いきなり「神子様」なんて呼ばれても

いちる

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「箸より重い物持ったこと無いのに」
母さんが生きてた頃よくそんなことを言っては1人でくすくす笑っていた。
沢山の買い物をしたときとか部屋の模様替えで大きな荷物運んだときとか。
小さい頃は意味がわからなかったけど、今ならわかる。
箸より重い物を持たなくても生きていけるような深窓のご令嬢だったって言いたかったわけだ。
もちろん冗談なんだけど。

ただ、母さん。
俺、今、リアル『深窓のご令息』だよ。


医師団で治癒の手伝いを初めてもうそろそろ一週間と言うところ。
今は午前中は神殿で重症者の、午後は治療院で軍部団のけが人の治療の手伝いをしている。
異世界物の話で神子や聖女の治療が受けられるのは貴族や金持ちだけ…みたいな設定があったりするけど、ここの神殿はそういう貧富の差をつけることは無く、お金持ちでも庶民でも重症者から治療をする。
ただ、庶民はこの神殿に来ることができない人も多いのでそういう点ではやはりここに来る事ができるってことで差はつくのかと思う。
神殿まで来れないなら俺が行けば良いんじゃ無い?
さっきは小さい子を持つ母親だったと神官様が言っていた。
付き添いの旦那さんが泣いて喜んで俺に抱きつかんばかりに感謝をしてくれた。
俺みたいな子を増やさなくて良かったと俺はしみじみ思ったんだ。
だから、そういう人だってここに来るより自分の街や村で待てるならその方がいいんじゃないのかなあ。
子を産んで落ち着いたらそういうこともできないか、神官長様に聞いてみようかな…

で、お昼は王様と一緒。
もちろん俺はカトラリーを持たせられることも無く。
ねえ、母さん。
俺、箸すら持ってないんだけど。


リユイが俺に食事をさせるときは本当に俺にだけ食べさせる。
自分は食べてきているのか、後で食べるのかよくわからないけれど、俺と一緒に食事はしない。
けど王様はもちろん執務の合間の休憩を俺に費やしているんだから自分も食べながら俺に食べさせる。
これがおいしいから神子も食べろ、と俺の口元に運ぶ。

「王様?」
一週間も一緒に食事をしていれば少しは慣れる。
「なんだ?」
なんとなく聞きたかったけど聞きにくいと思っていたことも聞けるようになった。
「王様は元々女性が好きなんですよね。俺が召喚されたときどう思ったんですか?」
「ん?」
王様はつまらないこと聞くなあという顔をして、オレンジに似た食べ物を俺に食べさせる。
「『神子』が召喚されるのはわかっていたから、どう思うということもなかったが。愛らしい若者だったのでこれは僥倖と思ったが」
ああ、そうか。
胎の実が成ったから『神子』であるのは承知していたのか。
「でも、女性の方が良くないですか?」
「そうか?聖女であれば、フランの心が乱れただろうから、神子で良かったと思ったが。そもそも聖女であればフランと結婚は出来なかっただろうし」
フランは正妃様のお名前。
…そうか、正妃様にしてみたら聖女だったら完全なる嫉妬対象だもんな。
『神子』ならば本当にただの『生むだけ』の役割しかないし。
「そっか」

「神子殿こそ、よく子を産むことを承諾してくれた」
「…承諾って…断る選択肢ありました?」
王様は一瞬考えて、にやりと笑った。
「なかったな」
「ですよね」
自殺未遂三回は形を変えていても王様の耳には入っているので、『死ぬほどいやだったんだな』と思ってくれてはいそうだけど、結論死なないのでそんな抗議はきかないわけで。
バカだなーとか思ってるんだろうな…

「神子はまだ帰りたいか」
ほら、とピルシェを口元に持ってこられ、俺はあーんと口を開けた。
甘い甘い蜜を滴らせるピルシェは少しだけ俺を饒舌にする。
「もちろんです。俺、元の世界では医者になりたかったんです。せっかくなるための学校に合格したのに。だから帰ったらもう一度勉強し直しです」
「…ここにいても同じ事ができるだろう?いや、同じ事よりもっとすごいかもしれないな。神子が失敗することは無いんだから、必ず治せる」
王様はそれが良いとばかりに頷く。
俺もそれは魅力的なんだけど。
午前中もなんだか同じようなこと考えていたし。
正直、気持ちは揺らいでいる。
ここにいれば沢山の人を救うことができるし、なによりリユイと…

あ。
今何考えた。
俺。

最近リユイから行われる『診察』を思い出して俺は顔を赤くした。
王様が不思議そうに俺をみる。
「どうかしたか?」
「いえ、ここにいたら俺、箸さえも持たない一生を送れそうですし」
「ハシ?」
「俺の世界のフォークみたいな物です…」
ナイフも兼ねるけどね。
「とにかく神子、ここ止まることも少しは考えておくれ」
「はあ…」
王様はフォークをお皿に置くと膝にぎゅっと堅くしておいていた俺の手を取った。
ちゅっと手の甲にキスを落とす。

何日か前から、王様からのスキンシップが増えましてね。
多分なんだけど、めしべがおしべを呼んでいるというか、リユイの『診察』も効果を出して、蕾が随分開いてきたので、なんか、こう、俺からそういうフェロモンが出てるんだと思うんだよね…
だって、最初より随分と王様が俺を見る目が艶っぽくてさ。

きゅっと腰を引き寄せられて抱き込むように回された手で、下っ腹…要は紋を撫でられる。
「おう…様…」
『胎』は王様を覚えているのか、服越しでも触られると嬉しそうに甘い熱を灯す。
それは口の中のピルシェみたいに油断をするとすぐにぐずぐずに溶けてしまいそうになる。

