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第十章 星降る夜の騒乱
第4話 「友人は択んだほうがいい」
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「今のところ変わりはないな。リディアたちにつけた使い魔は?」
「特に何事もないみたいだよ。まあ、あっちは大魔導師イルザークがついているんだから、何か起ころうはずもないんだけど」
今夜、トラクが従える使い魔三体は学院内の要所に配置された。一体はリディアたちが過ごすイルザーク先生の研究室付近にいる。俺の事情を一番詳しく知っているシズルにも、小説の話から全部白状して協力を仰ぎ、有事にはすぐ駆けつけられるよう寮の部屋に待機してもらっていた。
エウはいま、ロロフィリカと一緒に飲み物を飲んでいる。
姿を見失わないようにしつつ、声を潜めた。
「魔法教会と騎士団がこれだけ控えていて、それでも未来は変わらないんだよな……」
「そうだね。これだけ控えているという状況ありきの未来だと思うよ」
リディアをブチ切れさせた俺が重傷を負い入院するはずだった未来では、この警備をすり抜けてエウが攫われ、魔王復活の生贄とされるわけだ。
その未来では、俺は恐らく入院先で魔王の復活とエウの死を知る。バルバディアに戻った頃には、エウはいなかったのだ。
……ぞっとするな。
「未来視の魔法使いは、みんな同じような未来を視たんだろうか」
「そもそも未来視の魔法使いは、少し前まで俺を含めて四人いたんだ。一人は剣聖ザイロジウス、彼は魔王封印の戦いで片腕を失って以降、未来視の力も衰えたそうだ。もう一人はきみの母上で十二年前に亡くなった。それから有能な魔道士がいたんだけど、こちらは先日サー・バティストの手の者に殺害された」
指折り数えていた俺は顔を上げた。
少し前まで四人いて、一人は力を失い二人はすでに亡い、ということは、残るは目の前にいるこの男だけということになる。
「おまえも……危ないのか」
「だからこういう入学になったんだよね。──で、このうち剣聖以外の三人が同じ未来を視ている。教会主導でこの十数年、様々な対策が練られたが、例の未来の予定は変わっていない。今のところ一番大きな変化っていうのは、きみなんだよ、ニコラ」
自分の失言を思い出して背筋が凍えた。
俺はトラクにこう言った。──これは俺の情報筋からの話なんだが、本来俺はこの間リディアとやり合った件で重傷を負って学外に入院している予定だったらしい。
この王国に生きる未来視の魔法使いがトラク一人ということは、俺は、トラクさえ知り得ない未来の情報を持っているこのうえなく怪しい人間ということになってしまう。
「教会の把握していない未来視の魔法使いなのか、それとも明かすことのできない『正体』に関係するのか、それは知らない」
ぎくりと顔を逸らす俺に、トラクは呆れたように肩を竦めた。
「知らないけれど、ニコラだって向こうにとっては不穏分子なんだよ。きみのほうこそ命の心配をしておいたほうがいい」
「……そーみたいデスネ……」
憂鬱な溜め息を吐きながら、ホールをぐるりと見渡した。
ドレスアップした生徒たちの華やかな笑い声。音楽。食事の匂い。会話。
魔王が復活するかもなんて知らないままのニコラでいられたら、きっと適当に踊って美味い晩飯を食べて、程々に楽しんだに違いなかった。エウとけんかしたり、不安にさせたり、泣かせたりなんてすることもなく。
さて、と視線をエウに戻そうとすると、「ニコラ」と声をかけられた。
デイジーだ。
「エウフェーミアはどうしたの?」
「エウならそこに」
俺の指さしたほうを振り返り、デイジーは「あらほんと」と目を丸くした。
「彼女のお許しが出るならニコラとも楽しく踊りたいと思ったのですけど……よろしいの? あんな庶民と仲良さげにお喋りさせて」
あんな庶民、とは、当然ロロフィリカのことだ。
どちらかというとリディア派のロロフィリカと、思いっきりニコラ派のデイジーが仲良しなわけがないが、友人を見下されるのは癪に障る。自然と声が低くなった。
「……どういう意味かな」
「そのままの意味ですわ。わたくし庶民を十把一絡げに見下すつもりはございませんけど、如何わしいおまじないを吹聴するような方たちと親しくするのは、あまりよろしくないと思いますの」
……如何わしいおまじない?
