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第十章 星降る夜の騒乱

第2話 チャラ男は駄目

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 星降祭の会場は敷地内に建てられている迎賓館だ。
 普段は魔法教会からの視察や他国の賓客をもてなすために使用されるが、年に一度、星降祭の日のみ生徒に開放されるらしい。受付を済ませてホールに入ると、会場内は色とりどりのドレスやスーツを身につけた生徒たちで埋め尽くされていた。
 ホールの中心はダンスがあるので広く開いているが、壁際や奥のサロンには食事や飲み物が用意されている。

 時間ぴったりに星降祭実行委員会の委員長が司会をとり、ゴラーナ学院長先生のあいさつ。その後、八百年の長きに渡って魔王に殺されてきた数えきれない人々への黙祷を捧げる。
 そうして流れはじめた音楽のなか、まずは三、四回生の監督生が男女一人ずつ計八組、ホールの中心に躍り出た。

「プリンスはリシとペアなのか……」

 隣に立っているトラクがつぶやく。

 その言葉通り、ホワイトリリー寮三回生監督生の兄貴は、ダリアヴェルナ寮三回生監督生のリシ・フィオーレ嬢の腰を抱いていた。深紅のドレスに身を包んだリシ嬢は格好良くも美しい。一方の兄貴は普段通りの人畜無害なイケメンっぷりを全面に醸し出していた。
 うおおおさすが美男美女……作画コスト高いやつ……。

 一曲目はセレモニー的要素が高いので、踊る顔触れが決まっている。
 四組一グループがスクエアになって、パートナーが入れ替わったりくるくる回ったりしはじめた。さすがというか、八組十六名、全員のダンスが堂に入っている。

「はあぁぁぁ……」
「プリンスとお姉さまのペア尊い……」
「結婚してほしい……」
「だめよ、あのお二人にはそれぞれ婚約者がいらっしゃるのよ……」

 周囲からなんか色々な声が聴こえてきた。
 ちらと横を見ると、エウも菫色の眸をきらきら輝かせて兄貴たちのダンスを見ていた。絶賛微妙な仲である俺の隣で強張っていた表情もだいぶほぐれてきたようだ。

 リディアを泣かせて指輪を覚醒させるという性格の悪い作戦を思いついた際、当然のことながら俺は、いかにエウフェーミアをこの悪行に巻き込まないかを考えた。
 だから今度はこちらからエウを避ける羽目になったわけだが、こんなふうに超絶気まずそうな顔をされるとさすがに申し訳なくなってくる。かわいそうなことをした。


 ……嫌われたかな。
「ニコとの婚約を解消したい」とか、言われたらどうしよ。


 ……どうしよも何も、出会ったその日にそういう約束をしたのは俺だけどさ。


 曲が終わると、慣れた様子の上回生たちはホールの中心に踊り出た。すぐに次のワルツが始まって、人波が動き始める。
 バルバディアの星降祭が初めての一回生、特に一般家庭から進学してきたような生徒たちが右往左往するなか、俺やデイジーたちは無難に輪に入っていった。

「行こうか」

 ちいさな手を左手で握り、細い肩甲骨の下あたりに右手を添える。
 慣れない一回生が周りにぶつかりまくっていたが、それもまた名物らしく、上回生からは温かい視線が注がれた。俺たちも、子どもの頃はあんなもんだったな。

 ゆったりと体を揺らしながら、何も考えずに足を動かす。
 エウは俺の胸元をじっと見つめたまま無心でついてきているようだった。

 曲が中盤に差し掛かったあたりで、エウは意を決したように唇を開いた。

「あのね、ニコ」

 銀色の睫毛が震える。俺を見上げた菫色の双眸は、僅かに潤んでいた。

 ……え、なに、ここで婚約解消のお知らせ?
 待って、そういえば最近は魔王のことばっかり考えてたから心の準備ができてない。俺に愛想尽かしたのかそれとも好きな男ができたのか、イヤどっちにしろちょっとショックかも。誰だうちの可愛いエウフェーミアを誑かしたやつは──ってそうじゃなくてだな。

 ど、どどどどどどうする!?

「つ、次の曲なんだけど」
「言っとくけどチャラ男は駄目だからな!」
「…………はい?」

 エウはきょとんと眼を丸くした。
 俺はほとんど無意識にダンスのど真ん中で脚を止め、エウの手を握りしめる。当然色んなペアに体当たりされたので、慌てたエウに壁際へと連れ出された。

「あの、ニコ? ちゃらお……?」

「確かにエウに好きな男ができたら婚約解消って約束だったけど、俺は一応小父さんからおまえのこと頼まれた身でもあるからして、軟派な男だったら許さねえからな!?」

「ニコ、あの、とりあえず喋り方が……」

「…………ハッ」

 ぺち、と手を口に当てるがまあ遅い遅い。
 幸いみんなダンスやお喋りに夢中で、俺の下町悪ガキモードなどに注目する暇はない。危ねぇ危ねぇ、頭真っ白になって変なこと口走っちまった。
 エウはそんな俺を見上げて、ハの字眉になった。

「次の曲なんだけどね、あの、わたし、トラクを誘おうかなって」
「……トラクぅ?」

 いや、そりゃ、トラクは悪いやつではないし、今夜に至っては俺の唯一の味方だけど。
 ちょっと怪しいし身分詐称してるし、なんか掴めない不思議なところはあるが、少なくとも魔王軍に与するような悪人では有り得ない……はず。バルバディアの生徒としても優秀で、男女も派閥も関係なく顔が広く、今も俺の知らない女子生徒とくるくる楽しそうに踊っている。

 ってオイあいつ本気でダンスパーティー楽しんでないか。
 あれ、今晩魔王復活を阻止するぞって気合い入れたよな俺たち?

 じとりとトラクを睨んでいると、エウはあわあわと両手を動かした。

「一年間、お世話になったし。ニコと……お話してなかった間、色々と気にかけて、くれたり、して。ありがとうって言いたくて」

「……エウフェーミア」


 なんだろ。
 なんか自分でも意外なくらいショックだ。


 エウはいつまでも、「ニコ、ニコ」って俺の後ろをついてくるもんだと──思い込んでいたんだなぁ……。


 そっと視線を逸らした彼女の睫毛が震えるのを、俺はなんともいえない気持ちで見下ろしていた。
 そうこうしているうちに曲が終わる。
 途中で離脱した俺たちを見ていたのだろう、トラクが「なにやってんの」と近づいてきた。

「いいよ。……行っておいで、エウ」

 細い背中をぽんと叩くと、エウはなぜか泣きそうな顔をしてきびすを返す。
 いやいや、泣きそうなのは俺なんですけど。

「トラク……、一緒に踊って、くれる?」
「えっ? そりゃ勿論、エウフェーミアさんと踊れるなんて嬉しいけど」

 視線を向けてきたトラクにしっしと手を振った。
 今晩の事情を知っているこいつが相手なら、全く何も知らない男のところに行かれるよりよっぽどマシだ。
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