「あと十日くらいで花は完全に開くと大神官が言っていた。花が開いたらすぐに儀式を行う」
「は…い」
「神子、私はそなたが神子で良かったと思っている」
「え?」
「さっきの質問の答えだ」

ああ、女性がいいんじゃないかってきいたこと、か。

「神子こそ…」
王様が何か言いかけたが、最後まで言う前にノックの音が聞こえ返事を待たずにドアが開いた。
宰相様のお迎えのようだ。
「短い逢瀬で恐縮ですが、午後の会議が始まります」
「…私が行かなければ始まらないのだ。待たせておけばよい」
王様は俺を抱きしめたまま宰相様に言い返す。
「その後も予定は目白押しです。さっさと行きますよ。神子様も午後のお勤めがございますから、迷惑おかけしないように」
「はあ、私が神子と過ごせる唯一の時間なのに」
王様は俺から離れ際、ちゅっと俺のつむじに唇を落とした。

「仕方ない、神子殿。また明日」
「はい、王様」
名残惜しそうに王様は部屋を出て行こうとするが、不意に立ち止まり振り向いた。
「ああ、そうだ。神子殿あまり軍部の者達に優しくしなくてもよいぞ」
「え?」
「そなたの親衛隊ができているそうだ」
「…なんでしょう?それ」
「怪我をする順番を決めたりしているそうだ」
「?気をつけます」
よくわからないけれど俺はぺこりと頭を下げて宰相様に手を引っ張られて出て行く王様の背中を見送った。



「はい、多分治ったと思うんですけど」
患者さんの裂傷を負っていた腕を数回撫でると傷は塞がった。
訓練は木刀だからすぱんと切れているというより、潰されているような傷だった。
今はまだ跡はあるけど、数日で消えるだろう。
患者さんはグーパーと手を動かすと、「ありがとうございます」と俺に頭を下げた。
顔をあげて俺と目のあった途端、20代半ば位に見える軍人さんはぽやっと頬を赤らめる。
「気をつけてくださいね…って訓練だから仕方ないですよね」
「神子様からお優しい言葉をかけてもらえるなら、こんな怪我くらい何回でもいいです」
俺の手をとってぶんぶんと豪快に握手をしてくる。
リユイがその腕を掴んだ。
「そろそろ帰ってください。貴方で最後ですから。神子様もお疲れですよ」
地獄の底から響いているのかと思うほどの冷たい声でリユイが言うと、その軍人さんは引きつった笑みを浮かべ俺の手を離した。
「また来ます。神子様」
「いえ、ここに来るというのは怪我をしたってことですので、できればもうご訪問の無いことを祈ります」
俺はにっこりと微笑むとお辞儀をした。
軍人さんはなんだかよろめきながら、リユイに追い出されるように帰って行った。
「そういえば王様が軍部に俺の親衛隊ができたとかなんとか言ってたけど」
「そうですね。みなが貴方に抜け駆けしないように牽制し合っているというか」
「…俺、男だけど恋愛対象になり得る?」
同性間の恋愛や婚姻は許されるのかな?
「子を残す必要のある家柄ならまあ男女が望ましいですが…そもそも軍部団など男女比が8対2位ですから男性同士の恋愛も普通です。逆に医師団の看護部は女性が多いので女性同士も多いですね。神子様などは非常に危険なお立場かと思います」

…そうなのかあ

思わず棒読みのセリフを心の中で呟く。

「神子様は今は胎の実のせいで若干中性的になられていらっしゃいますから、またあいつらにしてみれば一段と魅力的に映っている事かと」

胎の実のせいじゃなく、あなたの夜毎の『診察』のせいだと思いますけど…
王様もなんだかそんな感じだし。

「軍人に優しさなど不要です。つけあがりますから」

医師団と軍部団は仲良くないんだろうか…
冷たいリユイの言い方に俺は苦笑いした。

「そうだ、リユイ、俺、治癒以外の魔法は使えない?」
「ああ、そうですね。神子様の生活には必要ないので説明してませんでしたね」

せっかく剣と魔法と竜の国にいるんだから(竜がいるかは知らないけど)他の魔法も使えるなら使ってみたいなあと思って。

「基本的には使えますよ。やって見ますか?」
「うん!」
「では」

リユイは考えて部屋の隅に置いてあったランプを持って来た。
夕方近いけどまだランプが必要な時間ではないから灯ははいってない。

「中には魔石が入っています。これに魔力を送ると灯りが灯ります。魔石は魔力を継続させる役割があるのでランプや料理をする時につかいますね。なので例えば攻撃魔法として使う時は魔石は使いません」
「へえ」
「治癒と同じですよ。やってみますか?」
「『点け』とかでいい?」
「そうですね」
ランプに手をかざす。
かざす必要はないかもしれないけど、目標物を定めるのに、俺には意味がある。

「点け」

手のひらが暖かくなってランプの中の魔石に俺の一部が移動した感じがした。
ふわりと灯りが灯る。
まだ周りが明るいからわかりにくいけれど。

「点いた!」
思わず手を叩いて喜び、リユイを見ると
「そうです。お上手ですね」
リユイが薄く笑った。

リユイが笑うと俺も嬉しくなる。
最初に会った…というか、見た時は無表情で俺を見ていた気がするけど、今はことあるごとに少しでも笑ってくれるのが嬉しい。
元々そう感情を表に出さない人なんだろうとは思うけど。

「『消えろ』で消えるよね?」
「ええ、試してみてください」
「消えろ」

ふっと明かりは消えた。

「お上手です」

でもリユイの笑顔は灯ったみたいだった。
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