なんだそりゃとトラクに助けを求めると、こっちは思い当たる節があるようだった。
「庶民の身で申し上げますと、あれかな、女の子がたまにやってるヒソヒソ話みたいなやつ」
「ヒソヒソ話?」
こてんと首を傾げる。意味がわからん。(めちゃくちゃ偏見だけど)女子なんていつでもどこでもヒソヒソなんか話してるもんだろ。
デイジーは橙色の双眸を不愉快そうに歪めた。
「それですわ。なんでも好きな相手と両想いになれるおまじないだとか。耳元で古ベルティーナ語を唱えますのよ」
「あ、あれ古ベルティーナ語だったんだ。何を言ってるのか聞き取れなかったんだよね」
……トラクも誰かにされたんだな。
こいつもてそうだもんなぁ。
そういやエウも以前、兄貴に教わったおまじないとか言って、耳元で何か祈詞を唱えてくれたことがあったっけ。
「当然ですわ、逆さ読みですもの。”あなたがわたしを好きになりますように”。この『わたし』の部分には自分の真名を入れるというのですから、魔法使いとしての自覚に欠けますわね」
呼吸が止まった。
会場内のざわめきが全て消える。
ひどい、耳鳴りがした。足元がぐらりと揺れる。
自分の心臓の鼓動が耳元で聴こえる。
ああ、嫌だ。
……嫌な予感がする。
愕然と震える俺に気づいたトラクが眉を寄せた。
「なに、心当たりでもあるわけ? もしかして婚約者のくせにエウフェーミアさんにされたとか?」
「例え婚約者が相手だとしても、真名を口にするなんて軽率ですわ。況してそんなおまじないを広めるだなんて悪質極まります。差し出がましいようですけど──友人は択んだほうがよろしくってよ」
どこかで聞いたことのある台詞だった。
「特に何事もないみたいだよ。まあ、あっちは大魔導師イルザークがついているんだから、何か起ころうはずもないんだけど」
今夜、トラクが従える使い魔三体は学院内の要所に配置された。一体はリディアたちが過ごすイルザーク先生の研究室付近にいる。俺の事情を一番詳しく知っているシズルにも、小説の話から全部白状して協力を仰ぎ、有事にはすぐ駆けつけられるよう寮の部屋に待機してもらっていた。
エウはいま、ロロフィリカと一緒に飲み物を飲んでいる。
姿を見失わないようにしつつ、声を潜めた。
「魔法教会と騎士団がこれだけ控えていて、それでも未来は変わらないんだよな……」
「そうだね。これだけ控えているという状況ありきの未来だと思うよ」
リディアをブチ切れさせた俺が重傷を負い入院するはずだった未来では、この警備をすり抜けてエウが攫われ、魔王復活の生贄とされるわけだ。
その未来では、俺は恐らく入院先で魔王の復活とエウの死を知る。バルバディアに戻った頃には、エウはいなかったのだ。
……ぞっとするな。
「未来視の魔法使いは、みんな同じような未来を視たんだろうか」
「そもそも未来視の魔法使いは、少し前まで俺を含めて四人いたんだ。一人は剣聖ザイロジウス、彼は魔王封印の戦いで片腕を失って以降、未来視の力も衰えたそうだ。もう一人はきみの母上で十二年前に亡くなった。それから有能な魔道士がいたんだけど、こちらは先日サー・バティストの手の者に殺害された」
指折り数えていた俺は顔を上げた。
少し前まで四人いて、一人は力を失い二人はすでに亡い、ということは、残るは目の前にいるこの男だけということになる。
「おまえも……危ないのか」
「だからこういう入学になったんだよね。──で、このうち剣聖以外の三人が同じ未来を視ている。教会主導でこの十数年、様々な対策が練られたが、例の未来の予定は変わっていない。今のところ一番大きな変化っていうのは、きみなんだよ、ニコラ」
自分の失言を思い出して背筋が凍えた。
