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第1部 エド・ホード
第24話 すれちがい
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ホテルに帰ると姿を消して、カミラの部屋を訪ねていった。ノックをするがはやいか僕が名乗る前に、彼女ははしゃいだ様子で飛び出してきた。レース使いの紺色のドレス。地肌の透けた肩口と、薄いストッキングが妙に大人っぽかった。
「誘ってもらえるとは思わなかったから、頑張ってかわいくしたんですよ?」
カミラはどうやら、僕をラルフさんと勘違いしているらしかった。魔法を解いて姿を見せると、彼女はハッとした表情をうかべたあとで、取りなすように僕に言った。
「……エドは参加できないと思ったから」
「いいんだよ」
と僕は言った。再び姿を消して踵を返す。
「待って」
カミラは細い声で呼び止めて、僕に向かって手を伸ばした。が、僕はその手を取らなかった。
部屋へ戻る途中の廊下で、スーツ姿のラルフさんとすれ違った。当然、向こうは気づいていなかった。何かの魔術を使っているのか、絨毯に影が映っていないように見えた。
僕は部屋に戻るとベッドに座って、父さんのことを考えた。父さんは狂っていたのだろうか。あるいは悪人だったのだろうか。もし母さんを生き返らせてくれていたら、僕はこんな惨めな思いをすることもなかったはずだ。母さんも、リテアも――そしてたぶんカミラも――僕の前から消えてしまう。あるいはそれは父さんが僕にかけた、たちの悪い呪いなのかもしれなかった。
母さんは僕を愛していたのか。父さんは母さんを、そして僕を愛していたのか。浅い眠りのなかでうつらうつらと、そんなことを考えていた。頭のなかでぐるりぐるりと声が回って、まるで言葉の波打つ遠浅の海で、溺れかけているような心地だった。
とんとん、とドアがノックされる。魚眼レンズから廊下を覗くと、そこにはカミラが立っていた。パーティーはもう終わったのだろうか。あるいは途中で抜けてきたのか。にわかに浮きたつ思いでドアを開けようとしたが、僕はその直前であることに気づいた。カミラはストッキングをはいていなかった。入念にセットされていたはずの髪も、少し乱れているように見える。ただそれだけのことだったのに、悪い想像が頭を駆け巡って、僕はドアを開けることができなかった。
「頭が痛いんだ」
僕は扉越しに低い声で言った。そう、と小さな声が返ってくる。
「じゃあ、また明日ね」
カミラはそう言うと去っていった。
「誘ってもらえるとは思わなかったから、頑張ってかわいくしたんですよ?」
カミラはどうやら、僕をラルフさんと勘違いしているらしかった。魔法を解いて姿を見せると、彼女はハッとした表情をうかべたあとで、取りなすように僕に言った。
「……エドは参加できないと思ったから」
「いいんだよ」
と僕は言った。再び姿を消して踵を返す。
「待って」
カミラは細い声で呼び止めて、僕に向かって手を伸ばした。が、僕はその手を取らなかった。
部屋へ戻る途中の廊下で、スーツ姿のラルフさんとすれ違った。当然、向こうは気づいていなかった。何かの魔術を使っているのか、絨毯に影が映っていないように見えた。
僕は部屋に戻るとベッドに座って、父さんのことを考えた。父さんは狂っていたのだろうか。あるいは悪人だったのだろうか。もし母さんを生き返らせてくれていたら、僕はこんな惨めな思いをすることもなかったはずだ。母さんも、リテアも――そしてたぶんカミラも――僕の前から消えてしまう。あるいはそれは父さんが僕にかけた、たちの悪い呪いなのかもしれなかった。
母さんは僕を愛していたのか。父さんは母さんを、そして僕を愛していたのか。浅い眠りのなかでうつらうつらと、そんなことを考えていた。頭のなかでぐるりぐるりと声が回って、まるで言葉の波打つ遠浅の海で、溺れかけているような心地だった。
とんとん、とドアがノックされる。魚眼レンズから廊下を覗くと、そこにはカミラが立っていた。パーティーはもう終わったのだろうか。あるいは途中で抜けてきたのか。にわかに浮きたつ思いでドアを開けようとしたが、僕はその直前であることに気づいた。カミラはストッキングをはいていなかった。入念にセットされていたはずの髪も、少し乱れているように見える。ただそれだけのことだったのに、悪い想像が頭を駆け巡って、僕はドアを開けることができなかった。
「頭が痛いんだ」
僕は扉越しに低い声で言った。そう、と小さな声が返ってくる。
「じゃあ、また明日ね」
カミラはそう言うと去っていった。
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