい光に目をつぶされ、視界は白く飛んだあとに闇に呑まれる。不安。恐怖。焦り。怒り……。青龍の咆哮がこだまする。魔術者たちの断末魔が聞こえる。熱い。苦しい。哀しい。憎い……。
――誰が憎い?
暗い洞窟に低い声が響いた。バリアム公爵? いや、人よりもっと邪悪な何かだ。
――お前は誰を憎んでいる? 誰がお前をそうさせた?
「父さんだ」
僕は呟いた。闇のなかに青白い火がともって、一人の男の姿が浮かびあがる。正体は考えるまでもなかった。僕によく似た眼をしている。この人のせいで、僕は母さんといられなかった。
「……エド、話を聞いてくれ」
「なぜ母さんと僕を見捨てた!」
――お前の母親は、お前自身が殺したんだろう?
「でも父さんは生き返さなかった! おまけに僕も捨てた!」
「……エド、聞いてくれ」
僕は逃げない。もう逃げない。ひとりきりでも、誰もそばにいなくても……、その孤独を手なずける。僕は父さんのように逃げたりはしない。僕はこの人を越えなければいけない。
――そうだ! 殺れ!
「エド、聞くんだ!」
僕は龍の炎を逆巻かせ、父さんの像を焼き尽くした。苦しい。痛い……。まるで魂が割れるように。
――叫べ、青龍の名は!
「シェン・ルー・アザエル」
僕が――誰かが――叫ぶと視界は戻り、青龍は地面に身を伏せて、燃え尽きるように剣の姿に戻った。もう周りには誰もいない。僕が両手を添えてひっぱると、剣は拍子抜けするほど軽々と抜けた。
エルクやテリーの姿もない。
もう誰の声も聞こえなかった。
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