俺はトラクにこう言った。──これは俺の情報筋からの話なんだが、本来俺はこの間リディアとやり合った件で重傷を負って学外に入院している予定だったらしい。
この王国に生きる未来視の魔法使いがトラク一人ということは、俺は、トラクさえ知り得ない未来の情報を持っているこのうえなく怪しい人間ということになってしまう。
「教会の把握していない未来視の魔法使いなのか、それとも明かすことのできない『正体』に関係するのか、それは知らない」
ぎくりと顔を逸らす俺に、トラクは呆れたように肩を竦めた。
「知らないけれど、ニコラだって向こうにとっては不穏分子なんだよ。きみのほうこそ命の心配をしておいたほうがいい」
「……そーみたいデスネ……」
憂鬱な溜め息を吐きながら、ホールをぐるりと見渡した。
ドレスアップした生徒たちの華やかな笑い声。音楽。食事の匂い。会話。
魔王が復活するかもなんて知らないままのニコラでいられたら、きっと適当に踊って美味い晩飯を食べて、程々に楽しんだに違いなかった。エウとけんかしたり、不安にさせたり、泣かせたりなんてすることもなく。
さて、と視線をエウに戻そうとすると、「ニコラ」と声をかけられた。
デイジーだ。
「エウフェーミアはどうしたの?」
「エウならそこに」
俺の指さしたほうを振り返り、デイジーは「あらほんと」と目を丸くした。
「彼女のお許しが出るならニコラとも楽しく踊りたいと思ったのですけど……よろしいの? あんな庶民と仲良さげにお喋りさせて」
あんな庶民、とは、当然ロロフィリカのことだ。
どちらかというとリディア派のロロフィリカと、思いっきりニコラ派のデイジーが仲良しなわけがないが、友人を見下されるのは癪に障る。自然と声が低くなった。
「……どういう意味かな」
「そのままの意味ですわ。わたくし庶民を十把一絡げに見下すつもりはございませんけど、如何わしいおまじないを吹聴するような方たちと親しくするのは、あまりよろしくないと思いますの」
……如何わしいおまじない?
なんだそりゃとトラクに助けを求めると、こっちは思い当たる節があるようだった。
「庶民の身で申し上げますと、あれかな、女の子がたまにやってるヒソヒソ話みたいなやつ」
「ヒソヒソ話?」
こてんと首を傾げる。意味がわからん。(めちゃくちゃ偏見だけど)女子なんていつでもどこでもヒソヒソなんか話してるもんだろ。
デイジーは橙色の双眸を不愉快そうに歪めた。
「それですわ。なんでも好きな相手と両想いになれるおまじないだとか。耳元で古ベルティーナ語を唱えますのよ」
「あ、あれ古ベルティーナ語だったんだ。何を言ってるのか聞き取れなかったんだよね」
……トラクも誰かにされたんだな。
こいつもてそうだもんなぁ。
そういやエウも以前、兄貴に教わったおまじないとか言って、耳元で何か祈詞を唱えてくれたことがあったっけ。
「当然ですわ、逆さ読みですもの。”あなたがわたしを好きになりますように”。この『わたし』の部分には自分の真名を入れるというのですから、魔法使いとしての自覚に欠けますわね」
呼吸が止まった。
会場内のざわめきが全て消える。
ひどい、耳鳴りがした。足元がぐらりと揺れる。
自分の心臓の鼓動が耳元で聴こえる。
ああ、嫌だ。
……嫌な予感がする。
愕然と震える俺に気づいたトラクが眉を寄せた。
「なに、心当たりでもあるわけ? もしかして婚約者のくせにエウフェーミアさんにされたとか?」
「例え婚約者が相手だとしても、真名を口にするなんて軽率ですわ。況してそんなおまじないを広めるだなんて悪質極まります。差し出がましいようですけど──友人は択んだほうがよろしくってよ」
どこかで聞いたことのある台詞だった。
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